26話.季節の市場
商業街の中心通りに足を踏み入れると、いつもより暖かい空気が集まっていた。
季節の市場は文字通り、それぞれの四季が始まる度に行われる、小さな祭りだ。取り扱う商品がその季節ものでないといけないルールはないが、やっぱり多く取り扱われる傾向はある。
露店がずらりと並び、色とりどりの布飾りが頭上を渡って揺れている。香ばしい焼き菓子のにおいが風に流れ、どこからか金属を叩く軽やかな音が流れていく。
普段から人の多い商業街は、さらに賑わっていた。
「わあ……!」
思わず声を洩らしたティエラに、隣のソルがくすりと笑う。
「ティエラ、目がきらきらしてる」
「こんなに綺麗なの、久しぶりに見たから!」
高揚した気分のまま、後ろを振り返る。
シュナクは物珍しそうにあちこちの露店に視線を向けていて、ランドは変わらない表情でシュナクの一歩後ろを歩いていた。
「さあ、ランドさん。何か気になった物があれば、遠慮なく言ってくださいね」
「あれば、お伝えします」
一瞬下がった視線を、ティエラは見逃さなかった。
これは、結局ありませんでしたと言って遠慮される空気だ。
「なら、見つけるまで歩き回りますからね! 今日は絶対に、ランドさんに合うものを探し出します!」
「はい」
観念したように絞り出された返事を聞き、ティエラは慌てた。
「なんかその、押しつけみたいになっちゃって……!」
「今更そこを気にするのか?」
シュナクが驚いた声を上げるので、やっぱりそう思われていたんだと視線を泳がせた。
お詫びをしないと。いい物を手にしてほしい。
そんな、自分の気持ちばかりを押し付けていたことにようやく気づいたティエラは、穴があったら入りたいほどだった。
「確かに、始まりは強引でしたが」
「ごめんなさい……」
ティエラは立ち止まり、ランドを見て謝る。いたたまれない気持ちが消えず、身体はどんどん小さくなっていく。
「こうして連れ出してくださったこと、感謝しています。殿下はこういった祭りに参加することも、今まで叶いませんでしたので」
すぐには言葉の意味を理解できなくて、ティエラは顔をあげてぽかんとしてしまった。ランドをもう一度見た後、シュナクの方に視線を移す。
「余計なことを言うな」
シュナクはそっぽを向いてしまう。それに対し、ランドは困ったように目じりを下げていたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「是非とも俺と殿下に、祭りの楽しみ方をご教授いただければと思います」
「は、はい! 目いっぱい、楽しみましょうね!」
二人の寛大な心に感謝しながら、ティエラは自作ノートをしっかりと握りしめ、ソルと並んで目の前の賑わいへと歩き出した。
季節の市場は、ここからが本番だ。
* * *
本日の主役であるランドへお詫びの品を買うため、ティエラはあれこれ露店を見て回っていた。
まず最初に目をつけたのは、手袋だ。
「革製の手袋なんて、どうですか? かっこいいですよ!」
革製というだけあり、茶色や黒に近い色の物が多く取り揃えられている。その隣の財布は、赤やオレンジといった色味のものもあった。
「すみません。手袋は最近新調したばかりでして」
「あ、そうなんですね。じゃあ次に行きましょう!」
新しいものを買ったばかりだというなら、手袋はなしだ。ティエラはすぐに次の品物を探し始めると、隣の露店が目に留まった。
こちらは、靴紐を取り扱っているようだ。身に着ける品物だから、並んでいるのかもしれない。
「靴紐とかはどうですか? 色を変えたりするだけで、気分が上がりますよ!」
色以外にも、紐が劣化してきていたり、純粋にフィット感を上げる目的でもいいと思い、ティエラは提案してみた。
「靴紐、ですか……」
ランドは少し興味を持ったようで、商品をざっと見ていた。しかし、すぐに首を横に振って戻ってきた。
「靴紐自体に問題はありませんし、おしゃれを目的としている靴は基本利用しないので、遠慮してきます」
「あ、そっか。ランドさんは学校だけの従者じゃないから」
ソルがティエラの従者であるのは学園の中だけの話で、普段は弟だ。
一方のランドは、騎士団が王家へ派遣しており、正式な護衛騎士を兼任している。ソルやメイともまた違う立場の人だ。
ティエラは相手の立場という視点が抜けていたことを反省し、次に活かすことにした。
「いらっしゃい! 色が変わる飴だよ。一ついかが?」
少し離れたところから、客引きの謳い文句が聞こえてきた。気になってそちらを見ると、ソルとシュナクが二人してその露店を覗き込んでいた。
「色が変わるというのは?」
「これなんだけどね。見てのとおり、最初は無色透明だが……持ってみな」
「本当だ、変わった!」
「これらは見本飴だから、触った後は返してくれな。食べるのは、こっちの袋入りの方だけ!」
ソルが楽しそうにしているので、ティエラはじっと彼らの動向を覗き見た。
露店に並べられている飴も、食べるのはこっちと店主が持ち上げている袋の中の飴も、全て無色透明だ。
そんな中、ソルの手の中にある飴玉は、しっかりと金色になっていた。
「淡い金色になったねえ。この色合いを見るのは初めてかもしれないなあ」
「ほう? どれ、俺にも一つくれないか」
シュナクも手袋をした店主から見本を受け取る。彼の手の中に収まった見本が、すっと色を変えた。
「これまた綺麗な深紅色だなあ。ここまできれいなのは初めてだ。まるで宝石だねえ」
「ふっ、そうだろう。見る目があるじゃないか」
上機嫌なシュナクはすぐに見本を店主に返した。そして、二人は一番小さな袋を手に取った。
「これ買う!」
「いくらだ?」
「まいどあり!」
ニコニコ顔の店主と、同じくニコニコ顔のソルのシュナクを見て、ティエラはつい声を漏らした。
「すごい、シュナク王子の行動原理がソルと同じだ」
頭の上からふっと息の吐き出された音がした後、声が下りてくる。
「確かに、同じですね」
「誰がこいつと一緒だ!」
飴を買って帰ってきたシュナクは、それをランドに手渡す。
もしかしてプレゼントなのかと思っていると、ランドはごく当たり前のように腰掛けカバンの中へ仕舞っていたので、多分これは荷物持ちだ。
「ソルの荷物も、私のリュックに入れておく?」
「いいの? お願い」
ソルはお財布しか持ち歩かないタイプなので、ティエラも彼の荷物を入れるのには慣れっこだった。
「あ、あのお菓子も気になる」
「待て、俺も行く」
ぐいぐい行くソルの勢いに、シュナクも負けじ露店を見て回っていく。
そんな二人を見て、やっぱり二人は行動原理が同じだと思えてしまい、頬が緩む。
「楽しそうですね、ティエラ嬢」
ランドの漏らした小さな声に、ティエラは自然と笑みを返した。




