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「修行が終わる二十歳まで、恋愛はしないって決めてたんじゃなかったの?」

「我慢できなくなった。俺、レーナが愛してるって言ってくれて、すごい嬉しかった」

「アル、最近修行さぼってるでしょ? ちゃんとやらないとおじいちゃんに叱られちゃうよ?」

「いいんだよ、じいちゃんなんて別に」

 今の彼はまったくの別人だった。

「レーナ、愛してるよ」

 洗い物をする後ろから抱きしめられて、私は逃げ場を失った。

「愛してるよ」

 耳に甘く響くささやきとともに首筋に口づけされて、びくりと身体がふるえた。ふりほどきたくても手が煎じ終えた薬だらけで動かせない。

「レーナは俺のこと、愛してないの?」

 切なそうに、そう問いかけてくるアルの愛は偽りだ。私が彼にかけてしまった、魔法のせいでささやかれる偽りの言葉だ。

「私だって……」

 けれどどうしてこうも、私の胸はふるえてしまうのだろう。

 私が作り出した偽りであるはずなのに、なぜ抱きしめられると喜びを感じてしまうのだろう。愛をささやかれると嬉しくてたまらない。いつも私ではなく時計に向けられていたまなざしが、自分を見つめるとこうも胸が熱くなってしまうのだろう。

「私だって、アルのこと好きだよ……?」

 思わず、私の口から言葉がもれてしまった。

「レーナ……」

 いっそう力のこもる彼の抱擁に、私はずるい自分だと思いながらも、ただ彼に身をゆだねることしかできなかった。

 魔法にかけられた彼に想いを伝えたところで、実るものも偽りであるはずなのに。


     ○○


 銀時計の魔法にかけられた人は、みな愛の言葉をささやき抱擁をしてくれる。心のままに、愛を示してくれる。自分の持つ精一杯の愛を、惜しみなく降りそそいでくれる。

 ――けれど、決して口づけはしない。

 魔術書にはそう書いてあった。

 つまりアルは、魔法がさせていることとはいえ人を愛するとあんな行動をしてしまうということ。いつもお客に見せる人なつっこさを何倍にもして、すこし強引に自分の愛をぶつけてくる。

 私は帰るのをしぶるアルをなだめ、彼を店に戻し、自分も後片付けをして部屋に戻った。この界隈ではほとんどの店が、店舗と自分の家を同じくしている造りになっていた。

 力強く抱きしめてくれた腕が忘れられなくて、私はベッドに倒れこみ放心してしまう。枕元には勉強のためにまとめた資料やら自分で調剤してみた薬やらその材料の葉っぱやら実やらが散らばっていた。

 私はいつも枕元に置いている魔術書を開き、枕の下に隠していた小さな木箱から黒い丸薬を取り出した。

 魔術書に載っている薬は、魔力がないと作れないと祖母は言っていた。うそを正直に告白させる薬も、幻を見せる薬も、一時だけ姿を消すことができる薬も二度と目覚めることのできなくなる眠り薬のことも、この本には載っていた。

 手に入る材料も少なくて、自分なりに代わりの材料を見つけて作ってみたこの薬。小指の爪ほどの大きさの丸薬は、けっして良い香りとはいえない苦々しいにおいを放っていた。

 それは私が魔術書を片手に見よう見まねで作った、惚れ薬だった。

 アルに私のことを好きになってほしかった。

 でも、この薬には効果なんて全くなかった。

 惚れ薬入りの湯薬を飲んだ翌日も、アルの態度はいつも通りだった。私は幼い頃からの友達。自分の夢は時計職人。子供と老人とお客さんには優しいけど、自分に言い寄ってくる娘たちは完全に無視するような、そんな一本気な彼のままだった。

 私の作る薬なんて何の効果もなかったのに、銀時計の魔法はてきめんに効いていた。

 何度も何度も読み返したおかげで、すっかり開き癖のついてしまった魔術書。開く頁はいつも、アルの胸元にひっそりと隠れている人の心を惑わす魔法の時計のところ。

 光沢のある銀の懐中時計の蓋には、魔術師にしか読めないという不思議な文字が刻まれている。それが花のような模様にも見える、世界に一つしかない魔法の時計。アルの持っているものと全く同じものを、この魔術書で知ったとき、私はだから彼が決して触らせてくれないのだと気づいた。

 万一、時計を開いてしまったら大変だから。

 なぜ彼が時計を代々受け継いでいるのか。それは人の心を惑わすものだから。悪用されることが多かったため、時計職人が隠してしまったのだと本には書いてあった。


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