表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fallen Luck -護衛人候補者争い-  作者: 唯井ノ 龍昴
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第3章 [A面]『蜂の巣』①

 4月7日。Saver事務所。

 理玖は清々しい朝日が差し込むデスクでひとり、日課の朝刊を開いて文字を追った。

 特に大きな事件は起きていないようだが、中面をめくると身に覚えのある言葉。


『黒鴉!! 自警団を差し置いて事件解決! テロの次は!?』などと見出しがデカデカと書かれている。

 4月4日の出来事の記事だから、やはり心当たりがある……思い出したくもない。

 連日載せるようなものか……このせいでウチの事務所の仕事が増えたに違いない。

 しかし、黒鴉ってなんだ? カラスは黒いに決まってるだろう。

 疑問に思いながらもページをめくった。


 世界の事件をまとめた記事もある。

 そこにはこの島とは違うスケールの事件が載るから見ていて面白い。

 『魔術革命家グリック・ニッチの基礎魔術普及の偉大な功績』『闇市で粗悪な魔眼の取り締まり』『元素と8人の魔術師に迫るルーツ』『厄災管理局認定8人目の魔術師が青年の姿で森に住んでいた制約者』

 意味の分からない言葉が大半だが、読んでいてワクワクする。

 コーヒーを口角が上がった口元に運ぶ。

 今日は静かで穏やかな日になるはずだった。


「おはよーっす! ナジョーさん!」


 時計が12時に近づくにつれ、人が増えていく。

 おそらくロミアの飯につられて集まってきたのだ。

 しかし、ここは事務所だ。

 正直言いたい、ダイハチ軒へ行けと。


「おっはよー! 4人前お待ちーー!」

「頼んでないが??」

「それに……なぜ君がここにいるのさ?」

「あら、だめかしら?」


 一昨日に会ったばかりのワタリが当たり前のように来ている。もう依頼は解決したというのに。

 理玖は自分の事務所のはずが居づらく感じた。


「ダイジョブっすよ? 暇なんでいつでもウェルカムっす!」


 この自称相棒もいつの間にか毎日のように入り浸って、勝手に許可までしている始末。

 ワケが分からない。

 糸の絡まりが余計にひどくなっていく感覚だ。モヤモヤする。


「浦辺、用がないなら帰ってくれ」

「もうナジョーさんってばツンデレっすか? ホントは嬉しいくせに!」


 浦辺の人差し指が頬を突いてくる。

 理玖は眉間にシワを寄せて、その鬱陶しい指を払い除けた。


「……嬉しそうに見えるかい? 俺は静かにひとりで過ごしたいだけさ」


 理玖は本心をそのままこぼした。

 我ながらなんて根暗なんだ。情けない。


「用がなくてもよくないっすか? 居心地がいいからいちゃうんすよ!」


 ロミアが肘で突いてくる。

 余程嬉しかったようで、キラキラした笑顔を向けてきた。

 なぜだろう……有りな気持ちに傾いてきた。


「君は胃袋を掴まれただけだろ?」

「えっ! なんでバレたっすか!?」

「いや、見てれば分かるさ。顔に出てる」


 見たままを言っただけなのに、ギクリと全力で驚く浦辺。

 それに耳が赤いのは気のせいか?

 もうひとつ気になることがある。

 浦辺の視線が何度も窓の外に向くのはなぜなのだろうか?


