第十八話 三度目の正直5
そう言えば、陛下はいつからため息をつかれるようになったのでしょうか。気が付けばといった感じなのです。
ああ、なんてこと!
陛下が悩んでいらしたのに、側付き侍女の身でありながら気がつけなかったのです。自分のことで手一杯だったなんて言い訳にすらなりません。なんてわたしは愚かなのでしょうか。
悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、苛立たしくて……。
その日わたしは枕を濡らしました。
そして、決意を固めます。
コトル侯爵家の名にかけて、いえ、陛下の側付き侍女の名にかけて、必ずや陛下の憂いを晴らして見せましょう!
※ ※
今日はハーブティーをいれます。やや精神的に弱っている陛下の為、レモンバームティーにしました。直前ではなく少し前にいれ、氷室で冷やしてからお出しします。
決意はしたものの、陛下が自ら話して下さるまではわたしは陰ながらしか応援できません。だから、せめてお茶で疲れを取っていただきたい。レモンバーム以外にも何種類が調合し、きっと美味しくなっているはず。
さぁ、陛下お飲みくださいまし!
気合いを入れて差し出すとすこし、穏やかな表情をされました。
ふふっ、さっそくハーブの効果でしょうか。
「いつにもまして気合いが入っているね」
そんなに分かりやすかったでしょうか? でも、そうです。気合いがたぁっぷり入っているのですよ。陛下はお茶を口に含みます。
その効果はいかに! ドキドキしながら見つめると陛下はカップを置きふーっと長いため息を吐きました。
「……君の入れるお茶はいつも美味しいな」
あぁ、陛下。わたしは陛下のそんな笑顔が見たかったわけではないのです。
だから、
どうかそんなに無理して笑わないで下さい。
わたしはよっぽど情けない顔をしていたのでしょう。陛下は眉を下げました。
「すまない。失敗した」
「……いいえ」
絞り出した声は情けないくらい震えていました。
「……好きだ、と。簡単にそう言えたらいいのにね」
陛下は窓の外に視線をやりました。そこは、エカチェリーナ様のいるアスルート帝国の方角です。
陛下……やはり、エカチェリーナ様のことがお好きなのですね。
わたしは陛下の辛そうな顔をみるともう我慢出来なくなりました。
「陛下、わたし、頼りないかもしれないけれど」
「やめてくれ」
陛下に協力させて下さい、それは言い終わる前に陛下によって遮られました。
「君には、頼れない。君を困らせるだけだ」
大丈夫だ、ということはできませんでした。この大陸でもっとも力のあるあのアスルート帝国の王太子様を敵にまわすことになりますから小国の侯爵令嬢でしかないわたしは甚大な被害を被るでしょう。
こんなときまで、他人のことを……。陛下のお優しい心遣いに涙が出そうになりました。
「もう、行ってくれないか」
「はい……」
そんな言葉しか言えませんでした。扉を出たとたん涙が溢れます。
キリキリと痛む胸。しかし、それ以上に陛下は傷ついています。
辛いのは陛下です。わたしは悲しいわけではありません。なのに、なぜ涙がでるのでしょうか。
わたしが泣いている場合ではありません。
なら、きっとこれは決意の涙なのでしょう。その間もぽろぽろ涙がこぼれますが気になりません。
わたし、頑張りますね! 必ずや、陛下の憂いを晴らして見せます!
……少し、泣いてからですが。
蛇足ですが、陛下が見ているのは窓の外ではなく、窓に映ったリディアナです。




