32話.蜜固めの花
ソルにピクニックのお誘いを受けてから、ティエラはどこに行くか、自分の中でいくつか候補を挙げてあった。
――何気ない言葉だったとしても、ソルの望みを叶えてあげたい。
特にティエラは、彼が丘を望んでいたことを大事にしたかった。
「ティエラ、坂きつくない?」
「私は大丈夫だよ。ソルこそ、荷物まで持ってるけどしんどくない?」
「これくらい、全然平気」
自分の一歩前を歩いてくれているソルは、何度も振り返っては、ティエラがこけたりしないかを見てくれていた。
――なんだが、お兄ちゃんが出来たみたい。
今まではずっと、ティエラの方がソルの様子に気を配ることが多かった。今はその立場が逆になった感じがして、くすぐったかった。
「着いた。……着いたよ、ティエラ!」
一足先に丘の上まで上がりきったソルが、一度足を止めた。かと思えば、興奮のままに丘の上を指さし、もう片方の手を動かしてティエラにおいでと何度も訴えている。
「もう着くからね。よいしょ……っと」
ティエラも最後の一歩を踏みしめて、丘の上に辿り着く。
色とりどりの花が柵を隔てた先に咲き並び、その奥には王都の一部分を見下ろす形で広がっていた。
「わああ……すごいねえ」
「うん。あ、ほら見て、あれ」
全体を満遍なく見ていると、横で一緒に見ていたソルが何かを指差した。
釣られるようにそっちを見ると、ティエラたちが今通っている、王立高等学園の建物がはっきりと分かった。
「ここ、学園も見える位置にあったんだね。裏手にある林の中で、クラッド先生の協働戦術学をしたこともあったね」
「うん。ラファエル1号が大活躍だった」
「ふふっ、そうだね。活躍させたのは、ソルだったね」
少し前の出来事を思い出し、ティエラは目を細め、口元に手を当てた。
「飛行絨毯航路もここから見ると、綺麗に並んでいるね」
絨毯バス用の航路から、一般用の航路まで、そのどれもが絶対に交わることなく敷かれていることが上から見るとよく分かる。
緻密な設計があってこその職人技に、当時の技術者には感服した。
「あっちには時計塔もある」
「ほんとだ。上から見ると、すごく小さい」
またソルの指し示した方を見ると、この間ランドにお詫びの品を買うために集合場所とした、星辰の時計塔があった。
近くで見たときは大きく頭を挙げないと見えなかった時計部分も、ここから見ると全貌を把握できるため、新鮮な見え方がする。
ただ、遠すぎて時間を見ることは叶わなさそうだ。
「あ、時計忘れちゃった!」
星辰の時計塔を見ていたことで、ティエラは自分が忘れ物をしたことに気づいた。
お出かけをするときは、いつも使っているリュックサックに懐中時計を紐でつないである。
しかし、今日はバスケットを持ってきたので、そっちに移すのをすっかり忘れていた。
「日が落ち始めたら帰るで大丈夫だよ。せっかく来たんだから、楽しも?」
「そうだね。今日は時間を忘れて、のんびりしよっか」
ソルの言うとおり、せっかく楽しみに来たんだから、忘れてしまったもののことは考えないことにした。
丘の下に広がる光景を見終わり、ティエラたちは丘の上を散策した。
あるのは手入れされた緑の草で作られた自然の絨毯と、柵で区切られた先に咲く色とりどりの花たち。
近づいてみると、うっすらと魔法の保護膜で守られているのが分かった。この膜のおかげで、ここのお花は綺麗さを保っているようだ。
それから、柵の外側に設置されている小さな木箱と看板を発見した。
「ええっと、なになに?」
看板には木箱に入れた金額に応じ、一人につき最大三つまで、柵の中に咲いている花びらを食べて良いと書いてあった。
「このお花、食べられるの?」
