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Fallen Luck -護衛人候補者争い-  作者: 唯井ノ 龍昴
第2章

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第2章 [A面]『人探しの依頼』②

 セイト、某駄菓子屋カシアン。

 カシアンに辿り着くには少し危険なD路地を通る必要がある。

 念のため、浦辺は路地前で置いてきた。一般人が気軽に来れるような場所ではないからだ。

 路地深部に近づくほど闇市から溢れ出た……生きているかも分からないような中毒者達が倒れている。足の踏み場もないほどに。

 彼らを救うすべなんかない。一度でも手をつけたら終わりの(ヤク)だ。


「……最悪だ」


 こんな地獄みたいな光景を見てしまったら、表であっても笑っていられないだろう。


 暗く狭い路地を抜けると、いきなり現れるボロボロな築100年ほどの木造平屋。

 引き戸を開けると、3畳ほどの売り場に見覚えのある駄菓子がびっしりと並んでいる。

 小さい頃、ジン先生にお小遣いを貰って選んだのを思い出した。


「シシノさんいるかい?」

「……あいよ!」


 暖簾の奥の和室から80代後半の腰が曲がった白髪の老婆が出てきた。理玖の顔を見るなり、顔をほころばせる。


「懐かしい顔だねぇ? りくかいのぅ?」

「お久しぶりです」


 理玖は頭を下げる。

 老婆に手招きされ、奥の和室でシシノにお茶を出してもらった。茶柱が立っている。

 実の祖母のように子供の頃から可愛がってもらっていて、実家に帰ったような安心感というものがここにある。

 シシノをただの老婆と侮ることなかれ、記憶力は永遠のピカイチである。


「仕事はどうだい? うまくいってるかいの?」


 理玖はシシノに聞かれてパッと思い浮かんだのは、浦辺のことだった。


「ぼちぼち。台風みたいなヤツに好かれちまってさ……最近は少し忙しい時もあるんだ」

「そうかい、そりゃいい! 退屈せんじゃろ?」

「……座る暇もないくらいさ」


 思い出しただけでも疲れがどっと押し寄せる。

 昔の人間に社畜なるものがいたというが、これ以上働いていたなんて考えただけで恐ろしい。生き地獄だ。


「ハハハッ! 面白いのぅ! 新参の尻に敷かれてっ、面白いの!」

「笑い事……ではないが……」

「見せ物にしてみぃよぉ? 銭が飛ぶ!」

「いやいや、そんなのに落ちぶれるほど金が欲しくはないさ!」


 理玖はシシノさんに言われて初めて気がついた。

 確かに見ようによっては社長が部下に馬車馬のように働かされている……か。だがどうしてだ? 出会った当時浦辺はこの島に詳しくはない様子だった。

 たった1人で3日で……仕事と島の情報を集めるなどできるというのか? 情報屋から買った、もしくは協力者がいる?


「シシノさん」

「なんだいの?」

「浦辺桜片という名前に心当たりはないかい?」

「うら……おう? さぁね? あたしゃ、聞いたこたぁないねぇ……それがなんだってんだいの?」

「……ここで情報は買ってないか」


 理玖は腕を組み考え込む。

 他の情報屋の線も捨てきれないが、ここが大手だ。ここになければどこにも情報はないだろう。

 まさか、闇市……いやそもそも路地のギミックを知らなかったら辿り着くと思えない。


 もうひとつ大きな疑問も浮かんだ。

 理玖自身に近づく動機が不明なこと。本当にただの助手になりたいだけだろうか?

