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トワイライト・ガーデン  作者: 貴水 玲
【第四幕】 貴公子様の秘密
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黄昏に馳せる思い

「……君は強いな」

 独り言のようにアズフェルトが言った。

「強くなんかないわ……何度もくじけそうなったもの。こんなんじゃ牧場を買い戻すなんて無理かなーって」

「牧場? 借金のカタに取られたっていう君の家か?」

「そう。あのね、いつかあの牧場を買い戻すのが私の夢なの。人形娼婦(ドール)になったのもそのため。一生かかっても無理かもしれないけど……」

 アズフェルトに向かってシェイラは破顔した。

「ね、あなたの悩みとはだいぶ違うけど、私だってこんな大きな壁の前にいるのよ。どうしたらいいかなんてわからない。自分に何が出来るのかも。でも諦めないつもりよ。なのにあなたはもう弱腰? それこそ侯爵様の名が泣くわよ」

 アズフェルトの鼻先にシェイラは指を突き付けた。

「ていうか、あなた贅沢よ。大公の信頼を独り占めして、頼れる親友もいて、この家の人たちにも本当に好かれてる。さっき自分の持っている物は家名のおかげだって言ったけど、そんなことないわ。みんな本当にあなたが好きなのよ。これでも私、色々大変な目に遭ってきたせいで人を見る目はあるの。もっと自信持ちなさいよ。あなたはそのへんの甘ったれたお坊ちゃんたちとは違うわ。ちゃんと努力すること知ってるもの」

「……君は変わってるな」

 ふっとアズフェルトが笑みをこぼした。

「口答えはするし、説教はするし……他の娼婦たちとは違う。君に出会う前、何度かこの仕事を任せられる者を探しに花街へ出向いた。でも俺が貴族だとわかったら、一人残らず色目を使ってきた。正面から遠慮なくぶつかってきたのは君がはじめてだ」

 ほめられているのか、けなされているのか。複雑な気持ちでシェイラは肩を震わせるアズフェルトを見た。

「これが私よ。口うるさくてかわいげがなくて……でもエサに釣られたのは私も同じよ」

 肩をすくめ、ぺろりと舌を出す。「借金返済の条件に目がくらんだもの」

「……そうだとしても、君は――やさしいよ。それに誠実だ。昨日も立派に婚約者のふりをこなしてくれた。見事だったよ、誰も疑いもしなかった。感謝してる」

「別に」アズフェルトの真摯な眼差しに、シェイラはたちまち決まりが悪くなる。

「あれは……自分のためにやったのよその、あなたを見返してやろうと思って」

「はは、そうか。でもそれでも構わない。ありがとう……さっきの励ましも」

 うれしかった、と言われ少し照れる。夕陽が染み込んだようにほんわり胸が温かくなった。

「君にはたくさん借りが出来た。でも俺は……君に取り返しのつかないことを。どうやって償えばいいのかわからないが、出来る限りのことはしたいと思ってる」

「あ、あの。そのことなんだけど――」

 シェイラは目を泳がせた。すっかり忘れていたが、言っておかねばなるまい。

「私、感情が高ぶっててだいぶ大げさに言っちゃったみたいなんだけど……あの夜私たちは一線越えたりとかは……してないの」

「……え?」

「その~~、確かにキスはされたけど……それだけだったの。その後私逃げちゃったから。だからなんていうか……おあいこ? 私もあなたを思い切り引っぱたいちゃったから」

 ぽかんと口を開けたままアズフェルトが固まる。そして空気が抜けたようにしゃがみ込んだ。

「何も……なかった?」

「まあ、それ以上は」

「……そうか、ああ…………よかった」

 項垂れたまま、長い安堵のため息をアズフェルトが吐きだした。

――そりゃ、当然よね……。

 間違いはなく、面目を保てたのだから。その反応になんとなくがっかりしていると、

「……君が無事で、本当によかった」

「え?」

 しゃがんだまま、アズフェルトが顔を浮かせた。

「君に一生の心の傷を与えてしまったのかと。……君が逃げてくれて本当によかった」


――もしかして、私の心配してたの? 


 自分のことでなく? 

 意外な反応に驚いていると、アズフェルトが立ち上がった。

「でも傷つけたことには変わりない。それについてはその、好きに罰してくれていい。煮るなり焼くなり、……出ていくならそれでも」

 ぎくしゃくした声で同じ台詞を言われ、シェイラはたまらず笑い声を上げた。

「あなたマジメすぎ……! 大丈夫、引き受けた以上最後までやるわ」

「……たくましいな」

「よく言われる。両親直伝よ。借金返済もかかってるし、頑張るわ。対価は仕事の出来で決まるんでしょう?」

 ひとしきり笑って、シェイラはベンチに腰を下ろした。

「それに、あなたが守ってくれるんでしょう。騎士様?」

 揺れていたマラウクの目に、確かな意志が戻った。


「……ああ、この命を賭けて」


 左胸に右手を置き、アズフェルトが一つゆっくりと首肯する。

 まるで永遠なる忠誠の誓いのような、神聖な響き。

 なんだかどきどきしてきて、シェイラはとっさに遠くの空を見た。


「夕暮れって不思議ね」


 金色から赤へ、そして夜の手前の紫へ。

 気まぐれに変わる空の色は、羽化し続ける蝶のように見るたびに美しくなっていく。


「……この時間が一番好きなんだ」


 夕陽に染められたアズフェルトの長衣の裾がふわりと翻った。

「今日の出来事も景色も……全部やさしい色に染まって、今だけは許される気がするんだ。

ありのままの自分でいてもいいと――」 


 眩い天空の瞳が今日の役目を終えて、ゆっくり瞼を閉じるまでのわずかな間だけ。


「――あなたは、あなただわ」


 いつだってそうあればいい。

 光が消え、世界がゆっくりと閉じていく。


 その中で、ひどく寂しげなアズフェルトの笑顔を見た気がした。


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