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トワイライト・ガーデン  作者: 貴水 玲
【第二幕】 いつわりの婚約者
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二人の騎士

「ひとの家に勝手にあがり込んで何してるんだ、お前はっ!」

 後ろから青年の襟首を掴んでシェイラから引き離す。

「今日は定期警邏の監督のはずだろう。都の巡回すらまともに出来ない準騎士らの怠慢阻止のために見張っておけと言ったはずだが? 副総長のお前がさぼってどうする!」

 クラヴァットを引っ張られ、ウィルと呼ばれた青年が「いでででっ」と悲鳴を上げた。

――わかった。まったく同じ服装の二人を見てシェイラは思い出した。

 純白のコートに、腰にはサーベル。これはリジオン騎士団の制服だ。以前どこかのパーティで貴族の息子が見せびらかしていた。胸元の薔薇は“剣の花”と呼ばれる団章である。

「や、やめろ、首がしまる! ただでさえきつく巻いてきゅうくつなんだからっ。君が軍装規程を見直したおかげでね!」

「それが本来の正装だ、文句を言われる筋合いはない。高潔を掲げる騎士がちゃらちゃら着飾る必要が? 我々の任務は民衆の安全と治安の維持で、くつろぐことじゃない。父が退任してから服務規程もだいぶ緩んで勤務姿勢も問題だらけだ。たるんだ連中の心の乱れを正すためにもまずは服装から改善しようと考えたんだが、何か間違ってるか?」

「……いえ、滅相もないです総長サマ」

「わかったらさっさと仕事に行け! まったく」

 アズフェルトがウィルの胸をドンと押す。そして唖然としているシェイラに気付いた。

「――すまない、騒がしくて。こいつのことは気にしないでくれ」

「ちょっと、そりゃないんじゃないの?」アズフェルトの腕を掴みウィルが身を乗り出した。

「自己紹介くらいさせてよ。名乗りもせず立ち去るなんてご婦人に失礼だ」

 そう言ってウィルは右手を左胸に当て、騎士の敬礼をした。

「さきほどは失礼いたしました。私はウィル・アルベイン。フィー……アズフェルトとは幼なじみで、騎士団では彼の副官を務めております。以後お見知りおきを」

 先ほどとは打って変わった、改まった口調で姿勢を正す。それだけで、くだけた雰囲気は払拭され、印象がきりりと引き締まる。

 この人も騎士――ということは貴族だ。優雅な一礼に、シェイラもドレスの裾をつまみ、娼館で習った礼法通りに腰を落とした。

「シェイラ・アルニーと申します。……はじめまして」

 毎日鏡を見て練習していたから、挨拶だけは自信がある。ウィルが「へえ」と呟いた。

「さすが噂の人形娼婦。磨けば立派な令嬢になりそうだ。見る目あるじゃんフィー! くそマジメでつまんないヤツだと思ってたけど。あ、これからよろしくね。シェイラって呼んでいい?」

 再びもとの口調に戻りウィルが笑いかけてくる。貴族とは思えない気さくな雰囲気にのまれ思わず「はい、よろしく」と答えかけて、シェイラは我に返った。

「ええとそうじゃなくて……あの、シンクレア卿、私もう一度聞きたいことが」

 気難しそうなアズフェルトの渋面が、「ああ」と解けた。

「君にやってもらう仕事のことだな。それを説明に来たところだったんだ。初めに言った通り、君にはしばらく俺の婚約者のふりをしてほしい。だがただ隣にいればいいというわけじゃなく、あくまで本物に見えるように」

「……ほんもの?」

 そうじゃなくて、と言おうとしたが、気になる言葉にシェイラは思わず聞き返す。

「つまり、貴族のご令嬢のようになれってこと。侯爵家当主の未来の妻としてふさわしい女性にね。それで社交界の面々を騙すってわけだ」

 事情を知っているらしいウィルがアズフェルトのかわりに答える。もやもやしていたシェイラの頭が急に冴えた。

「き――貴族のお嬢様? む、無理よ、そんなの!!」

 頭が転がり落ちそうなほど激しくシェイラは首を横に振った。

 出来るわけがない、貴族のふりだなんて。すぐにばれて恥をかくに決まっている。

「だって私は辺境って言っていいほどの片田舎で育った超平民で、一ヶ月前に都に来たばっかりなの! 人形娼婦にもなったばかりで礼儀作法もまだまだだし、ぜったい無理です!」

