18話.ラファエル1号
シュナクが久しぶりに登校してきた日の一限目は、協働戦術学だ。授業開始の鐘の音がなるより少し前には、全員着席していた。
クラッドも既に教室に来ており、教員用の椅子で爆睡している。
ティエラを含むクラスメイトたちはこれで三回目だが、シュナクとランドは今日が初めてのはず。
クラッドがくじ引きでチームメンバーを決めたのは初回だけだったので、もしも五人組を作るのに困っていたら声をかけてあげようと、ティエラは秘かにお姉さんぶっていた。
授業開始を知らせる鐘が鳴ると共に、だるそうに起き上がったクラッドが教卓に立ち、いつものように宣言した。
「まずは五人組を作れ」
授業の時だけはきはき喋るクラッドの掛け声に合わせ、クラスメイトたちがグループを作り出す。
三回目ともなると大体固定化されてくる、ということは、今はまだ起こっていない。
唯一固定化されつつあるのは、ソルやメイといったごく少数の従者たちだ。主人を守るのが第一なため、自然と主人のチームに入る。
ティエラとソルも、その例から漏れることはなかった。
今日が初参加であるランドも同じ発想のようで、ぴったりとシュナクの後ろをついて歩いている。
なんて思っていたのもつかの間、迷いのない足取りでシュナクがこちらへやってきているのが目についた。
「俺と組んでくれるだろう?」
ティエラの目の前に仁王立ちをしてそう言ってくるのは、もちろんシュナクだ。後ろにはランドもいる。
「あ、はい」
さっきまでお姉さんぶっていたティエラは、相手の方から動いてくることは全く考えていなかった。そのため、完全に虚を突かれた形となり、勝手に一人でテンパっていた。
「あと一人か。誰か仲のいい者がいるなら、呼んできていいぞ」
ランドとソルも既にチームメンバー扱いのようで、残るは一人だ。シュナクはまだクラスメイトたちと深い交流はしていないことを考えれば、確かに残り一人を見つけるのはティエラの方が適任だ。
ここでもう一人を集めれば、きっと自分のことを頼れるお姉さんと思うに違いない。そうすれば自然と、従者であるソルの印象も上がり、刺客ではないと考えを改めてくれるはず。
完璧な方程式を頭の中でくみ上げたティエラは、残る一人を目指してクラスメイトたちに声をかけにいった。
* * *
「五人組は出来たな? 今日の欠席はラファエルか。ちょっと待ってろ」
それぞれ出来上がったチームメンバーで固まっていると、クラッドから声がかかった。
そして、今日の欠席者の代わりとして、クラッドの取り出した木製人形がぬーっと大きくなっていく。
相変わらず絶妙に似ているようで似ていない表情が描かれ、あちこちから変に吐き出される息が聞こえてくる。
「ラファエルは確か、タンブラル侯爵家の令息だったな。あんな顔だったか?」
「どことなく似ていますが、どちらかと言えば似ていませんね」
「ふふっ」
今日で二度目の登校なのに、シュナクはクラスメイトの顔と身分を覚えているようだ。ただ、彼の疑問にランドが真面目な顔をして答えるので、ティエラは吹き出してしまった。
「……よし、ラファエル1号。今日はあそこのチームに入れ」
完成したラファエル1号が、ティエラたちのチームに加わった。ちなみに、この番号は作られるごとに数が増えていく。既にシュナクとランドの木製人形は3号まで進んでいる。
「この木製人形は、役に立つのか?」
木製人形に向けられていたシュナクの怪訝な瞳が、そのままティエラの方へスライドしてくる。残り一人を集められなかったことを、暗に言っているようだ。
――みんな物凄い速度でチームを作っていくから、声をかける暇がなかった!
あと一人だと思って動いたティエラだったのだが、何故か自分が近づくとすごい勢いで皆が離れていき、あちこちでチームを作り、もう五人揃ってるからごめんね、みたいな空気を出してきたのだ。
仲のいいオジェは、既にミルダとメイを入れたチームで作ってしまっていたので声をかけるわけにもいかず、結局誰も集まらなかった。
「クラッド先生の木製人形は、ごくごく普通の性能をしている印象です」
人形に魔力を与えて動くタイプのものは、大体が命令をすればその通りに動いてくれるようになっている。
ただし、自分では動かず、高度すぎる内容は入力を受け付けない。たまに、頑張ってしまうタイプだと無茶をして壊れてしまう。なので、簡単な作業をさせることを心がけるのが大切だ。
ちなみに、シュナク2号は無茶をした結果壊れた。あの時ほど、本人がいなくてよかったとその場にいる全員の気持ちが一致した日はなかった。
「今日の課題は、これだ」
クラッドが指を鳴らすと、無差別に選ばれた各チームの一人の手元に今回の課題が書かれている用紙が現れた。ティエラのチームで選ばれたのは、ソルだった。
ティエラがささっと近づいて覗き込むのとは対照的に、シュナクとランドは全く近づいてこない。
ランドが盾になる形となり、じりじりと寄ってきているのをよそに、クラッドは話を進めていく。
「とりあえず、全員ついてこい。用紙に書いてあることがルールのすべてだ。質問を受け付けないから、ちゃんと読み込んでおけよ」
教室の扉を開け、廊下に出ていくクラッドの後をみんなが列を作ってついていく。
今回の課題は『捕縛と逃亡の訓練』と書かれている。こんな難しいこともするのかと、相変わらずな難易度をしている協働戦術学に、冷や汗が止まらない。
注意事項も書かれており、本格的だ。
「うーん? よくわかんない」
「難しいね、これ……。とにかく、クラッド先生についていこっか」
ちらりと後ろを見ると、未だに警戒しながらじりじりと近づいてきている二人がいた。なにをしてるんだろうと思いながら、ティエラはソルと一緒に先生についていく。
すると、二人も慌ててついてきた。
ここで、何かにひらめいたらしいソルが急に立ち止まり、振り返って二人の元へ歩いていく。
完全に不意だったようで、簡単にソルの接近をランドは許していた。
「これ、ランドたちも見ておいて。ティエラも難しくてわかんないって言ってるから」
張り詰めた空気の中、ランドがそっと手を伸ばしてソルから用紙を受け取る。
一瞬の沈黙が落ちた後、ランドは頷いた。
「目を通しておこう」
ソルは満足げに頷き、またティエラの横へ戻った。
「罠の類では、なさそうです」
「そうか」
――紙切れ一枚に罠って仕込めるの?
二人の真剣なやり取りに、ティエラのほうが変な冷や汗をかいた。
そっと後ろを覗くと、二人はなぜか妙に疲れた顔をしていた。
まだ本格的に授業が始まったわけでもないのに、なんであんなに消耗しているんだろうと、ティエラは最後まで原因が分からなかった。




