11話.大きくならない理由
「肉を食べられないなんて、これからどうやって生きていけばいいんだ……」
ソルの中では、未だに肉を食べないという原理が繋がらないらしく、ミルダに質問し続けている。というか、ソルは自分の身に置き換えている節がある気がする。
ただ、まるで世界の終わりみたいな顔で詰め寄るので、なんでこんなことになったんだろうかと、ティエラは若干の現実逃避をし始めていた。
――そんな深刻なトーンで聞くことじゃないよ。
この言葉を聞いてくれるなら、どれだけ楽なことか。ティエラは諦めた。
一方のミルダに、気にした様子はない。むしろ、よくぞ聞いてくれましたとでも言いたげな表情で、胸を張って答えてくれた。
「わたくし、お肉を食べると野生に戻ってしまいますのよ」
「…………そうですか」
この回答を聞いたら、ソルじゃなくても固まると思う。少なくとも、ティエラは固まった。
「小さい頃、とあるメイドさんに言われましたの。お肉を食べすぎると、野性味が出ますよって」
それは恐らく、メイドさんの冗談ではないだろうか。
この言葉を聞いてくれるなら、どれだけ楽なことか。ティエラは二度目の諦めを覚えた。
「わたくし、気高きレディであるために、それ以来、お肉は一切口にしておりませんの」
そう言い切るミルダは真顔だった。本気で言っているということが伝わってくるからこそ、クラスメイトたちが頭を抱えた。
この時になって、ティエラにも電流が走った。
――ソルが野生っぽいのは、小さい頃からお肉が大好きだったから?
いや、違う。ソルはそもそもが猫だから、野性味が強いだけだ。お肉が大好きなのも、猫が肉食動物だからだ。そうでなくとも、人間にもお肉が大好きな人は多い。
ティエラの頭は混乱していた。
頭の中でトンチンカンな会議を開いているティエラをよそに、ソルはミルダの顔をまじまじと見て、新しい爆弾を投下した。
「じゃあ、ミルダが小さいのって、お肉を食べてないから?」
「ちょっ……ソル、それは関係ないと思うよ!」
慌てて止めに入ったが、もう遅い。流石に身体について言及するのは失礼が過ぎると、ティエラはソルを叱る。
「…………。なるほど」
ミルダが、胸元を押さえて震え始めた。これを見て、ティエラは何か違和感を覚えた。
「わたくしの胸が育たないのは、肉不足だったからですのね!!」
「そっち!?」
明らかにソルは身長のことを見て言っていたと思うのだが、ミルダは盛大な勘違いをしていた。
「さすがはお嬢様! また一つ、新たな真理に自ら気づかれるとは!」
「メイ……!」
二人だけの世界に入り、盛り上がり始めたミルダとメイ。これを見たティエラは、もしやと思った。
「あの、メイさんはミルダさんがお肉を食べなくなった理由を、知らなかったんですか?」
「いいえ? もちろん存じ上げておりますが」
「だったらなんで教えてあげないの!?」
ミルダのことなら何でも知っていると言わんばかりの態度を取るメイに、ティエラはついツッコミを入れてしまった。
「何故って、お嬢様がご自身でお考えになられたことを全力で支えるのが、わたくしの使命ですから」
「諸悪の根源はここかっ!!」
間違っていることは間違っていると、素直に教えてあげてほしいとティエラは頭を抱えた。
「ご安心ください。例え、お嬢様の胸がどのような大きさであっても、私の忠義が変わることはございません」
「立派な心掛けのはずなのに、全然響いてこない!!」
発言が最低すぎると、こんなにも響いてこないのかとティエラもびっくりだ。
「これからお嬢様がお肉を召し上がると仰るならば、不肖ながらメイもお肉を食します」
「ミルダさんに合わせて、メイさんも脱お肉してたの?」
「嫌だっ! ティエラがお肉をやめても、僕はやめない!!」
「誰も頼まないわよ!!」
悲鳴を上げるソルに、ティエラは誰がそんなことを言いつけるものかと全力で否定した。はっきり言って、どうでもよすぎる。
ここで、ティエラは気づいてはいけないことに気づいてしまった。
メイ曰く、本人もミルダに合わせて肉断ちをしているらしい。
しかし、メイの胸は豊満だ。
これが指し示すことと言えば、ミルダはお肉を食べても、恐らくは望む結果を得られない。あまりにも残酷すぎる事実に、ティエラは蓋をした。
「ティエラ様はそう仰いますが、幼き頃のお嬢様の可愛さを目の当たりにしていないから、指摘してあげてと言えるのですよ」
「えっ、私がおかしいの?」
まさかのカウンターパンチをもろに受け、狼狽えてしまった。そこへ、メイが畳みかけてくる。
「お嬢様がメイドに野性味が出ると言われた時、既に専属としてお嬢様の傍にいた私に、こう言いました」
『メイ、わたくしはこのままお肉を食べ続けると、野生に戻ってしまうのかしら?』
「これを、涙目になりながら必死にそれを堪え、気丈に振舞い、問いかけてくるのです!! 分かりますか!? この可愛さが!!」
「あ、はい……」
「私はこの時、決意したのです。お嬢様のことは、命に代えても私が守り抜いて見せる、と」
胸に手を当てて真剣に誓いを立てるメイは、従者の鏡そのものに見える。
――こんなふうに想ってもらえるなんて、ちょっと羨ましい。
思わずそんな気持ちがこぼれてしまうくらいには、とても眩しかった。
でも、ソルにはもう少しマイルドな方向性でお願いしよう。
「わたくし、今日からお肉を食べますわ!」
ティエラとの問答を意に介することなく、ミルダはお肉を食べる宣言をした。胸が大きくなるかもしれないという魅力は、ミルダにとってとても効果的だったらしい。
お肉を食べたからといって野生に戻ることはないので、偏食をするよりは良いかと、ティエラは半分思考停止していた。
「じゃあ、僕のミートパイあげる」
隣にいたソルが、ささっと机から取ってきたミートパイを当たり前のように差し出した。
ミルダは両手でミートパイを受け取り、まるで聖なる儀式でも始めるかのように息を整えていた。
「では……いただきます」
ソルが喉を鳴らす。そして、隣のメイまで真剣な眼差しだ。クラスメイトたちも、固唾を呑んで見守っている。もちろん、ティエラもだ。
ミルダはそっとミートパイを口元に運ぶ。そして、口を開けた瞬間。
ばりぃぃぃっと真横にスライドして、豪快に肉を噛み千切った。
メイは即座にナプキンで目隠しカーテンを展開したが、距離が近いティエラとソルには丸見えだった。
驚愕で固まるティエラの横で、ソルは目を輝かせてこう言った。
「この豪快さ、ライオンみたいだ!」
「褒めてるの? それ褒め言葉なの?」
物凄い食べ方をしたミルダは、満面の笑みである。同じく、ライオンのような勇ましさだとはしゃぐソルも、満面の笑みである。
ティエラは三度目の諦めを覚えた。
「やっぱりお肉は、美味しいですわ!」
ミルダはうっとりと目を細めて言った。
「これは確か、ミートパイと仰っていましたわね。素晴らしい! わたくし、これから毎日いただきたいですわ!」
「ありがとうございます……」
こうして、ミルダの初めてのお肉体験は、予想を遥かに超えた豪快な形で幕を閉じたのだった。
なんかよく分からないけど、公爵令嬢であるミルダに実家のミートパイを気に入ってもらえたので、良しとすることにした。




