招待状
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
更新はノロノロですが、今年もどうぞよろしくお願いします★
「今日はありがとう。楽しかった」
グロウ・ヒースに向かう馬車の中、アズフェルトが言った。
あれこれ説明しながら市場を巡っていたせいか、あっという間に時はすぎいつのまにか太陽はてっぺんに昇っていた。いつもなら、午後のお茶の時間だと山ほどのお菓子が運ばれてくる時間だ。あと二刻もすれば夕暮れが来てしまう。それに気付き、慌てて帰路についたのだった。
「いいのよお礼なんて。私の方こそありがとう、つきあってくれて。すごく楽しかったわ。でもはしゃぎすぎちゃったかも。色々うるさかったでしょ。ごめんなさい」
小さく舌を出し肩をすくめて見せると、アズフェルトが柔らかく首を横に振った。
「いいや、君が教えてくれたおかげで人々の生活に直接触れられたような気がするよ。普段巡回で近くを通りかかることはあっても、、あんな風に見て回ったのは初めてだ。……ヴィクトリアのことは熟知していると思っていたけど、俺が知っているのはほんの一部にすぎなかったんだな。なんだか情けない」
「情けない? どうして?」
「……やっぱり俺も根本的に“貴族”なんだなと思って」
窓辺にもたれ、どこか遠い目で外の景色を眺めながらアズフェルトはかすかに口角を上げた。
悄然とした声に、シェイラは彼の言わんとしていることがなんとなくわかった。
市場を歩いている間、アズフェルトはあれこれ熱心にシェイラに説明を求めてきた。きっと彼にとって今日は初めてづくしだったに違いない。
でも、きっとそれが落ち込む原因になったのだ。都を守る騎士として、知らないことだらけだったことが。
だけど仕方のないことだ。
高貴な家柄に生まれ、泥臭い庶民の生活とは縁のない煌びやかな世界で彼は育った。それはアズフェルトが選んだことじゃない。代わりに彼は抱えきれないほどの責任と重圧を背負っている。
降ろすことの出来ない荷物。それを持って歩き続けることがどんなに大変か。
――その方がずっと辛いのに……。
それなのに自分を恥じるなんて。
「“違う”って別にいけないことじゃないと思うわ」
無意識に言葉がこぼれ出た。
「人が皆違うのってね、それぞれ役割を与えられているからなんですって。神様は空の上から見守っていることしかできない。だから皆が支え合って、たった一度しかない大切な時間を生きられるようにそうしたの。身分で差を作ったのは人間だけど……それがなくても皆“違う”のよ。皆違うから、楽しく過ごせる。たくさんのことを学んで知ることが出来る。今日のあなたみたいに。それっていいことじゃない? あ、これお母さんの受け売りなんだけどね」
アズフェルトと目が合い、シェイラは小さく舌を出した。
「えーと、つまりね、なんて言えばいいんだろ。違うって特別なことだと思うの。つまり皆違うってことは皆特別。別の解釈をすれば……皆“同じ”ように特別で、何にも差はないってこと。あっ、ほら、平等になった! これでどう?」
思わず両手を叩くと、少しぽかんとしていたアズフェルトがフっと吹き出した。
「ああ、そうだな。確かにその通りだ。……ははっ」
そのまま声をたてて笑い出す。シェイラは顔をしかめた。
「なにかおかしい? 学がないなりにもきちんと説明できたと思うんだけど」
「いや、すまない。そうじゃなくて――」口元を押さえて笑いを止め、
「――ありがとう、励ましてくれて。君の言う通りだ。違うからこそ見えるものもある。……悪いことじゃないよな」
自分を励ますように頷いた。
「そうよ。だからあなたは今日色々なことを知ることが出来たし、私も一つ気付いたことがある」
「君が? いったいなにを?」
「……あなたが、すごく誠実な人だってこと」
「え?」
タイミングよく馬車が揺れ、シェイラの声はかき消された。
「なんて言ったんだ?」
「う、ううん、なんでもない!」
――何言ってんの――私。
告白じゃあるまいし!
聞かれなくてよかった。ほっと胸を撫で下ろす。急に火照った顔をぶんぶんと振って熱を冷ましていると、アズフェルトが「そうだ」と思い出したように言った。
「君に一つ頼みがあるんだ」
「え? 頼み?」
「屋敷に着くまでまだ少しかかる。その間でいいから、君の育った故郷の話をしてくれないか。家や両親や、どんな風に過ごしていたか」
「いいけど……どうしてそんなことを知りたいの?」
意外なお願いに戸惑いを感じていると、アズフェルトの目が笑った。
「さっき言ったじゃないか。“違う”からたくさんのことを学べるんだって。だからそれを実践しようと思って。まず最初に、君のことを教えてくれないか? シェイラ」
――ああ、まただ。
今日何度目だろう。アズフェルトのちょっとした言葉や仕草、表情にいちいち反応してしまう。
今の言葉に深い意味がないことはわかってる。でもこんな風に見つめられたら平気な女の子なんてきっといない。わかっていても意識してしまう。
「でも、きっと面白くないわよ。田舎の貧乏暮らしの話なんか」
動悸を抑えてそう返すと、アズフェルトは意外そうに、
「どうして? そんなことない。君の話は全部楽しいよ」
そう言って、ふわりと微笑んだ。
――この人……ちゃんとわかってるのかしら。
自分がどれほど魅力的か。どれほど他人に影響を与える存在であるか。
きっと気付いていないんだろう。それってけっこうタチが悪い。
この分じゃそのうち、第二第三の魔女が現れるかも……。
ひそかに苦笑しつつ、シェイラは苦労性の貴公子の頼みを聞くことにした。
「わかったわ。でも話の途中で『変化』したら、ぜっったい許さないからね」
やがて辺りに薄闇のヴェールが降り始めた頃、木立に囲まれた道の先にシンクレア家の門が見えてきた。
黒い鉄の門扉がゆっくりと大きく開かれていく。その間を抜けて前庭を半周し、馬車は車寄せで停まった。
「お帰りなさいませ、旦那様。さっそくですが、先ほどサー・ハウスよりこちらが」
アズフェルトに手を取られシェイラが馬車を降りたところへ、小さな銀色のトレーを持ったスミッティが進み出てきた。その上には黒い大きな封筒が載っている。
「サー・ハウス? 大公閣下からか?」
「いえ、公女殿下よりシェイラ嬢へ――とのことでございます」
「……私?」
ひったくるように封筒を掴み、アズフェルトが封を切った。
赤い薔薇の封蝋が砕け、大理石の床にこぼれ落ちた。
「……君に魔女から招待状が届いたぞ」
カードの書面をアズフェルトがシェイラの方に向けた。
「明日の午後、お茶会に招待したいそうだ」