「みんな熱いうちに食べて! ラーメンに炒飯と餃子もあるよ!」


 ロミアがコーヒーテーブルに並べると、いの一番に浦辺がソファに腰掛けた。


「わぁ、うっまそーー!!」

「ロミアちゃん、ありがとうね」

「ありがとう」


 香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。早く食べたい衝動に駆られた。

 餃子をポン酢に浸して頬張る。カリッ、もっちりとした皮を噛めば、肉汁が口の中で弾けた。旨みの洪水に溺れそうだ。

 ロミアが満面の笑みを浮かべ訊ねる。


「どう? 餃子おいしい?」


 理玖はこの問いにどう答えるべきか戸惑った。

 いつもは聞かれない。ということは……大将の新作か、ロミアお手製である可能性が出てくるわけだが間違えれば一巻の終わりだ。

 どうもあの笑顔になにか他の意味があるように思えてならない。

 まさか、両方? 分からない。多少の味付けの濃さは分かるものの……ここはあえて明言しない形で乗り切ることにしよう。


「なにか、いつもと違う感じがしてうまい」

「ホントっすか!? オレも食べよ!」


 浦辺は餃子を食べながら、首をかしげて続ける。


「分かんないっす……正解はなんすか?」

「マイタケを入れてみたの! どう? 分かった?」

「ゴホッ!?」


 理玖はマイタケと聞いた途端、咳き込んだ。

 ロミアが駆け寄って背中をさすってくれた。


「だっ、大丈夫??」

「あ、あぁ……」


 理玖はマイタケが大の苦手である。

 独特の香りと風味が特に。


「醤油とかで炒めてごまかしてみたんだけどダメ?」

「いや、不意打ちをくらっただけさ。心構えが必要だ」

「う、うん」


 ロミアが俯き、顔を曇らせる。

 せっかく作ってくれたというのに、悪いことをしてしまった。

 しかし、苦手なものに体は正直なのだ。

 今すぐにでも謝ろうと声を発する前に、浦辺がイタズラな笑みをこちらに向けてきた。


「へー、ナジョーさんもマイタケ嫌いなんすね?」

「……も?」


 理玖は首を傾げる。

 浦辺が恥ずかしながらと頭を掻く。


「オレも食わず嫌いしてたんすけど、めちゃウマかったっす! さすがロミアさん!」

「本当?? 褒め上手だねー浦辺くんは! すごく嬉しいよ!」


 気まずくなった空気をあっという間に変えてく。さすがだ。見習いたい。

 対面のソファに座っているワタリがこちらに視線を送ってくる。

 そうだ、彼女に聞きたいことがあったのだ。


「ワタリさん、昼休憩とはいえこんなところで油を売っている暇があるんですか?」

「ふふっ……回りくどいわね。職業が気になるのでしたら、素直に聞いてほしいわ」


 ワタリが口元を抑えながらクスリと笑う。

 理玖は前のめりに訊ねる。


「では、職業はなにを?」

「記者をしているわ」

「なるほど」


 これも取材の一環で、彼女にとっては仕事というわけか。納得だ。


「えー! 新聞記事さんてすごいね!」

「ありがとう……けれど、私はまだ新人なのよ」

「ナジョーさんのスクープを狙っているんすか!!!」


 浦辺は立ち上がり、ワタリを指差す。


「えぇ、活躍ぶりは有名だものね。つい取材したくなってしまうわ」


 ワタリと目があった。

 全てを見透かされているような鋭い視線。

 なにも隠し事がないのにドキッとする。


「まさか、依頼は嘘かい?」

「記事を書く前に確かめたくって……ごめんなさい。ぜひともあなたの特集を書きたいのよ」

「……本当にそれだけか?」

「えぇ」


 彼女が嘘をついているようには見えない。

 表情は一切ブレず、声に揺らぎもない……余裕さえ感じる。

 仮に嘘をついてまで近づく意味なんてないはずだ。

 これほど腕の立つ人間に狙われるはずがない。そんな手間をかけたとして得られる情報なんてなにもないから。目障りなら早く殺すのが最善だろう。


「だが取材は断らせてもらう」

「許可がもらえるまでここにいさせてもらうわ」


 ワタリが足を組んで、にこやかに笑う。


「君はしつこいね」

「ふふっ……ありがとう。記者にとっては最高の褒め言葉よ」


 なんでこんな面倒なヤツばかり……解放されるために記事の許可をしたら仕事が忙しくなるに決まっている。そんなのごめんだ。マイペースに生きる理念に反する。断る以外の選択肢は最初からない。


「ねぇ、理玖さん」

「?」

「そろそろ、スフィーナと呼んで頂戴?」


 ワタリの反撃。

 コミュ力底辺の理玖に効果はバツグンだ!!

 だが、この程度でダメージで動揺している場合ではない。

 平静を装って、軽く乗り越えて見せようじゃないか。

 拒否反応で暴れる心臓を深呼吸して抑える。


「すっ……す……スフィーナさん」

「名前で呼ばれると嬉しいものね」


 ワタリこと、スフィーナがくすりと笑った。


「嬉しいついでに諦めてくれませんか?」

「ふふふ、残念だけれどそれは出来ないわ。仕事だもの」


 スフィーナの余裕な笑みに、見抜かれているのではないかと心臓が早まる。

 新人記者と思えない肝の据わり方だ。きっと将来大物になるだろう。

 彼女は本当にただの記者なのか?