 赤い封筒のせいにしたくても、あれは浦辺が現れた後のことだ。


 シシノは眉間にシワを寄せた理玖を見てハッとため息をつく。

 そして悪夢にうなされているかのような理玖に訊ねる。


「それより! 飯はちゃんと食ってるかいの?」

「ロミアが怒るからさ……不摂生なんて出来ませんよ」

「ハハハッ! あの子もやるねぇ! アンタにゃお似合いじゃ!」

「俺にはもったいないくらいさ」

「……分かってるじゃあないかいの! もっと金取れるようになんなよ」

「いや……シシノさんまでなにを! ロミアとは付き合ってすらいないが!」

「ハハハッ! 人生どうなるかは分からないものじゃよ」

「……うむ……」


 人生の先輩に言われても納得しがたい。

 ロミアとは本当になにもないし、これ以上に進展する感じは一切ない。自分自身にその気がないからそう思うのかも分からないが。


「それでじゃ、今日はなんの用事かいの?」

「いいや」


 シシノさんはなんでもお見通しのようだ。

 手短に本題を話そう。


「ケリーという名前に心当たりはあるか?」

「ケリー……? あぁ! 聞いたことのある名だの!」

「なに!?」

「ライチヤスだかなんだかが『神に縛られない。人が自由で平等な世界をつくる』なんぞバカバカしいこと吹いて回っている罰当たりじゃ! おらあれよ!」

「……ライチャス・リベリオンか」


 ライチャス・リベリオンは(アンチ)神派組織で、ラッガム教徒から神を消そうとしていると忌み嫌われている。

 なぜ神を消そうとするのか……というと、ライチャスは"神の支配からの解放"を求めている。

 しかし、目に見えない者からの支配なんて……本当にあるのだろうかと思う。


 思い当たるのはこの島に浸透しているラッガム教聖書の『神が人を生死管理し、自由と幸せを平等に分け与える』という考え方。

 理玖は信者ではないから島の昔話に関係している一部の聖書しか知らない。今の住人も大抵がこのくらいの認識で、実際に信仰しているのは片手で数えられる程度だ。

 原因は時が経ち、移住者が増えたり無宗教派が増えたからというのもあるだろう。


「……荒くれ者の連中じゃよ!」

「荒くれ者?」

「神を殺すだの言っておいて、人を殺すような連中じゃ!」

「なぜだ?」

「さぁ? 私にゃ分からないよ……信者狩りだとか聞いたねぇ」

「……信者狩り……だと?」


 理玖はその言葉を聞いて恐ろしくなった。

 神を直接攻撃できないがために矛先が信者にまで向いているとは……とても正気の沙汰ではない。

 目的は神の弱体化? 神の信者が減る間接的な攻撃には他にも意味があるというのか?

 ライチャス・リベリオンの黒い噂は聞き及んでいたが、まさか人まで殺していたとは思わなかった。


「ケリーと会うには?」

「丁度、今日の13時。ライチヤスのセミナーがあっての。開催場所は南部リーン、グランサンリゾートホテルじゃ」


 シシノがタンスから1枚チラシを出して見せる。そこには日付と場所が間違いなく書かれていた。

 そして顔写真も。30代くらいの黒髪73(シチサン)分けをしたビジネスマンに見える。


「セミナーには数千人も集まるらしいの? それを主催するのがケリー・ハークという男じゃ」


 グランサンリゾートとは観光客に人気の海に近い高級ホテルだ。庶民としては縁遠い煌びやかな場所であまり近寄りたくはない。

 噂によるとホテルのパーティーで薬の売り買いがあったとか……杞憂に終わればいいが、ただの家出捜索がここまで大事になるとは思わなかった。依頼人にはどう伝えるべきか悩ましい。


