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従者が猫すぎて入学式が崩壊しました  作者: おかかむすび
第二章.クラスメイト編

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閑話3.オジェ編 姉貴には勝てない

 同じ商家出身のクラスメイト、ティエラの従者をしているソルの嗅覚がとんでもなかったという事実を知ったオジェは、大急ぎで帰宅した。


 ソルにたった一言で拒絶されたショックはまだ抜けていないが、今はそれ以上にしたいことがあった。


「ただいま!」


 親の返事を待たず、オジェは靴を乱暴に脱ぎ捨てて自室に入る。それから、帰り道で書き殴ったメモ帳を取り出して、ソルに教えてもらった素材を棚から引っ張り出していく。


「姉貴の配合は、多分これのはずだ。だから、ここを……」


 椅子に座り、書き殴られた文字の続きにこの香りになるであろう配合を、今までの経験全てを思い出しながらあてはめていく。そして、どこをどう変えればこの香水がもっと良くなるかを考え出していった。


 * * *


 両親にさっさとご飯を食べろと怒られる形で自室を出ることになったオジェは、どうにか完成させた香水を紙袋に入れ、姉貴の自室の扉の取っ手に掛けておいた。

 いつもオジェは、自信作を見せる時はこうする。果たし状だと言ってもいい。


 戦績なんて立派なものはない。というか、まだ一度も勝ったことがない。

 見せた物は、全て理屈と事実によってねじ伏せられてきた。その指摘が納得できてしまうものばかりだから、オジェはいつも悔しい思いをしている。


 ――今日こそ、姉貴から参ったと聞けるかもしれない。

 5年前、店の看板商品となる作品である『月光柑橘』を作り出した姉、リシェルはそれをきっかけに傲慢に……とは、ならなかった。


 自分の作ったものが世間で受けた、ということには、もちろん喜んでいた。

 しかし、それは自分が世間に認められたということより、自分が良いと思ったものがみんなにも良いと思ってもらえたことに対する喜びの方が、強かったように思う。


 それだけ優れた商品を作り出すリシェルの感性はやはり、家族の中でも頭一つ以上抜けているとオジェは思っている。

 だからこそ、オジェは尊敬を抱くとともに、いつか超えたい高き壁として見ていた。


 そのリシェルを、棚ぼたでも唸らせられるかもしれないという事実は、オジェにとってこれ以上ないほど心を躍らせる出来事だった。


 まだかまだかと自室で待っていると、廊下からすごい足音が近づいてくるのを感じた。

 来た、と思った時には扉がすごい勢いで叩かれ、返事を待たずにドアノブを捻るので鍵が嫌な音を立てる。

 そして、無情な音が響いた。


「オジェ! あんた、これ!」


 扉から外れたドアノブを右手に持ち、左手にはオジェが置いておいた香水の瓶を持ったリシェルが突撃してきた。


 今日中に来ることはオジェも分かっていたが、ドアノブを破壊するほどの勢いで来るのは想定外だった。壊れた扉を見て、これどうしようとオジェは頭を抱えた。

 完全に、リシェルのことは蚊帳の外だ。


「ちょっと! 返事しなさい!」

「ああ、うん。その前にドア、何とかしといてね」

「そんなのは後でいい! これ、どうしたの!」


 鼻から煙が出ているんじゃないかと思わせるリシェルの力強さに、オジェは背中を反らせる。ここまでの反応は完全に想定外で、びびっていた。

 とにかく説明が先だなと、オジェは自分を鼓舞しながら口を開く。


「どうって、俺が作ったんだよ。今日の朝、姉貴に無理やりつけられた香水を改良したんだ」

「……確かに。私が配合したものより、香りの広がりが自然だった。少なくとも、今日私があんたに付けた物より、品質は上だと思うわ」

「そうだろ!」


 店を盛り返すまでに至った月光柑橘を作った姉貴が、自分を褒めた。

 この事実は、オジェを有頂天にするのに十分すぎる効力を発揮した。


 うっきうきでリシェルにどや顔をかますオジェ。そんな彼に、リシェルは真顔で言い放った。


「それで。どうやって配合を知ったの?」

「…………あ?」


 空気が変わった。

 リシェルが瓶を持っている方の手を突き出し、オジェに返してきた。


 鋭い目つきはプロの職人としての矜持を感じさせる。

 一切の妥協を許さない、オジェが一番よく知っている姉貴の姿だった。


「このレシピは、まだ誰にも公開してない。もちろん、家族にもね。材料の大元は同じだけれど……配分が変わっているのが分かる。つまり、あんたはどうやってか三つの材料を当てたってことになる」

