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第二幕:崩壊 |第4話:捏造された狂気と違和感

第4話:捏造された狂気と違和感


葬儀は、まるで他人の夢の中の出来事のように終わった。

花に囲まれた小さな二つの棺と、その隣に並ぶ美咲の冷たい顔。何百回と泣き崩れ、その度に桐谷が肩を支えてくれたことだけが、僅かな記憶の断片として翔の脳裏に焼き付いている。


事件から一週間後。

翔は警察署の一室に呼び出されていた。目の前には、疲労の色を濃くしたベテラン刑事が座っている。


「天城さん。……犯人を、逮捕しました」


その言葉を聞いても、翔の心はひどく冷めきっていた。

テーブルの上に置かれたタブレット端末。そこには、うつろな目をした浅黒い肌の若い男の写真が映し出されている。

名前はアミル・ハサン。中東からの技能実習生で、劣悪な労働環境から逃げ出し、借金苦から凶行に及んだのだという。


「なぜ……そいつが、俺の家族を?」

「金目当ての、突発的な通り魔的犯行です。……これを見るのは辛いでしょうが、状況を説明するために確認していただきます」


刑事の操作で、タブレットにモノクロの映像が再生された。

それは、数日遅れでようやく開示された「天城家の防犯カメラ(AEGIS)」のクラウド保存映像だった。


重大事件のプライバシー保護規定により、管理者たる翔であっても、警察やNexus AIの第三者機関を通さなければ事件当夜の録画データにはアクセスできない。そのロックが解除され、翔が自分の家の映像を見るのはこれが初めてだった。


画面のタイムスタンプは「20:45」を示している。

モダンなコンクリートの門壁の前。部屋着にカーディガンを羽織った美咲が、桐谷に手を振って見送っている。彼女の優しい笑顔がはっきりと映っていた。

翔の胸が、ギリリと締め付けられる。


桐谷の背中が暗い夜道へ消え、美咲がくるりと背を向けて玄関へ戻ろうとした、その瞬間だった。

門の横の暗がりから、黒いアミルが飛び出した。

美咲の口を背後から塞ぎ、強引に玄関のドアを押し開けて家の中へと侵入していく。


その後の映像は、翔には直視できなかった。

玄関の縄跳びで縛られる妻。二階から降りてきてしまった凛と蓮。男が包丁を振り下ろす、無音の暴力。


「……犯人は、奥さんが来客を見送ってドアを開けたその一瞬の隙を突きました。システムが『住人による通常のドア開閉』と誤認している間に押し入ったため、窓ガラス破壊やピッキング時の強行侵入アラートが作動しなかったんです」

「……」

「犯人のアミルも容疑を完全に認めています。これで、事件は解決です」


解決。

その言葉が、ひどく空虚に響いた。


署からの帰り道、翔はずっと俯いたまま歩いていた。

スマートグラスの奥で、シエルはただ「マスターの心拍数の安定」だけを静かにモニターしている。


(……通り魔強盗。美咲がドアを開けた隙を突かれた。だから侵入検知は作動しなかった)

警察の論理は、一般人から見れば完璧だった。

AEGISの盲点を突かれた不運な事件。翔自身がセキュリティを下げていたことも、不運の連鎖として処理された。


だが、翔はITインフラのプロフェッショナルだ。

悲しみで麻痺していた脳の片隅で、エンジニアとしての冷徹な論理回路が、小さな『エラー』を吐き出し始めていた。


(……おかしい)


翔は立ち止まり、冷たい風の中でスマートグラスに触れた。


「シエル。事件当夜、俺が居酒屋からお前にアクセスした時……お前は『通信遅延』を起こしていたな?」

『はい、マスター。あの時間帯、Nexus AIのメインサーバー群とのパケットロスが規定値を超え、一時的な通信ブラックアウトが発生しました』

「ただの通り魔が押し入っただけで、世界最高峰のクラウドサーバーが落ちるか? そもそも、レベル1のセキュリティであっても、システムに登録されていない『未知の生体データ(アミル)』が室内に侵入し、家族のバイタルが急低下すれば、ローカルAIであるお前がすぐに異常を検知して俺にアラートを飛ばせたはずだ」


翔の鼓動が、少しずつ早くなっていく。


「見せられた映像では、ドアを開けた瞬間に襲われている。それなのに、俺のデバイスに『バイタル異常』の通知が来たのは、襲撃から30分近くも後だ」


それは、致命的なタイムラグだ。

まるで、誰かが意図的に「その間の時間」を切り取り、防犯カメラの映像と、シエルの通信ログを都合よく『編集』したかのように。


「シエル。事件当夜のAEGISのローカル生ログ(未修飾データ)を、俺の権限でプルしろ」

『……拒否されました(アクセス・デナイド)』

「なんだと?」

『該当のログブロックは、Nexus AI本社データ管理部門により「事件証拠保全」の名目で最上位ロックが掛けられています。マスターの権限では、これ以上の閲覧は不可能です』


翔の背筋に、冷たい汗が伝った。

通り魔事件の証拠保全にしては、あまりにも厳重すぎる。

自社の大口クライアントでもある世界的なAI企業Nexus AIのトップ層が、なぜ下請けの一エンジニアのホームセキュリティのログを「直接」封鎖しているのか。


『マスター。バルタザールからの進言です。現在のマスターの精神状態ならびに血圧の上昇は、PTSDの悪化を招く恐れがあります。これ以上の追及は、システム規定により推奨されません』


シエルのアルトボイスには、どこかプログラムされた「壁」のような冷たさがあった。


「……アミルは、犯人じゃない」


翔は、誰もいない夜道で低く呟いた。

警察が用意し、Nexus AIが承認した「解決」という名のパッケージ。

その美しい箱の裏側には、血の匂いよりも濃い「巨大な嘘」が塗り込められている。


翔は眼鏡を押し上げ、冷たい冬の夜空を見上げた。

絶望の底に沈んでいた瞳の奥に、仄暗い復讐の炎が、初めて小さな灯りを点した瞬間だった。


(第4話 終)


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