8話.ホワイトパズル
「授業終了を知らせる鐘がなるまでに、このパズルを完成させること。これが今日の課題だ。じゃ、頑張れよ」
言うが早いか、クラッドは再び教卓に身体を預け、眠ってしまった。
それぞれのチームがぎくしゃくしながら、渡されたホワイトパズルの完成に向けて取り組み始める。
ティエラも、全く得意ではないパズルを手に取っては、まずは角だと分かるものを集め始めた。
すぐ隣で、ソルも初めて見る真っ白なピースをいくつか手にとっては、空に掲げたりして興味深そうに見ている。
教室中から、パチパチとパズルピースを合わせる音だけがこだまする。
しかし、始めて5分もしないうちに、ティエラはもう止めたい気持ちでいっぱいだった。
「……これ、本当に300ピースあるんですよね?」
ティエラは思わずため息をこぼした。
ピースが入っていた箱のそこに、全300ピースと書かれていたのを見て、現実から目をそらしていた。でも、つい確認してしまう。
机いっぱいに広がる真っ白のパズルは、どう見ても悪意しかない。悪意というか、クラッドのやる気のなさというか。
「五人で取り組ませているんだし、時間内にクリアできる設計にはなってるんじゃないかな」
「それは、きちんとパズルが解けるレベルの人間が五人揃っていれば、的な……?」
オジェの返答に、ティエラは戦慄した。
まさか、このパズルはチーム内にいる足手まといを発見するため、踏み絵としての機能を内蔵させていたとは。
入学出来たという事実は、まさにただの通り道に過ぎないと言うことだ。これから先、幾度となく授業を通して、出来の悪い人間を容赦なく切ってくるに違いない。
――恐るべし、王立高等学校!
なんて場所なのだと、ティエラは生唾を飲み込んだ。
「メイはこういうの、得意だったかしら」
ミルダも手元でパチパチと音を鳴らしながら、メイに声をかけた。
「もちろんでございます、お嬢様。パズルを元に戻すこと。それ即ち、それぞれの道具を元ある位置に戻すのと同義でございます」
「そういうもの、なのか……?」
「そうなのかも……?」
オジェは懐疑の目を向けていたが、ティエラはなんかそれっぽく感じたので、曖昧ながらに頷いた。
「キャンディ家は、代々バレングロウ家に生まれる子息令嬢に仕えてきました。何故、この名誉が叶うのか……その一端を今、御覧に入れましょう!」
いきなり壮大なことを口にしたメイが、バッと両手を空に掲げた。
一体何が始まるんだとティエラが身構えていると、メイは思いきり両手を合わせた。乾いた音が大きく鳴った。
「パズルたちよ。お嬢様のため、元の姿に戻りなさい!」
カッとまばゆい光が、机の上に乱雑に置かれているパズルたちがカタカタと揺れ、動き出した。それぞれが意志を持ったように、お互いの目指すべき位置に移動を始めた。
「おおっ、凄い!」
「これなら、本当に完成するかも!」
ティエラは感嘆の声を上げた。オジェも、これが正解だったのかと納得している。
まさか、パズルを解くために魔法を使うことが必要になるとは、夢にも思わなかった。王立高等学園はやっぱり高レベルだと、ティエラは一人で勝手に感動した。
「……あら?」
魔法を行使したメイが、困惑した。
どうしたんだろうかとティエラはメイを見た後、メイが視線をずっと向けているパズルの方に向け直す。
パズルたちは、先ほどまで順調に場所を移動していたのが一転して、先ほど以上に大きく震え始め、机をガタガタと揺らし始めるほどだ。
そして、パズルたちは弾けた。
「お嬢様っ!」
メイは、はじけ飛ぶパズルからミルダを守ろうと、彼女の前に飛び出した。しかし、明らかにパズルたちはメイにめがけて飛びかかっていた。
結果、パズルに押し倒されたメイにより、ミルダも圧し潰された。
「ミ、ミルダさーん!!」
ティエラとオジェが、大慌てでメイを引きずり下ろす。メイは完全に気を失っており、そのメイに潰される形になったミルダは……。
「ふふふっ。授業とはこんなにもアグレッシブで、楽しいものなのですね? メイも、こんなにはしゃいじゃって……」
「ものともしてなかった!!」
「メイさんは別に、はしゃいでたわけではないはずだよ……」
ミルダはどこまでもマイペースな人で、どこかズレた感想を口にしている。一緒にツッコミを担ってくれているオジェは、眉間に寄ったしわを何度も揉んでいた。
「派手にやったな」
流石にメイが意識を失ったのは放置できないと、クラッドが気だるそうにしながらもこちらにやってきてくれた。
ティエラは大人の人が来てくれたと言う事実に、胸を撫でおろす。
完全に伸びてしまっているメイの頬を何度か叩いた後、クラッドは言った。
「生きてるならいいか」
「基準が怖すぎません?」
この先生、凄くヤバい人かもしれない。
ティエラは撫でおろした手を逆走させた。
「威力の高い魔法を使うと跳ね返されるから、気を付けろよ」
「魔法を使うことは、否定しないんですね……」
クラッドは懐から新しい木製人形を取り出して魔力を与え、ずずずっと大きくしていた。そして、メイにそっくりになるよう、顔を書き込んでいる。
この時、クラッドはオジェの顔を見てから、わざわざ顔を逸らした。
あまりにもわざとらしすぎて、ティエラとオジェは顔を見合わせた。
「メイの代わりはこれでいいだろう。後は、本体をどうにかしないとな」
「まあ、メイには分身がいましたの?」
「真に受けないでっ!」
一体全体、ミルダは今までどうやって生きてこれたのか、ティエラは不思議に思った。彼女はバレングロウ家の箱入り娘だった。解決した。
クラッドはため息をつきながら、教卓の下をがさごそと漁り、何かを持ってきた。
「ほら」
どこから出したのか、掌サイズの寝袋を取り出すと、メイの横に放り投げる。次の瞬間、寝袋はぶわっと膨らみ、成人女性が余裕で収まるサイズに変形した。
「先生、それは……」
「常備品」
「私物では?」
雑に答えたクラッドは、メイを抱えて寝袋に収めた。
明らかにクラッドの私物だと思われる寝袋に、意識を失った女子生徒が収められるという、ちょっとヤバい絵面になったが、本人に悪気はないらしい。
「保健室まで運ぶのは面倒……いや、時間のロスだろ? だからここで寝かせとけ。……あ、踏むなよ」
さらりと言うクラッドに、ティエラたちは小さく頭を下げた。
それ以外の選択肢がなかったことには、目を瞑ることにする。
「ありがとうございます」
「助かりましたわ」
少なくとも、放置するよりは遥かにマシだろう。そういうことにしておいた。
メイを安全な位置に寝かせてほっと息をついた時、ティエラはものすごい速度で頭を上げた。
「ソルは?」
確か、パズルの入っている箱を開けたすぐの頃は、自分の隣でパズルを興味深そうに見ていたはず。
しかし、今は隣に居ない。
ティエラは大慌てでソルのことを探し始めた。




