17話.お詫びをさせて!
「分かりました! ランドさんが欲しいものを買って、プレゼントします!」
ティエラが高速で脳内会議を行ってはじき出した答えは、直接本人に欲しいものを聞くというものだった。
なんて完璧な答えなんだと、ティエラはどや顔をする。
「俺の欲しいもの、ですか。特には……」
「待て。プレゼントという言い方に、ちゃんと違和感を働かせろ。お詫びの品だろ?」
何かおかしなことを言っただろうかと、ティエラは首を傾げた。
「僕も欲しい。ティエラの靴下がいいな」
「ええー、それは前にあげたばかりでしょ」
古くなった靴下が欲しいと言うので、この間ソルにあげたばかりだ。なので、今あげられそうな靴下はない。
「待て! 靴下を欲しがられることに、ちゃんと違和感を働かせろ」
「あげたことに違和感を覚えるべきでは?」
ランドの疑問を聞き、ティエラも確かにそうだと、今になってソルの要望がおかしいことに気づいた。
前に渡したあの靴下は、一体何に使われたのか。知りたいような、知りたくないような。
結局、怖くなったティエラは聞かないことにした。
「とにかく、ランドさんの欲しいものを今度買いに行きましょう!」
「行きましょうって、俺も行くのですか?」
「ランドさんへの買い物なのに、本人がいなくてどうするんですか?」
変なことを聞く人だなと思っていると、何故かランドだけではなく、シュナクにも変な人を見る目を向けられた。
おかしなことを言ったかなとソルを見てみると、彼は普通にしていた。やっぱり、間違ったことは言ってなさそうだ。
「ランドは俺の従者だ。勝手に連れていかれては困る」
「じゃあ、シュナク王子も来ますか? それならいいですよね」
やっぱり不思議なことを言う人だなと、ティエラはシュナクを怪訝な目で見た。しかし、シュナクも全く同じ目で自分を見ていたので、ようやく彼が何に困惑しているのかが分かった。
「シュナク王子にも、何か買いましょうか?」
こう見えても商家の娘なのだ。大金はないけれど、不自由がない程度にはお小遣いもある。飛行絨毯の最高グレードが欲しいみたいなことを言われない限り、ある程度のものは買えるはずだ。
目の前で、自分の従者だけがプレゼントをもらっているのが嫌だったんだなと、ティエラはシュナクに理解を示す。
「お前、俺が王子だと言うことを忘れてないか?」
「まさか! どうやって王子であることを忘れるんですか」
「こいつ、素か……」
ここまで話しておいて今更ながら、ランドが誰と出掛けてもいいのではないかと思い始める。
束縛の強い主人を持つのは大変そうだ。
「それじゃあ、お二人の都合のいい日に出かけましょう。何が欲しいかも決めておいてくださいね」
「詫びの品を相手に考えさせることに、違和感を働かせてくれ」
「従者だけでなく、主人さえも災害だったとは……くっ、俺の目はどこまで曇っていたんだ?」
ようやくランドにお詫びが出来ることが決まり、ティエラは大満足だ。これできっと、彼らの中に出来上がっている、ソルが第一王子の刺客という誤解も解けるはず。
「僕も買ってもらうもの考えとこ」
「ソルは靴下じゃないの?」
「せっかくなら、もっと特別なものが良いなって。宝石とか」
「ほ、宝石!?」
ソルの爆弾発言に、ティエラは悲鳴を上げた。シュナクとも台詞が被り、彼も驚いた声だった。ランドも口を開けて固まっている。
――そこまで高いものは買えない!
ティエラの記憶の中にある財布は、そこまで分厚くない。ソルがおねだりしてくる時は大体が食べ物だっただけに、これは完全に想定外だった。
「ダメ? いっぱい入ってて、凄いキラキラしてるのが良いんだけど」
「宝石が叩き売りされることは、ないと思うが……」
「宝石は、言うほど光ったりしないぞ?」
ランドとシュナクが現実的な方面でソルを否定するのを聞き、ティエラはピンときた。
ソルが言っているのは恐らく本物の宝石ではなく、宝石を模したおもちゃのことを言っていると思われる。それくらいならティエラのお小遣いでも、全然大丈夫だ。
「それくらいなら買えるかな? いいよ、今度ランドさんのプレゼント探しの時に、そっちも探してみようか」
「やった!」
ソルも同じだけのお小遣いをもらっているが、こういうのはプレゼントされるから嬉しいよねと、ティエラも二つ返事だ。
代わりにティエラも何かソルに買ってもらおうかなと、少し先の未来を考えて暖かい気持ちになった。
「ココラッテは、それほどまでに繁盛しているのか。なら、俺にもぜひ、宝石を買ってほしいものだ。たくさん、な?」
「えっ?」
「日にちは追って連絡する。楽しみにしているぞ、ティエラ」
――もしかしなくても、とんでもない約束を取り付けてしまったのでは?
迷惑をかけたお詫びをランドにしたかっただけなのに、なんでこんなことになってしまったんだろうと、ティエラはいずれ来る日を考えてはお財布の心配をしていると、ちょんちょんと誰かに肩を叩かれた。
「あ、ミルダさん。おはようございます」
「ごきげんよう、ティエラさん。それに皆さんも」
「おはようございます」
「おはよう」
ミルダの姿を認めたそれぞれが挨拶を返していく。一番フランクなのはソルだ。ただ、ランドは礼儀正しくメイと同じように頭を下げ合って挨拶をする中、シュナクだけは何も言わずによそを向いてしまった。
今しがた登校してきた様子のミルダは、こうしてメイとともに挨拶をしにきてくれる。ソルがミートパイをあげて以来、仲良くしてもらっているという自覚はティエラにもあった。
しかし、今日のミルダは気分が優れないのか、眉が下がりっぱなしだ。
「ミルダさん、具合が悪いんですか?」
「いいえ、そうではないの。ただ……」
ちらりとミルダが視線を向けた先にいるのは、シュナクだ。彼は相変わらず、こちらを見ようともしない。
その理由を知っているらしいミルダは一つ、ため息をついた。
「ごめんなさい。お話の途中でしたでしょうに、お邪魔して。もう行きますわね」
「失礼いたします」
のろのろと自分の席へ向かうミルダと、その歩幅に合わせて歩いていくメイの後姿を見て、ティエラは理解した。
ミルダはバレングロウ公爵令嬢だ。その身分を考えれば、彼女がシュナクと学園外で顔を合わせたことがあるというのも、十分に考えられる。
――もしかして、ミルダさんはシュナク王子のことを?
これは恋の予感だと、ティエラは事態を理解したことで赤面するのだった。




