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三月二十五日、表現を修正しました。内容に変化はありません。

「この人の人生ってなんだったんだろうね」

 そーくんがそんなことを言ったのは、わたしがうつ伏せながら推理小説を読んでいる背中に軽くまたがってそれを覗いてきていたときだった。ちなみに体重はかけないでいてくれていたので、苦しくはなかった。

「どのひと?」

 読んでいたページは最初の方で、連続殺人の一番最初の被害者の遺体を主人公が見つけたところだった。

「被害者のひと」

 そーくんはわたしの肘の横の辺りに手をついて、更に顔を近づけるように本を覗いた。

「僕らにとっては、このひとは死体でしかないわけじゃん」

「まあ……回想シーンでも挟まれない限りは、そうだね」

「なんかこう、主人公とか加害者とか、そういうメインキャラたちのために生きてきてたみたいで、すごい嫌」

 いや、物語だし。そう言おうとして、やめた。

 そーくんが、本当に嫌そうな、けどなんだか辛そうな顔をしていたから。

 わたしは本を閉じた。

「ふーちゃん? どうしたの?」

「そーくん」

 とはいっても下手なことを言うと体勢的にヤバいことになりそうなので、平和っぽい話題を振ることにして。

 ちょっと考えた結果、

「人生ゲームやらない?」

 そう言ってみれば、そーくんはぱっと顔を輝かせた。

「子どもは何人欲しい?」

 なぜだろう、激しく違う方向に行った気がした。




 どうもこんにちは、突然だが人生ゲームがやりたい。

 リュスランさんに連れられて通されたのはまたもやセレブ仕様な高級ホテルの一室を思わせる寝室っぽい部屋だったけど、流石に白と金ではなかった。

 なんだか男女関係に関しては保守的な世界なのか、男性陣は入ってこなかった。

 わたしはソファーに座っている。たぶん本物の皮張りの、ふっかふっかなソファーだ。前に置かれたテーブルは木製で、なにやら幾何学的な模様が彫りこまれている。くたびれた上履きの薄い靴底ごしに触れる床は当然のようにもこもこ。これ靴で踏んでいいんでしょうか。いや上履きだけどさ。

 ちなみに夏花はなにやら出入口ではない扉、たぶんバスルームやらトイレやらを見に行っている。小さく歓声が聞こえるので、たぶんここと大差ない豪華さなんだろう。……

 ……ああ、人生ゲームがやりたい。

 もしくはトランプとかウノとか、とにかく庶民的なものに触れたい。なんなのこのセレブ空間逆にくつろげない。わたしただの巻き込まれだし。もうあれだよ、いっそ廊下で寝かしてくれ。天蓋つきのベッドとか求めてないから。薄い敷布団にマットレスがあるだけで十分に贅沢な気分になれるから。

「芙美ちゃん芙美ちゃん!」

 天井をあおいだら期待を裏切らないシャンデリアでちょっと泣きそうになっていたら、夏花が奥のアンティークっぽい木の扉を開けて、まぶしい笑顔でおっしゃった。

「お風呂場すごいよ! それにね、トイレあんまり変わらないし、ちゃんと流れるの! ちょっと来て見てみてー!」

 ごめんなさい見たくないです。

 そう言う気力もなく、わたしはしぶしぶソファーから立ち上がったのだった。





 お風呂はローマだった(これで察してくれ)。もうね、壁とか床とかいちいち装飾つけなくていいから。お風呂で胃痛をおこすなんて体験はノーサンキューだ。

 あ、でも意外なことにこの異世界、水道があるらしい。トイレは便座冷たかったけど形は普通の洋式便所でレバーもあって水も流れて、ちょっとごわこわしてたけどトイレットペーパーまであった。あのロール型で。便利というか文明的。異世界っぽくないー、となぜか不満そうだった美少女はもれなくスルーいたしました。

 ちなみにわたし、無駄に広い浴槽となんか乳白色でいいにおいのするお湯に恐々としつつ入浴をすませ、部屋にあったばかでかいクローゼット(重厚感あふれるアンティーク調)の中に大量に用意されていた着替えをお貸しいただき、床に正座しているなう。

 大雑把すぎるって? ……もう、もうね、なにからつっこんでいいのやらわからないのですよ。

 シャンプーらしきものはなかったので髪もなんかいいにおいの石鹸で洗った以外は、シャワーはあるし浴槽は広いくせになぜかお湯は冷めないスバラシ設定。置いてあったタオルは当然のようにふっかふか。

 クローゼットの中はキングサイズの男物から幼女ものまで、寝間着、普段着ひとそろい。どれもこれも肌触り最高たぶんシルクとかの高い生地。下着も同様、こちらも意外に作りはあまり変わらない。

 ……言いたいことはイロイロあるがとりあえず。

 この一部屋に一体いくらかけてやがるんだ!?