 好奇心が回し車を駆け続けて、不毛な考えばかりが浮かんだ。

 一向に答えにたどり着けず、しびれを切らして本人に尋ねようとした。


「君は……」


 途端、心臓を射るような殺気を感じた。

 ただの殺気ではない……死が目前に迫る。


「伏せろっ!」


 声が出るより先に身体はロミアを守るべく動いていた。

 銃声。

 窓ガラスが割れ、コートに鋭い破片が降り注いだ。

 それを合図に銃弾の雨が窓から天井へ。紛れこんだ1発が理玖の腕をかすった。


「きゃーーー!」

「わーっ! ビビったっす!」


 若干1名、楽しそうな声がいた気がする。

 気のせいか。

 30秒ほど続いた銃弾の雨は止み、急に静けさを取り戻した。

 天井を見上げると無数の弾痕。

 特にひどいのは窓に近い側で天井裏が見える。

 地上から撃たれたようだ。


「怪我はないか?」

「大丈夫! でも、ちょっと……離れてほしいかも……」

「あぁ、ごめん」


 密着していてどちらの心臓の音か分からないが早まっている。

 起き上がろうと、力を入れた左肩が痛む。


「イッ……」

「理玖! 怪我しているじゃない!?」

「このくらい大丈夫だ」


 しかし、押さえても血は止まることを知らず流れ続ける。

 その様子を見てロミアはただ事ではないと感じたことだろう。


「だめだよ! 理玖! すぐに救急箱持ってくるから!」


 今にも飛び出しそうなロミアの腕をスフィーナが掴んだ。


「待って、ロミアちゃん! 今、外に出るのはおすすめできないわ」

「彼女の言う通りっす! 殺されるっすよ!」


 天井を見上げた浦辺は確信を持ったようで真剣に言う。

 ロミアは泣きそうな目でおどおどしている。


「でもっ! このままだと理玖が!」

「大丈夫よ、ロミアちゃん。私に任せてくれないかしら?」

「うっ、うん……」


 スフィーナは理玖の患部の状態を確認し、ハンカチでキツく止血した。

 まじまじと見つめていた浦辺が口を開く。


「手際がいいっすね?」

「止血の経験は何度もあるわ」

「へぇ……?」


 浦辺が冷めた相づちをうつ。


「ありがとう」


 理玖は止血してくれたスフィーナに感謝を伝える。

 姿勢を低くしながら、窓近くの柱に移動する。

 立ち上がって柱の陰から外の様子を窺った。

 地上には銃を持った7人が事務所の前を彷徨いている。

 中でも目立つのはピンクとブラックのフリルの少女とガタイの良さそうなスーツの男の手にはガトリング(ミニガン)

 それを持つこの男も異常なのは分かる。

 この絶体絶命の中、無警戒に窓枠から顔を出す金髪がひとり。


「わぁおっ! ガトリング砲の使い手なんて映画でしか見たことないっすね!」

「浦辺くん危ないよ!」


 ロミアが浦辺の裾を引く。

 浦辺はヘラヘラと笑うも、言われた通り素直にしゃがむ。


「ダイジョブっすよ、あいつらはオレを殺す気はないと思うっす」

「なぜ言い切れるのさ?」

「弾は天井とナジョーさんだけに当たっているのが根拠っす」


 浦辺が天井を指差す。

 理玖はそれを見るも難色を示す。


「……根拠として弱くないかい?」

「そっすか? 天井は威嚇の意味……恐らく彼らは無関係の人間を殺す意志がない。ただひとつ変なんすよ」

「変?」


 皆目見当も付かなくて首をかしげる。

 浦辺が被弾した肩を指さしてきた。


「地上の奴らにはナジョーさんを撃てるはずが無いってことっす」

「確かに」


 理玖は軽く顎に触れる。

 視線を天井から窓へ移す。

 窓側の壁に貫通した穴は一切ない……となると、地上からではない。

 だとしたら、弾はどこからやってきたのか?

 向かいの2階建ての屋上が目に飛び込む。

 あの場所からなら、事務所内を見下ろして狙いやすい。


「だが、なんのためにさ?」


 狙われるような心当たりは全くなかった。

 あるとするなら追われていた浦辺の方だろう。

 しかし、撃たれたのは理玖である。

 本命の1発を紛れ込ませようなんて嫌な発想。やり方もプロだ。


「さあ? ……でもナジョーさんが撃たれたってことは確実に狙われてるっぽいすね! 仕留めきれてないのはマヌケっすけど!」


 人の気も知らないで浦辺は笑っている。

 時より見せるこの酷薄さはなんだ?

