19話.作戦会議
クラッドの後をついてきた1年A組の面々は、それぞれに渡された用紙に書かれている番号に倣い、校舎裏手から山側にかけて広がる林の中に移動し終えた。
他のチームも、それぞれ指定された別の場所に移動を終えていることだろう。
ティエラたちの用紙には『逃走側』と記載されており、ルールは以下のように書かれていた。
逃走側は、時間制限いっぱいまで『リーダー』が逃げ切れば勝利。相手に危害を加えない方法であれば、何をしても良い。
捕まったメンバーは、捕縛側によって地図に記載されている牢屋に連れていかれる。そして、牢屋に入れられた時点で、助けられるまで何もしてはいけない。
仲間によって助けられたら、再び現場に復帰して良い。
これらが逃走側の基本ルールとなっている。ちなみに、捕縛側についてのルールは書かれていない。
「今から10分、作戦会議の時間とする。俺が知らせを出した瞬間からスタート。制限時間は、授業終了を知らせる鐘の音が聞こえてくるまでだ」
クラッドは、全チームの動向を見られるようにと、魔法で空に浮かび上がりながら指示を出す。そして、指示を出し終えると早々に両腕を組み、空の上で目を瞑ってしまった。
どこでも眠れるというのは、本当だったらしい。
「作戦も必要だが、重要なリーダーから決めてしまうぞ」
10分後には捕縛訓練が始まるため、無駄にできる時間はない。シュナクたちもそれをよく分かっているようで、先ほどまでのような謎の行動はとったりしなかった。
「このお札を持っている人が、リーダーになるんですよね」
指定地に立つと、用紙を最初に渡されたソルの手元にお札が現れたのだ。
ティエラはソルの持っているお札を指さしながら、齟齬がないように確認を取った。
「ああ。今のまま訓練が始まれば、ソルがリーダーということになる。だが、これは譲渡可能だ」
このお札がリーダーの証であるのだが、試合中でも仲間に譲渡して良いということになっている。
ただし、逃走側のチームメンバー全員の手から離れた状態で5秒経つと失格負けになることと、この札そのものが捕縛側の人間の手に渡ってもその時点で負けになることに、注意が必要だ。
「基本はこの人と決めておき、緊急事態の時にのみ、譲渡を試みるのが安全でしょう」
「リーダーが狙われてる段階で、乱戦になっているだろうからな。渡そうとして横からかすめ取られたり、あるいは渡し損ねもあり得るだろう」
逃走側であるこちらの最優先事項は、リーダーを逃がすことだ。どれだけ周りの人間が捕まったとしても、最終的にリーダーさえ生き残れば勝利できる。
とはいえ、仲間が捕まれば取れる選択肢が狭まっていくジレンマもある。リーダーが第一だとしても、そうでない人も簡単に捕まってはいけない。
「俺は、ランドをリーダーとして勧めたいが、どうだ?」
「ソルはどうですか? こう見えて、物凄く足が速いですよ」
シュナクとティエラがお互いの従者を推薦したことで、ばちっと目が合った。
「俺だって足は速いぞ!」
「嘘だっ! この間、ソルに振り回されてたじゃないですか!」
「振り回されることと足の速さは、全く別の能力だろう!」
「その理屈で言うなら、ソル殿を取り返しに来た時のティエラ嬢が一番速かったかと」
ランドの裏切りにあったシュナクが、彼のことを思いっきり睨みつけている。同じく、白羽の矢が立ったことでティエラも思いっきり目を見開いていた。
「じゃあ、リーダーはティエラだね。はいこれ」
そして、今の話を真に受けたソルからお札を渡されてしまった。
「では、ティエラ嬢を守るためのフォーメーションを考えていきましょう」
自分以外でと言い出す空気が完全になくなってしまったことを悟ったティエラは、ソルとランドがあれこれ決めていく作戦を石像になって聞いていた。
シュナクは不服そうだったが、すぐに切り替えて作戦会議に混じっていく。
正直なところ、責任重大すぎて胃に穴が開きそうである。
――それもこれも、シュナクがソルと張り合うからだ。
なんて、自分が突っかかったことを棚に上げたことを考えていると、ふとシュナクが辺りを見渡しだした。
「ラファエル1号はどうした?」
指摘されて初めて気づいたティエラたちも、慌てて周りを見る。残念ながら、どこにもラファエル1号の姿はない。
どうしたらいいんだろうとおろおろしていると、こちらの異変に気付いたようで、クラッドが高度を下げて来てくれた。
「どうした、何か問題か」
「クラッド先生! その、ラファエル1号がいなくて……」
クラッドも軽く周囲を見渡してから、頭を掻いていた。
「誰か、ラファエル1号についてこいって言ってやったか?」
「あっ」
魔力で動く木製人形は、指示を出してあげなくてはいけない仕様だ。場所を移動する時はついてくるように言ってあげないと、その場に留まり続けてしまう。
完全にそのことを忘れていたため、ティエラは視線を泳がせた。
「俺もうっかりしてたな。こっちでラファエル1号を作るべきだった」
クラッドは腕時計を確認した後、眉をひそめながら続けた。
「流石に4対5は差がでかすぎるか。若干遅れるが、ラファエル1号を連れてくる。訓練途中からの合流となるが、そこは勘弁してくれ。このことは相手チームにも伝えておこう。手を抜くようには言わんが」
「待ってください」
話を纏め、動き出そうとしたクラッドを止めたのはシュナクだった。振り返ったクラッドは、めちゃくちゃ渋い顔をしていた。
「ラファエル1号を教室に置いてきてしまったのは、こちらの不手際です。作戦開始まで時間もありません。このまま授業を進めてください。ここが戦場なら、相手は待ってくれませんから」
シュナクの言うとおり、ティエラたちの落ち度もある。木製人形の仕様を正しく把握して上手く扱うことも、協働戦術学では大事なことだ。
――一人少なくても、頑張るぞ!
自分の非を認め、心の中で決意を固めるティエラをよそに、クラッドはシュナクに向き合う。その表情はとても真剣で、緊張が漂い始めた。
「シュナク」
「はい」
クラッドが真面目な顔をして、言った。
「これは授業だ。もっと言えば、ただの遊びだ」
「は……?」
「そもそも、考え方が物騒過ぎないか? もっと優しくしないと、友達が出来ないぞ?」
別の方面を本気で心配しているクラッドに、シュナクは呆然と言った具合に言葉を漏らした。
「これが、協働戦術学を担当する教師の台詞か?」
「第二王子なのにそんな戦闘狂で大丈夫か? 悩み相談室の予約、取っておくぞ?」
「いえ、いいです。……ラファエル1号を、呼んできてもらえますか」
完全に言い負かされたシュナクは、去っていくクラッドを見つめながら、なおも納得がいかないといった様子で困惑していた。




