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従者が猫すぎて入学式が崩壊しました  作者: おかかむすび
第二章.クラスメイト編

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16話.匂い負け

 数日ぶりに、シュナクとランドが登校していた。

 シュナクは立場上、どうしても学園以上に優先しなくてはならないことが多いようで、ティエラが彼らを見るのは入学式以来だ。


 二人を見ると、入学式当日の出来事が蘇る。

 そして、彼らには初日に迷惑をかけっぱなしなままだ。シュナクが行った、新入生代表としての挨拶はもう取り返しがつかないし、ランドのマントに関しても、現物はいまだソルの懐の中だ。


 シュナクにはもう詫びようもないが、ランドにはまだお詫びできる可能性がある。ティエラは緊張した面持ちのまま、自席に座っているシュナクと、そのすぐ後ろに立っているランドの元へ行った。


「あの、おはようございます!」


 誰もが遠巻きに二人を見るだけで、声をかけない。その中での行動だったので、教室全体はこちらの動向を窺っているように感じられた。


「おはようございます」


 ティエラの姿を認めたランドは軽く会釈した。そして、視線を少し後ろに向けた途端、彼の顔がわずかに引きつった。

 なんだろうと思ってティエラは自分の後ろを見てみるが、そこにいるのはソルだけだ。


「朝から堂々と仕掛けに来るとは……。兄上が用意した今回の刺客は、奇をてらってくるタイプか」

「ソルってまだ刺客判定もらってたの?」


 机に肘を立てた手の甲に頬を乗せるシュナクは、どこか疲れた顔をしている。また、ランドがソルを警戒している理由も分かった。


 お詫びをする以前に、ソルは刺客ではないというところから伝え直さなくてはならないようだと、ティエラは気合を入れる。


「あのですね、シュナク王子。もう一度言いますが、ソルは第一王子の刺客ではありません」

「では、なんだと言うんだ? 俺の代表挨拶を全て台無しにしてくれた、ココラッテの娘よ」

「ティエラです。じゃなくて、どうしてお店の名前を?」


 ココラッテは、ティエラの両親が立ち上げたお店の名前だ。もちろん、シュナクに教えたことはない。


「これが王家の力だ。自分が誰に喧嘩を売ったのか、少しは理解したか?」


 物凄いどや顔でそう言ってくるシュナクは、どことなく満足げな顔をしている。どうやら、ソルのことを本気で刺客だと思っているからこそ、その主人であるティエラの近辺調査も行ったらしい。


 毎日普通に過ごしていたが、違和感を覚えたことは一度もない。ソルからも、変な気配がするなどの違和感を訴えられたこともない。


 ソルはどちらかと言えば、知らない人の気配などに敏感だ。特に、自分に向けられる視線には人一倍反応する。そんな彼にさえ、反応させないとは……。

 これが王家の力なのかと、ティエラは戦慄した。


「それだけ調査したのに、ソルが刺客ではないことを暴けないなんて……!」


 出来ればそっちを暴いてほしかったと、ティエラは項垂れる。


 ソルに気づかれないなんて凄いはずなのに、肝心のことは分からずじまいだったとは。きっと、シュナクに『ソルは刺客だ』という先入観を植え付けられたに違いない。


 王家の諜報員たちはこんなことにまで駆り出されて大変だなと、心の中で労っておいた。


「それで、今度は何を仕掛けてくるんだ?」

「用があるのはランドさんの方なので、どうぞシュナク王子は楽に……」

「俺に用がないだと!」

「刺客からは用がない方が、良いはずでは?」


 ソルのことは警戒しているのに、用がないときっぱり言われるのも嫌らしい。実は、シュナクは寂しがり屋さんなのかもしれない。


「殿下。俺がティエラ嬢から話を聞き、安全が確保できた後にお話をしてください」

「いや、お前に話があるって言ってるだろ」

「急に常識人に戻った!」


 今の温度感から真顔でランドを言い負かすのはあまりにも理不尽だ。ティエラだったら泣いてる。

 シュナクに顎をくいっとされたので、ティエラはランドに向き直った。


「あの、マントのお話なんですけど……」


 今だにソルのお気に入りとして、ひざ掛け代わりになったり座布団代わりになったりしているランドのマント。これを話題にすると、後ろでソルが動いた。


「ダメ! これはもう僕の物だよ!」

「ソル! 流石にもう返そうよ!」

「絶対返さない! この匂い、凄く安心するからダメ!」

「くっ! 素材じゃなくて、匂いに私は負けたのね!!」」


 持ち主の前であればと思ったのだが、見通しが甘かった。ソルからマントを取り上げることに全敗しているティエラは案の定、今日も取り返せなかった。


「あ、でも……」


 胸の中に抱いて、絶対に離さないようマントを抱えていたソルが、ランドを見上げた。ばっちりと目が合ったランドは何かを察知したらしく、ほんの少し体を反らす。


「ランドが膝を貸してくれるなら、か……返しても……。いや、やっぱ嫌かも……」

「あの膝乗りは常習犯だったのか!?」


 ものすごく名残惜しそうにしているソルに、シュナクは別の角度で驚いていた。


 ちなみに、膝乗りについては言うほど常習犯ではない。大きくなってからは落ち着いている。それでもしたがる時は極度の緊張などを誤魔化す時か、甘える時だけだ。


「それは断る。もう新しいものを用意したので、前のは好きに使ってくれ」

「良いの? ティエラ! これもらって良いって!」

「そんな! じゃあ、私は一体なにでお詫びしたらいいの……」

「いや、詫びなど不要――」

「ダメです! こういうのは、ちゃんとしておかないと!」


 完全に商人魂に火がついたティエラはほんの数秒、机を凝視して高速で脳内会議を行う。そして、結果をはじき出した。

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