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トワイライト・ガーデン  作者: 貴水 玲
【第六幕】 魔女のお茶会
36/43

危険な遊戯

どこまでサクサク更新できるかわかりませんが、休みすぎましたので急ぎます!

どうぞよろしく★

「ちょっとした遊びですわ、わたくしたちが大好きな」

「え? なに……きゃっ!?」

 突然目の前が真っ暗になり、シェイラは悲鳴を上げた。

 布のようなものが目の上を覆っている。手触りからしてサテンのリボンのようだ。

「ふふふ、目隠しよ。シェイラ、あなたはこれからキツネになるの」

 マグノリアの声が背後に移動していく。くすくすと笑いながら、誰かが後頭部でリボンをきゅっと結んだ。

「これからみんなでゲームをするの。あなたはキツネになって、わたくしたちコマドリを捕まえるのよ。今から二十数える間にわたくしたちは庭の迷路の中に逃げるわ。あなたは笛の音を頼りにわたくしたちを探すの。できたらあなたを認めてあげる……だから全員を捕まえなくてはだめよ?」

 マグノリアの艶めいた囁きが左の耳朶をかすめた。肩に置かれた指先の感触が離れ――周囲から人の気配が遠ざかった。

「二十数えたらその目隠しをとっていらっしゃい、キツネさん。さあ、逃げるのよコマドリたち! 捕まらないよう遠くへね……!」

 いーち、にーい、さーん、しーい……

「ちょ、ちょっと待って!」

 笑い声と足音が四方へ散っていく。

 慌てて立ち上がるが気配も声もどんどん遠ざかり、周囲はあっという間に静かになった。

「い……行っちゃった……」

 音と感覚だけの世界の中で、シェイラはがくりと項垂れた。突然始まったゲームに心底うんざりする。


――これって嫌がらせ?


 深いため息をつく。そうとしか思えない。全員を探さないと仲間とは認めない、マグノリアはそう言っているのだ。やはり彼女は自分を敵視している。婚約者と認めたくないのだろう。


――きっと最初から何かしら仕掛けるつもりだったんだわ……。


 シェイラを貶めるために。それがよりによって追いかけっこなんて、魔女には相応しくない実に子供じみた挑戦状だが。

――『キツネとコマドリ』ねえ……。

 似たような遊びを子供の頃した覚えがある。まさか十六にもなって、しかも公爵邸の庭で、再びやることになるとは思っていなかったけれど。

 でも受けてたつしかない。この状況ではその他に選択肢はないようだ。


 十七、十八、十九……二十。


 約束通り数え終え、シェイラはリボンを解いた。暗闇から抜け出し視界に色が戻った。


「……さて、と」


 色とりどりのお菓子や飲みかけの紅茶が置き去りになったテーブルを眺め、シェイラは周囲を取り囲む背の高い生垣をぐるりと見回した。

 どうやら彼女たちはこの向こうに逃げたらしい。よく見れば入口のように開いている場所がいくつかある。その奥には複雑に入り組んだ緑の迷路が待ち構えている。

「……どうやら全員見つけないと、ここから出してもらえないみたいね」

 ここは彼女の庭。この場所から脱出するにはそれ以外に方法はない。


――それに約束、したし。


 最後まで引き受けると。

『命を賭けて守る』そう言った彼の言葉にきっと偽りはない。彼はシェイラを下層の人間だと蔑まず、対等に見てくれる。信じられる。だから自分も出来る限りのことをしよう。

 それにこれなら命の危険はなさそうだ。とにかく早く探してこのお茶会を終わらせよう。近くの入口に狙いを定め、そこからシェイラは巨大な迷宮の中へ飛び込んだ。


――すごい……庭に迷路なんて。いったいどれだけ広いんだろう。


 四角く刈り込まれた生垣の間をそろそろと進み始める。

 左右にそびえる緑の壁は身の丈をゆうに追い越す高さだ。仰いでも、見えるのは細長い青空だけ。向こう側がどうなっているかなんてさっぱりわからない。

 最初は一本だった道は、やがて二本、三本、四本と分岐が増え複雑になっていく。


ピィー、ピピピ。


 いったいどこへ皆逃げたのだろう。そう思いながら進んでいると、小さな音が聞こえた。小鳥の鳴き声のような――きっとこれが笛の音なのだ。

 感を頼りに迷路を進む。だがいっこうにコマドリに扮した彼女たちの姿は見えない。


――どうなってるの?


 だが笛の音はあちこちから聞こえてくる。おいで、おいでと呼びかけるように。必死にその音を追う。だが全然近付かない。まるで同じところをぐるぐると回っているようだ。

 迷路はどんどん深まっていく。まるで巨大な蜘蛛の糸の中。このままでは捕らわれてしまいそうだ、罠にはまった蝶のように――心細くなり、シェイラは走り出した。

 角を曲がり、角を曲がり、角を曲がる――だが出口は見えてこない。

 本当に終わりがあるのだろうか。不安に駆られつつ次の角を曲がって、シェイラはびくりと足を止めた。

 今までと同じ一筋の細い道の先に、何かがいる。


――犬……?


 まるで闇の塊のような大きな黒い犬だった。強靭そうな四本の足で大地を掴み、じっとこっちを見ている。


――何だろう……何か。


 変だ。


 言い知れぬ恐怖に全身が包まれる。笛の音が急に止んだのも奇妙だった。


――大丈夫、下手に動かなければ。


 飛び掛かってくることはないだろう。両足を交互に後ろに引いていく。このまま背後の生け垣の角まで行って、そっと曲がるのだ。姿が見えなくなったら逃げだせばいい――


 震える息を詰め、シェイラはそろそろと後ろへ下がり続けた。だがあと一歩というところで砂利を踏む靴底がわずかに滑った。


――グアゥッ!


 唾液でぬらりと光る鋭い牙を剥き出し、狂犬が赤く濁った目をカッと見開いた。前足が地面を蹴る。それと同時にシェイラはもと来た道を転がるように走り出した。

 ねじれて入り組んだ緑の檻の中を無我夢中で駆け抜ける。獰猛な気配が徐々に速度を上げて迫ってくるのを背中で感じた。


「誰か……!」


 必死に声を上げる。だが一縷の叫びは高い壁に遮られ、迷宮の中に飲み込まれてしまう。


――助けて!!


 白いドレスが汚れるのも構わずに、シェイラは必死で走り続けた。


 出口はどこ!? 出口は――


 呼吸も鼓動もめちゃくちゃに乱れている。頭の中には恐怖しかなかった。


――クスクス……フフ……。


 笑い声がした。ほんの一瞬だが、すぐ近くで。――誰かいる、そう思って気が緩んだ。


「……あっ!」


 ドレスの裾につまずき、シェイラは転んだ。片方の靴が後ろへ弾け飛ぶ。

 地面についた手のひらに痛みが走る。

 座り込んだまま後ろを振り返ったシェイラの目に、猛然と走り来る闇の塊が高く飛び上がったのが映った。


――殺される……!


 両腕で顔を庇いながら、シェイラは悲鳴を上げた。


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