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トワイライト・ガーデン  作者: 貴水 玲
【第六幕】 魔女のお茶会
34/43

彼の不安

「それで君は――シェイラが心配でじっとしてられなくなったってわけ? ――っと!」


 カン!!


 木製の剣がぶつかり合う小気味よい音が、修練場の高い天井にこだまする。


「仕方ないだろ、婦人方の茶会は男子禁制なんだ……! 一緒に行ったら顰蹙を買う」

 アズフェルトが繰り出す俊敏な突きを、すんでのところでウィルが交わす。

 素早く構え直し今度は頭上から斬りかかる。防御の構えでウィルはその一撃を受け止めた。だが押し切られて体勢を崩し――その瞬間をアズフェルトは見逃さなかった。


「有効!」


 審判が右手を挙げ、アズフェルトの勝利を示した。広く開放的な修練場に拍手が響き渡る。

「ちぇ、また負けか」

 左の胸当てを突く剣先をウィルが払いのける。そしてアズフェルトの首と肩の間の空間を刺していた己の剣を、不満感たっぷりのため息とともに引いた。

「悪いな、何の準備もなしに飛び入りで参加したのに」

 汗のにじむ額にかかる前髪を掻きあげ、アズフェルトはわざと嫌味を投げた。

「ほんとだよ! 防具もなしに攻められたらこっちは怖くて本気になれないっつーの!」

 両手を腰に当て、ウィルが憤慨の声を上げる。室内での剣術訓練では木製の剣を使用するが、衝撃や怪我防止のため簡単な防具の装着が義務付けられている。だが今のアズフェルトはシャツとズボンという軽装姿だった。

「そうか?」

 その割に容赦なく攻められたような気がしたが。疑問を持ちつつ、アズフェルトは脱ぎ置いたはずのコートを探す。すると遠巻きにこちらを見ている従騎士たちの一人が目に入った。

 何やら緊張した面持ちでこちらを見ている。大事そうに抱えているのは金の縁取りの施された白いコート。間違いなく自分の上着だ。

「……声をかけてもらうのを待ってるんだよ。君は下層出の従騎士(みならい)たちに人気があるからねえ。まったく、君が突然現れるからみんな浮足立ってこの始末だよ。指導教官である僕の威厳なんてないに等しい感じだよ」

 背中を小突かれ場内を見回せば、いつの間にか訓練をしていたはずの士官全員が輪になって自分たちを囲んでいた。どうやらいい見せ物になっていたらしい。

 リジオン騎士団本部の敷地内にある室内修練場は、騎士見習いである従騎士・準騎士のための訓練施設だ。入団した時はアズフェルトもここで軍事教練を受けた。正騎士となってからは教官も務めたが、ここしばらく足を運ぶことはなく木剣を持つのも久しぶりだった。

「急に体が動かしたくなったんだ」

 書類が積み上がっている騎舎の自室に向かったが、どうしても集中出来なかった。半刻ほど前馬車で送り届けてきた少女のことが頭をちらついて――。

「言い訳だろ。君は昔から気になることがあるとすぐ手合わせしたがるんだから」

 副団長であるウィルは現在見習い士官らの指導教官を務めている。教練中に邪魔をされた上二度も負かされて、顔も声もあからさまに不機嫌だ。

「そんなにシェイラが心配なら待ってればよかっただろ。サー・ハウスに入る理由なんて君ならなんだって――」

「わかった。悪かったよ、もう戻る。もう一つ用事が済んだらな」

 木剣を押しつけるようにウィルに渡し、アズフェルトは自分たちを取り巻いている士官らを見回した。そして柱のそばで談笑している数人の集団へ近付いた。


「ブレナン」


 その中にいた赤毛の青年が、笑うのをやめて顔を上げた。

「今日は定期巡回の監督官じゃなかったか? どうしてここにいる?」

 その質問にブレナンの顔色がたちまち青ざめた。

「え、あ、あの――それは」

「見回りは退屈か?」

「い、いえそんなことは!」

「なら今すぐ持ち場へ戻れ。人々の暮らしを守るために騎士団はあるんだ」

「は……はいっ! 申し訳ありません!」

 抗弁の余地を与えぬ峻厳な声音に顔をひきつらせ、転がるようにしてブレナンは走り出て行った。その後を仲間たちが追っていく。それを見てウィルが小声で訊いてくる。

「もしかして君、何十人といる準騎士の行動予定まで把握してるの?」

「その日の分だけはな。士官の登録リストもすべて目を通してる」

「はあ? 地方支団の従騎士、準騎士も含めて何百といるのに?」

 振り向いて頷いたアズフェルトに、ウィルが呆れた声を出す。

 だがそうする必要があることをアズフェルトは確信していた。父の死後二年代理として騎士団総長を務めたサローヤンは、金の勘定には細かいがその他のことには関心が薄く、それが士官たちの従事姿勢に大きな影響を及ぼした。

