婚約破棄された令嬢ですが、神様から祝福されましたので。
公爵令嬢である私、エリシア・フォン・クラリッサは、王都の舞踏会の只中で、婚約者である第二王子、レオン・アルセイア様から婚約破棄を言い渡された。
それはあまりにも唐突で、残酷なもので。
「この場を借りて宣言しよう。私、レオン・アルセイアは、クラリッサ公爵令嬢との婚約を破棄する。理由は、彼女の悪行の数々にある!」
悪行? 私は彼の言葉に目を瞬かせた。
ざわめき立つ貴族たち。すぐさまレオン様の隣に控えていた、金髪碧眼の美しい少女が一歩前に出た。商人の娘、セリア・ルブラン。最近、王子の側に付き従う姿がしばしば噂になっていた。
「私は見ましたの。エリシア様が侍女に暴言を吐き、貴族の威光で人を踏みにじっていたのを」
「嘘です」
私が静かに否定すると、レオン様はあからさまに嘲笑った。
「まだ否定するのか? すでに証人もいる。お前のような傲慢な令嬢に王子妃の資格などない!」
――私は理解した。
この婚約破棄は、最初から仕組まれていた。政略の道具として私を使い、都合が悪くなれば捨てる。そして新しい愛人を王妃に据えるために。
しかし、私は叫ばなかった。涙も流さなかった。
「わかりました。では、婚約破棄をお受けします。ただし、正式な書類を王宮経由でお渡しください。私の父と話し合いのうえで、正式に解消となります」
「……ほう。意外に冷静だな。さすが“氷の令嬢”か」
レオン様が侮蔑をこめて言う。私はそれに微笑で返した。
……この瞬間から、すべてが始まったのだ。
ざまぁ、の幕が。
***
クラリッサ公爵家は、すでに数年前に財政難から領地を失っていた。現在の私たちは“爵位だけの没落貴族”であり、王家の庇護のもと細々と王都に住まっていた。婚約者であるレオン様にとっても、私は“利用価値の尽きた存在”だったのだろう。
けれど、彼は知らなかった。
私はもう一つ、別の“顔”を持っていたということを。
――私は神託を受けた神官だったのだ。
しかも、千年に一人の“聖女”。
「エリシア様、本当に聖域へ?」
旧友の神官長が私に声をかける。
「ええ。王家の保護がなくなった以上、私も都を離れます。神の導きに従って、聖域で暮らします」
――それが“表向き”の話。
実際は違う。
私は都を離れる際、神から三つの啓示を受けていた。
一、己を貶めた者に裁きを。
二、真に助けを求める者に救いを。
三、王国に新たな光をもたらせ。
そして、神の加護を得た私は、何もかも失った“没落令嬢”ではなくなった。
私は、“神の力を使える唯一の者”となったのだ。
***
それから三ヶ月後。
第二王子レオン様は、謎の熱病にかかって寝込み始めた。原因不明。どんな高位神官が癒しの術を施しても、治らない。
さらに、側近として迎えたセリア嬢が、賄賂と謀略で国家予算を食いつぶしていた事実が発覚した。商人たちは彼女の“裏帳簿”を暴き、あっという間に王都の新聞に流した。
「クラリッサ様……お力添えを……!」
神殿に逃げてきたのは、第一王子だった。私が婚約していたのとは別の、穏やかな兄王子。彼は、私が“聖女”としての力を持ち、真の加護を受けていることを知っていた。
「王国を救えるのは、貴女だけだ」
彼の願いに応え、私は神殿から王城へと赴く。
……その日、私は第二王子と再会した。
やつれ果てた彼の顔を見て、私は一言だけ告げた。
「これは“神罰”です。貴方が真実を歪め、無垢な人々を陥れ、神の意志に背いたことへの」
「……助けて……くれ……」
嗚咽混じりの懇願。
けれど、私は首を横に振った。
「私は神の代行者。貴方に救済を与える権利は、もはや私にはありません」
静かに言って、踵を返す。
レオン様はその後、王位継承権を剥奪され、王宮を追放。彼と結婚したセリアは、共謀罪で一族ごと投獄された。
***
時が流れた。
私は、第一王子と正式に婚約し、次代の王妃として迎えられることとなった。
「クラリッサ、君が傍にいてくれるなら、私はこの国を変えられる気がする」
「ええ。神と共に、この国に新たな祝福を」
あの日、冷たく捨てられた令嬢はもういない。
私は“聖女”として、王妃として、この国を導いていく。
かつて私を裏切った者たちに、悔い改める余地など与えない。
なぜなら、これは神が与えた――
真のざまぁなのだから。
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