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Fallen Luck -護衛人候補者争い-  作者: 唯井ノ 龍昴
第2章

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第2章 [B面]『光の輪郭を辿る』

 4月6日。

 セイト、闇市通り。23時。

 浦辺は理玖と別れた後。アワザとバーで酒を呑みながら携帯をポケットから出す。録音履歴を確認すると1件。


「上手くいき過ぎている……ねー?」


 浦辺は理玖の言葉をふと思い出す。

 依頼人の女、スフィーナとかいう……あの女の顔には見覚えがあった。

 試しに殺気を送ってみればあの女も返してきた。こちらの正体も察しているのだろう。


 少し誤算だ。

 恐らくあの女はセキュティノ教会の天使クラス。ただのシスターではない。戦闘経験に富んだS(シークレット)C(コンバタント)

 その中でも7人しかいない天使の名を授けられた者のひとりだろう。

 もし天使クラスのミカエルだとしたら……やっかいなことこの上ない。武器を持っているからだ。


 武器と言えども人間が持つただの銃やナイフのような陳腐なものではない。

 武装している人間なんてのはたかが知れている。

 もっとどうにもならないような……見たものを決定的に死に至らしめる力だ。


 一度、天使の黒箱(ブラックボックス)を覗いてしまったことがある。以来、天使の持つ()()()()だと本能で理解した。

 人間が敵う相手ではない。

 運命すらも書き換えてしまう気味の悪い代物に近い畏怖を感じたことがある。


「自分、悪いヤツやなぁ……」


 アワザは呆れながらも流れるようにハイボールのおかわりを注文する。

 浦辺は自分の素行の悪さを振り返ってもまったく心当りはなかった。

 一体、なんのことなのか訊ねる。


「どこがっすか?」

「盗聴器使えるやん!」

「あーこれ? これは録音用っす」

「は? 同じやろ?」

「その話は置いといて」

「置くな! 余計気になってまうわ!」

「再生してみるっすよ!」

「聞けや!!!」


 浦辺は淡々と受け答えをする。そして録音履歴から再生を押した。


 時系列としては依頼人の女スフィーナと別れた後だ。

 バタンと玄関ドアが閉まった音の後にケリーが、部屋に招き入れた人物に尋ねる。


『きっ君は一体? どちらさまで』

『私のことはスフィーナって呼んでほしいわ。ねぇ、あなたに教えてもらいたいことがあるの』


 男に媚びるような女の艶やかな声で誘惑しているように聞こえる。


『……教えてもらいたいこと? ですか?』


 生唾を飲むケリーが容易に思い浮かんだ。


『えぇ、そう……じっくり時間をかけて、教えてほしいのよ』

『じっくり時間をかっ、かけて!?』


 布がこすれるような音に、女の声が接近してくるのが録音越しでも分かった。

 おそらく男の耳元まで接近したところで女はこう聞いた。


『教えて……あなたのこと。神の護衛人って知っているわよね?』

『……』

『あなた達はなにを企んでいるのかしら?』

『……カミ…………殺し』


 バチンと盗聴器……ではなく、録音機械が壊されてしまった。

 録音を聞き終えると、浦辺は真剣な顔をして考え込む。


「やっぱりあの女はセキュティノ教会っすかね?」

「はーー? 俺にはさっぱりや!」


 アワザは耳を赤く染めながらも10杯目のジンに口を付ける。

 この呑兵衛はもう使い物になりそうもない。頼るまでもないが。


「オレらはあの女に利用されたみたいっすね」


 あの女はライチャス・リベリオンの目的を知り、重大な秘密を握ったかもしれない。

 出遅れた。こちらが脅してでも取っておくべきだったか。


「ヒックッ……お前のせいでバレたんとちゃうん? バレバレやったんやーーー!」


