第3章 [A面]『蜂の巣』②
「「あ……!」」
理玖はアワザと目が合って気まずい気持ちになった。
この目はどこかで見たことがある……。借金取りのような気迫だ。
「あ”? アイツ、おれへんのかい!!!」
アワザは遠くの浦辺もに聞こえる声の大きさで不満を漏らす。
苛立っている様子でスキットルに入った酒を煽った。
「あの阿呆、きっちり上乗せ請求したるわ!」
理玖は沈黙した。
なんて話しかけづらい……どうにか重い口を開ける。
決して緊張を悟られぬように。平然を装って。
「君はアワザか」
アワザはその一言を待っていましたとばかりに、口角を上げる。
「せやで、覚えてくれたんやーおおきに! で、ホンマに悪いんやけど……」
「この私を待たせるなんて何様!? おっそーーナマケモノかしら?」
アワザの話を遮ったのはピンクとブラックのフリルの少女だった。
理玖は少女に敬礼したい気持ちになった。
この威圧的な空気で発言するとは恐れ入る。肝が据わっている程度のレベルではない。
それより、商店街には異質の高級そうな革張りのアンティーク椅子に足を組んで座っているのも気になるが……屈強な男を6人従えている時点でただの少女ではないだろう。
服装へのこだわりも尋常ではなさそうだ。
左目の眼帯に目がいく。次いで、大きなリボンがあしらわれたヘットドレスとボリュームのあるスピンドルワンピースに厚底ローファー。
これはまるでゴスロリではないか!
「はーーお嬢ちゃん、けったいやなー!」
「はぁ? 何語喋ってるわけ? 殺すわよ! 糞虫!」
ゴスロリ少女は眉間にシワを寄せながら、唾を吐き捨てる。
しかし、アワザは気にもとめていない。むしろ、口角が不自然なほど上に上がっていて……怪しさが、サングラスと合わせて10倍増しだ。
作り笑いをするくらいなら、早くサングラスを取れと、この場にいる誰もが思うだろう。
「お嬢ちゃん……酷いわー! お口が汚いでー!」
アワザは自分よりも背の低い少女の前でしゃがんだ。
少女は眉を顰めて、舌打ちをする。
「さっきから、お嬢ちゃんって、馬鹿にしないでもらえるかしら!!!」
「……やって……お嬢ちゃんの名前知らへんもん?」
アワザが威圧感を完全に消し去って下手に出る。
理玖は驚いた。
この男、子供の扱いに慣れているではないか!?
「ふん! 私はラヴイ・ナナ! 地獄の底までアンタの魂に刻み込んであげるわ!」
少女ラヴイは嘲笑する。
腰に手を当て、アワザを見下す。
「ラヴイ……ええ名前やな! ついでに糞虫やなくて、俺ちゃんの名前も覚えたってや! アワザ言うんよ?」
「あはっ! アンタにお似合いのお間抜けな名前だわ!」
「オモロイやろ、作者が適当にグ○グルアース見て決めてん」
アワザが腹を抱えて爆笑しながら、ラヴイの肩を叩く。
理玖はツッコみたくなる気持ちを抑える。
メタ発言やめろ……いや、それはどういう意味だ??
「で、ラヴイちゃんはなーんで、ここにおるんやろ? 迷子やないんか?」
「馬鹿にしないで頂戴! 私には使命があるからここにいるんだわ!!」
ラヴイが椅子から飛び降りた。
そして、理玖を指差して続ける。
「私、知っているの! だから嘘ついても無駄! これ、持っているのでしょう?」
理玖は目を見開いた。
咄嗟にコートのポケットに触れる。
赤い封筒に入っていた見覚えのある銀のカードではないか!
彼女も候補者か……?
「クスクス……図星?」
ラヴイは手下たちに合図した。
ガトリング男は構える。
理玖は発砲を待たずして、姿勢を低く走り出す。追いかけてくる無数の銃弾。避けるだけで精一杯だ。
「キャハハ!!! のろまなカメちゃん!!」
「さびしいやろ……俺だけ仲間はずれにせんといて!」
音が止まった。
理玖はガトリングの方に目を向ける。
すると、アワザがガトリング砲を踏みつけ、銃口が地面にのめり込んでいく。なんて怪力。
「うお”お”お”お”!!!!」
ガトリング男は持ち上げようと歯を食いしばる。血管が浮き出て顔が真っ赤だが……決して、持ち上がることはない。
よそ見をしていた理玖を狙うスーツの男3人が次から次へと迫り来る。
「おっと……!」
大振りな拳を屈んで躱すと、次の男からは警棒が振り下ろされた。
理玖は右腕でガードし、警棒を掴む。すぐさま、相手の右肩を引き寄せ、警棒を持つ腕を背後に回して、地面に伏せる。簡単に警棒が手に入った。
残った1人のスーツ男が折りたたみナイフを開く。
「君……それは反則さ!!!」
ナイフを持ったニヤけ面がこちらに突進して来た。
理玖は警棒をナイフのフィンガーガードに引っ掛け、狙いを逸らす。
安堵したのも束の間、ナイフに気を取られてお留守になっていた腹部を蹴り飛ばされる。
「っ……!」
次の攻撃が来る前に、右に転がり避ける。
ナイフがアスファルトに刺さる音。
相手がナイフを抜くのに手間取っている。好機!
