31話.早く起きて
「ティエラ、起きて。ティエラ」
「うぅーん……あと5分」
誰かの声を聞きながら、ティエラはごろんと寝返りを打った。
今が何時なのかを確認するのも億劫なぐらい眠たくて、瞼はずっと閉じたままだ。
「ダメ。今日はピクニックに行くって約束した。ほら、見て。外もいい天気」
「うあ、眩しい……」
シャッと短い音がした後、瞼の裏が一気に明るくなった。ティエラは堪らず目を強く瞑り、のそのそと上体を起こす。
「いま、何時……」
「5時」
「5時……5時ぃ!?」
まさかの時間にびっくりして、ティエラは完全に目を覚ました。
いつもはティエラが起こすギリギリまで寝ているソルが、こんな早い時間に起きるなんて前代未聞だ。
「なん、どう、どうしたの! 具合悪いの?」
「元気だよ? ピクニックに行く準備しようよ」
ソルの言うとおり、ティエラの目から見ても具合が悪そうな感じはしない。むしろ、元気いっぱいを超えて張り切っているのが、目の輝き具合から伝わってくる。
「そんなに楽しみにしてたんだね。じゃあ、ピクニックの準備しよっか」
「やった」
落ちてくる瞼を押し上げたりこすったりしながら、ティエラは足にかかっている毛布をどける。ベッドから足を下ろし、目を覚ますために顔を洗いに行った。
魔法口を開くボタンを押すと、水が流れ始める。手で作った皿に水を受け止めた瞬間、思わず手を引いてしまう。
せっかくお布団の中で温めた体温が奪われていくにつれ、ちょっとした寂しさと身体が起き始める感覚を同時に味わう。
一度、掬った水を顔にかける。寒さが来ると分かっていても、身震いしてしまった。
睫毛についた水滴の重さを払うように目を開けると、反射板に映る自分が間の抜けた顔をしているように見えた。
自分が思っているより目をあけられていなかったようで、自分の顔で笑ってしまう。
もう何度か顔に水をかけていると、薄い壁を隔てた向こう側から皿の擦れる音や、魔法保存庫を開け閉めする音が聞こえてくる。
「ソルー? 今日は何か食べたいものがあるのー?」
顔を拭く布越しに話しかけるが、返事がない。流石にずぼら過ぎたかと、ティエラは顔を拭き終えた布を棚に戻し、リビングに戻った。
「ソ、ソル?」
「ティエラ、これも食べる?」
目の前に飛び込んできたのは、魔法保存庫の中身が全て取り出され、テーブルに並べられている光景だった。
「これ、全部料理する気なの?」
「たくさんあったら、それだけ長くピクニックが続くから」
「別に、食べ物がなくても大丈夫だよ? 日向ぼっことかしながら、ゆっくり楽しもう?」
何より、こんなに持っていけないし食べきれないと伝えれば、ピタッとソルは固まった。
ソルはテーブルに並べられた大量の食材を見た後、ティエラの方をじっと見る。
「こんなにいらない?」
「うん」
「僕と一緒に、日向ぼっこしてくれる?」
「もちろん」
これを聞いたソルはパッと表情を明るくして、魔法保存庫を開く。その表情は、先ほどティエラを起こしに来た時と全く同じだ。
ソルはきっと、自分が言い出したことだからと、準備も積極的にしてくれているのだと思う。
一個ずつ、ソルは丁寧に食材を仕舞っていく。ティエラが使いそうなものは残そうとしてくれる仕草に、思いやりを感じる。
――楽しみにしすぎて、暴走してるのかも。
ティエラは彼の行動の方向性が少し吹っ飛んでいるだけだと分かり、いつものソルに思えて愛しさを覚えた。
「ティエラ。僕ね、お手伝いしたい」
「じゃあ、魔法瓶に飲み物を入れたりしてもらおうかな」
いつもはお出かけ直後になるまでごろごろしているソルが、こんな風にやる気を出して動くようになる日が来たことに、ティエラはほろりと涙を流した気分を味わった。
このまま自主的に動くことが増えていけば、きっとソルはいい男になるに違いないと、ティエラはお節介なことを思うのだった。
* * *
着替えを終え、お弁当作りを終えたティエラは荷物の確認をしていた。
「お弁当箱、よし。魔法瓶、よし。敷物、よし」
ハンカチはポケットに入っていることを確認し、忘れ物がないことにティエラは満足した。
「これは僕が持つね」
「いいの? ありがとう」
ピクニック用のバスケットをソルが持ち上げる。その姿が軽々とこなしているように見えて、なんだかソルの成長を感じた。
「ほら、ティエラも靴履いて」
「はいはい。せかさなくても、ピクニックは逃げないから」
ソルはもう靴を履き終えており、バスケットもしっかり握っている。
本当に楽しみにしていたんだなあと思いながら、ティエラは玄関口に座り込み、靴紐を結ぶ。
その時、首から下げてある鎖がちらりと視界に入った。
シュナクからもらった星形のペンダントを手に取ると、お祭りに行った日のことを思い出す。
――今日もあの日と同じか、それ以上に楽しくなるといいな。
ティエラは飾りを服の中に入れ込み、立ち上がった。
玄関の扉を開けると、朝の空気が一気に流れ込んできた。ソルは待ちきれない様子で一歩外へ出て、こちらへ振り返る。
ティエラは笑い、彼に続いた。