「他にも彼らの潜伏先を知りたい」

「危険じゃ!!」

「分かってる……だが、依頼人の為に必要なことだ」

「……どうしても……いくのかい?」

「あぁ、俺はSaverだからさ」


 理玖は『ごちそうさま』と湯呑みを流し台に運んで洗う。

 シシノには洗わなくていいと言われたが御呼ばれした身なのだからそうもいかない。


「はぁ……無理はするんじゃないよ。あの馬鹿(ジン)に面倒を押し付けられて大変じゃの?」

「いいや、慣れてる。これが俺の日常(ルーチン)さ」


 この島で困っている人は沢山いる。助けられるのはごく僅かでしかないのが歯がゆい。

 せめて自分の元へ頼りに来てくれた人だけでも笑顔で返したいのだ。それが今のやりがいである。

 シシノは重い口を開く。


「……スビアBの10番ビルじゃ」

「ありがとう」


 理玖は札束が入った茶封筒を置いて帰ろうとする。暖簾をくぐろうと手をかけた。


「待つんじゃ!」


 シシノは呼び止め、駄菓子を指さす。

 呼び止めた理由は駄菓子を持って帰れという意味だろう。


「遠慮しとくよ、俺はもう大人だ」

「……よく言ったもんじゃの。私にゃまだまだ子供じゃよ。おとなしく持ってきなさい! お友達の分もちゃんと持って行くんじゃよ?」

「いや」

「素直に受け取りなさい」

「……いや」

「受け取りな!!!」

「……」


 何度断ってもなぜか受け取ってしまうマジックだ。まだまだ敵わないな。

 レジ袋にいっぱいの駄菓子を受け取り、店を後にする。

 路地手前で待たせていた浦辺が開口一番に空腹を訴えた。


「オレおなか空いちゃったっすよー! ナジョーさん長いっす!」

「……そうかい?」


 理玖は適当に返す。

 それどころではないのだ……シシノから『セイト街倉庫で2人が行方不明になったのは知らんかいの? 気をつけるんじゃよ』と帰り際に言われたことを少し考えていた。

 始末屋にも動きがあったとか……本当だとしたら行方不明ではなく、既に命はないだろう。

 ルネドか? それ以上に危険な存在が裏で動いている……あの赤い封筒が災いを呼んでいるように思えた。


「あー! ナジョーさん! 適当に返事すんのはヒドイっす!」

「すまない? もう一度言ってくれないかい?」

「オレっ! お腹空いたっすーー!!」


 浦辺のおなかが鳴った。

 理玖は時計を確認すると11時は過ぎている。


「……君のおなかは恐ろしく規則正しいな」

「そっすね! よく働いてくれてるっすね!」

「食べるかい?」


 理玖はシシノからもらった駄菓子を袋ごと渡す。

 すると、浦辺の表情が一瞬で明るくなった。


「マジ!? 本当に全部いっすか!?」


 しかし、浦辺は袋の中身を見るなり表情が曇った。

 感情が忙しいやつだ。


「どうしたんだ?」

「うーん。ありがたいっすけど、正直全然足んないっす!」

「……仕方がない。どこかで済ませるか」


 理玖は少し考えて、以前ロミアにおすすめされていた喫茶店を思い出す。この近くだった。


「ガーデン・爽やかはどうだ?」

「いいっすね!」


 理玖の後に浦辺はスキップをしながら着いてくる。こられる側からすると、なんとも言いがたい気持ちである。


 ガーデン・爽やかはスビアA7番ビル1階、海側ではなく大通り側にある。5分程度で着いた。

 店に入るとジャズが流れていて落ち着く空間が広がっている。


「お好きなお席へどうぞ」


 店員にそう言われても、どこがいいのか困る。パッと見たところ客はあまりいない……悩んだ末にとりあえず窓際のテーブル席に座った。

 早々に浦辺が小声で言う。


「雰囲気あるっすね」

「……あぁ」


 理玖は周りを見渡す。店内は暖色系のライト、ブラウンの木で統一され、木にはアジア料理店でみたような彫りが施されている。


 メニューを開くと、呪文のような言葉の羅列に圧倒された。お茶のなんちゃら烏龍茶、キーマン紅茶、アールグレイ、ダージリン、ルイボス、ヨークシャーゴールド。

 コーヒーはブレンド、アメリカン、コロンビア……クレオパトラ……クレオパトラ!? なんだこれはと首を傾げている間に浦辺がしきりに合図を送ってくるので顔を上げる。


「ナジョーさんオレ決まったっす!」

「……先に頼んでくれ」

「すみませーん! 注文いっすか?」


 浦辺の挙手に気づいた店員はお冷やとおしぼりをおくと、エプロンのポケットから伝票を取り出す。


「ご注文は?」

「ホットサンドのハムたまごと石窯パンケーキブルーベリーソース、ピサと冷たい烏龍茶くださいっす。ナジョーさんは?」

「……俺はホットサンドのハムたまごとブレンドコーヒーをお願いします」


 理玖は普通のものを注文した。

 本当はクレオパトラが一体なんなのか試してみたい気持ちもあったがそんな勇気は持ち合わせてない。


