呪いと魔女
「知ってるけど」
と言いかけて、シェイラは昨晩のエルヴィスとの会話を思い出した。
「でもこんな話を聞いたわ。魔女は本当はただの人間の女性だったって」
「……ああ」じんわりと赤く染まっていく景色の方へアズフェルトは顔を向けた。
「その話は本当だ。魔女キーラはもとは人間の少女で、シンクレア家の使用人だった」
淡々と話し出した声にシェイラは耳を傾ける。
「俺の祖先オーリオ・シンクレアと彼女は幼なじみだった。キーラは美しく聡明な娘で、ずっとオーリオに思いを寄せていた。でもオーリオには恋人がいて相手にされなかった。キーラは嫉妬し……ついには恋人を死に追いやった」
鮮やかな夕光があずまやに差し込む。二つの影がモザイクのタイルの上に長く伸びた。
「そしてキーラは彼の心を手に入れようと禁断の魔術に手を出した。彼女の母親は邪術に精通する者だったんだ。人の心を意のままに操り支配する『月影の魔呪』、それを完成させるための生贄として、彼女は多くの男を誘惑して殺した。だがその秘密が暴かれ、魔女として火刑に処された。だが彼女の思いは強く、悪霊となって残った。オーリオは大天使シリエルが残したといわれる宝剣で、悪霊を聖石に封じた。その時、キーラは呪いの言葉を残した。『たとえこの身が滅びても、どれほど時が流れようとも、私はずっとあなたを見ている。あなたが愛する者はすべて奪い、その心を必ず手に入れる』と」
「それが呪いの始まりってわけね。でも封印されたのに……なんで姫が魔女なの?」
「話はここで終わらないんだ」げんなりとした様子でアズフェルトが続ける。
「封印の石はシリエルを生んだミード湖の奥深くに沈められるはずだった。だがある時石は忽然と消えてしまった。金に困っていた下男が勝手に売りさばき、利益を持ち逃げしたんだ。結局その男は捕まらず、以来石は行方知れずのままだ」
「……じゃあ石が封印されなかったせいで魔女の怨念はこの世に留まり、何百年も時を超えて公女様として生まれ変わった……と?」
自分で言っていて、混乱してきた。シェイラは首を傾げる。
「生まれ変わった、というのは少し違う。でもマグノリアの中にその存在を……感じるんだ。うまく説明できないが、俺にはわかる。急に彼女が豹変したのもおそらくそのせいだ。そうやって魔女は、知らぬ間に誰かのふりをして俺たちの前に現れ大切なものを奪っていく」
アズフェルトが膝の上で両手を握りしめた。
「その呪いを解く方法はないの? 昔の魔術の本とか」
「今のところ……ない。キーラとともに魔術関係の文献はすべて焼却されてしまったんだ。祖先の遺品や書物もしらみつぶしに調べたが、結局何も見つからなかった。あったのは、悲しみや苦悩を綴った日記だけだ」
深いため息とともにアズフェルトが両手で頭を抱えた。
「誰かを愛するたびに、魔女は時を超え姿を変えて引き裂きにやってくる。気付いた時にはもう遅い……そうやって、父も祖父も他の当主たちも心を捧げた相手を失った」
「失ったって」シェイラがためらった言葉の先をアズフェルトが繋げた。
「呪いのせいで破綻したり、命を奪われたり……色々だ。『本気で人を愛するな』と俺は教えられてきた。家名のための結婚をした後も父が苦悩し続けていたのを俺は知ってる。だからその言葉に従い、自分のやるべきことだけを考えてきた。……だが魔女は俺の前に現れた」
「……それがマグノリア姫? うーん、確かに過激そうな人だとは思ったけど……」
マグノリアが飲み物に入れたのはおそらく媚薬だろうとアズフェルトは言った。以前にも何度か危ない目にあったらしい。
「信じられないんだろう。いいさ、こんな話普通はバカにされる。証拠はないしな。ウィルだって実際は半信半疑なんだ。でもぜっっったいに、間違いない」
髪の間に差し込んでいた手を膝の上に振りおろし、アズフェルトが言いきった。
「これからあれは、きっと何かを仕掛けてくる。……婚約者を仕立てれば解決するなんて、我ながら甘い考えだった。彼女は俺を手にいれるため……君を狙うかもしれない」
すまない、と生真面目さだけで出来たような顔で、アズフェルトが謝る。
「す、すまないじゃないわよ!!」
真っ青になってシェイラは立ち上がった。
「殺されたらどうしてくれるの!? そりゃ私なんていなくなっても誰も気づかないような石ころみたいな人間ですけどねっ。素敵な恋とか何も知らずに死ぬのは絶対いや! いやなんだからっ」
冗談じゃない。借金返済のかわりに命まで取られるなんて。わけがわからずぶんぶんと首を左右に振り続けていると、
「そんなことはさせない」
立ち上がり、アズフェルトが一歩踏み込んできた。