 呑兵衛はしゃっくりを交えつつ、少しズレたことを口走る。そして柳のように揺れ立つと、浦辺を指差した。


「オレ完璧に変装できてるくないっすか?」

「自分、ルネド関係者とその格好で接触したところ見られたんとちゃうか?」

「そんな日もあったかもっすね!!」

「自分、ザルやなぁ……」


 アワザは空いた口に紅茶割りを流し込む。

 口からこぼれても気づかない様子だ。相当酔いが回っている。


「なんで金髪? よぉ見たら、自分……チャラいなぁ」

「このほうが絡まれにくくないっすか?」

「どこがや! 絡まれる気満々にしか見えへんわ!」

「はははっ、さすがっすねー」


 アワザは酔っていてもツッコミの切れ味は変わらないようだ。

 浦辺はこの呑兵衛を置いて帰ろうと思案している最中。呑兵衛が言葉を発する。


「あのナジョーに協力してもろて大丈夫か? ルネドに許されるとは到底思われへん」

「……あーー、そっすね! 土下座では済まないかもっす」


 アワザの言うルネドに許されないとは、初代ルネドが人に頼ることを許さないということ。

 あの人は本気で自分の完璧な後継者にしようとしているからこそだ。

 その為に闇市で買われたことも理解している。

 全ての恩義を含めて成らなければ許されない。


「昔、頭が下げられなかった部下がいて……それは脳みそが軽いからだろうと、耳からミミズを入れられたヤツもいたっすねー」

「ゲッ……鳥肌もんやな!」


 だが浦辺にはそれが不可能であることを分かり切っていた。

 いくら外面を真似ても完璧なルネドに成ることはできなかった。心を殺しても本物の非情にはなれなかった。 命懸けで嘘をついたからだ。


 嘘をつくのは慣れている。

 けれど、人を傷つけるのは……後めたさがある。

 うまく言えないが、大切にしていた飴玉の瓶にヒビが入ってしまった時の自責の念と、瓶から1つこぼれ落ちてしまったような……未練に似ている。

 瓶の中が空っぽになってしまう前にやめたい。


「ほかにも……追い詰めた人間をスト◯ップみたいとか言って、ぶち込んだのが最高に狂ってたっすねー」

「なにをぶち込んだんや!」

「……あの人は生粋のサドなんすよ」


 話を戻す。

 1つ気になるところがある。

 アワザの言う協力とは理玖の力を借りるということだがしかし、協力というのは変だ。


「あれ? ナジョーさんに依頼したこと言ったっすか?」

「あ? 兄弟探してるとは聞ぃたで? やからそれを依頼したんやろ?」

「初代が始めたゲームのことっすね。それは別件で、赤い封筒のことを依頼したんすよ」


 アワザに伝え忘れたことで食い違っていたようだ。


「で、兄弟は見つかったんか!?」


 アワザはそのことが気がかりのようで、距離を詰めてくる。


「全くっすね……」


 浦辺は飴を口に含み、噛み砕く。


「ヒントくらい教えてくれたらええのにーー」

「あの人は全然優しくないっすよ。非情の擬人化みたいな人っすから。オレを買った理由のひとつでルネドにとっては余興みたいなもんっすよ」


 ルネドが余興を自分から台無しにするわけがない。


「ほな、終わってますわーー」

「オレもそう思うっす。あの狂い方はマネしようにも出来ないっすね」


 浦辺は弱々しく笑った。

 アワザは今にも眠りにつきそうなくらいの細い目で浦辺の方に顔を近づけ、小声で尋ねる。


「……俺を呼んだホンマの理由、聞ぃてもええか?」

「いーっすよ」


 浦辺はにこやかに続ける。


「オレはルネドを抜ける!」

「……その方がええわ」

「アワザはそのための隠れ蓑っす」


 候補者争いの混乱に乗じて島を発つ。

 初代ルネドがいないとはいえ、島を船で脱出するには目立つだろう。

 後腐れもなく金で切れるような縁で、外部の人間であれば良い蓑になる。

 我ながら雑な作戦だとは思う。