 身の毛がよだつ。


「これはなにかしら?」


 スフィーナがデスクの上にあった赤い封筒をヒラヒラと手に取る。


「それは……」


 理玖は言い淀む。

 襲撃された理由がその封筒であることに気がついてしまったからだ。


「呪いの手紙だったりしてね?」


 スフィーナの艶やかな顔が小悪魔のように微笑む。

 理玖はその色気にあてられそうで目を逸らした。

 直視してはいけない防御本能が働く。


「あら、言えないの? もったいぶらないで教えてほしいわ」


 甘ったるい囁き声。

 迫ってくるスフィーナは一切止まろうとしない。

 理玖は後退った。

 このままひと言も発しなければ、顔がくっつく程の勢いである。


「……勝手に見てくれ」


 これが理玖の最大限の抵抗だった。


「だめっす!」


 浦辺が大きな声を上げ、スフィーナから封筒を取り返した。


「あら、どうしてかしら?」

「これはオレのファンレターっすから、恥ずかしくて見せられないっすよ!」


 はにかんだ顔の浦辺が頭を掻いた。

 理玖は困惑を隠せない。浦辺が明らかに嘘をついているからだ。

 そこへ浦辺が耳打ちしてきた。


「今はそういうことにしてほしいんす。あいつらの狙いがこれかもしれないんで」


 浦辺に便せんを見せられて、理玖はハッとする。

 そこにはなかったはずの日付が書いてあった。


「……4月8日、明日か」


 神が降り立つ日までに。カードを8枚全て手にしたものが神の護衛人に選ばれ、報酬はなんでも願いが叶う……だったか。

 焦った人間がヒットマンでも雇ったか?

 あり得ない話じゃないが、この胡散臭い封筒を信じる人間がいることが恐ろしい。

 こんな不確かなもののために……ここまで本気になれるのが驚きだ。

 便せんを赤い封筒に戻し、ポケットにしまった。


「もう! どうしたらいいの!!!」

「ロミアちゃん落ち着いて。まずは脱出することを考えましょう」

「そっすね!」

「……あぁ」


 どうやって逃げる……?

 タスラを咥えて頭を働かせた。

 まずは情報を整理しよう。

 正面、デスクがある窓側から撃たれた。こちら側を敵は警戒しているに違いない。できる限りこの面は内も外も避けるべきだ。

 左手側、大きな棚2つと事務所の玄関入り口ドア。出てそのまま階段を降りると、撃たれた窓側の道に出る。

 馬鹿正直にここから出るのはやめておこう。


 右手側の壁は無傷だが、大きな棚が壁一面を覆っているだけで特筆するもの無い。

 後ろはトイレ、流し台、シャワールームなど……とても大人が出られる窓はない。

 敵の見張りが手薄になりそうなのは隣のロミアの部屋だが、一度、事務所から出る必要がある。

 当然、階段に出た途端に見つかって終わるだろう。となると詰みか?

 いや待て、まだ見落としているものがあるかもしれない。


「どうしたの? ロミアちゃん」


 スフィーナがロミアの異変を察知して声をかける。

 ロミアは震えながら青ざめた口を開く。


「ね、ねぇ……ここだけかな? ()()は?」

「……っ!」


 理玖は事務所のことばかりに気をとられ、その可能性が頭からすっぽり抜けていた。頭を抱える。

 即座に浦辺が反応した。


「それに関してはダイジョブっすよ! オレより強いとっておきの腕利きを雇ってるんで!」

「あら、一体どんな人なのかしら? 会ってみたいわね」

「会うほどの価値はないと思うっすよ」


 浦辺は笑顔でさらっと辛辣なことを言う。

 そして、ポケットからなにか取り出そうとするとコインが落ちて転がった。


「あわっ!?」


 掴もうとする手がかすっただけでコインは止まらない。

 コインを目で追うも棚の後ろに入ってしまった。

 しゃがんで棚の奥まで手を伸ばす。


「浦辺くん大丈夫?」

「うーん……あれ? この裏ってなにかあるんすか?」

「なにもないと思うが……」


 理玖はしばらく考え込んでひとつ疑問が浮かんだ。

 先生が使っていた事務所をそのまま使っていてなにも不自然に思わなかったが……。

 玄関ドア左隣の大きな棚2つを見て、階段の奥行きはこんなにあったのだろうか?

