33話.黒と白の混ざり具合
丘の上にあった素敵な楽しみをソルと満喫したティエラは、お花から少し離れた位置に移動した。
ソルが持ってきてくれたバスケットの中から敷物用の布を取り出し、地面に大きく広げる。大人二人分が横に寝転んでも、十分に入るほどの大きさだ。
「もうお弁当、食べちゃう?」
「うん。ここまで来るのに結構歩いたから、お腹空いちゃった」
今日ぐらい、お腹が空いたと思ったタイミングに食べてもいいよねと、バスケットの中からお弁当箱を取り出す。
いつもはパンが多いけど、今日はちゃんとしたお弁当箱に料理を詰めてきた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、蓋を開ける。中身も配置も同じだけど、一番最初に手に付けたものは全然違った。
「ソルはいつも、お肉系から食べるよね」
「好きなもの、早く食べたいから」
「そっかあ。私は好きなもの、最後まで残しちゃうタイプだ」
今までそういうものだと思っていたことも、きちんと本人に尋ねてみると、自分とは違う考えが見えて面白い。
ソルの中で、食事の順番一つとってもちゃんと理由があることに、ティエラは新鮮な気持ちになった。
「ティエラはなんで、好きなものを最後まで残すの?」
「え? うーん、なんでだろう」
ソルに問われ、ティエラは頭を悩ませた。あげていた顔を下げ、お弁当をじっと見つめて手が止まる。
自分でもこれといった理由が出てこず、もはや癖としか言いようがない。
そこからもう少し考えて、大事に取っておきたいとか、口直しのためとか、いくつか理由になりそうなものは思いついたけど、どうも違う気がした。
「全部ちゃんと食べた、自分へのご褒美にしたい……のかも?」
色々考えてみたものの、今まで深く考えたことがなかったため、曖昧な感じになってしまった。だけど、これが一番近い気がした。
「ご褒美……。ティエラ、もしかしてもっと、褒められたい?」
「えっ」
覗き込むようにして目を合わせてくるソルに、ティエラは言葉を失った。
頑張った時に、それを褒めてくれる人がいたらもちろん嬉しい。
しかし、それに飢えているような感覚はない。
「私、そんな風に見える?」
「今までは、そういうの感じなかったけど」
疑問を口にしたソルも、なんでそう思ったのかを考え始めていた。お互いに食事の手は止まったまま、そよ風が間を抜けていく。
「両親の元を離れての生活で、不安が強く出ちゃってるのかな」
「ティエラ、不安なの?」
「あり得そうな理由を挙げてみただけ。自分ではそんなつもり、なかったけどな」
自分でそれっぽいことを言ってみたけど、しっくりこなかった。視線が何度もソルと弁当箱の間を行き来する。
親元を離れるのを寂しく思うのは、もちろんあった。
だけど、当時の心境は、ソルが学園生活を上手くこなしていけるかという方への心配がほとんどで、他のことにまで気を配れるほどの余裕はなかった。
結果としてその心配は、見事的中した。入学式初日から派手にやらかしたことを思い出し、ティエラはちょっとだけ現実逃避をする。
「うーん、多分気のせいじゃないかな。私はいつも通り元気だし、大丈夫だよ」
「そう?」
自分としてはいつもどおりだ。なのでティエラは、そもそもの前提を否定した。握りこぶしを作って、ソルに見せる。
「うん。学園生活が始まってすぐの頃は、色々気に揉んだけど……。でも、やっぱりソルがいてくれて良かったって、思ってるよ」
ソルが元猫だということを思い出した直後は、不安の方が勝っていた。
だけど、彼だって人の姿で15年間生きてきた、立派な人間だ。
彼には彼のリズムがしっかりあって、嫌なことは嫌と言えるし、興味を持ったことには全力で頑張れることを、ティエラは知っている。
「僕、邪魔だったりしない?」
「当たり前じゃない。なんたって、私たちは前世の時からずっと一緒なんだから」
ティエラにとって、ソルは一番大切な家族だ。
彼が前世で猫だった時からずっと、これは変わらない。
「うん、やっぱり私は大丈夫。ソルが一緒にいてくれるから、なんでも頑張れるよ」
「無理してない?」
「ふふっ、今日のソルはやけに心配性だね。私のが移っちゃったかな?」
自分もこんな風に、ソルの世話焼きをしていたのかなと思い、過保護すぎたかなと反省した。
一度ソルから視線を外してしまったが、すぐに戻す。
「でも、そうだな。もしソルの目から見て私が疲れているようだったら、褒めてくれる?」
「うん。クロワッサンと、ベーコンエピ持って、ティエラをよしよしする」
「あはは。それ最高」
大好物に囲まれる中、ソルが一緒にいてくれて、さらには頭を撫でてくれる光景を思い浮かべ、ティエラは肩を揺らす。
彼の成長を嬉しく感じながら、ティエラは食事を再開した。
この後は黙々とご飯を口に運ぶ時間になったけど、とても穏やかで心温まる時間だった。
ソルは、一緒にいるだけでなんでも楽しくさせてくれる。彼がいてくれて本当に良かったと、ティエラは心の中で感謝した。
「ティエラ、僕食べ終わるよ」
「ん! 見る見る!」
最後のおかずを取り切る前に、ソルがお弁当箱を見せてくれる。ティエラは頬を膨らませながら、覗き込みに行く。
お弁当箱の中身が空になると、底に黒猫のマークが浮かび上がった。
『にゃー』
お弁当箱から聞こえてきた猫の鳴き声に、ティエラは口の中にあった物を飲み込み、悶絶した。
「か、かわいぃー!」
「ティエラ、本当に猫が好きだよね」
「大好き! どの子も本当に可愛い!」
アルケイアシリーズの弁当箱にして本当に良かったと、ティエラは大はしゃぎだ。自分の弁当箱の模様も見たくて、ティエラは頑張って食べていく。
一生懸命口と手を動かしたおかげで、ティエラの弁当箱の中身も残り一つとなった。
「ソル、お待たせ。私も食べ終わるよ」
「ん、僕も見る」
魔法瓶で飲み物を口にしていたソルが蓋を閉め、覗き込みに来る。
ティエラはドキドキした気持ちを抑え、最後の一つを持ち上げて口に入れた。
『にゃー』
こちらの弁当箱の底に浮かび上がったのは、白猫のマークだった。
口の中にまだ入っているので、さっきみたいにははしゃげないが、ティエラは弁当箱を持ったまま、手をぱたぱたさせる。
「こっちも可愛かった?」
声の代わりに頭をぶんぶんと縦に振った。それから、喉を動かした。
「やっぱりいつ見ても猫はいいね! でもわがままを言うなら、黒と白の猫が良かったかな……!」
本当は黒が多めで、でも白い毛も混じっているような猫の模様が欲しかったのだけど、流石にそこまで細かくデザインされたものは既存品になかった。
本音を言えば、オプションで自分だけのデザインを書いてもらいたかった。
問題は、ティエラには一か月も待てるほどの根性がなかったことだ。
「ここ、この部分が白いと良いんだけどなあ」
ソルの弁当箱の方をもう一度引っ張り出して、底に浮かんでいる黒猫の耳の先端を指さしながら、ここが白かったら完璧だとティエラは熱く語った。
「うん。僕も黒と白の混じった猫が良いと思う」
「だよね! 流石ソル! 分かってる!」
あまり表情を変えないソルが、にっこにこの笑顔を見せていることに気づいたティエラは、ピクニックに来てよかったと満足げに頷いた。
今日は晴れて、本当に良かった。