「芙美ちゃん? 大丈夫?」

 ふかふかした床に正座したまま土下座のように崩れ落ちていたら、小鳥のさえずりよろしくうるわしいお声にたずねられた。

 大丈夫かって? そりゃもちろん

「わたしのライフはもうゼロよっ……!」

「……だめそうだね……」

 お黙りっ、たびたび大富豪のイケメン(繰り返すようだがここ重要)御曹司のお宅に招かれている美少女つまりお主とはちがうのだよ!

 かといっていつまでもこうしているわけにもいかないので、頭を上げると、天使がいらっしゃった。

 黒い長髪にはえる白い肌。着ているのは白い、ひらひらした薄い生地を重ねたような、いわゆるネグリジェというやつ。ひざたけくらいのスカートのような白のひらひらからのびる、健康的な色白(矛盾してるって? 問題ない、何故なら相手は美少女なのだから)のなめらかな肌。やわらかい曲線を描きつつのびるしなやかなふくらはぎ。視線をあげていけば、やわらかそうなけしからんボディが薄い生地ごしにはっきりとわかる。下から見上げるかたちなので、ふたつの小高い丘がなんというかもうけしからん感じでよく見える。更に視線を上げたなら、そこにあるのは愛らしく可憐で美しく整った絵に描いたような美少女のご尊顔。

 美少女に白いひらひら。

 しかも若干すけすけ、体のライン見え見え。

 ……なんつーか、はい。

「ありがとうございます!」

「なにが!?」

「眼福っ! 白いひらひらは反則まじ夏花天使っ!」

「なんか芙美ちゃんこわいよ!?」

 夏花がけしからん恰好のけしからん体を抱きしめる。隠した方が色気があるように見えますな。

「ふっ……この天然タラシめ……っ」

「だからなんのこと!?」

 計算ではないこの可愛い動作。頬を赤くしているのもポイントが高い。風呂上がりでピンク色がかった体が白いひらひらに見えるか見えないかくらいにすけてもうもうもう

「二百九十七点っ! 藍川夏花さん、他者を圧倒するぶっちぎりの高得点で優勝を決めましたー!」

「何点満点!? なんの大会!? ていうかさっきっからなに言ってるの芙美ちゃん!? あと視線がこわい!」

 欲を言えば涙目が欲しかった、とは流石に言わずに、自分を抱きしめて後ずさる夏花にむけて微笑んでやりながら立ち上がる。手をついたときに感じたもふもふは意識からシャットアウトしておく。ふざけたトークをかます相手がいるときの女子の厚かましさをなめるなよっ。いやわたしだけかもしれないけどねっ。

「で、冗談はともかく」

「あ、冗談なんだ……」

 立ち上がって、また妙に体が沈みこむやっわらかいソファに座り、隣を軽く叩く。なんだか少し疲れたような顔をした夏花がそこに腰かける。

「どうするつもり? 夏花」

「えっ?」

 少し話がとびすぎたか。夏花は、きょとん、と大きな目を軽く見開き、首をかしげた。少し湿った長い黒髪が白い肩から豊かな胸にかけて垂れる。計算じゃないところが恐ろしい、美少女だけに許された美少女の動きである。いや計算だったら計算だったで色んな意味で恐ろしいが。

「勇者。やるの?」

 彼女の顔に更に深い疑問の表情が浮かぶ。

「やるよ? どうして?」

 その心の底から不思議そうな様子には、慣れたこととはいえあきれてしまう。

「魔王を倒す、なんて簡単に言うけど、つまりは殺したり殺されたりな世界なわけでしょ?」

 ばぐだっ……だぐ……物静かなダンディー騎士さんが着ていたのは戦いのための防具で、手の届く所に立てかけてあったハルバートは、見分けなんかつかないけど、本物であることが予想される金属質な輝きを持っていた。

 せぐ……せぐ……ろ? れ? ……王子が腰に提げていた剣は、ゲームや漫画なような装飾が凝った綺麗なものではなく、無骨な、使いやすさを重視したようなものだった。

 まさかそれらを使わないで旅をするわけがない。というかそもそも王子自らが武装している時点でこの国、あるいはこの世界の物騒さが窺えるというものだ。

「わたしは魔王がどんなものかは知らないよ。じかに話聞いたわけでもないし。けど、どんなに少なくともそいは殺さなきゃいけなくなるだろうし、正直それだけで済むとも思えないし、最悪死ぬのはこっちかもしれないし」

 夏花は驚いたような戸惑ったような表情でかたまっている。あまり深くは考えていなかったのだろう。あるいは考えたくなかったのか。当人だもんね。

 しかしわたしはただの巻き込まれ。客観的にいきましょう。このこがどうするかでわたしがどうなるか決まるわけなので、容赦はいたさない。

 ……人質にとかされないよね? 流石に嫌すぎる。

「それに、魔王倒せば帰れるうんぬんについても、みしゅ……りゅ……すらんさんとかの人たちが、嘘ついてるって可能性もあるわけじゃん。魔王倒しました、残念嘘でした永住してください、とかなったらすごい損っていうか誘拐されて利用されただけっていうか」

