30話.星形のペンダント
昼時を過ぎたことで、ティエラたちがいる露店周りにも再び活気が戻り始めてきた。
その中をシュナクは堂々と歩いていき、あちこち見ては品定めを行い、次の露店を目指していく。
「ピンとくるものがないな」
そう呟きながらまた別の露店を目指すシュナクは、とんでもないセンスを発揮している、ということはなかった。
彼が手に取るのは香水や手袋、ストールなどで、まさに女性向けとして相応しい品物ばかりだ。
ティエラはこれを見て、ランドが抱いた嫌な予感は気のせいだったんだと胸を撫でおろす。
――これなら、ミルダさんにも喜んでもらえるプレゼントが選ばれるはず。
王族特有のズレがある感じもなく、ティエラは安心した気持ちでシュナクのプレゼント選びを見守った。
* * *
あれからも露店を見て回ったが、シュナクが手に取った物は出てこなかった。彼の立ち止まる回数は増え、どうしたものかと悩む姿をよく見せている。
「いいのが見つからないなら、最初の方に見ていた露店に戻りますか?」
ランドはともかく、一向に話が前に進まないことに、ソルは所在なさげに視線を彷徨わせていた。
ただ、完全に興味を失ったわけでもないらしく、ティエラの後ろにぴたりとついたまま、時折露店を覗いている。
自分が言い出したこともある手前、困っているなら助けなくてはと思い、ティエラはお節介を焼いた。
「必要ない」
「でも……」
そっけなく断られても、ティエラは引き下がらなかった。
一回流してしまったから、今更戻るわけにはいかないと意固地になっているように見えたのだ。
「香水は、喜ばれると思いますよ」
「香りは好みが分かれるだろう。贈り物には向かん」
「手袋なら、消耗品です」
「サイズが合わなければ意味がない」
「ストールなら、気持ちがこもっていると感じやすいですよ!」
「学園では邪魔になる」
シュナクが選んでいたものを順にあげていくと、全てまともな理由の断り文句が飛んできた。これを受け、ティエラは思わず叫んだ。
「シュナク王子がちゃんと考えてる!!」
「俺のことを何だと思っているんだ?」
失礼なことをいった自覚のないティエラは、きちんと考えているシュナクにどう助言したものかと頭を悩ませ、パッと顔をあげた。
「毎日使うものだと好みがありますし、使いきれるものを探してみますか?」
「ふむ、そうだな」
ティエラの言葉をきっかけに、シュナクは別視点の物を露店で選び始めた。
動き始めたことで、ソルの興味も若干戻ってきた。また別のものを見れるようになったことで、ソルも色々と商品を眺めている。
シュナクが今度手に取ったのは、集中力の補助に有名な魔力安定剤や、書類用の定着インクなどだった。
「悪くはないが、どれも味気ないな」
「そうですね。プレゼントには、間違いないんですが……」
どれももらったら嬉しくはあるが、実用的すぎて特別感がないのも否めない。
「やはり、残るものにするか」
「すみません。私が的外れなことを言ったばかりに」
「熟考した末、結論が最初に戻ってくることなどよくあることだ。謝ることではない」
方向性は決まったと言い、シュナクは来た道を戻り始めた。今度見て回るのは、手元に残る商品を取り扱う露店だ。
手元に残る物の中にはソルの興味を引く物が多いようで、彼が色とりどりの小瓶が並ぶ露店に目を留めたり、あちこちに視線を動かしている姿が視界に入った。
「――これだ」
早足になったシュナクは一つの露店へ直進していく。そこに並んでいる中から、彼はネックレスを手に取った。
それは、星形のペンダントだった。
飾り部分は指先で掴める程度の小ささで、琥珀色が沈む夕日に照らされる度、色味が少しずつ変わっているように見えた。
――きれい。
シュナクの手元に視線を落としたティエラはこれを見て、思わず息を漏らした。
「これは黄王晶を使って作られているようだ」
黄王晶はどこでも取れる鉱石で、様々な加工品に使われる汎用性の高い素材だ。
この素材には魔力の流れを落ち着かせる効果もあると言われており、護符としての効果もちょっとだけ期待できるらしい。
――これって、間違いなくミルダさんへのプレゼントだよね!
