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従者が猫すぎて入学式が崩壊しました  作者: おかかむすび
第三章.おでかけ編

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34話.一年前の風邪

 お腹がいっぱいになったティエラは、そっと敷物の上に寝っ転がる。隣を見ると、同じようにソルが仰向けになっていた。


 青い中を白い魚模様の雲が泳いでいく。風の流れる方向に逆らうことも、音を立てることもない。

 ティエラは青と緑に挟まれ、時の流れを感じていた。


 追い続けていた魚模様の雲が居なくなってしまったので、ティエラは頭を少しだけ横に向け、ソルを盗み見た。


 ソルは目を閉じていた。白い髪先が風に揺られる度、光の当たる角度が変わる。彼の睫毛が光ったり戻ったりを繰り返していた。


「ティエラ、寝ちゃった?」

「ううん、起きてるよ」


 急にソルの口が動いたので、ティエラは慌てて空を見上げる。どきどきと、胸が痛かった。


「学園生活、楽しい?」

「うん。楽しいよ」


 ティエラはすぐに答えた。そっと目を閉じ、学園生活の出来事を振り返っていく。

 まだ入学してから一か月ほどしか経っていないというのに、体感時間としてはもっと過ごしたように感じる。


「ソルは? 従者としての学園生活だけど、楽しめてる?」

「僕は……うん。まあ、そこそこ」


 歯切れ悪く言うソルは珍しく、ティエラは目を開けた。頭をまた横に向けると、今度は目と目があった。


「辛いことでもあった?」

「そういうのはないよ。嫌がらせを受けたりとかもないし」


 ティエラのいるクラスはとても穏やかな性格の人物が多いようで、入学式当日にあれだけ派手なしでかしをしたティエラも、受け入れてもらえている。


 改めて、今の自分がいる場所が恵まれた環境であることに感謝した。


「自分でも、よく分からないんだ」


 ソルが瞼を下げる。その姿は、どう口にしたらいいのか分からない複雑な感情を、持て余しているようだった。

 ティエラはじっとソルを見つめたまま、彼の言葉を待った。


「学園生活は、楽しい。楽しいんだけど、寂しいって思う時がある」

「寂しい……」


 最初の頃、ソルは猫特有の奇行によって、若干距離を取られていた時期があった。それでもみんな、静かにソルのことを見守ってくれていたと思う。


 授業態度も悪くない。さらには身体能力の高さもあって、特に身体を動かすことが増える授業に関しては、一目置かれている感じがする。


 ソルから誰かに話しかけることは滅多にないけれど、声をかけてきた相手を邪険にすることもない。


 何事も、思ったままを伝えてしまう部分については、もしかするとちょっぴり引かれていることがあるかもしれない。


 でも、ソルは決して相手を傷つける言葉は使わない。苦手なものからは自分から避け、どうしても無理な時はきちんと理由を付けてお断りする子だ。


 ティエラは手のひらを閉じたり開いたりしながら、ソルが学園生活で感じる寂しさの正体を一生懸命考えていた。


「寂しくない時は、どんな時かな?」


 ゆったりとした声色で聞いてみると、ソルは目を開けた。


「ティエラと一緒にいる時は、寂しくない」

「そっかぁ……」


 はっきりと言い切る彼を見て、さっきまで考えた内容のような深刻さはないことに、ティエラはほっと息を吐いた。


「まだ、学園生活に慣れ切ってないのかもしれないね」


 ちょっと困ったように伝えると、ソルは空を仰いだ。ティエラも同じように空を見る。


 前世が猫だったということもあって、特に環境の変化には昔から敏感だったことを、ティエラは昨日のことのように思い出す。


 小さい頃は自分もまだ転生者だったなんて記憶もなかったので、ソルが妙なことをしていても、それを特別変だとは思わなかった。


 大体、自分も一時ヘンテコなぬいぐるみにハマっていたし、絶対に黄色が良いと言ってギャン泣きしていた記憶も、うっすらとだが残っている。


 お互いに子どもで、ソルはそういう子、というのが自分を含めた家族の共通認識だった。というか、両親は今もソルのことをそういう風に見ているはずだ。


 しかし、ひょんなことからティエラは、前世の記憶という形でソルの行動原理に答えを得た。

 それを知った時期が時期だっただけに、あの時はソルが問題を起こしてしまわないか、そんな心配ばかりしてしまっていた。


 あの時期を超えた今でこそ思えることだが、もっとソルのことに気をまわしてあげられれば良かったのにと、ちょっとした後悔がある。


「ソルは覚えてるかな。私が風邪を引いた日のこと」


 胸元に両手を寄せ、当時を思い出すように、ティエラはゆっくりと話し始めた。

 今から一年ほど前、健康が取り柄だったティエラは生まれて初めて風邪を引いた。


 引き始めは、全然平気だと思っていた。薬も飲んだし、食欲もあったから、すぐに治ると信じて疑っていなかった。

 両親には『移ったら良くない』と言って、看病を遠慮出来るぐらいには元気があった。


「でもね、熱が上がって、ぼーっとしてきて。ただの風邪だって頭では分かってたけど、私はもうダメなんだーって大袈裟に思ってたんだ」


 気づいた頃には身体がだるくなり、ベッドの住民になることしか出来なくなっていた。

 どうにか身体を横たえることは出来たけど、高熱による頭痛と息苦しさに、自分はもうダメかもしれないと、あの時は何度も思った。


 このまま治らなかったらどうしよう。そんな鬱々とした考えばかりが頭をよぎったことは、一年経った今でも思い出せるぐらい、脳裏に焼き付いている。


「そんな時だったんだよ。ソルが居てくれたのは」


 いつの間にか、ティエラの胸の上にそっと頭を乗せて眠っていたソル。

 彼は出来るだけ身体を丸めて、息を潜めて動かない。その仕草は、まるで心臓の動きを確かめるようだった。


 当時はただただ嬉しいという気持ちでいっぱいだった。

 一人じゃない。寂しくない。それらが確かな力となって、ティエラに希望を与えてくれた。


「でもね、今なら分かるよ。あれは、前世のソルもしてくれたことだったよね」


 あの光景は、前世の猫であった時のソルがただ一度だけしてくれた看病と、まったく同じだった。


 その他にも、左側の髪を無意識にいじる癖は、ソルが猫だった時によく左耳をぴくぴくさせていたものの名残。

 ティエラが座ると背中にそっと寄ってくるところも、猫だった頃によくしていた。


 ソルが家にいる状態でティエラが帰宅した時に、足元をくるりと一周するのなんて、まさに典型的だ。


「ソルは最初から、私のそばに居てくれたんだね」


 自分語りをしてしまった照れくささに、ティエラは空を流れていく雲を追う。ずっと黙って聞いてくれていたソルの反応が怖くて、ティエラは意味もなく指先を曲げた。


「なんて、あはは。なんか、しんみりしちゃったね!」


 なおも反応を見せてくれないソルに、ティエラはまるで言い訳のような言葉を並べた。

 だけど、やっぱり返事はなかった。


「あ、これは……」


 ティエラはそっと上体を上げ、ソルの方を覗き込んだ。


「やっぱり寝てる!」


 完全に目を閉じ、すやすやと寝息を立てているソルを見て、ティエラは脱力した。

 ぼふっと背中を敷物に預け、ティエラも目を閉じるのだった。

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