 志願して入団した下層出の若者たちとは違い、家訓や奉仕の義務で籍を置く貴族の子供らの意識はもともと低い。職務の放棄や、無断欠勤などは日常茶飯事。だからこそ、出来る範囲で目を光らせている必要がある。“貴族の社交場”などという不名誉な呼び名を返上し、人々の信頼を取り戻すためにも――。

「出来ることからやらないと……。騎士団を今の状態にしておくわけにはいかないだろう」

 本当ならば服務規程の見直しよりももっと大きな変革が必要だ。以前は苦々しい思いを抱えながらも下から見上げていることしか出来なかった。だが今は違う。これからは間違いを正すことが出来るのだ。

「あのねえ……そうは言ってもすぐにどうこう出来る問題じゃないだろう。君は確かにこの騎士団の指揮権を持ってる。でも今の君に組織を動かせる力まではない。わかってるだろ? 結局でかい変化を起こすには国のお偉い方の賛同が要る仕組みになってる。君が彼らと同等に渡り合うには、まだまだ経験や実績が足りない。焦る気持ちはわかるけど、気長に成果を積み上げて力を蓄えてからにした方がいい」

 お調子者にしてはめずらしく、ウィルがまともに意見する。

「わかってる――俺が選ばれたのは、シンクレアの名を持っているからにすぎないということは。でもじっとしているのは嫌なんだ。このまま何も出来ないのは」

「……君は本当にまじめだよねえ」木剣を肩に担ぎ、ウィルがしみじみと言う。

「革命を起こしたいなら、いっそのこと参事にでもなったら? ちょうど一席あいてるし」

「ばか言うな。そう簡単になれるわけないだろう」

 参事はいわば大公代理。その座を得るには大公の推挙や承認はもちろんのこと、議会で幅をきかせる古参議官らの信認も必要となる。

「なれるさ。マグノリアと結婚して大公にねだればいい。あっというまさ」

「……やめてくれ」

 ぞくりと悪寒がしてウィルを睨む。実に笑えない冗談だ。

「君はひどい男だよ。名前を出すだけでその拒絶反応。確かに最近の彼女はヤバいけどさ、でも魔女の生まれ変わりだなんて本気で言ってるわけ?」

「……お前にはわからないことだ。ほっといてくれ」

「だから恋も結婚もしないって? でも今はシェイラのことが心配でしょうがないんだろ? それってだいぶ矛盾してるよね。まあ彼女かわいいしね。まわりにはいないタイプだし」

 にやにやとウィルが笑う。おもしろがる幼なじみにシェイラは「おい」と詰め寄った。

「……お前、あの子に手を出すなよ」

「あれ、心配なの? めずらしー。さあ、どうしよっかなあ〜」

「絶対にやめろ。彼女は遊びでつきあえるような相手じゃない」

 思わず手を伸ばす。襟元を掴もうとしたが、一瞬早くウィルが動いた。

「――へえ、君がむきになるなんてね……驚いた」

 後ろに下がり、ウィルが若葉色の瞳を意外そうに見張った。

「じゃあ賭けをしよう。君が勝ったら彼女には手を出さない、僕が勝ったら口出しはなし」

「面白がるな。――誰にも本気になんてならないくせに」

 いや、なれないというべきか。

 一見軽薄そうなその甘いマスクの下にある本心を、アズフェルトは知っている。だがそれに触れたことは一度もない。

「恋はね刺激、だよ。衝動的に人を走らせる――一瞬で散るか永遠になるか――予測がつかないから魅力的なんじゃない。なんだよ、自信がないの? 士官学校時代からの僕の連敗記録をさらに更新させればいい話じゃないか」

 ほら、と投げられた木剣をシェイラは片手で受け止めた。

「時間はたっぷりある。どうせまだお茶会は終わらないよ。ご婦人のおしゃべりは長い」

勝負ごとで白黒つけようとするのはミトの常套手段だ。騎士道の精神に反するといつも批判しているというのに。


「……いいだろう、やってやる。後悔するなよ」


 だが結局断らないことを、彼はよく知っている。

 くるりと木剣を回し、アズフェルトも再び剣を構えた。


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