閑話1.ソル編 猫はこっそり爪を研ぐ
ティエラの寝息が聞こえ始めた頃、ソルは毛布から這い出した。ぐーっと両手を前に伸ばし、くああっと大きく口を開ける。
暗い部屋の中、ソルはそれをもろともせずにティエラの顔を覗き込んだ。
完全に爆睡しているようで、こちらに気づく様子はない。
自分が寝付く前、ティエラと何か大事な話をしていた気がして、ソルは今日のことを振り返った。
入学式はいつもと全然違い、とても不安だった。ティエラが傍にいても、それだけでは全然満たされなくて、無性にお日様が恋しかった。
日差しが入って来ないかなあって思っていたら、パッとティエラの元にお日様が集まってきたので、ソルは嬉々としてティエラの膝を借りた。あれは暖かくて、とても良かった。
その後に横切った何かも最高だった。つい飛び掛かったら、ティエラごと倒れこんでしまった。背中を打ち付けさせてしまったことは、申し訳ないと思っている。
ここまで回想して、ソルは自分が寝落ちする前に話していたことの内容を思い出した。
あの日差しを呼んだのは自分だと、ティエラにカミングアウトをしたまでは良かった。しかし、もう一度してみてと言われて頑張っているうちに、眠たくなって寝てしまった。
ティエラには自分だと言ったはいいものの、実はソル自身も半信半疑というのが本音だった。自分としては力を使ったという感覚はない。代わりに、自分が望んだからそうなった、という感じだ。
ただ、これを上手く言語化できないでいる。
「やってみればいいか」
ソルは深く悩んで考えるのは苦手なので、とにかくやってみることにした。
まずは、念じて見た。
――お日様、出ろ!
変化はない。未だに部屋の中は真っ暗なままだ。これではダメらしいので、ソルは考える。
「同じ条件にしてみよう」
入学式の時は、とにかく寒いという気持ちでいっぱいだった。
ソルは窓際へ向かい、今度は遠慮なく窓を大きく開けた。ビューッと夜の冷気が流れ込み、ソルを直撃する。
これはたまらない。これぞ、本能が拒否する寒さだ。
今ならいけると確信したソルは、もう一度念じて見た。
――お日様、出ろ!
少し待ってみたが、やっぱりダメだった。
あのお日様は自分の力ではなかったのかと、ソルはしょんぼりした。夜の風が、さらに冷たさを増した。
魔法っぽいものが使えないならもういいやと、窓を閉める。しかし、夜風が入り込んだ部屋は冷え込み、ソルの身体を刺した。
「ティエラ……」
彼女の名前を呼び、布団に手をかけたところでソルは止まった。ここで、冷たい自分が入ってしまえば、確実にティエラを起こしてしまう。
そして、彼女は一か月前に風邪を引いたばかりだ。また体を冷やしては、風邪がぶり返してしまうかもしれない。
ソルは、いつも元気いっぱいのティエラが初めて弱っているところを見て、どうしていいのか分からなかったあの日を思い出し、ぞっとした。
あんな風に苦しむティエラを見たくない。
でも、今の自分の身体はすごく冷えていて、寒い。
寒いのに、ティエラを起こせない。
仕方なく、自分が包まっていた毛布を被るが、これもすっかり熱を失っていた。ちっとも、自分の身体は暖かくならない。
「お日様……」
――なんで夜なんてあるんだろう。ずっと朝日が昇り続けていたらいいのに。
ソルがそう思った時、ポワッと身体が温かくなった。
自分のところだけを照らす小さな太陽みたいなものが空に浮かび、自分のところに向かって光を放っているのを見て、ソルははしゃいだ。
「ティエラ! 見て見て! ねえ、起きて!」
大はしゃぎでティエラに声をかける。もぞもぞっと、もう一つの布団の中が動いた後、ティエラがうっすらと目を開いた。
その瞬間、ソルは有頂天になった。
一番大好きな人がこっちを見て、自分の力に驚いて、凄いねって褒めてくれる。そんな期待で胸がいっぱいになった。
すると、フッと世界は暗闇に包まれた。
「……あれ?」
「なにぃ……ソル、起きてるのぉ……?」
「あ、いや、今、凄い魔法が使えて……」
「まほぉ……? 魔法……うん、あるねぇ……むにゃ」
ゆらゆらと持ち上がっていたティエラの頭が、ぐしゃっと枕の上に落ちた。ティエラは完全に、眠気に負けていた。
暗闇に取り残されたソルは、何もない天井を見つめてしばしの間、固まっていた。
――まあ、いいか。
ソルはさっき出来たことを不思議に思いつつ、ティエラがいるからなんでもいっかと結論付けた。
一回起こしちゃったから今更だなと思ったソルは、そそくさとティエラのそばで毛布に包まり、眠りに落ちた。




