第二十三話 三度目の正直10
伝書鳩のルーちゃんが出て行った窓をそっと見つめ、思いを馳せます。
手紙、読んでくださるでしょうか……。
もしかしたら、実家に帰りたくないための言い訳と受け取られて読んでさえもらえないかもしれません。……だって、わたしは妾の子、ですから。
それでもアスルートに行くことには変わりないので、関係ないと言えば関係はありません。
……寧ろわたしが帰ってくるのが遅いと喜んでもらえるかもしれませんね。
なんて。
いけません。少し、暗い気持ちになってしまいました。ぱしぱしと頬を叩きます。実家の事考えるとついつい考えが暗い方向に進んでしまいます。
お義母様たちに嫌われているのは分かっていますが、戻ってきたらあっちで過ごすのですから関係を改善していかないとですね!
まずはプレゼントでも贈りましょう!
アスルートで、お土産店を巡るのは良いですね。珍しいものを買っていきましょう。
どんなものが喜んでもらえるでしょうか? 少しだけ気分が浮上してきました。
何を買おうか考えているとぱたんと音がして、扉が開きました。イリアが仕事を終えて入ってきたようです。
あ、そうだ。イリアに実家行きが延びたことと、ルシアン様と元の仲に戻ったことを伝えなくては! 勢いよくイリアに駆け寄ります。
「イリア! 聞いて! うれしいお知らせがあるの!」
「私は悲しい事実を知ったわ」
悲しいと言っておきながら、そんな素振りをまったく見せないイリアに首を傾げました。
「何が悲しいの?」
「リディーの頭よ」
失礼な! いえ、確かに悲しい出来ではありますが!
ぽつりとイリアが「何よ、アスルート帝国に行くなんて」と呟きました。
あれ?
「知ってるの? なら早いね。わたし、ルシアン様と仲直りしたの。これからはルシアン様って呼んで良いって!」
イリアはつぶやくのをやめ、こちらをみました。ほんの少し、ほんのすこーしだけ口角が上がっています。珍しいイリアの笑顔です。
「良かったわね」
「うん!」
元気に頷きます。しかし、イリアの表情は一瞬で無表情、いえ、むしろ冷たいほどの表情に様変わりしました。
「で? 面白い話を聞いたのだけど、貴方ルシアン様の婚約者“役”になったって本当なのかしら?」
「うん。そうなの。ルシアン様の恋のお手伝いの為に!」
にっこり笑って、おー! と拳を突き出すと、はぁとため息をつかれました。んん?
「確認するわ。リディー。貴方は完全武装のきらきらしたルシアン様に108本の薔薇を渡されて『リディアナ・コトル。私と結婚してくれませんか?』って言われたのよね?」
「108本かどうかは分からないけどそれくらいはあったかなぁ」
「大事なのはそこじゃないわ。いえ、そこもそこそこ大事だけど。取り敢えず、どう考えても求婚としか思えない台詞をストレートに言われたのよね?」
「うん」
「それを……」
ふるりとイリアが震えました。
「どう解釈したら婚約者“役”になんてなるのよ!」
い、イリアが怒鳴った。笑顔並みに珍しいです。
「お、落ち着いて」
「落ち着いていられますか! なに、リディーの頭はどうかしてるの!?」
「え、ええ……? 普通だよ。それにルシアン様も『誤解しないでくれ違うんだこれはその二カ月後に控える大国での結婚式で婚約者役をお願いしたいという意味なんだすまないすこしからかおうとしたそれだけだ!!』って。長台詞を一息でだよ? よほど誤解されたくなかったんだね」
笑顔で言うわたしとは対照的に背後にブリザードを背負ったイリアが舌打ちしました。
「あのヘタレめ……」
低い声でいいます。あの、こ、怖いよ?
「リディーもなんでそれに納得するの?」
「そ、そういわれても……。だって本人が仰ったんだし」
「分かった。つまり悪いのはあのヘタレね」
えっと、なんだかルシアン様に含むものがあった気が……。
そして、ルシアン様の何が悪いのでしょうか?
「で、リディーが話したかったのはアスルート帝国に行くって話でしょう? それ、私もついて行くことになってるから」
「そうなの! やった」
イリアがいれば心強いです。なんとしてでもルシアン様とエカチェリーナ様をくっつけますよ!
「頑張ろうね!」
「ええ。頑張るわ」
アスルート帝国行きの馬車はイリアを含めた女性用の馬車に乗ると思うので、そのとき色々と計画を練らなくては!
話が終わった風に机に向かおうとするイリアの手をつかみました。
「えっと、イリア。そ、それでもう一つ話があって……」
「何?」
うー。なかなか口にするのは恥ずかしいですが……。
「ア、ルフさんに、で、デートに誘われ、たの……」
「……は?」
イリアの目が開かれました。呆れたり、笑顔になったり、怒鳴ったり、驚いたり……今日のイリアはやけに感情豊かですね。
促されてつっかえつっかえアルフさんにデートのお誘いを受けた時のお話をしました。
「それで。えっと、……その、アルフさんが、わ、わたしに好意を、持っているって事は……な、なんとなく分かるんだけど……」
「え、普通の反応……」
そりゃ、普通の反応しかとれませんよ! イリアみたいに慣れていないのですから!
「こ、こんな事、初めてで。ど、どどうすればいいかな?」
「そうね。リディーはアルフさんの事どう思っているの? アルフさんと恋人になる気は?」
わたし、は。
「――――――」
その答えを聞いたイリアがしっかり頷きました。
「――――――」
そして、イリアらしいアドバイスをくれます。
「大丈夫。服装とかは協力してあげるわ」
「う、うん」
ドキマギする心臓を押さえました。
六日後はアルフさんとデートです。




