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トワイライト・ガーデン  作者: 貴水 玲
【第五幕】 見えるもの、見えないもの
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提案

「なんだ?」きれいに切って並べてある焼き菓子をアズフェルトが一切れとり、止める間もなくぱくりと一口食べた。

「……うまい。でも味わったことのない菓子だな。これはどこの店のものだ?」

「シェイラ様がお作りになったんです。離れのお庭になっていたイルベリーを使って。わたし、イルベリーが食べられるなんて知らなくて最初はびっくりしましたけど、コックたちも大絶賛で。せっかくなので旦那様にもと思いまして」

 にこにことサラが説明する。床に穴を掘って入ってしまいたいくらいの恥ずかしさに、シェイラは両手で頬を押さえた。

「これを君が?」

「う……。か、勝手にごめんなさい。でもサラもみんなもイルベリーを食べたことないって言うから、庭師さんに許可をもらって採ってきたの。それで調理場のすみっこを借りて作ってみたんだけど」

 イルベリーのケーキは母がよく作ってくれた思い出のお菓子だ。

 春になると近くの森は自生するイルベリーの甘い香りで満たされる。一見赤くかわいらしい果実は甘そうなのだが、そのままでは酸っぱくて食べられない。だから観賞用だと思う人が多いのだが、煮詰めると甘みがでて香りもよくタルトやケーキによく合うのだ。

「でもそんな質素なもの、都の人は食べないわよね。あなたなんて特に……。気を遣わなくていいの、無理しないで! 口に合わなくて当然だからっ」

 この屋敷のコックの腕は超一流だ。毎日出される食事やデザートはどれも豪華でほっぺたが落ちそうなほどおいしい。それに引き換え自分のケーキなんて、見た目も粗末で味気ない。

「そんなことない、すごくいい味だ。もう少しもらってもいいか?」

 だが意外にもアズフェルトは気に入った様子で、サラに数枚取り分けさせた。

「うん、うまい。あっさりとしてて甘みもちょうどいい。君は料理上手なんだな」

「そ、そう? ほんとに?」

 率直なほめ言葉に、シェイラは素直にうれしくなる。口に運びつつ、アズフェルトは食堂の端に立っているスミッティを呼んだ。

「今日はもうこれで十分だ。他のものはいつもの場所へ届けてくれ」

 そう命じ、手つかずのままのタルトやパイを下げさせる。

「えっ、もう食べないの? せっかく作ってくれたのに」

「ああ、違うよ。救護院への差し入れにするんだ」

 救護院とは孤児や貧困にあえぐ人々を保護する施設のことだ。

 同じ下層階級の中でも裕福な者もいれば困窮する者もいる。大きな都では特に貧富の差は激しい。そのため、そういった設備はあちこちに設けられている。

「差し入れって、慈善活動ってこと?」

 救護院の財政は貴族たちの寄付から成り立っている。

 上層界では、慈善活動は夜会やダンスに並んで人気のある趣味の一つである。人気の理由はただ一つ、売名のためだ。優越主義が浸透した貴族社会では人気の獲得が何よりも重要である。そのため多額の寄付を始め、孤児たちを招いての慈善パーティなど熱心に催しているらしい。

「そこまでのことじゃない。毎日子供たちにおやつを届けさせてるだけだよ」

「じゃあもしかして、職人を呼んでたくさん作らせてるのは子供たちのためなの?」

「そうだが……まさか、全部俺が一人で食べてると思ってたのか?」

 こくりと頷いたシェイラに「俺の分はホロヴァだけだ」とアズフェルトが口を曲げる。そこへ銀のトレーを片手にスミッティが戻って来た。

「失礼致します、旦那様。昨日、シヴォーレンの大奥様よりお手紙が」

 トレーの上には薔薇の封蝋のついた封筒が載っている。アズフェルトの顔色が曇った。

「……そうか。いい、いつもの場所にしまっておいてくれ」

 そう言って下げさせる。不審に思ってシェイラは訊いた。

「読まないの? 大奥様って……あなたのお母さんでしょ?」

「構わない。どうせいつも内容は同じだ。バラが咲き始めたとか、天気がいいとか。わざわざ見るまでもないさ」

「そうだとしても……せっかく送ってくれたのに」

 実の母親に対してずいぶんと冷たい反応だ。ずっと離れて暮らしていると聞いたが、仲が悪いのだろうか。 

 手紙が載ったトレーをどこかに持っていくスミッティの後ろ姿を見送りながら、シェイラが思わず呟くと、

「いいんだ、別に。君には関係ないだろう。放っておいてくれ」避けるように強い口調でこの話題をはねのけ、アズフェルトはナフキンで口元を拭いた。

「それより、どこか行きたいところはないか?」

「え?」

 行きたいところ? 何のことだろうときょとんとしているとアズフェルトがコホンと咳払いをした。

「あー、今日はじつは非番なんだ。それでその――いろいろ大変な目に遭わせた罪滅ぼしというか、愚痴を聞かせたお詫びというか……気分転換に観光でもどうかと。ほら、ヴィクトリアのことをよく知らないって言ってただろう。まあ、よければだが」

「ほんと!?」

 その提案にシェイラは瞳を輝かせた。真っ先にある場所が脳裏に浮かび上がる。うれしいチャンスの到来に思わず「はいっ」と手を挙げた。

「あるある、行きたい場所! 一度近くで見てみたいと思っていたの」


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