「ナイフを捨てろ!」
理玖は拳銃を相手の頭に突きつける。
ただの脅しだ、命まで取ろうとは思わない。
聞きたいことがある……赤い手紙を持っている理由、なぜカードを狙うのか?
「わ、分かった……負けを認め……」
「えい!」
「…………は?」
理玖は呆然と立ち尽くした。
目の前で信じられない出来事が起きたのだ。
コートに飛んだ液体。頬を伝う生暖かいドロドロとしたもの、手で拭った。赤い。
この目で確かに見た。
ラヴイが投げた魔法のステッキ……ナイフ男の背中に刺さったのを。
それから……。
「ゔっ…………!」
鉄の匂い。
口を押さえていないと吐いてしまいそうだ。
さっきまで、人の形をしていたのに。バラバラな肉片へと姿を変える。
恐ろしくて直視できない。
「私ね、おしゃべりな蚊は嫌いだわ!」
「……同じ……人間じゃないか」
どうにか絞り出した理玖の声は届かない。
ラヴイがひらりとスカートを靡かせる。
「ねーねー、カメちゃん!」
ラヴイの目の輝きは本物だ。
人を殺したのになんとも思わないなんて……狂っている。
「私と遊びましょう!!!」
今にも蹴り上げようと、細い足がフリルを押し上げる。
「待て!!」
「なに!? びっくりするじゃない!」
理玖の叫びに、細い足は動きを止める。
今なら聞く耳を持つだろうか?
「君は知っていると言っていた……どうしてさ?」
「ふーん、なんにも知らないんだね? 愛らしいおバカちゃんには、私が特別に教えてあげるわ」
「S・Cの群がるところに、必ずカードがあるの」
「ハエ?」
「そ!」
ラヴイは自分が座っていた椅子の後ろを指差す。
理玖は視線を向けると、そこには人が2人倒れている。
服装はビジネススーツと観光客の浮かれたアロハシャツ。どちらも性別は女性。性別以外に共通点は無いように思えた。
彼女の言うハエがなにを意味するのか分からない。
見落としているものはないかと目を凝らした、瞬間、目端にこちらを蹴り飛ばそうと迫る足。避けようがない。
「っ!?」
吹き飛ばされて、ダイハチ軒のコンクリート柱に背中を打つ。全身に響くジリジリとした痛み。歯を食いしばらないと、耐えられそうもない。
「クスクス。よそ見なんて、お間抜けだわ!!!」
「……」
「ほら、立って! 刺しちゃうわよ?」
ラヴイのジョーカーと見間違うほど不気味な笑み。細い手には魔法のステッキが握られている。
あの肉片と同じ道を辿るのはごめんだ。かと言って、女性を痛ぶる趣味はない。
なるべく穏便に和解したいものだ。
いっそのことカードを渡してしまうか……いいや、できない。今以上の悲劇が起きるのは明白だ。
どうすれば彼女を上手く躱すことが出来るのか?
