とある一幕2
一人称イリア視点です。
リディーは陛下のことをわたしの光だという。ならば私の光はリディーだ。
ドジで馬鹿で鈍感で、優しくて努力家の可愛い幼なじみ。いつだって一生懸命に空回りして、それでも太陽のように明るく笑っていた。
リディーと離れ離れになるなんて、私には考えられない。リディーと別れたくなくて必死の思いでここまでのし上がってきた。地位もお金もなにもいらない。私の望みはあの子の傍に居ることだけ。依存しているというならばそうなのだろうと思うわ。それでもいい。
リディーが王宮を出て行くのなら、私はそれについて行く。
だから、女官にならないかという話を断った。
ほんの少し惜しくもある。侍女長の仕事はとてもやりがいがあったし、女官の仕事には興味があったから。
リディーが永遠に続けば良いといったこの瞬間は脆く崩れていく。妙に感傷的な気分で空を見上げた。ぱっとしない天気がこんな気分にさせるのでしょうね。
「っイリア」
フィリス様の声にゆっくりと振り返る。
「なんでしょう」
珍しく、花も持っていない。告白などではなく、ただの用事のよう。走ってきたというのに汗一つ見せずフィリス様は悲痛そうな表情を浮かべた。
「王宮を、やめるって聞いたけど……。本当なの?」
「ええ。近い内に」
フィリス様の瞳が揺れる。
「結婚、するって……」
ルシアン様の為にリディーの事を聞きにきたのかしら。
「正確には婚約者を決めるのですが……。まぁ、すぐに結婚する事になるでしょう」
フィリス様は目を伏せると、私の両手を取った。
「それは僕じゃ駄目なの? 僕なら……っ」
……は? 実はリディーの事が好きだったの?
一瞬浮かんだ考えをすぐに消す。深いつき合いでも無いけれどそういう遠回しな事が出来る人ではないのは分かっている。……ああ、そう言えば一度もリディーとは言っていないわ。
なるほど。私の事と勘違いしているのね。
考えに沈んで黙っているとフィリス様の手に力が入る。
「僕ならっ、王宮に居られる」
それは、神の啓示のような言葉だった。
―――そうよ。それがある!
思わず私もフィリス様の手を握る。顔を上げたフィリス様に詰め寄るように言う。
「それです! そうすればいいんだわ」
「へっ!?」
リディーが結婚しても王宮に居ることが出来たら全て解決する。それは簡単な事。
多くの人が知る事実だ。
ルシアン様が、リディーを想っているなんて。
リディーが居なくなると言う衝撃のあまり忘れていた。胸が歓喜で満ちる。
「へっ!? い、イリア今笑って、」
これなら、リディーの陛下のお茶を入れていたいという望みも叶うし、私のささやかな願いも叶う。
そうよ。リディーがルシアン様と結婚すればいい。
リディーは鈍感だから気がついていないけれど、あの子だって、確かにルシアン様の事を想っているわ。ほんの些細なきっかけで恋愛に繋がる感情をあの子はルシアン様に対して抱いている。ただ無意識に押さえ込んでいるだけ。
前々から思っていたことだけどあの子には王妃の素質があると思う。自然と人に慕われる柔らかさをリディーは持っている。リディーとルシアン様が二人で立つ未来はどれほどの幸せと平和に満ちているのでしょうね……。
「フィリス様、協力して下さいますよね?」
「ごめん。全く話が見えない!!」
何故かフィリス様が顔を真っ赤にしている。……あぁ、手を私が握っているからか。変な所で純情な人ね。ぱっと離した。
「フィリス様、この後お暇ですか?」
「う、うん。そうだけど」
「では、作戦を建てましょう」
「お、落ち着いてイリア! だから全く話が見えないんだって!」
……確かに。私としたことがのぼせ上がり過ぎていたわ。これじゃ、リディーに直情型なんて言えない。そういえばフィリス様の誤解も解いていないし。
「と、取り敢えず分かることはイリアが笑ったことだけ!」
「そうですか。気がつきませんでした。まぁ、いいです」
こほんと、咳払いをして、状況を伝えていく。緩んでいたフィリス様の顔はやや真剣みを帯びてきた。
聞き終えるとよし、とフィリス様が朗らかに笑う。
「じゃあ、親友の恋、成就させてみようか」
「ええ」
私たちは動き出した。