ふたりで朝食を
「……後頭部に覚えのないこぶが出来てるんだが」
翌朝、朝食の席でのアズフェルトの第一声に、シェイラは持ち上げかけた紅茶のカップをがしゃんと置いた。
「それを聞きたくて朝ごはんに誘ったの? どうしてだか、ご自分の胸に聞いてみたら?」
窓の外に広がる青空と同じ色の瞳を釣り上げ、シェイラは砂糖のポットを掴んで手元に引き寄せた。
「……聞きたいんだが覚えてない」
「そうでしょうね。あの後あなた、月をみちゃったから」
山盛り一杯砂糖をすくったスプーンをシェイラは紅茶に落とした。
夕陽が落ちた時に気付くべきだった。なんで忘れていたんだろう。
昨夕、暗くなった直後アズフェルトに例の“変化”が起こり――押し倒されそうになった。
なんとか突き飛ばし難を逃れたが、はずみでアズフェルトは円柱に頭をぶつけて気を失った。たんこぶはその時の記念である。
「なんでお酒を飲んでおかなかったのよ。何が細心の注意よ、あなたダメダメじゃない!」
「仕方ないだろ! まさか君が来るとは思わなかったし、日没前には戻るつもりだったんだ」
その後一目散にシェイラは逃げ、スミッティに事情を説明した。おそらく彼がその後アズフェルトの介抱をしてくれたのだろう。
「だからって不用心すぎるわよ。間違いを犯したいの!?」
せっかく少し見直したところだったのに、なんてマヌケなんだろう。
ああ、そのきれいな顔にジャムを塗りたくってやりたい。でもこんなにおいしいアプリコットジャムを無駄には出来ない。このふわふわの白パンによく合うのだ――そう思い止まる。
「もっとしっかりしてもらわなきゃ困るわ。今度やったら出て行きますからね」
強気のシェイラに使用人たちがはらはらしながらこっちを見ている。かまわず二杯、三杯と紅茶に砂糖を入れた。
「……悪かった、次は気をつけるよ。――ところで、その砂糖全部入れるのか?」
四杯目にとりかかろうとした手を止め、シェイラは上目遣いにアズフェルトを見た。
「せっかくの上等な紅茶を砂糖水にする気か?」
「だ、だって……甘いとおいしいんだもの」
慌ててポットを閉め、押し戻す。きまりの悪さに顔が熱くなった。
砂糖は平民には大変高価な代物なのだ。商人の集まるヴィクトリアでは多少安価になっているようだが、平民にとってはまだまだ贅沢品。娼館では客に紅茶をふるまうのだが、娼婦たちは手をつけるのは禁じられていた。
「……甘いものならそこにくるみのタルトとクリームパイがあるぞ」
「違うの、お菓子とはまた別なのよ!」シェイラはぶんぶんと首を横に振る。
「この積りたての雪みたいな白い小山を見てるとね……抑えがたい衝動に駆られるの。さらさらーってスプーンからこぼれる感覚がやみつきになるっていうか……」
「――君は――……変なやつだな」
「わ、悪かったわね! あなただって十分変よ。血を砂糖水にしたいわけっ?」
朝食だというのにパイやマフィンの山がずらりと並ぶ食卓の前でシェイラは両手を広げた。そこへサラが小さなカゴを持ってやって来た。
「旦那様、今朝はぜひお召し上がりいただきたいものが」
そうアズフェルトに差し出したカゴの中身を見て、シェイラは悲鳴に近い声を上げた。
「ちょ、ちょっとサラ! だめよ、それは――」