「その辺は心配ない。優秀な家庭教師を手配してある。まずは付け焼刃でもそれなりに見られるようになればいい。俺もフォローはするしな」

 アズフェルトがさらりと言う。危機感のない余裕に満ちた態度がやけに高慢に思えた。

「簡単に言わないでください! やっぱりこの話はなかったことに……おかみさんに掛け合って、お金はお返しします!」

「それは出来ない相談だ」懐からアズフェルトが一枚の紙を取り出した。

「ここに館主とかわした『所持契約書』がある。君を買い取ったという証明書だ。つまり、俺は君の主人になったということだ。俺の許可なく君はここから出ることは出来ない」

「そんな」二つの署名が並ぶその書面を見て、シェイラは青ざめた。

「どうして私!? あなたと身分の釣り合う人に頼めばいいじゃない。人形娼婦なんか買うより確実に大勢を騙せるわ!」

「確かに、それはもっともなんだけどねえ」アズフェルトの肩に腕を置き、ウィルが苦笑する。

「実はこいつには魔女の呪いがかかっていてね。そのせいでご令嬢方は彼に近づけないのさ」

「おい、余計なことを言うな」肩の腕を鬱陶しそうに払いのけ、アズフェルトがウィルを睨んだ。

「なんだよ、本当のことだろ。だって君は、あの『ガードルードの魔女』を倒した騎士の末裔なんだから」

 末裔? おとぎ話の? 何を言い出すのかと思ったら。

「……あの」二人の間でシェイラは小さく挙手をした。

「悪いけど、今は冗談を聞く気分じゃないの。ごまかさないでちゃんと説明して」

 疲れる……なんだかすごく疲れる。礼儀だの言葉遣いだのは忘れて、シェイラはいつも通り会話することにした。

「私を身請けしたのは、この間の夜の罪悪感からなんでしょう? 誠意をみせろと言ったから……。でもね、その、私はお金がほしかったわけじゃなくて」

 とにかく謝ってしまおう。そうしてここを出よう。割り切ってシェイラは話を進めてしまおうとした。だがウィルに「ちょっと待って」と遮られた。

「アズフェルト、この間って『またやったらしい』って言ってたの、この子だったの? ……はっはー、わかった。それでお前、口封じしようと探し出して連れてきたんだな!」

――口封じ?

 ウィルの口から飛び出した物騒な言葉に、シェイラはとっさに口をつぐんだ。

 今のは――どういう意味だろう。アズフェルトとばちりと視線がぶつかる。

 気まずそうに目を逸らし、アズフェルトがコホンと咳払いする。

「確かに君を連れてきたのはそのことが関係している。……でも」

 そして顔を上げた瞬間、清潔な白が似合う怜悧な美貌からためらいの色が消えた。

「とにかく、今は時間がないんだ。聞きたいことはあるだろうが従ってほしい。君には一週間後にある大公の晩餐会にオレと一緒に出てもらわなければならない。それまでにこの世界の作法やしきたりをみっちり学んでもらう」

「一週間後!? なによそれ、勝手に決めないで!」

「そのぶん報酬はきっちり払う。君が望むだけ。それにほとぼりが冷めたら君のことは自由にすると約束する。悪い条件じゃないと思うが?」

 蒼空の欠片のような瞳に問われ、シェイラは言葉に詰まる。確かにそれは――おいしい話だった。

「そういうわけで、当面君はこの屋敷で暮らすことになる。この南の離れは自由に使ってくれていい。侍女も何人かつけるから、何かあれば遠慮なく言ってくれ。入用の物があればすぐに用意させる。とりあえず以上だ。仕事に戻るぞ、ウィル」

 どうやら説明する気も話を聞く気もないらしい。

 軍人的な物言いで告げると、返事も待たずにアズフェルトは踵を返した。

「はいよ、大将。……悪いね、無愛想で」

 長身をかがめ、ウィルが小声で囁いてくる。

「でも見ちゃったんなら仕方ない。あの“呪い”はアズフェルトにとって重大な秘密なんだ。災難だけど、しばらく従っておいた方がいいよ。僕も様子を見にくるからさ」

 意味深な言葉の羅列と甘い笑顔でつかの間シェイラを魅了し、またねと手を振ってウィルはアズフェルトの後を追っていった。

――なに……なんなの――?

 呪いって? 口封じって? いったい自分は何を見てしまったのだろう――

閉じられた扉を見つめ、呆然とシェイラは立ち尽くした。


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