罰ゲーム
ははぁこれは罰ゲームだな。
私はすぐに悟った。
「付き合ってください」
放課後の誰もいない教室で、雰囲気を盛り上げるかように暖かい橙色の夕陽が射し込み、その逆光を受けた男子生徒が両手の拳を震わせて言い放った台詞。状況の一部だけをこうして切り取れば、まるで愛の告白に聴こえてしまうから不思議だ。
しかしこれは決して愛の告白シーンなどではない。何故ならその当事者の二人があまりにも色恋とはかけ離れているからだ。いや、二人と言うのは失礼か。男子生徒のほうは、学校一モテると有名な王子様のような男なのだから。対する私は、どこにでもいるような至って普通の女子生徒である。ちなみに学力は平均以下である。いやはや、この放課後告白シーンの完璧な雰囲気をぶち壊して大変申し訳ない。
突然の彼の台詞に一瞬ポカンとしてしまったものの、すぐさま何かの罰ゲームだろうと気付いた私は、今度はその対処に頭を悩ませた。こんな悪趣味な罰ゲームを行うような人だったとは正直幻滅だが、きっと彼はその場の空気を読んで、断ったら白けてしまうと苦渋の決断をしたのだろう。その相手が私だったのは幸いだ。
ところでこういった罰ゲームにはどういった対処をするのが正解なのか。私も空気を読んで騙された振りをするべきなのか。
ちらりと彼に視線を向ければ、いつまにかすぐ傍に立っていたのでびっくりした。逆光から外れた彼は、端正な顔立ちを緊張に染め、じっと私を見ている。返事を催促されているのだと思い、焦って脳内をフル稼働させるも、答えが出ない。ちょっとヒントをくれないか。
「えーと、どう答えるのが、正解なのかな?」
「え?」
「いや、こういう事態が初めてなもので、対応がよく分からなくて…」
「もちろん、イエスと答えてほしい」
「イエスと答えると、どうなる?」
彼が近付いてきたのをいいことに、小声でヒントを求めてみた。とはいえイエスと答えた途端に、わらわらと人が出てきて笑い者では困ってしまう。こうみえて害のない善良な一般市民なのだから。
「一生誰にも傷付けさせずに大事に大事に守り抜いて、幸せにすると誓うよ」
おぉ王子様という肩書きに恥じない完璧な返答だ。ここで一生とか言っちゃうところがその名の由来だな。彼は一体何人の女性を一生守っていくことになるのか。
「一生とはまたすごいね」
「嘘なんかじゃない。お願いだから、イエスと」
懇願するような真摯な瞳に見詰められ、返事を促される。彼の言葉を信じたわけではないが、きっとこの事で笑い者にされることくらいは防いでくれるだろう。
「イエス…ごふっ」
密かに笑いを含んだ声で呟くように答えると同時に、体に衝撃があった。なんだ!敵襲か!?
と思ったら彼に抱きつかれていた。
「ありがとう!やっと俺のものだ!一生離さない愛してる愛してるよ秋子」
「ず、ずいぶん…手の込んだ罰ゲームですね…」
力強い両腕での拘束に息も絶え絶えな状態で思ったことを言えば、不思議そうな表情で間近から覗き込まれた。
「罰ゲームってなんのこと?」
「え!?」
「あーそれにしても嬉しいな。絶対無理だと思ってたし。ねぇねぇいつから好きだったか知ってる?高校入試の日だよ!もう卒業式目前だから3年になるね。あの日…あ、あの時はまだ名前知らなかったんだけど、秋子が隣の席で問題用紙と格闘してるとこ見て一目惚れしたんだ。左隣にいたんだけど覚えてる?本当はここって滑り止めだったから入るつもりなかったんだけど秋子がいるならもうここしかないと思って!その日そのまま後ろを着いて一緒に帰ったんだよ。気付いてないでしょ?ふふ、秋子は無防備だからなぁでもこれからは隠れながらじゃなくて堂々と秋子を守るから安心してね?」
「…えっと、やっぱりノーと言うことには…」
「…ふふ、やだなー。秋子ってば面白くないよその冗談」
「いえ冗談では…」
「万が一。冗談じゃないとしたら。俺ショックでなにするかわかんないかも。だってさ、一気に天国から地獄だよ?おかしくなってなにするかわかんないよね。例えば。今ここで。秋子のこの細い首を絞めて気絶させてから、俺の部屋にかんき」
「やややだな!冗談に決まってるじゃん!」
「良かった。まぁでも将来的には同じことだけどね」
あれおかしいな。罰ゲームって私が受けるんだったっけ?
終わり
誤字等ご容赦ください。