うん、巻き込まれたねこれ
目の前にそびえるのは、白と金を基調としたなんとも豪華な壁。
「ふ、芙美ちゃん」
足元を見れば、見慣れた、ゴムの部分が青いくたびれた上履きと、大理石かな、真っ白な石の床。綺麗なそこには、先ほど見た、漫画などて見る魔方陣のような、アルファベットに似た見たことのない文字を並べて描かれた円の一部が見える。なにで描かれてるんだろう、白い床に白い文字だというのに、微妙に光って見えるためよく見えた。
「ねえ芙美ちゃん」
上を見上げてみれば、まばゆい光が目をさす。高い高い、壁と同じく白と金の天井には、ばかでかいシャンデリアが吊りさがっている。落ちてきたら大惨事だねわかります。
「芙美ちゃんってば」
この壁とか天井とかの白は床のと同じ石。それに……これ本物の金? 金メッキとかじゃないとしたら、相当の額だよ。成金め。
「芙美ちゃん! 無視しないでよ!」
……うん。
「ごめん。ちょっと現実逃避ついでの現状把握を」
「ならこっちを見ようよ……」
そっちから逃避してたんだけどね。友人に軽く涙声で呼ばれたので、観念して振り返る。
すぐ側でこちらを軽く見上げてくるのは、美少女。うん、まぎれもなく。
長い艶やかな黒髪。ぱっちりとした二重瞼を縁取る長い睫毛に、それによって影が落ちた黒曜石の瞳は少し潤んでいる。肌は日本人にしては白めで、健康的に桃色がかっていて、濃い桃色の唇はぷるぷる。少し下に視線をずらせば、色気のない紺色の制服に包まれた体は、柔らかく女性らしいラインを描いている。
美少女だ。大事なことなので二回言いました。
「夏花が当事者なんだろうし、いいじゃん」
美少女もとい幼なじみでもある友人、藍原夏花は、こちらの腕を軽く掴んで上目遣いに睨んできた。
うん、迫力ないよ?
「なんで? あたしこんな場所知らない!」
「わたしだって知らないよ。けどこの魔方陣? の真ん中にいるの夏花の方でしょ」
陣は何重かの円を描いていて、彼女は見事にその中心にいる。美少女と魔方陣。絵になるね。ごちそうさまです。
「で、でも……」
夏花が小さな声で反論しようとした、その時だった。
「■■■■■■!」
無視を決め込んでいた現実が、声を上げたのは。
「あっ、えっ!?」
驚きながらそちらの方を向いた夏花に、渋々ならう。
そこには、美形が立っていた。
光を反射する、肩につかない銀髪(白髪ではない。ここ重要)。外人系な白い肌に、大事なことなのでやはり二度言うが、美形な顔。もうあれだ、彫刻かこのひとはってくらいに整った顔をしている。タイトルは多分天使とかだろう。少し女性っぽい、愁いをおびた感じの、外人系な美貌だ。その分、無表情が怖い。
そして服装が奇抜というか、なんというか。
白に近い灰色に白で綺麗な刺繍がされた、その、あれ、ローブというやつだと思う。ロングスカートのワンピースにも見えるけど、スリット? のところから濃い灰色のゆったりしたズボンが見えている。
まあ、一言で言うならコスプレ。これに尽きる。妙に似合ってるのは美形効果か外人効果か両方か。
その薄い、整った唇が動く。
「■■■■■」
……うん、わからない。
英語ではない。それはわかる。で、多分フランス語とかドイツ語とかでもないと思うし、韓国語や中国語とも違う。ロシア語とかだったらわからないけど、まあ、うん、とにかくわからない。外人顔は伊達じゃなかった。ちなみに結構いい声してる。
「えっ、ええ!?」
隣で夏花が声を上げた。
「■■■■■!?」
……ん?
「■■■■■」
「■■■!? ■■■■■!」
…………えーっと、夏花さん? 何語使ってます?
美形さんはなにを頷いてらっしゃるのでせうか? 美人語ですか? 地味顔は参加不可ですか?
「■■■■■。■■」
「■■■■■! ■■■■■!?」
……。
「■■■■■」
「■■■……。芙美ちゃん、どうしよう……」
……いやいやいやいや、夏花さん。
「それこっちの台詞なんだけど」
「えっ?」
きょとん、と首をかしげた夏花の頭にチョップをかましたくなった。
「こっちの? えっ?」
「……あのね、夏花。わたしは外国語が苦手なんだよ。英語の点数知ってるでしょ?」
「えっと、四十八点だよね?」
シめられたいのかい九十七点ちゃん。誰が口にしろと言った。
「そうだけどそれはともかく、いきなり未知の言語でしゃべられても意味がわからないんだけど」
「えっ? 日本語だよ?」
……うん、無邪気な目で見上げてこないで夏花。嘘じゃないのがわかるのが辛い。毒気を抜かれるというか、なんというか。
「芙美ちゃん? どうしたの? 調子悪いの?」
いや、それはともかく。
「いいか悪いかと聞かれたら間違いなく悪いけど、夏花、ちょっとだけ黙っててくれる? 情報整理する」
「えっ? うん」
流石に幼なじみ、わたしの性格を心得た彼女は口を閉じた。
では情報を整理しよう。
いち。夏花を中心に魔方陣?が現れて光って気づいたらここで、その陣はまだ足元にある。
に。ここは白くて金でちょっとまぶしい、中世のお城っぽい広間である。
さん。ひとりだけいる美形は銀髪外人顔。服装がコスプレイヤー。
よん。美形の言葉は夏花にしかわからない。なにか美人にしか使えない言語をしゃべっていたのではなく、少なくとも夏花は日本語をしゃべっていたつもりらしい。
…………。
えーっと。これはもしかして、巷で流行っているあれなのか。
「夏花は勇者ですか?」
「はい、救世主です。じゃなくて! リュスランさんの話聴いてなかったの芙美ちゃん!?」
聞いてたよ、わかんなかったけど。というか美形の名前はリュスランさんですか。どことなくレストランに星をあげそうな響きだね。
そんな言葉を呑み込んで、わたしは床に座り込んだ。
慌てる夏花を見ながら、ぼんやりと思う。
なんてこっただよ、そーくん。
理不尽な世界は、君を奪った。