「かしこまりました。メニューお下げしますね」


 店員はメニューを回収していく。

 理玖は乾いた口に水を含ませると窓の外を見た。お昼時のサラリーマン達が談笑しながら、食堂に向かっている。窮屈な人々の群れに懐かしさのようなものを感じた。


「懐かしいっすね。もう5日経つんでしたっけ?」

「そんなにかい?」


 理玖は窓の外を眺めながら頷いた。

 どおりで浦辺がいることに違和感を感じなくなってきている。落ち着く空間にあくびが出た。


「お待たせいたしました。烏龍茶とブレンドコーヒーです」


 店員にお礼を言って受け取ると、浦辺が一気に飲み干した。


「プッハー! 生き返るーーッ!」

「……いくらなんでも早すぎだ。君は品というものを学んだ方がいい」

「ヒンってなんすか??」


 理玖が浦辺にツッコミを入れていると、豪快に店のドアを開ける音がした。


「すんません! この店で紅茶飲めるって聞ぃたんやけど。合うてますか?」

「は、はい。お好きなお席へどうぞ」

「はぁーーっ! ホンマに助かったわ! ありがとう!」


 20代前半か、サングラスをかけた西訛りの男は息も絶え絶えにふらふらと真ん中の席に座った。椅子に深くもたれかかるほど、とても疲れている様子だ。

 スカジャンがズレ落ちて黒のタンクトップの下、刺青のようなものが見える。とても堅気には見えない。クレイジーだ……関わりたくもない。

 店員はカタカタと震える手でお冷やとおしぼりを西訛りの男の元へと運ぶ。


「お冷やをお持ちっ……しました」

「ありがとう!」


 西訛りの男はフランクに店員の背を叩く。どちらかというと……尻を叩いているようにも見える。

 店員からお冷やを受け取ると、一気に飲み干した。

 理玖は既視感(デジャブ)だなと見て思った。


「注文してもええか?」

「ご注文ですね?」

「せや……おぉ、ヨークシャーゴールドもあるんかい! この店よぉ分かってんなー! これとプリン。あとお冷やおかわりもらえますか?」

「かしこまりました」


 店員は伝票をカウンターに届け、出来上がった軽食を理玖達のテーブルに運ぶ。


「ホットサンドのハムたまご2つ、パンケーキ、ピザをお持ちしました。以上でおそろいですね。ごゆっくりどうぞ」

「わー! うまそーっす!」


 忙しそうな店員はカウンターにお冷やを取りに戻って、サングラスの男のグラスに注いだ。


「いただきまーす!」


 浦辺は口いっぱいにホットサンドを頬張る。まるでリスみたいだ。

 理玖は少し不安になる。


「……詰まらせるなよ」

「ダイジョブっす! オレ喉は最強なんで!」

「そういう問題かい?」


 理玖の忠告を聞いたはずの浦辺だが、口に押し込むのをやめない。フードファイターの番組を見ている気分になった。あれは見ているだけで胸やけする。

 理玖は目の前のホットサンドをいつものペースでかじった。


「ロミアさんのケーキまた食べたいっす……」

「君は恐ろしく食いしん坊だな」


 浦辺はパンケーキを食べながら朝食べたロールケーキを思っているなんて食いしん坊以外になんだというのか。恐ろしい。


「あのふわふわと口溶けは控えめに言って神っすよ! ナジョーさんはなんで食べなかったんすか!」

「……朝イチのクリームは胃がもたれる」

「ジジィっすか!」

「ジジィで悪かったな!!」


 理玖と浦辺の他にもう1人も声を上げた。


「なんやこれ!!!」


 サングラスの男が手に持っている水を見つめ、衝撃のあまり立ち上がったようだ。その男は水について語り始めた。


「気づかんかった。口の中に端っからおったよーな……違和感のない柔らかさ、軟水か! 一体どこの水使うて……」

「お客様、他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いいたします」

「……いやぁ、ははっ……すんません」


 店員に注意され、サングラスの男は周囲を見渡して見つけた理玖達に謝った。深々と下げた頭を上げ、浦辺を見ると眉間にしわを寄せる。かけていたサングラスを下げ、浦辺に顔を近づけた。その姿はヤンキーがガン飛ばしているようだ。いや、ヤのつく職業の人間かもしれない。


「……どっかで会うた顔やな?」

「浦辺桜片っす、会ったことあるかもしれないっすね」


 浦辺はもぐもぐと口いっぱいに入れていたピザを飲み込み、笑顔で名乗った。


「ウラ……あぁ!? ここに住んで長いんか?」

「生まれはここじゃないっすけど、育ちはほぼここっすね!」

「ほなどっかで……あっ、思い出したわ!! ウラオウってあだ名やった!」

「アワザ? 懐かしいっすね!」

「せや! アワザ・キタサカや!」


 サングラスの男は再会を嬉しそうに笑った。

 会話の流れから察するに2人は知り合いのようだ。想像よりは悪い男ではないのか?