柵の中に咲いている花をよく見てみると、いくつかの花びらが一枚、明らかに足りていないものが見つかった。
「ティエラ、食べてみようよ」
「うん……あ! 私、お財布持ってきてないかも」
衣服のポケットを調べても、入っているのは家の鍵だけ。バスケットの中に入れた記憶もないので、ティエラは無一文だった。
「僕が持ってきてるよ」
ソルがズボンのポケットから自分の財布を取り出し、指定された金額を木箱の中に入れてくれた。 花を覆っていた魔法の保護膜が一定範囲、解除された。
「いっぱい食べると景観が崩れちゃうから、一人二つ分にしたよ」
「分かった。ありがとうね、ソル」
「ううん。今日は僕がティエラに色々してあげたいって、思ってたんだ」
自分の忘れ物の多さにティエラが眉を下げている中、魔法の保護膜が消えている場所にソルがしゃがみ込み、丘を登り切った時のように手招きしている。
ティエラは小さく顔を左右に振り、ソルの隣にしゃがみ込んだ。
「これ、色で味が違ったりするのかな?」
「多分違うと思う。食べたい味があるなら、嗅ぎ分けられるよ」
ソルが色の違う花一つ一つに顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。ティエラは優しい花の香りしか感じられないが、きっと彼は匂いの中から味も分別しているはずだ。
「本当、ソルの鼻はすごいね。でも、せっかくだから自分の直感を信じてみようかな」
「じゃあ、味当てしてみる?」
「その話、乗った!」
ティエラは改めて花の方を向き、どれにしようかと悩み始める。
「イチゴ味を探してみようかな」
パッと思いついたものを口に出し、ティエラはこれだと思う花びらを一つ、指先でつまんだ。
軽く力を入れると、思ったよりも簡単に赤い花びらが取れた。
そっと口の中に入れると、蜜固めのような弾力があった。
「……これ、イチゴじゃないな。リンゴかな?」
「うん、多分リンゴだと思う」
赤い花の匂いを嗅いだソルもリンゴだと言うので、ティエラは自分の味覚に自信を持った。味当てには失敗したけど、リンゴ味の花びらは美味しかった。
「僕はブドウにする」
ソルは迷いなく紫色の花びらを一つとり、口に含んだ。何度か顎が動いた後、喉が鳴った。
「どう?」
「ブドウだったよ」
「当てられてすごい!」
嗅ぎ分ける姿は何度見てもすごいと、ソルのことを褒める。すると、ソルはふいっと顔を逸らしてしまった。
「ティエラはもう一つ、何食べるの?」
顔を向けてくれないまま聞かれ、ティエラは首を傾げた。目にゴミでも入っちゃったのかなと心配しながら、質問に答えた。
「私はソルと同じ、ブドウ味の花びらを食べようかなって」
「え、僕と同じのでいいの?」
「うん。すごく美味しそうだったから」
ソルがブドウ味の花びらを口に入れた時、ほんの少しだけど口角が上がっていた気がする。ソルがおいしいと思ったものを食べた時に出る、小さな癖だ。
「じゃあ、はいこれ」
ソルが自分が取ったのとは別の紫の花から、花びらを取って渡してくれた。受け取って口に含むと、リンゴ味の時と同じように弾力を感じさせると共に、ブドウの味が広がった。
「ブドウ味、おいしいね!」
「うん。僕は最後、ミルク味にしようかな」
ソルはそういって、白い花びらを一つとった。それを、さらに二分割する。
「一緒に食べよ」
「でもこれじゃ、ソルの食べる分が……」
「いいの。一緒に食べたい」
好きなものは必ず自分の分を確保するソルが、食べ物を分けてくれようとしている。その姿が、とても大人びて見えた。
「……ありがとう。すごく嬉しい」
指先よりもさらに小さくなった花びらを、ソルと一緒に食べる。彼の見立て通り、ミルク味がした。
白くて小さい花びらは、甘くて美味しかった。




