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従者が猫すぎて入学式が崩壊しました  作者: おかかむすび
第二章.クラスメイト編

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10話.お肉は食べないと決めた

 3日目の朝。

 学園生活が本格的に始まった今日から、ティエラとソルの学校で過ごす時間は、昨日までよりもずっと長くなっていた。


 ただ、授業の進め方も難易度もまちまちで、多くは先生方の簡単な自己紹介や、軽い慣らしを兼ねた導入が多かった。はっきり言って、クラッドの授業が一番難しかったまである。


 そして、ようやく待ち望んだお昼休憩の時間がやってきた。

 ティエラはウキウキしながら、カバンから紙袋を取り出してソルと机を並べる。同じように、教室のあちこちで、椅子を引く音やお弁当箱の開く音が重なって聞こえてくる。


 昨日の、クラッドが行った授業のおかげで、クラスの中には仲良しグループが出来たところもある。

 もちろん、一人で食べている人も目立つし、ノートを出して何かを書き込んでいる子もいる。学園のお昼休みらしいざわめきに、ティエラはようやく日常を実感した。


「ティエラ、パンひろげていい?」

「もちろん! 今日も美味しそうだよ」


 お昼は、実家の一階にあるパン屋からもらってきたパンの詰め合わせだ。

 付属されている紙ナプキンを広げて、その上にパンを取り出していく。


 ティエラはクロワッサンと、ベーコンエピ。ソルはふわふわのミルクパンと、大好物のミートパイを宝物みたいに抱えている。


 そして、ティエラはわざと紙袋のロゴの方を上にして、机の端に置いた。さりげなく、どこのお店のパンかというのを宣伝するためだ。

 なんて商魂たくましいんだと、ティエラは自画自賛した。


「いただきまーす」

「いただきます!」


 ほかほかしたパンの香りに、自然と頬がゆるむ。今日は慣れない授業ばかりでちょっと緊張したけど、この時間だけはいつもどおりでいられる。

 そう思っていたら、教室がざわつき始めた。


 一体何だろうかと、ちょっぴり硬いベーコンエピを頬張りながら原因となっているらしい場所に視線を向ける。

 視線の先には、とんでもない光景が広がっていた。


「どういうこと?」


 ティエラは思わず呟く。声が漏れた自分は、悪くないと思った。


 机の上には豪華な白いクロスが敷かれている。その上に並べられる銀食器と、見たこともないほど綺麗に盛られたサラダやスープ。


 しかも、それらを運んでいるのは、見覚えのない大人の料理人。

 そして給仕を担当しているのは、茶色い髪を三つ編みにしてお下げにしている人物。


「メ、メイさん……?」


 公爵令嬢ミルダの従者、メイだ。彼女は完璧な所作でナプキンを広げ、微笑みを浮かべてミルダの席へとセットしていく。


「これ、フルコース?」

「嘘でしょ、お昼休みに? 公爵家ってすご……」

「これは、すごいで片づけていいのか?」


 クラス中がひそひそと言い合っている中、当のミルダ本人は当然のように椅子に腰掛けて、料理を前に優雅に微笑んだ。


「さあ、いただくとしましょう」


 そして、本当に食事を始めるミルダを見て、一人のクラスメイトが思ったままのことを口にした。


「この料理はなんだろう?」

「トマトのエッセンスジュレと、バジルのムースでございます」

「次に出てきたのは?」

「帆立貝のミキュイと根菜のマリネ、柑橘ヴィネグレットでございます」

「やべえ、分かんねえ」

「というか、聞いたら答えてくれるんだね。……メイさんが」


 ティエラは思いっきりベーコンエピに噛みつくことで、笑いをこらえた。今のツッコミはずるい。

 無理やり顎を動かして笑いを飲み込んだ後、ティエラはもう一度、ミルダのフルコースを見てみた。


 あれはもう、お昼ごはんじゃなくて晩餐会だ。なんていうか、貴族ってやっぱりすごい。

 ティエラがぽかんと見つめていると、隣にいるソルが首をかしげた。


「肉が、ない」

「えっ?」


 騒がしい教室の中、ソルは真剣な顔で、ミルダの豪華な皿をじーっと見つめている。そして、何か核心を持ったように立ち上がり、すたすたとミルダの目の前まで歩いて行った。


 まさかの行動に、ティエラも大慌てでソルについていく。なんで初めてのお昼休憩すらゆっくりできないんだと、机の上に置いてきたベーコンエピを未練がましく視界に入れ、そして諦めた。


「お肉、ないの?」


 ソルの一言に、ミルダは涼しい顔で答えた。


「わたくし、お肉は食べませんの」


 これを聞いたティエラは、どういう顔をするのが正解か分からなくなった。同じ感想を抱いた教室の空気も、少しだけ固まった。

 パンを齧っていた子は動きを止め、お弁当を楽しんでいた子はお箸を持つ手が空中で止まっている。


 でも、次の瞬間には『へぇ……』と中途半端な反応を返し、興味なさそうに散っていった。そんな中、ソルだけが雷に撃たれたかのように固まっていた。

 そして、衝撃のままと言った様子で口を開く。


「肉がないなんて、どうやって生きてるの?」

「そんな大袈裟な」


 誤魔化す感じにティエラは笑った。

 確かに、意識して食べないようにしているというのは珍しいが、そういう人だっているだろう。食の好みは人それぞれだ。


 だから、食べなくても大丈夫なんだよとソルに言おうとして、ティエラは止まった。


「ソ、ソル……?」

「信じられない。そんな、お肉を食べさせてもらえないなんて……」

「食べさせてもらえないわけではないと思うよ?」


 ソルの中で勝手に出来上がっていく物語に、ティエラは待ったをかける。表情を見る限り、残念ながらソルには伝わっていなさそうだ。


「わたくし個人の考えとして、肉は食べないと決めておりますから」


 どうやら、ミルダはベジタリアンらしい。それは知らなかったなと、ティエラは何気ない貴族情報を頭の隅にメモっておいた。


「なんで……?」


 本当に理解できないと、今にも絶望しきってしまいそうな焦燥とした顔で、ソルがミルダにしつこく尋ねている。


 確かに、理由はティエラとしても気になるところではあるが、なんでソルは大事のように捉えているんだと、若干嫌な予感もし始めてきた。

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