 上がってもすぐ行き止まりになっていて、大人1人分ちょっとのスペースしかない。

 部屋の奥行きが棚2つ分あるならもっと広げれば良かったのにと思う。


「棚の裏に銀色のなにかが見えるっすよ!」

「本当かい?」

「ホントっす! どかしてみましょうよ!」


 一縷の望みに託すしかない。

 2つ並んだ棚の高さがちょうど玄関ドアと同じくらいだ。

 棚1つの横幅が大人約2人分の引き戸が付いたアルミ製で、中に物はなく軽いはずだ。

 浦辺と息を合わせて棚を動かす……すると奥にはアルミ製のドアがあった。

 玄関ドアとは少し違い、上部にすりガラス部分がない。

 ゆっくりとドアノブに手をかける。


「はやく! はやく!」


 生唾を飲み落ち着きのない浦辺に急かされる。

 開けると、見知らぬ部屋に繋がっていた。


「いっ、やぁぁぁ!!!」


 背後から悲鳴のような声がして、驚いて振り返る。

 ふるふると小刻みに震え、真っ赤に染まった顔を両手で覆ったロミアがいた。


「みっ、見ないでーー!」


 理玖はロミアの顔を見るなという意味で受け取り、先ほどの部屋を見る。

 すると、可愛らしいインテリアが目に入った。

 白い部屋にダークブラウンの家具でまとめられ、ピンクのカーテン、クッション、小物がたくさん置かれている。

 さらにピンクのぬいぐるみが大小、所狭しと並んでいて足の踏み場がない……いいや、正確には玄関までの細い道があるように見えなくもないが。

 ベッドの上には慌てて服を着替えてような痕跡が残っている。


「だから、見ないでって言ってんでしょーーー! バカ!!」

「うぐっ……っ!?」


 突然視界に現れたロミアにクッションを顔面に投げつけられた。

 なんでこんなに怒られているのだろうか……理解が追いつかない。


「ごめ……」

「大丈夫? ロミアちゃん」


 いち早くロミアを気遣ったのはスフィーナだ。

 なるほど。同性同士には分かるなにかがあるのか。


「……うん」

「ごめんね、ここから皆で助かるにはこの部屋を通らないといけないのよ。大丈夫かしら?」

「ちょっとびっくりしちゃっただけ……全然平気よ! 助かりたい気持ちは同じだもんね!」


 ロミアは自分の頬をパンと叩く。

 いつも通りの元気な表情に戻って、自分の部屋を片付け始めた。


「私も手伝うわ」

「ありがとう、スフィーナちゃん!」


 スフィーナがドアを閉める間際、理玖と浦辺に言葉を残す。


「2人には作戦を考えてもらうわ」

「……だそうっす? ナジョーさん」

「あぁ。当然だが、4人で同じ場所から出るのは避けるべきだ」

「となると、2人で分けるのがベターっすね」

「ロミアの部屋の窓から脱出、もう片方は囮になるだろう」

「あっ、それいいっすね! 注意を引きつける役ならオレ得意っすよ!」


 浦辺は自信ありげに胸を張っている。

 理玖はため息をついた。

 この男は一度死にかけたというのになぜこうも楽観的なんだ?