「アワザはいつからステアリーン島に来てたっすか?」

「……昨日からや。自分はなにしてん?」

「オレはナジョーさんの探偵の助手を始めて、この後カチコミに行くっす!」

「なんやて! カチコミか、楽しそうやなー!」

「おい、人聞きの悪い……カチコミって言うなよ」


 理玖はサングラスの男が誤解する前に慌てて訂正した。

 それに気を害したのか、サングラスの男アワザに睨まれる。サングラスの下には金色の目が隠されていた。


「自分がナジョーか?」

「……キタサカさん? はじめまして」

「水くさいなぁ! 友達の友達は友達って言うんやで? アワザって呼んでや!」

「あぁ、なるほど。アワザさん」


 理玖はアワザに肩を組まれて困惑した。

 この男は浦辺と同じで距離感がおかしいようだ。さすが友達、類は友を呼ぶ。

 すると、アワザは理玖に小さな声で耳打ちする。


「ウラベ相手はえらい……しんどいやろ?」

「まぁ……」


 理玖は浦辺の視線に気づいて曖昧に答える。


「アワザ聞こえてる……っすよ?」


 浦辺はアワザの銀のネックレスを掴み引き寄せて耳打ちした。脅しているようにも見える。


「ははっ、怖いわーー堪忍してや!」


 アワザは両手を上げて引き攣った笑顔を見せる。

 そこへ注文していた紅茶とプリンが届くと急いで口に入れた。


「んーめっさうまいわ! ほんで俺もその探偵ごっこに混ぜてくれや!」

「それいいっすね! 探偵トリオの結成っす!!!」

「はぁ……?」


 理玖は浦辺とアワザが2人で盛り上がっているのを呆然と眺めることしかできない。

 そもそも、浦辺と探偵ごっこをしているつもりはないし、コンビでもないが。2人のノリが軽すぎて理玖はついていけなかった。

 ガーデン・爽やかを後にする。


 ◇◇◇


 南部リーン、グランサンリゾートホテル。

 セミナー会場に着いた時にはもう13時半……準備に手間取り、セミナーもそろそろ終わる頃だ。

 というのもホテルに向かっている途中、アワザからこんな提案を受けた。


「潜入調査しよーや!」

「それ名案っすね!」


 アワザに浦辺が手を挙げて賛成する。

 理玖は腕を組む。そして、いかにもな考えか浮かんだ。


「……君たちは仮装大会でも始めるつもりかい?」

「さすがナジョーさん、鋭いっすね!」

「で、まさかカチコミなんて言わないでくれよ?」

「えっ? それ以外になにがあるっすか?」


 浦辺は驚いた様子で、本気でカチコミに行こうとしていたことが伝わってくる。


「騒ぎになったら大問題だろ!」

「ははは、大げさっすね! ダイジョブっす、アンチ神派になりきって飛び入り参加でゴーっす!」

「……それがマズいんだ! 張り込みで勘弁してくれよ」

「任せてほしいっす! ケリー尾行してついでに家まで特定しちゃいましょう!」

「おい!! 簡単に言うなよ!」

「ダイジョーブっ! ナジョー探偵トリオならできるっす!」

「せや! ナジョー探偵トリオ万歳!!」

「勝手に人の名前を使うな!」


 理玖の願いもむなしく、仮装大会が始まるのだった。

 ホテルにひときわ目立つ、白ジャケットと『自由は己で掴むべし!』とバックにプリントした半袖を着た2人組がいた。ジャケットはアワザで半袖が浦辺だ。

 浦辺とアワザは受付と話をしている。

 ちなみに理玖は少し離れたロビーの席に座った。携帯を通話中にして浦辺達の会話が聞こえる。暗い通話画面にわずかに映った様子からも窺い知れる。