琥珀色がミルダの髪色を彷彿とさせる。ティエラの思いが伝わっていたことに、胸の奥が温かくなった。
「決まった?」
「ああ。待たせてすまなかったな」
「お気になさらず」
店主に料金を払い、プレゼント用の包装をしてもらったシュナクが少し後ろにいた二人と合流を果たす。
「これなら絶対、絶対喜んでもらえると思います!」
「そうだろう。俺のセンス、見直したか?」
「はい!」
シュナクが手に持っているラッピングを見ながら、ティエラは熱のこもった声で応援する。彼も顎を少し上げ、すました顔をしていた。
「殿下。日も落ちてきましたので、本日はそろそろ……」
「分かっている。星辰の時計塔まで戻り、そこで解散しよう」
みんなの帰る方面に近いのが今日の朝に集まった場所だったので、みんなでそこまで戻ることになった。
* * *
星辰の時計塔に着く頃には日差しが落ち、町中に設置されている魔法灯が人々を照らし始めていた。
朝とは違って人はまばらで、時計部分に描かれている星も淡く光っている。
「今日は遅くまで、ありがとうございました」
「こちらこそ。殿下ともども、珍しい体験をさせていただきました」
ティエラとランドが頭を下げ合った。
「じゃあ、また学校で」
「はい。お二人もお気をつけて、お帰りください」
ソルが二人に手を振る。ランドは頭を上げた後、またすぐにソルへ小さく腰を曲げていた。
「ティエラ」
別れようとしたところで、シュナクに呼び止められた。何だろうと思い、ティエラはじっとシュナクを見た。
「これが欲しかったんだろう? 素直じゃない奴だ」
ティエラの手の中に、小さな袋が渡された。
これは間違いなく、先ほどシュナクが購入していたプレゼントの袋だ。
「……えっ! な、なんで私に!?」
理解が全く追い付かず、ティエラはおたおたと手の中に納まったプレゼントの袋を大事に抱えながら、どういうことか説明を求めた。
「次からは、素直にプレゼントが欲しいと言うがいい。なに、恥ずかしがることはない」
「でも私、護符はもうソルから……」
「護符? こんな効果の薄いものがか? これはただのアクセサリーだ。学園で身につけても、邪魔にならんだろう」
シュナクは満足げに高笑いをしながら、ランドを連れて去っていってしまった。
どういう流れでシュナクが自分へプレゼントをすることを決意したのか、経緯もよく分からないまま、ティエラは手の中にある袋を見つめる。
ティエラは確かに、女性にプレゼントをしてみては、という曖昧な表現をした。
それがどういうわけか、シュナクの頭の中で『照れ隠しのため』ということになったのだと思う。多分。
――返すのは、違うよね。
これを誰にプレゼントするかを決めるのは、シュナクだ。彼の思いを尊重し、ティエラはそっと、黄色いリボンを外した。
出てきたのは、星形のペンダントだ。
「やっぱり、きれい」
ほうっと息を吐くのと一緒に、言葉が紡がれる。手のひらに乗せたそれを少しばかり眺めた後、首にかけて見た。
思ったよりもずっと軽く、飾りも小さくて主張した感じはない。でも、黄王晶自体が持つ落ち着かせる小さな効果のおかげ
「どう、かな。似合ってる?」
こういった飾りを身に着けるのは初めてで、どうしたらいいか分からない。
照れくささを隠すように、両腕を身体の前に寄せながら、恐る恐るといった感じにソルへ問いかけた。
「……うん。似合ってるよ、可愛い」
「へっ……」
今まで、ソルに『可愛い』なんて言われた覚えがなくて、ティエラは目を瞬いた。じっと見つめられるのが恥ずかしくて、思わず視線を下げる。
すると、ぐりぐりと横腹に強めの力で何かが押し付けられた。
「ちょ、ソル! なにしてるの!」
「頭擦りつけてる」
「それは見たら分かるってば!」
毛布やランドのマントには匂い付けとして稀にしている行為を、まさか自分にもしてくる日が来るとは思っておらず、ティエラは驚く。
引き剥がすわけにもいかず、結局はソルにされるがままになった。
「ティエラ。今度の休み、僕とピクニックにいこ」
「ピクニック? どうして?」
「お弁当持って、お花のいっぱい咲いている丘の上でのんびり日向ぼっこするの」
急なおねだりはよくあることだが、それはほとんど食べ物のことだ。こんな風に、どこかへ出かけたいとソルから言い出すのは、初めてかもしれない。
「他にも誰か呼ぶ? オジェさんとか、ミルダさんとか。あ、ランドさんの予定が合うなら、ランドさんでも……」
「ううん。ティエラと二人きりがいい」
二人が良いと言い切るソルはやっぱり初めてで、ティエラは言葉を止めた。
ぐりぐりと頭を押し付けるのをやめても、じっと横腹に頭のてっぺんをつけたまま、彼は動かない。
――もしかして、寂しいのかな。
学園に通う前までは、両親を含めた家族との関わりがほとんどだった。
血は繋がっていなくても、ティエラとソルは仲良しの姉弟で、何をしていてもずっと一緒だった。
でも、今は授業の関係で離れることがたまにある。それ以外にも、二人きりの時間というのはめっきり減った。
そっと、ティエラはソルの後頭部に手をあてて、二回ほど、優しく撫でた。
「いいよ。今度のお出かけは、二人で行こっか」
「うん! 行く!」
がばりと顔をあげたソルは本当に嬉しそうで、ティエラも釣られて笑った。
「それじゃ、今日は帰ろっか」
「うん」
そっと手を差し出すと、ソルはぎゅっと手を握り返してくれた。
小さい頃、遊びに行った先から家に帰る道は、いつも手を握って帰っていたことをティエラは思い出しながら、二人で帰路に着いた。




