危険な遊戯
どこまでサクサク更新できるかわかりませんが、休みすぎましたので急ぎます!
どうぞよろしく★
「ちょっとした遊びですわ、わたくしたちが大好きな」
「え? なに……きゃっ!?」
突然目の前が真っ暗になり、シェイラは悲鳴を上げた。
布のようなものが目の上を覆っている。手触りからしてサテンのリボンのようだ。
「ふふふ、目隠しよ。シェイラ、あなたはこれからキツネになるの」
マグノリアの声が背後に移動していく。くすくすと笑いながら、誰かが後頭部でリボンをきゅっと結んだ。
「これからみんなでゲームをするの。あなたはキツネになって、わたくしたちコマドリを捕まえるのよ。今から二十数える間にわたくしたちは庭の迷路の中に逃げるわ。あなたは笛の音を頼りにわたくしたちを探すの。できたらあなたを認めてあげる……だから全員を捕まえなくてはだめよ?」
マグノリアの艶めいた囁きが左の耳朶をかすめた。肩に置かれた指先の感触が離れ――周囲から人の気配が遠ざかった。
「二十数えたらその目隠しをとっていらっしゃい、キツネさん。さあ、逃げるのよコマドリたち! 捕まらないよう遠くへね……!」
いーち、にーい、さーん、しーい……
「ちょ、ちょっと待って!」
笑い声と足音が四方へ散っていく。
慌てて立ち上がるが気配も声もどんどん遠ざかり、周囲はあっという間に静かになった。
「い……行っちゃった……」
音と感覚だけの世界の中で、シェイラはがくりと項垂れた。突然始まったゲームに心底うんざりする。
――これって嫌がらせ?
深いため息をつく。そうとしか思えない。全員を探さないと仲間とは認めない、マグノリアはそう言っているのだ。やはり彼女は自分を敵視している。婚約者と認めたくないのだろう。
――きっと最初から何かしら仕掛けるつもりだったんだわ……。
シェイラを貶めるために。それがよりによって追いかけっこなんて、魔女には相応しくない実に子供じみた挑戦状だが。
――『キツネとコマドリ』ねえ……。
似たような遊びを子供の頃した覚えがある。まさか十六にもなって、しかも公爵邸の庭で、再びやることになるとは思っていなかったけれど。
でも受けてたつしかない。この状況ではその他に選択肢はないようだ。
十七、十八、十九……二十。
約束通り数え終え、シェイラはリボンを解いた。暗闇から抜け出し視界に色が戻った。
「……さて、と」
色とりどりのお菓子や飲みかけの紅茶が置き去りになったテーブルを眺め、シェイラは周囲を取り囲む背の高い生垣をぐるりと見回した。
どうやら彼女たちはこの向こうに逃げたらしい。よく見れば入口のように開いている場所がいくつかある。その奥には複雑に入り組んだ緑の迷路が待ち構えている。
「……どうやら全員見つけないと、ここから出してもらえないみたいね」
ここは彼女の庭。この場所から脱出するにはそれ以外に方法はない。
――それに約束、したし。
最後まで引き受けると。
『命を賭けて守る』そう言った彼の言葉にきっと偽りはない。彼はシェイラを下層の人間だと蔑まず、対等に見てくれる。信じられる。だから自分も出来る限りのことをしよう。
それにこれなら命の危険はなさそうだ。とにかく早く探してこのお茶会を終わらせよう。近くの入口に狙いを定め、そこからシェイラは巨大な迷宮の中へ飛び込んだ。
――すごい……庭に迷路なんて。いったいどれだけ広いんだろう。
四角く刈り込まれた生垣の間をそろそろと進み始める。
左右にそびえる緑の壁は身の丈をゆうに追い越す高さだ。仰いでも、見えるのは細長い青空だけ。向こう側がどうなっているかなんてさっぱりわからない。
最初は一本だった道は、やがて二本、三本、四本と分岐が増え複雑になっていく。
ピィー、ピピピ。
いったいどこへ皆逃げたのだろう。そう思いながら進んでいると、小さな音が聞こえた。小鳥の鳴き声のような――きっとこれが笛の音なのだ。
感を頼りに迷路を進む。だがいっこうにコマドリに扮した彼女たちの姿は見えない。
――どうなってるの?
だが笛の音はあちこちから聞こえてくる。おいで、おいでと呼びかけるように。必死にその音を追う。だが全然近付かない。まるで同じところをぐるぐると回っているようだ。
迷路はどんどん深まっていく。まるで巨大な蜘蛛の糸の中。このままでは捕らわれてしまいそうだ、罠にはまった蝶のように――心細くなり、シェイラは走り出した。
角を曲がり、角を曲がり、角を曲がる――だが出口は見えてこない。
本当に終わりがあるのだろうか。不安に駆られつつ次の角を曲がって、シェイラはびくりと足を止めた。
今までと同じ一筋の細い道の先に、何かがいる。
――犬……?
まるで闇の塊のような大きな黒い犬だった。強靭そうな四本の足で大地を掴み、じっとこっちを見ている。
――何だろう……何か。
変だ。
言い知れぬ恐怖に全身が包まれる。笛の音が急に止んだのも奇妙だった。
――大丈夫、下手に動かなければ。
飛び掛かってくることはないだろう。両足を交互に後ろに引いていく。このまま背後の生け垣の角まで行って、そっと曲がるのだ。姿が見えなくなったら逃げだせばいい――
震える息を詰め、シェイラはそろそろと後ろへ下がり続けた。だがあと一歩というところで砂利を踏む靴底がわずかに滑った。
――グアゥッ!
唾液でぬらりと光る鋭い牙を剥き出し、狂犬が赤く濁った目をカッと見開いた。前足が地面を蹴る。それと同時にシェイラはもと来た道を転がるように走り出した。
ねじれて入り組んだ緑の檻の中を無我夢中で駆け抜ける。獰猛な気配が徐々に速度を上げて迫ってくるのを背中で感じた。
「誰か……!」
必死に声を上げる。だが一縷の叫びは高い壁に遮られ、迷宮の中に飲み込まれてしまう。
――助けて!!
白いドレスが汚れるのも構わずに、シェイラは必死で走り続けた。
出口はどこ!? 出口は――
呼吸も鼓動もめちゃくちゃに乱れている。頭の中には恐怖しかなかった。
――クスクス……フフ……。
笑い声がした。ほんの一瞬だが、すぐ近くで。――誰かいる、そう思って気が緩んだ。
「……あっ!」
ドレスの裾につまずき、シェイラは転んだ。片方の靴が後ろへ弾け飛ぶ。
地面についた手のひらに痛みが走る。
座り込んだまま後ろを振り返ったシェイラの目に、猛然と走り来る闇の塊が高く飛び上がったのが映った。
――殺される……!
両腕で顔を庇いながら、シェイラは悲鳴を上げた。