「ライチャス・リベリオンのケリー・ハークさんっていますか?」

「大変申し……」

「オレ、ケリーファンなんすよ!」


 受付の女性は困った顔をして口を開くが、浦辺は断られる隙を作らず話を続ける。


「ここに来たら会えるって知って……でもセミナーの時間過ぎちゃって。ひと目だけでもダメっすか?」


 浦辺の押しに負けた受付女性は電話で掛け合いを始めた。電話の向こうに見えないのにもかかわらず、頭を下げている。

 3分ほどが経った。受付女性は電話を切ると、浦辺にこう言った。


「1分ほどであれば、お会いできるそうです」

「マジっすか! ありがとうございます!!!」


 満面の笑みの浦辺につられ、受付女性も笑顔になって応える。


「もう少々お時間いただきますが大丈夫でしょうか?」

「全然待ちます! いくらでも待てるっす!」


 浦辺は隣に立っている無言のアワザの足を踏んだ。

 すると、アワザが眉間にシワが寄った笑顔になりきらない不気味な顔で喜びを表現した。


「わ、わぁい!? めっ、う……嬉しいです?」

「ヘタ、やんない方がマシっす」

「どないせぇっちゅうねん!!!」


 アワザは浦辺からの指摘に小声で不満を漏らす。

 受付から少し離れた浦辺は、通話中の携帯に話しかける。


「ナジョーさん、なんとか接触できそうっすよ」

『良かったな』


 5分後、エレベーターが到着したことを知らせる音が鳴った。

 ケリーがエレベーターから出てきた。

 浦辺はすぐさま満面の笑顔で挨拶した。


「はじめまして! 浦辺っす!」

「はじめまして、君が僕に会いたい子ですか?」


 人当たりの良さそうな30代の男。

 ビジネススーツを身に纏い、黒髪を73(しちさん)分けしている。見るからに真面目な社会人だ。


「ハイお会いできて嬉しいっす! 握手してください!」

「もちろんですとも」

「ありがとうございます」


 ケリーは浦辺に握手の時の力の強さに顔をゆがめる。そして言葉を選ぶようにゆっくりと言う。


「……随分と熱意のある子だ、将来は有望ですね」

「ホントっすか! オレも頑張ればケリーさんみたいになれるっすかね?」

「えぇ、なれますとも」


 浦辺はケリーの皮肉に気づかない。

 ケリーに見られてアワザは自分の番になったことを理解したのかオドオドと挨拶する。


「あ、わわわでです。ははじめまして」

「はじめまして」

「え、えっと、ファンです」

「ありがとう」


 アワザは借りてきた猫のようになった。ケリーと握手した。


「お時間です、ケリー様」

「2人とも、会いに来てくれてありがとう。次回はセミナーに来てくれると嬉しいです」

「絶対行くっす!」


 浦辺は深々と頭を下げる。

 理玖は携帯画面でケリーが外に出て行ったのを確認すると、理玖が一定の距離を置いて尾行を始める。その後を浦辺がついて行く。

 ケリーはスビアBの10番ビル、反神派組織ライチャス・リベリオンに入っていった。


 14時過ぎ、張り込み。

 理玖達はその様子を大通りを挟んだ向かい側から見ている。


「ナジョー隊長! ここが奴らの根城っすね!」


 浦辺は双眼鏡を覗き、手招きしている。

 この茶番に理玖は呆れつつも浦辺について行く。


「俺達はいつの間に探検隊になったんだい?」

