9話.人肌の温度
「ソル? どこに行ったの?」
周囲を見渡すと、ソルの姿はすぐに見つけられた。
彼は、先ほどまでクラッドが眠っていた教卓で居眠りを始めている。
「飽きるのが早い!」
ソルはいくつかのパズルピースを胸の下に敷き、教卓に上体を預けて目を閉じている。よく分からないものを気に入って持っていくのは、ソルの常套手段だ。
「ピースを持ってったら、数が足りなくて完成しなくなっちゃうでしょ!」
メイによってぶちまけたピースたちを拾わなくてはならない現実から目を背け、ティエラはまず目の前にあるピースの回収から行うことにする。
ソルに駆け寄ってピースを引き抜くと、抵抗はされなかった。持っていったのはいいものの、そこまで大事にはならなかったらしい。
「まったくもう、油断も隙もない……なにこれ」
ソルの下敷きになっていたピースをよく見ると、何か黒い線がついているではないか。まさかソルが汚してしまったのかと、ティエラは焦る。
「ソル! 何かペンで落書きした?」
「してないけど」
流石のソルも、そんなことはしないよなと、彼を疑ったことにティエラは眉を下げた。
だったらこれは一体なんだと思い、もう一度よく見てみる。それは汚れじゃなくて、薄い線がにじみ出ているようだった。
ティエラは慌ててこれを持って、オジェとミルダに見せに行った。
「あの、これ! 何か、模様があるみたいです!」
メイに飛び掛かって飛び散ったピースを拾い集めてくれていた二人が、集まってくる。
「先ほどまで、なかったはずですわよね?」
「うん。俺も確認したけど、うっすらとでも白以外の色がついてるピースはなかったよ」
ミルダは頬に手を当て、首を傾げている。オジェも同様に、今まで確認した中で白以外に色と呼べるものは見ていないと後押ししてくれる。
つまり、何かをきっかけに模様が浮かび上がってきたということだ。このピースと他のピースの違いと言えば、ソルによって下敷きにされていたということだ。
「ソルと同じことをすればいいんだ!」
「そうか。先生が魔法を否定しなかったのは、こういうことだ!」
ティエラとオジェのひらめきが被った。
そして、ティエラがピースの上に寝そべる横で、オジェはピースの一つに少しだけ魔力を当てていた。
すると、オジェが魔力を当てたピースが、ソルが温めたものよりはっきりとした模様が出てきた。
「ティエラ、何してるの?」
さっきまで教卓にいたはずのソルが戻ってきていて、声をかけてきた。ティエラは自分の奇行を見られたことに、どうにか言い訳をせねばと頭をフル回転させる。
「……ソルの、真似」
「お昼寝したいの? 後で一緒にしようね」
なんでこんなタイミングよく戻ってくるんだと、自分の取った行動を棚に上げてソルがいた場所を睨みつける勢いで見ると、既に教卓にはクラッドが戻っていた。
なるほどねと、ティエラは澄ました顔をしながら起き上がり、ソルのことをもう一度見た。髪の毛がえらく乱れているところを見るに、どうやらクラッドに追い返されたらしい。
何をしているんだ、この従者は。そして、自分も何をしているんだ。
「ティエラさんって、天然?」
「違います」
「全身を使った方が、効率的ですわ」
ティエラが否定している横で、ミルダもべちょっとピースの上に身体を乗せた。横からの追い打ちに、ティエラの心は大洪水だ。
「あっためるのなら、僕も得意だよ」
「ああ、うん。じゃあミルダさんとソルさんに、模様を浮かび上がらせるのを頼もうかな? ティエラさんは俺と一緒に組み立ててくれる?」
「喜んで!」
ソルと交代する形に場所を譲ったティエラは、活き活きとパズルを組み立てた。
きっと、周りのチームもパズルを解くのに悪戦苦闘しているはず。先ほどの自分はきっと見られていないはずだと信じて、ティエラは汚名返上のため、必死に頑張った。
ミルダとソルが温めてくれた、生暖かいパズルを元に。
「解ける、解けるよ! 模様があれば、私にも出来る!」
「うん。さっきまでのとは比べるまでもなく、楽だね」
こうして、ティエラが担当する部分がどうにか埋まり切った。ニコニコした顔で一緒に組み立てていってくれるオジェの手元を見ると、一つだけ空いている。
「あれ、最後の一個は?」
「ここ」
にゅっと伸びてきたソルの手が、ティエラの頬をかすめる。そして、ソルは手に持った最後のピースをはめ込んでいた。
「も、もしかして……ついてた?」
「うん。今も赤い痕が残ってるよ」
ティエラは自分の右頬を慌てて押さえた。右手が、急速に温まっていくのが分かる。
とてもじゃないが顔を上げられなくて、ティエラはじっと下を見て授業の終わりを待った。
授業終了の時刻を知らせる鐘は、意外とすぐだった。もう少し、絵柄に気づくのが遅かったら、完成できなかった。
「よーし、俺の授業はここまでだ。完成させられなかったチームはそれぞれ『完成させられなかった理由』を自分なりの言葉でいいから報告書にして、提出すること。完成させられたチームは免除だ」
クラス中から、ブーイングと喜びの混じった声が聞こえてくる。これを聞いたクラッドが、面倒くさそうに口を開いた。
「魔法だろうが偶然だろうが、気づいた者が勝つ。協働戦術学ってのは、そういうもんだ」
確かに、気づくまではとても難易度が高かったように見えたホワイトパズルも、仕掛けに気づいてからは簡単だった。
模様があるなしだけでこんなにも大きく印象を変えるというのは、新鮮な感覚だ。
「先生、良いこと言いますね」
「だろ? よし、そういうことだから、俺が昼寝してたとか言うなよ」
どっと笑いが溢れる。ソルの言葉に余計な返事を付けるから台無しだと、みんなでクラッドの言葉に笑った。
それでもきっと、他の先生に告げ口をしようと考えるクラスメイトはいないだろう。
というか、既にもう他の先生たちも、クラッドのずぼらさは知っている気がする。
そして、クラッドは教室を出ていった。
「お疲れ様。課程はともかく、ソルさんのおかげで組みあがったよ、ありがとう」
「うん、もっと褒めて。あ、ソルでいいよ。さん付け、慣れてないんだ」
「そう? じゃあこれからは遠慮なく」
ソルと一気に距離を縮めているオジェを横目に、ティエラはそそくさと自分の席に戻ろうとした。
「ティエラさん、ありがとうございました。貴女がソルさんを呼び戻しに行ってくれなければ、わたくしもメイも、今頃報告書を書いているところでした」
「い、いやぁ……あはは。力になれて良かったです、はい」
「何より、最後のおちゃめなところも良かったですわ」
「お茶目さで言えば、メイさん共々どっこいでは?」
派手に魔法をぶっ放すメイには、とてもじゃないが敵いそうにない。
それに、自分は勘違いの末に身体を使って本気で温めにいったわけだが、それを真顔で真似しに来るのも大概だと思った。
しかし、ほっぺたにパズルピースまで付けていた事実まで加味すると、自分が一番お茶目なのかもしれない。
ティエラは冷静に考えて、それはないなと結論付ける。やれやれと、首を横に振っておいた。