 まあまだなにもわかっていないのにここまで言うのは勘ぐりが過ぎるかもしれないが、用心に越したことはない。りゅ、スラン、さん腹黒(推定)だったし。

「……」

 夏花は小さくうつむいた。湿り気をおびた長い黒髪が彼女の小さな顔を隠す。

「……芙美ちゃんは、やっぱりすごいね」

 ややあって、彼女が言ったのはそんなことだった。

「は?」

 でてきたのは、我ながら低い声だった。

 嫌味か? 嫌味なのか美少女よ。運動得意成績優秀将来安泰才色兼備の美少女よ。

「なんで」

「だって。あたし、そんなの考えてなかった。魔王を倒す、なんてまだ全然現実味がなくって、それがどんなことかなんて具体的に考えてなかったの」

 夏花は少ししょげた様子で言う。

「だから、芙美ちゃんはすごいなって」

 ……うん、それは大いなる誤解だぞ夏花氏。

「わたしはただ、こういうシチュエーションの小説とか漫画とかよく読んでたから、なんとなくそこにのってた話思い出してしゃべっただけだよ」

 OTAKU文化花開く日本ですもの、異世界召喚ストーリーなんてそりゃもうそこかしこにあるさ。

 ……ええ、好きでしたよ。好きでしたとも異世界召喚もの。

 ただし見るだけ! ここ重要!

「まあ、きいてはみたけど受けないってことはたぶん無理だと思う。けど、推測に過ぎないにしても、最悪は想定しといた方が後が楽かなって、ちょっと思っただけだよ」

 なんか自分でもなにが言いたいんだかわかんなくなってきたので、ここらでしめくくっておく。

 べっ、別にはじめっから思いついたこと言っただけとか、そんなことないんだからねっ。

「……やっぱり、すごいよ」

 頭を上げてこちらを妙に真剣な表情で見つめながら、夏花はそうのたまった。

「こんな訳のわからない状況なのに、すぐに先のことを考えることできるなんて」

「いや」

 大きな目にあからさまに尊敬の念が見え始めたので、否定する形に顔の前で手を振る。

「別にわたしだってテンパってない訳じゃないし、冷静に見えるとしたらそれほぼ全部夏花のおかげだから」

「えっ? どうして?」

 ……おいおい、本気で言ってるのかいお前さん。

「昔から夏花にはトラブルに巻き込んでいただいてばっかりだからねー。ほら、誘拐とかストーカーとか下着どろ……」

「あああああ! もうっ、なんでその話蒸し返すのーっ!」

 真剣な表情を一瞬でかきけして顔を真っ赤にしながら叫ぶ美少女涙目つき服装はひらひら。やだなにこの眼福絵。

「あははは、あれ傑作だったよねー。まさか犯人が女子だとは思わなかっ……」

「芙美ちゃんお願いだからその話はもうやめてよぉっ……!」

 おっと。その袖をつかんで上目遣いうるうるは天然なのか? 美少女力が高すぎるぞ夏花。美少女だからしかたないか。

「あはは、何事も経験だよ。同性にストーカーされるなんて滅多にない経験だったじゃん」

「したくなかったよぉ……!」

 うん、わたしもされたくない。異性でも嫌だ。というかむしろ異性のが嫌だ。

 実際いつも夏花に侍ってる男どもの方が一千倍はめんどくさいし危険だし。

「まあそれはさておき、この状況も滅多にないことだし、さくさく現状把握してさっさと慣れて早々にわたしを家に帰せ」

「自分で始めたのに……? しかも前半と後半でつながりがおかしいよ……」

 うん、楽しんでとはさっき言ったこと的に言えなかったんだよ。けど正当な要求でしょ、後半。わたし巻きこまれだし。

 なにより

「だってさっさと帰らないと誰かさんが人殺しそうじゃん」

 夏花が軽く硬直した。

「……」

「……」

「……うん、そうだね。芙美ちゃん、はやく帰らないと」

「言っとくけど夏花の逆ハーレムもなかなか危険だからね、権力もある分」

「? あっ、心配、かけちゃうもんね。それにお母さんにもお父さんにも……」

 不安そうにうつむいていく彼女に「この鈍感がぁ!!」と怒鳴りたくなったわたしを、一体誰が責めようか?




 前略、そーくんへ。

 異世界に来てしまいました。まだどうなるかはわかりませんが、きっと帰ってみせますので、色々とはやまらないように。

 芙美より。




 追記。

 ベッドはふかふか過ぎると落ち着きません。天蓋もいりません。


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