「細かいことはええやん。張り込みと来たら、あんパンに牛乳やろ? 買うてきたで!」


 アワザはコンビニの袋からあんパンを取り出し、理玖が受け取る。

 パックの牛乳のようなものも出したが、アワザはラベルを二度見して目を丸くした。


「あっ……ちゃう、ミルクティー味にしてしもうた

わ!」

「はははっ! どんだけ、紅茶好きなんすか!」


 浦辺は腹を抱えて涙を流し笑う。


「……なんなんだこの状況は?」


 理玖は頭を抱えた。

 大通りを歩く人々に奇異の目を向けられ、すぐにでもここから去りたいくらいだ。


「俺はいつから幼稚園児の引率になったのさ?」

「誰が幼稚園児や!!!」

「あっそうだ、アワザ」

「なんや?」


 浦辺はライチャス・リベリオンが所有するビルを指さしてこう言った。


「いけ! アワザ! ()()()()()!」


 真剣に浦辺はポ◯モンの技名を叫ぶ。

 そしてアワザのツッコミが続く。


「なんで()()()()上げなあかんねん! いいや、ちゃうわ。わるだくんでどないするん?」

「やっぱ、悪に対抗するには悪をぶつけるしかないっす」

「……んな、アホな!?」

「というわけでナジョーさん! 今からあのビルにアワザを突撃させるっす!」

「はぁ?」


 理玖はため息をつき、あからさまに不愉快な態度を示したつもりだったが、メンタル強者の浦辺は続行する。


「生きて帰れるかも分からない片道切符をナジョーさんにやらせるわけにはいかないっす!」

「俺にやらせようとすな! ワシは特攻隊か!」

「……漫才を続けるな。君たちはいい加減、静かにしろよ? やるなら真面目にしてくれ!」


 理玖は制御の利かない2人に振り回され、疲労困憊になっていた。

 今夜はきっといい夢を見られるに違いない。


「えー、真面目にやったらつまんないっすよ! 楽しくいきましょうよ!」

「楽しくやったら仕事にならないだろ?」

「そうっすか? 楽しく働いた方が、絶対効率いいっすよ!」

「……そういうものかい?」


 少し悔しいかな。理玖は納得しかけた……浦辺の押しの強さに負けたのだ。


 ふと、組織のビルに視線を向ける。

 警備員が5名、慌ただしく動いていて周辺が騒がしくなる。

 なにか来るのか注目していると3分後。

 リムジンが組織のビルに横付けされて出てきたのはーー、緑の髪の男だった。


「……!?」


 愕然とした。武者震いのような……拳にも力が入る。

 あの日で時が止まったまま延長線上のように鮮明にこの男だけは許すなと、早く殺せと焦燥感に駆られた。

 今すぐにでもこの手に銃があれば殺してやれたのに……惜しいことをしたなと思った。


「……もしもーし、ナジョーさん! 聞こえてるっすかー?」

「……なんだい?」

「聞いてなかったっすか!?」

「あぁ。君は一体なにをしでかすつもりだ?」


 携帯を開いた浦辺はニヤリと笑った。なにかを企んでいる様子。


「さっきケリーと握手した時に盗聴器を付けておいたっす! これで中の様子が……!?」


 浦辺の携帯からノイズ混じりの話し声が聞こえた。これではなんの情報も得られない。


「あ、あれ? おかしいっすね?」

「電波妨害されてんとちゃう?」

「そうかもっす……」

「大丈夫さ。問題はない」

「えぇ!? ちょっとは期待してくほしいっすよ!」


 浦辺は少し悲しそうな表情で理玖を見た。