「え、えっと、その……」


 オジェは、急速に背筋が凍っていくのを感じていた。

 姉貴に勝ちたい。見返したい。そんな浅はかな気持ちでやったことが、一体どれほど重大なことをしでかしたのか、今なら分かる。


「私の部屋に、勝手に入ったわね?」

「入ってない! レシピを盗むなんて、絶対しない!」

「じゃあどうやったわけ? まさか、魔法で成分を分解した? 既製品をバラして使用されている材料を見ることは、法律で禁止されてるの、知ってるわよね?」

「当たり前だろ! 商売やっててその法律知らないなんて、赤ん坊ぐらいだよ!」


 リシェルの目から、疑いは消えない。それどころか、ますます強くなっているのが分かる。

 だが、オジェ自身、自分がどれほど苦しい言い訳をしているのか、痛いほど分かっている。だからこそ、リシェルの眼差しから逃げ出すことが出来ない。


 ――言えない。言った瞬間、ソルにも姉貴にも迷惑がかかる。

 オジェは、自分が詰んでいる状態にいることを理解した。

 友を売るのか。それとも、自分が犯罪まがいのことをしたという、やってもいない汚名を被るか。

 二つに一つだ。


 そもそも、本当のことを言ったところでリシェルが信じるかどうかも分からない。

 自分も正直、ソルのような人がいると言われても、言葉だけでは精々が半信半疑止まりだ。というか、懐疑的な気持ちの方が強く出ると思う。


「オジェ。私もあんたのことは、それなりに分かってるつもりよ。そういうことをしない子だと思ってる。でも、今回は正直、怪しすぎる」

「わ、分かってる……。その、本当にごめん。軽い気持ちで、こんなことするべきじゃなかったんだ……」


 友達を売りたくない。でも、姉貴のことを苦しませたいわけでもない。

 オジェは悩みに悩んだ末、苦渋の決断を下した。


「絶対、誰にも言わないって約束してくれるなら……話す」

「……はあ、そこまで言うなら聞くわ」


 オジェの真剣さに、リシェルはひとつ息を吐き、頷いた。

 こうなった以上、リシェルを信じてオジェも口を開くしかない。唇の乾燥を感じながら、オジェは目を泳がせて告白した。


「クラスメイトの一人が、その……匂いだけで三種類の素材を全部嗅ぎ分けた」


 リシェルは数秒固まった。


「……は?」

「だから、俺じゃなくて! 友達が、香り元素となった素材三つを鼻だけで言い当てて!」

「ちょっと待って。そんな、香水師でも不可能な……」


 リシェルは一度瞼を閉じ、何かを高速で計算するように口元に手を当てる。

 次に瞼が上がった時、リシェルの目がギラッと輝いた。そして、持っていたドアノブを投げ捨てて、オジェの両肩を思いっきり掴む。


「そんな天才がいるの!? 今すぐ家に連れてきなさい! 言い値で買うわ!!」

「言い値で買うってなんだよ!!」

「才能を持っている人を囲うのは、早いもの勝ちよ! というかその才能、私が欲しい!!」

「くそっ! 同じ血が通ってることを忘れてた! 俺と反応が一緒じゃないか!!」


 結局その夜、オジェはソルの能力を絶対に外に漏らさないという約束にリシェルが頷くまで、延々と説得し続けることになった。

 この日以来、オジェはリシェルにソルを紹介しない方法を、真剣に考えるようになった。

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