閑話4.ミルダ編 愛しいあの方
学園生活が始まり、しばらくしたある日のこと。
ミルダはいつも通りメイと共に、登校していた。
「おはようございます」
「ごきげんよう」
朝、校門近くや教室に行くまでの廊下の間でも、ミルダはあまり会ったことのない相手からも挨拶をよく受ける。
それに対し、ミルダは嫌な顔一つせず、きちんと相手の顔を見て挨拶を返すのが恒例となっていた。
ミルダは相手のことを知らなくても、相手はミルダをバレングロウ家の娘として知っている人物は多い。
公爵家の長女であるという事実だけでも高嶺の花である彼女は、これまでほとんど社交界などにも出たことがない、筋金入りの箱入り娘だ。
これを機にお近づきになろうと考えるものは男女問わず多く存在しており、まずは挨拶からと声をかけてきている理由自体は、ミルダも理解していた。
「お嬢様、ご負担になっているのではございませんか? 私から一言、申すこともできますが」
「構わないわよ。相手はただ、挨拶をしてくれているだけよ? わたくしはこれも、楽しんでいるわ」
メイはこのように、いつもミルダのことを第一に考え、気にかけてくれる。
彼女が自分のことをこうして大事にしてくれるから、ミルダは目いっぱい学園生活を楽しめているのだ。
何物にも代えがたい従者を持ったことを、ミルダはいつも誇らしい気持ちでいっぱいだ。
「さあ、お嬢様。教室につきましたよ」
「ええ、いつもありがとう」
メイが教室の扉を開けてくれるのも、いつものこと。
それでもミルダはこれを当たり前とは思わず、きちんと感謝の言葉を返し、堂々と教室と廊下の敷居をまたいだ。
「あっ……」
学園生活が始まり、特段親しくしているティエラへ挨拶をしようと、彼女の席がある方を見て、ミルダは息をつめた。
そこにいるのは、初日以来の登校となるシュナクとランドだ。彼を見て、ミルダは自分の顔に熱が溜まっていくのを感じ、慌てて両手で頬を抑えた。
――いつ見ても、格好いいわ。
昔から変わらない、シュナクの後ろにじっと立って周りを見ているランドの姿に、胸の鼓動が上がっていくのが分かる。
彼の姿を朝から見ることができるなんて、今日はなんて素敵な日なんでしょう。
ミルダはほうっと息を吐いた。
「それくらいなら買えるかな? いいよ、今度ランドさんのプレゼント探しの時に、そっちも探してみようか」
「やった!」
扉の前で立ち止まっていたミルダの耳に、ティエラとソルの会話が聞こえてきたことで、意識が現実に戻ってきた。
――ランド様へ、プレゼントを買うの?
彼女たち二人は、自分がバレングロウ公爵家の令嬢だからという理由ではなく、純粋なクラスメイトとして関わってくれている、数少ない友人だ。
少なくとも、ミルダは二人のことをそういう風に見ている。
でも、ティエラがランドに好意を寄せていたのだとしたら。
ミルダは少しでも話の全貌を掴むため、何よりもランドに近づくため、ティエラに声をかけることを装って、物理的な距離を詰めた。
「ごきげんよう、ティエラさん。それに皆さんも」
「おはようございます」
――ランド様に、挨拶していただけたわ!
昇天してしまうほどの喜びに、ミルダは思わず惚けたような溜め息をついた。
シュナクに無視をされたことについては、何も思っていない。
彼は婚約話が出た時の顔合わせで、何度もくしゃみをしていた。それを気にして、婚約話を辞退してくるほどに繊細な心の持ち主だと、ミルダは知っている。
ただ、ミルダにとっては同じくくしゃみを堪えていた、当時のランドの事の方が鮮明に記憶に残っている。
あの時のランドも本当に格好良かったと、ミルダはまた過去の記憶へ意識を飛ばしていた。
「ごめんなさい。お話の途中でしたでしょうに、お邪魔して。もう行きますわね」
「失礼いたします」
慌てて現実に意識を戻したミルダは、ランドに見られているということを意識しすぎてしまい、逆にぎこちなくなってしまった。
結局、ティエラがランドにどういった感情を持っているのかも、分からないままだ。
ミルダとメイが去った後も、彼女たちは鐘の音が鳴って授業が始まるまで、楽しそうに会話を弾ませていた。
――わたくしも行きたいと、そう言えばよかったのかしら。
だけど、ティエラを困らせたいわけでもない。
ミルダはこの想いを持て余したまま、着席していることしか出来ない。
でも、きっとこれでよかったのだと、ミルダが最後に溜め息をついた。
今年の投稿はここまでとなります。
12/31 1/1はお休みを貰い、次回投稿は1/2からです。




