第十五話 三度目の正直2
イリアと笑いあって、陛下の元に向かいます。
しっかりと蒸らしたお茶を持って、トントンと扉を叩きます。
「……入ってくれ」
お酒でも飲まれたのでしょうか。声がいつもと違いました。
「失礼します」
扉を開けるとやや疲れた顔の陛下がいました。
「り、コトル嬢。体調は大丈夫なのかい?」
ああ、心配してくださったのですね。昨日の作り物の笑顔とは違い、心からの笑顔を浮かべました。
「はい。ご心配くださり、ありがとうございます。この通り元気です」
柔らかい笑みを浮かべて下さった陛下のカップにお茶を注ぎます。きっと、最高のお茶が入れられているはず。
陛下は口に含み、ほっと息をつかれました。
「君の入れるお茶はいつも美味しくてどこか温かいね。誰かのためを思って入れてくれていると分かるんだ」
「誰かの為ではなく、陛下のためです!」
いつにない長い感想に元気よく答えました。そんな事を言っていただけるなんてお茶入れ侍女冥利に尽きますね!
いつものように軽く会話を交わし、朝食の席につきます。最初はガチガチだったハンスも随分と慣れ、いまでは指先が震えることなく手早く出せるようになりました。嬉しい変化です。わたしが引継をすませ、王宮を出る頃にはもう一人前になっているのでしょう。
食事を終わらせ、わたしは居住まいを正し、陛下を真っ直ぐ見つめました。言いたくありません、別れの言葉なんて。それでも、告げなくてはいけませんから―――。覚悟を決めて、陛下の碧眼を捉えました。
「陛下、わたしリディアナ・コトル。長いお暇を頂きたく存じます」
その瞬間ガシャンッと、陛下の手からカップが滑り落ちました。零れた紅茶が床に赤い染みを作ります。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて拾おうとしますが、その前に陛下に手を握られました。
「へい、か……」
麗しき顔は色を失い、肩を掴んでいる手は痛々しいくらいに震えていました。
「なぜ……」
その言葉はわたしに向けたものではなく、独り言の様でした。
あぁ、陛下も悲しんで下さるのですね。
わたし達は長く一緒にいて、幼なじみのような関係でしたから。
あまりの様子に胸が締め付けられました。思わず、陛下の頬に触れます。
「それでも、陛下。いつか、戻ってきてもいいでしょうか。貴方付きの侍女として、ここに」
顔を覆う陛下の手に触れたわたしの手が、陛下の悲しみを吸い取ることが出来たらいいのに。
「……あぁ。許可しよう。だが、約束してくれ。必ず戻ってくると」
手から見える顔は苦痛に満ちていて……。それでもわたしの事情を汲んで了承して下さいます。
わたしは、こんな素敵な主様に仕えられて幸せでした。
「戻ってきます、戻ってきます、戻ってきます……!」
何度も何度も呟くと、ようやく、陛下が顔を上げて下さいました。
※※
その後、いつもの調子を取り戻した陛下は執務に向かいました。
そして、お昼の休憩。陛下に天気がいいからと連れられてテラスに出ました。陛下が手配するとおいしそうなお菓子が並べられます。困惑していると陛下はにっこりと微笑みました。
「最近なかなか一緒に食べられなかったからね。楽しみが減ってしまっていたよ」
「陛下……!」
陛下はお昼、お茶をいれたわたしと一緒に小さなお茶会をします。楽しみにしていたのわたしだけかと思っていました。しかし陛下は言外に楽しみにしていたとおっしゃって下さいました。
行き届いた気配り。素敵! 流石陛下です!
「ではわたしお茶の用意してきます!」
幸い、茶室が近かったのですぐにもってこれました。今回はラーシェとアスルートのブレンド茶葉で入れました。
ですがエカチェリーナ様に入れた万人向けのクセのない味ではなく、陛下好みにルクの実でクセを付けたものです。
陛下好みに出来たと思うのですが……。
「……美味しい」
こくりと嚥下するとほっと息を吐くようにいいました。
「似ているけど前飲んだものとは少し違うね。ルクの実かな?」
「はい!」
細かい違いから見抜くとは流石陛下です!
小さな変化に気が付かれるとはわたしとしてもお茶の入れがいがあるというものです。ちなみにイリアはあまり味覚が研ぎ澄まされていないので、お茶の入れがいがないです。工夫してブレンドしても同じ茶葉? とか聞いてくるんですよ!
余程お好きな味だったのかはや空になったカップを見て笑いかけました。
陛下とこうして過ごせる時間もあと少し。精一杯楽しみましょう。