「手ぇ貸したろか?」
「……」
「任しとき、迷子ちゃん帰すくらいはやったるでー?」
アワザがニヤリと笑い、手を差し出してきた。
理玖は迷いなくアワザの手を借りて立ち上がる。
「ありがとう」
なるべく傷つけない理想的な協力。
彼はこちらを見通しているようだ。
「ねー! 早く殺し合いましょう?」
「お嬢ちゃんの相手は俺がしたるわ!」
「チッ! 糞虫の分際で! 邪魔しないで!!!」
ラヴイが魔法のステッキを振り下ろすと、ガトリングを持っていた大男が起き上がる。
「ぐおぉぉ!!!」
「カメちゃんを引き留めなさい!」
関節が外れた左手を戻すと、血と欠けた歯を吹き飛ばして、睨んできた。
どう見ても戦える体ではない。
「……戦わない方法を話し合うことは出来ないのかい?」
大男が拳に力を込めているのを見て、交渉の余地なしだと分かった。
理玖は拳銃をポケットにしまう。
応えるように腰を低く、構える。
一発の銃声。
それを合図に、大男の拳が上から落ちてくる。
理玖は軽くいなして、右ジャブ。塞がれた。
相手の腕に触れた瞬間、筋肉の厚みが伝わってくる。それに手負いと思えないほど反応がいい。
「う"お"おおお!!!!!」
大男の叫び。
怯む暇なんてない。左ストレート。今の自分にできる最大の力を込めた……が、大きな手に掴まれた。
「っ!!」
反動で左肩が痛む。
赤く染まったハンカチ。
掴まれた手が握りつぶされそうに痛い。
右手も掴まれた。まずい。押されている!
本気で押し返してもびくともしない。
一体、アワザはどうやってこの男を倒したんだ?
「キャハ! ざーこッ!」
目端にアワザの姿。力なく壁にもたれ掛かっていて、ラヴイの眼帯に魔法のステッキが刺さっている。
「う"おーーーーお"ーーー!!!」
理玖は叫ぶ。
再び力を込めた。
一瞬でも諦めかけた気持ちに喝を入れる。
目を閉じて『痛みばかりに支配されるな。手足に力を集中させろ!』と言い聞かせた。
足が地面にのめり込むような感覚と同時に堪える。
理玖の口角が無意識のうちに上がった。
視覚に騙されていたのだ。
大男の雄叫びが聞こえている。相手も本気なのは間違いない。
突如、亀裂が入って崩れていく音。
「俺とゲーセン行こかー!!!」
「きゃーーー!!」
アワザとラヴイの声が遠ざかって消えた。
理玖は目を開ける。
2人が居たであろう場所には、大きな穴が空いていた。
唖然として、力が抜ける。
「ッ!?」
大男に馬乗りされていた。
……動けない。
大きな拳が何発も降ってくる。
頭を守ることだけで、精一杯だ。
「うっ……!」
執拗に理玖の腹を狙ってくる。
歯を食いしばり、耐えろと鼓舞した。
必死にもがいても、脱出できない。
中身が出るのも時間の問題だ。
上からピリピリと鳥肌が立つような殺気を感じる。
まずい……狙撃手がいたことを完全に忘れていた。
このままだと撃たれる!
「ぐっ!?」
瞬く間、大男の拳よりも大きな影が落ちてきた。
それはとても身軽で、大男の頭に着地した。
金色の髪を靡かせ、ニヒルな笑みを浮かべる。
大男を後ろに蹴り飛ばすと、理玖を跨るようにして立つ。そのまま見下してこう言った。
「ナジョーさん! なにしてんすか!!!」
「それはこちらのセリフさ、どうして君が?」
現れたのは浦辺だ。
理玖は間抜けに開いていた口を閉じる。
「いや、まずはありがとう」
「オレはいーっす! 本当はいやだったんすよ! 頑固は死んでも治んないって言うでしょ? だからっすよ!!!」
浦辺の怒りを含んだ早口。まるでマシンガンだ。
走ってきたかのように、息が上がっている。
そして、こう続けた。
「……オレじゃなくて、ロミアさんに感謝してくださいっすよ!」
「伝えるさ。だとしても、浦辺、ありがとう」
理玖は浦辺の必死さに笑みが溢れる。
無言のまま差し伸べられた浦辺の手を借り、立ち上がった。
「で、コイツら何者なんすか?」
「カードを狙っていることは分かったが……」
浦辺は倒れているスーツの男5人のうち、1人の胸ぐらを掴む。
「お前たちは、何者で、なにが目的なんすか!!」
「我々は……」
スーツ男達はポケットから、魔法のステッキを取り出した。
理玖はその意味を理解する。
「待て!!!」
「神を殺すッ……英雄だ!!!!」
スーツ男達が魔法のステッキを空に掲げる。
「ライチャス・リベリオンに栄光あれ!!!」
皆揃って声を上げ、ステッキを自らに刺した。
人の形をしたものが、砂のように崩れて消えていく。異様な光景だ。
残ったのは戦いの爪痕と土埃の香り。
沈黙が2人を包んだ。
しばらくして、理玖はポケットの中の封筒を握りしめ、覚悟を決める。
「……俺が必ず、この街を元の姿に戻すさ」
「ナジョーさんらしいっすね!」