 今回は運良く外してくれたとはいえ、相手は銃を持っている。

 実弾を生身で避けるなんて人間業ではできない。


「君は彼女達を連れて逃げてくれ」

「えー!! オレ、あの時より強くなったんすよ!!!」

「だとしても、君は一般人だ。巻き込むわけにはいかないのさ」


 デスクの鍵付き引き出しから、形見の拳銃を手に取りポケットに入れる。

 もし、ここで息絶えるとしても後悔を残したくない。


「違うっすよ! オレはッ! ナジョーさんの相棒っす!!!」


 浦辺が怒りを露わに胸ぐらを掴んできた。

 どんな顔をしてしまっているのだろう。

 相棒か……少しだけ心強いと思った感情が、顔に出ていないことを祈る。

 関わりを持ってしまった人間を失うのはもう嫌なんだ。

 浦辺の腕を強く握り締める。


「せ……、離してくれ」

「つッ!!」

「曲げるつもりはないさ」


 理玖は浦辺の目を真っ直ぐ見つめる。


「……ナジョーさんの分からず屋!! 頑固!!」

「あぁ、その通りさ。浦辺、彼女達を頼んだ」

「……どーなっても知らねーっすよ!! カッコつけるだけカッコつけて消えたら許さないっすから!」

「分かっているさ」


 理玖は頷く

 これが最善だ。

 狙いはこの封筒。囮役は1人で十分だ。

 スフィーナが片付けを終えて戻って来た。


「決まったのかしら?」

「あぁ、俺が囮になるさ」

「分かったわ」

「え……? そんな、うそ……」


 ロミアが言葉を失って、膝から崩れ落ちそうだ。

 理玖はロミアの頭を撫でる。


「言っておくがここで死ぬつもりはない。必ず合流するさ」

「…………約束だよ?」

「勿論さ」

「……ね、理玖……」

「?」


 まだ浮かない顔をしているロミア。

 理玖は外が騒がしくなってきたことに気づく。

 こちらに乗り込んで来るつもりだろうか?

 早く逃がさなければ!


「窓から脱出……できるかい?」

「えぇ、私は降りられるけれどロミアちゃんはどうかしら?」

「……とっ、飛び降りるの? むりむりむり!!!」

「じゃーオレが先に降りて、キャッチするんでどっすか?」

「うふふっ、名案ね!」

「ひやーー!!!」


 ロミアはガクガクと震えている。

 反対に浦辺とスフィーナは楽しそうだ。

 しかし理玖は、本当に2人に任せて大丈夫だろうか……という疑問が湧いた。

 大切な人を任せるということは、こんなにも不安なものなのか。

 なんとも言えない不安でモヤモヤする。


「心配しなくても大丈夫よ。私が責任を持って彼女を守り切るわ」

「オレもっす! 任せてくださいっす!!!」


 理玖の不安を感じ取ったようで、スフィーナはいつにも増して優しく穏やかな口調だ。

 浦辺も得意そうに胸を張る。


「君達は頼もしい……ありがとう」

「どういたしまして。それで逃げた後はどこで合流するのかしら?」

「ホテルで落ち合うとかどっすか?」

「いいわよ。私が借りているビーサイドホテル904号室でどうかしら?」

「じゃ、そこ集合っすね」


 4人は頷き、浦辺発案で円陣を組む。


「うんうん、すっごくワクワクしてきたね!」

「どこがさ?」


 ロミアが目を輝かせて落ち着きがない。

 極限状態で壊れたみたいだ。

 テンションについて行けていない理玖は訊ねる。


「映画みたいで楽しいでしょ!」

「そういうものなのかい……?」

「えぇ、楽しんだもの勝ちだわ!」

「マジそれなっす! 枕投げが待ってるっす!」

「はぁ……?」


 理解しがたい考え方とお泊まり会予告をされて若干混乱する。

 みんな肝が据わっているということなのか。

 良いことなのだが、不安だ。

 浦辺がコホンとかしこまった。決め台詞が決まったようで円陣の掛け声を言う。


「1人もかけることなく、この後パーティで飲み明かそうっす!!」

「「「おーーー!!!」」」


 3人は小さな声で叫ぶ。


「じゃ、待ってるんで! ナジョーさんも早く来てくださいっすよ!!」

「ホテルで会いましょう」

「理玖……無茶しないでよね!」

「あぁ」


 理玖は崩れていく円陣が少し名残惜しく思った。


「ダイジョブっす! ナジョーさんはオレが責任を持って無傷でお返しするっす!」

「……なんで俺が守られる側なのさ。それに君はこっち側じゃないだろう?」

「あっ! 間違えたっす!」

「プッ……あははは!!」


 ロミアのツボにはまったようだ。

 和ませてくれるのは良いが油断だけはしないように釘を刺す。


「全く、真面目にやってくれ……」


 気を取り直して。

 ロミアの部屋の窓にスタンバイしたのを確認した。

 事務所の玄関ドアノブに手をかける。

 心臓が早まってうるさい。深呼吸。

 浦辺がハンドサインで3カウントを始める。

 3、2、1!!!


 理玖は事務所玄関から一気に階段を駆け下りる。

 すると、7人の敵が面食らっている様子だ。

 その視線はこちらを向いていない。

 別のなにかに向いている。

 視線の先を見た。


「ギャーギャーやまかしんじゃ、ボケ! まだ飯食うてんのがわかっ……!?」


 ダイハチ軒からラーメンのどんぶりを片手に、のれんをくぐって出てきたのはサングラスをかけた西訛りの男アワザだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