第十一話 7
「……っていうかさ」
談笑していると不意に顔をしかめたマグナム様が壊れた扉を見つめた。
「いい加減出てきなよ。――ルシアン」
うぇっ!?
マグナム様の台詞にわたしは思わず変な声を出してしまいました。
「えっ、えっ!? 陛下!?」
ちょっと待って下さい! 確かに誠心誠意謝ろうとは決めましたが、少し言葉まとめされていただかないと!
「……どうせ、今から入る所だった」
「えー、どうかなぁ、ずっと立ってたじゃないか」
「お前が扉を壊すから入り方に迷っていただけだ」
ぶすっとしたお顔の陛下が医務室に入ってきました。流石陛下、不機嫌そうな顔も相変わらず美しいですね。……ではなくて!
ど、どどどうしましょう! まだ心の準備が出来ていません。
「……り、コトル嬢」
「は、はい……」
親友であるマグナム様との会話をそうそうに打ち切った陛下はこちらに視線を向けました。
ううっ。解雇通知とはいえわざわざ陛下が来て下さったのです。
戸惑っている暇などありません! 早急に謝罪しなくては!
女は度胸です!
お母様の口癖を思い出して勇気を出します。
深呼吸をすると勢い良く頭をさげました。
「へ、陛下……! 大切な会談の邪魔をしていまい申し訳ありませんでした! そして、陛下のお気遣いを無下にしてしまい申し訳ありませんでした!!」
うわーん。ちゃんと噛まずにいいましたよお母様。泣きそうになりながら続けます。
「けれどっ、どうかお願いです。クビにしないでください……! この失態は必ず挽回させていただきます。どうか、どうかわたしに挽回の機会を下さい!」
すっと陛下がわたしに近づく気配がしました。陛下はわたしの前に来ると優しく微笑みました。
「クビにするわけないだろう? 君は私の専属のお茶係りだ。これからずっとね」
「……へ、へいかぁ」
うう、陛下はなんて素敵なお方なのでしょう! 天使も驚くくらいお優しいです!
「足はもう痛くない?」
「はい……。陛下がせっかく気にかけて下さったのに無下にしてしまって、申し訳ありません」
「いや、大丈夫ならよかった。でも今度同じような事があったら問答無用で私が連れて行くからね?」
もう二度とこんな事はいたしません! 陛下のお手を煩わせるなんてもってのほかです!
そっと扉がしまり、イリアとマグナム様が出て行くのが見えました。気を使ってくれたのでしょう。
「あの、陛下……」
陛下は腰を低くしてわたしと目線を合わせると碧眼を柔らかく緩めました。
「会談の様子、ききたい?」
「……はい」
こういう風に、甘やかしたりせずきちんと知りたいことを教えて下さる陛下が大好きです。やはり陛下がこのラーシェの国王でよかったと心の底から思います。
頷くと陛下は話し始めました。
***
陛下の麗しいお声で簡潔に纏められた会談は以下の通りでした。
まず、アスルートと同盟を結ぶことになったこと。
アスルートは大陸随一の帝国。味方となれば心強いです。
同盟によりいくつかの事がきまりました。
ラーシェからは絹のルート開拓、そして、アスルートの戦争には不介入の立場をとること。
アスルートからの要請は技術者の受け入れと、最近王家が潰え、共和制となった隣国ヒスティアへの介入の協力。無事、治められたら三年間は儲けの2%がラーシェのものなるという好条件です。
そして。
わたしのブレンドしたアスルートとラーシェの茶葉を組み合わせたお茶を両国間で売ること。
つまり、新たな貿易ルートの開拓となりました。
**
「……だから、なにも不都合はなかったんだ。むしろ、君のおかげで紅茶という新しいルートが開拓できた」
「は、い」
陛下の優しい声音にこらえていた涙が浮かび上がります。
「ありがとう」
ぽんっと頭を撫でられ、とうとう涙が滴り落ちました。
優しくほぐすような手つきはイリアと違い、そっと触れるようなもの。そういえば昔は泣いているとき、良いことをしたとき、いつもこうやって頭を撫でて下さいました。
とても懐かしいです。
やっと涙が収まってきたので陛下を見つめてお礼を言います。
「陛下、ありがとうございます。あの、わたし、これからも陛下のそばにいて良いんですよね……?」
「―――ああ、ずっと傍に居て欲しい」
わたしはまだ陛下の傍にいられる。それはなにより嬉しいことです。
―――あぁ、陛下。わたし陛下のお側にいられて幸せです。
願わくばこんな日々がずっと続きますように。