 しかし、なにを思ったのか、涙を流している人間が1人。


「えらいな……自分。任せとき! 報酬の分は働いたるさかい」


 アワザは酒を一滴も残さずに飲み干して言った。


 ◇◇◇


 ブル街。

 複雑な路地を縫って尾行を巻いた。

 錆びれた築40年の2階建てアパートの201号室。

 浦辺は外階段を上って、玄関ドアに手をかける。

 鍵を開けて1歩足を踏み入ると、静電気のような刺激を感じた。


「……」


 もうひとつ違和感を感じる。

 玄関に入って気づいた。赤の他人とすれ違った時に感じるようなわずかな柔軟剤(他人)の香り。

 自分の家なのにも関わらずだ。


「うっ! 動かないで! ください!」


 弱そうな震えの混じった女の声が背後からする。首元には女の腕が、凶器も手に握っている。

 浦辺はほんの少し、茶番に付き合うことにした。


「えっ……な、なんすか!?」

「声も出さないでください!! お願いします!!」


 カタカタと背中に当てられた凶器が震えている。


「……泥棒っすか?」

「あの! 殺さないといけなくなるので私のお願いを聞いてください!」


 脅しているとは思えない。随分と可愛らしい泥棒である。こういうのはいじめたくなるものだ。


「あー、教会っすかね?」

「ほっ! 本当に殺しちゃいますからねー!」


 図星なのだろう、声色が焦りをみせる。

 正直な女だ。


「セキュティノも落ちたっすねー。こんな雑魚しか寄越せないっすもん」

「え、えぇ!? 悪者さんみたいなセリフ! 悪い人はやっつけないと!」


 女の細い腕がほんの少し締めてきた。

 これはS(シークレット)C(コンバタント)だ。まだ迷いを感じるも、人をちゃんと殺せる人間である。見誤っていた。

 となると、気になってくるのはこの女がどう動くのか興味が湧いた。


「そっすよ。あ、オレが舐められちゃってる感じっすか? ショックっすね!!」

「えーと、んーと、確かに私は天使クラスではありませんし、宝具も使えませんけれども……」


 浦辺は話に気を取られている女の腕を掴み、前に少し引いて女を背負い投げた。


「きゃーー!!」


 硬いフローリングに叩きつけられた女は、あまりの衝撃に凶器(ナイフ)から手を離していた。

 呆気ない。


「あ、命は取らないっすよ。ちょーっと長く眠ってもらうだけっす……オレもまだバレるわけにはいかないっすから」


 興醒めだ。この程度なら情報の足しにすらならない下っ端だろう。

 黙らせて人質にでもしてやろうと、女の腕を縛ろうとしたその時だ。

 屋根を突き破って、棺桶のサイズの黒箱が落ちてきた。

 身の危険を本能が察知し、咄嗟に避ける。その隙をやられた。女はいない。


「……はははっ! 化け物っすね!」


 窓から風が入ってきて視線を向けると、人影があった。

 月の逆光で顔までは見えないが長い髪の女だ。

 こちらに向けて黒箱を落としてきたのもこの女だろう。

 髪の長い女は黒箱を指差す。

 浦辺は反射的に振り向くと、黒箱はなく髪の長い女の方も姿を消している。


「してやられたっすねぇ……」


 油断した。こちらの正体をほぼ掴まれたようなものだ。

 最近尾行してきていたのはセキュティノ教会か。


「はーっ! 困ったーー!」


 第9の着メロが鳴る。

 秘書キアからだ。

 浦辺は電話にでた。


「流し屋ルギから言伝を預かっています」

「なんすか? 言伝って?」

桜崎(おうざき)時雨(しぐれ)とルンフイが島に上陸したそうです」

「やっと……」


 役者は揃ったーーー、候補者争いがようやく始まる。

 心の底からワクワクして、今すぐにでも奴らと一戦交えたいと思う。


「やっと、お出ましっすね!!!」


 浦辺はおもちゃを見つけた子供のように笑った。

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