 理玖は複雑な気持ちになったものの本心だし、この後の尾行の方が大事だ。


 ビルから5分ほどでケリーはライチャス・リベリオンのビルから出てきた。


「あ! 来たっす!」

「楽しみやなー!」

「君たちは目立つ行動は控えてくれ」

「「はーい!」」


 浦辺とアワザはヘラヘラと手を挙げて笑う。

 理玖の話を聞いているようには見えない。

 ケリーはライチャス10番ビルから反時計回りに大通りを堂々と歩いていく。隠れるような素振りは一切ない。


「イージーっすね!」

「油断するなよ」


 スビアBの3番のマンションへケリーは入っていく。

 マンションは鉄筋コンクリートの5階建て。この島では高層ビルに入る大きさだ。

 つまり、富裕層くらいしか住んでいない。


「着いたんとちゃう?」

「しー!!!」


 アワザが大声で言うものだから、浦辺が焦って口を塞ぐ。

 急いでケリーを追いかけ、自動ドアを抜ける。エレベーターは3階で止まった。


「3階のどの部屋っすかね?」

「ポストに書いてあるんじゃないかい?」


 しかし、理玖の予想のポストには住居人の名前は書いていなかった。


「書いてないで。どないするんや?」

「……表札」

「あ! 確かにっす!」

「ターゲットに接触する可能性もあるが仕方がないな。だが、君たちはここで待機だ」

「なんでや!!」

「なんでっすか!? 楽しそうなのに!!」

「君はターゲットに接触して面が割れているだろう? バレた時に偶然を装うのは無理があるさ」


 理玖はエレベーターに乗り3階で降りる。

 301号室から順番に見ていく……305号室に差し掛かった。


「305号室……ケリー、ケーリー・ハーク!」


 あとは依頼人に伝えるだけだ。

 理玖は浦辺たちの元に戻る。


「ナジョーさん! 分かったんすか!?」

「305号室だ」

「見つかって良かったやん。俺は帰るわ、ほな!」

「バイバーイっす!」

「またなんかあったら呼んでやー!」

「あぁ、ありがとう」


 マンションの外でアワザを見送る。

 理玖は電話でワタリに報告すると『直接、お礼をしたいので今からそちらに向かいます』と息を切らせて走ってきた。


「……本当にありがとうございます!」

「どういたしまして」


 ワタリは今にも泣き出しそうだ。


「理玖さんになにをお返しすれば……」

「気持ちだけで十分さ」

「スフィーナさん良かったっすね!」

「えぇ、浦辺くんもありがとう」


 ワタリが頭を下げて、マンションの中に入って行くのを見送った。

 理玖と浦辺は仕事を終えて帰路に着く。道中シシノからもらった駄菓子をつまみながら。


「お疲れ様……」

「今日1日お疲れサマっす! あれ疲れてる?」


 理玖自身も疲れ果てた声を自覚していた。

 比べて浦辺はとてつもなく元気だ。ずっとテンションが変わっていないように思う。


「あと! 浮かない顔っすね!」

「なにかが引っかかるんだ」

「なんすか?」

「……うまくいき過ぎている気がする……だけか」


 納得いかない理玖はロダンの考える人のように唸った。

 今日だけで、ケリーとライチャスと緑髪の男についての情報が集まった。

 この後どんな不運が待ち受けているのか不安になるほど、うまくいき過ぎている。

 何もないことを祈りたい。

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