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Fallen Luck -護衛人候補者争い-  作者: 唯井ノ 龍昴
第2章

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第2章 [A面]『人探しの依頼』①

 一面に花が咲く今はもうない道。肌が焼けるように痛いのは妙に現実味があるが……いないはずの人間が目の前に現れたら相場は決まっている。

 きっと、陽炎(ゆめ)が見せた幻だ。


 真夏の日差しに焼けた肌、山脈のように逞しい筋肉がタンクトップから覗かせる男 ジン先生の後を少年 理玖はついていく。

 いつになっても追い越せやしない大きな背中。背伸びをしても到底及ばない先生を見上げる。遮られていた太陽がわずかに見え隠れしてとても眩しかった。

 先生が後ろを気遣うような優しい声をかける。


「どうした? ボウズ」

「……なんでもない」


 理玖は声変わりしていない13歳の頃。

 ジン先生が立ち止まって振り返る。

 理玖の顔を見るなり、ぴくりと眉が動いた。


「なーんだ、ガキのくせしてよ一丁前に遠慮か? んなもんするな、するなー。ワガママは今だけの特権だぜ? 満喫しとけー」

「先生、俺……」

「おうなんだ? おっさんになにでも言ってみろ!」


 理玖はジン先生の後ろ姿に……甘えたくなった。

 本当に叶えてくれそうな気がしたからだ。


「本当になんでもか……?」

「おう」

「……俺さっ……! もう一度先生に会いたいっ……!」


 先生を失った記憶が蘇ってきて涙が止まらない。

 夢でもこんな姿は見せたくない。

 本当はもっと成長した姿を見せて安心させたかった。


「お、どーした……泣くなよ。お前はもう一人前の大人だろう?」

「……うぅ……」


 涙を拭う。

 下を向いていても分かる……近くに居るような温もりがあるのを感じた。

 先生の顔を見たくなって視線を上げる。

 瞬く間に目の前が暗くなり、悪夢に変わるーーー、聞き覚えのある音がした。


「……え」


 先生が亡くなったあの日、確かに聞いた音だ。

 人の命が潰れる破裂したみたいな……聞いただけで吐き気がする。

 庇うように覆い被さっていた先生の力が徐々になくなって、小さな理玖の身体に先生の体重が重くのしかかる……。

 なんとか横に寝せ、傷口を確認した。胸に穴が空いている。塞いでも血は止まらない。


「……な、なんで?」

「……りく……ひとりにして、ごめん……な」


 弱った先生の声。

 あまりに突然のことで頭が理解が追いつかない。

 誰が撃ったのかと血眼になって辺りを見渡した。

 自分と同じ年くらいの緑髪の男が銃を持っている。間違いないこの男だ。

 緑髪の男はこちらを見ることは一切ない。

 まるで見えていないとバカにするみたいだーーー、殺意が込み上げてくる。

 先生の懐から銃を抜き、緑髪の男に向けて構えた。


「俺を見ろ! お前を殺すのは俺だ!!!」


 理玖は叫ぶ。

 その男が消えてしまう前に引き金を引こうと指先に力を入れるが、先生に腕を掴まれて止められた。

 振り払って再び銃を構えるも手が震えて上手く狙えない。

 遠ざかっていく緑髪の男は最後までこちらを見ることはなかった。

 行き場のない怒り。思わず先生に向けて叫んだ。


「どうして止めるのさ!」


 先生は少し困った顔をして、理玖の胸ぐらを掴んで怒る。


「お前はアレになるんじゃねぇ! 思い出せ、お前は人を助ける側の人間になりたいんだろ!!!」


 理玖はソファーから飛び上がるように目を覚ます。

 懐かしさと腸が煮えくりかえるような怒りが混じった2年前の事件の夢に冷や汗が止まらない。


「……はっ!? はぁ…………」


 ソファーから起き上がり、洗面所で顔を洗う。

 鏡に映る自分の顔は見れたものではなく、すぐにタオルで拭いた。

 デスクのお菓子タスラを1本口に入れるとデスクチェアに腰掛けた。

 まだ心臓が早まっているのを感じる。


「ふーーっ!」


 深呼吸を繰り返すとやっと落ち着いてきた。

 カギ付きの引き出しからファイルを出してパラパラとめくる。

 2年の時の流れは早いものだ。

 大した手がかりも掴めずに、時ばかりが進んでいく。

 気持ちはまだあの頃と変わらない。


「ナジョーさん! おはよーーっす!」


 浦辺がドアを豪快に開け登場した。

 その大きな音に理玖はビクリと肩を震わせる。


「どうしたんすか? それ事件かなんかっすか?」


 浦辺は理玖が持っているファイルに興味津々なようで、餌を目の前に吊り下げられたトラのような……今にも飛びかかってきそうである。


「……なんでもないさ」


 理玖は持っていたファイルを元の場所に戻してカギを掛ける。

 浦辺の興味を逸らすため話を振ってみることにした。


「今日はやけに早いな」

「だって! 仕事が楽しみなんすよ!」

「そうか……い」


 話が1ターンで終わった。自らのコミュ力の無さに凹む。

 次の話題を考えているうちに浦辺の興味は別のものに移ったようだ。


「なんすかこれ!?」


 浦辺がデスクにあった赤い封筒を指さした。


「さぁ?」


 理玖は首をかしげる。

 確か昨日のポストに入っていたような。封筒の表と裏を確認するが、差出人も受取人も書かれていない。誰かが間違えて入れたようにも思えた。

 ゴミ箱に捨てようとする手を浦辺に捕まれる。

 捨てるくらいならくれとでも?


「ナジョーさん、オレが開けてみてもいいっすか?」


 浦辺はイタズラ子供のような悪い笑みを浮かべてこちらを見る。

 断ったところで奪いに来るに違いない。


「……君の好きにしろ」

「イェーイ!」


 楽しそうに鼻歌を歌う浦辺は乱雑に封筒を開ける。中には1枚の便箋とカードが入っていた。

 便箋を開き、残るカードを理玖に手渡す。


「ん?」


 理玖はカードを手に取った……鉄のような重さと冷たい感触でギザギザと切れ込みがある。

 なにか意味があるのだろうかと浦辺が持つ便箋を横からのぞき見た。

 『神の護衛人候補者様へ』などと書かれているが、まず聞いたことがないし身に覚えもない。


「神の護衛人? なんすかねー?」


 浦辺も首をかしげてポケットから取り出した飴を舐め始めた。

 理玖は便せんの続きを読む。


「候補者の皆様には4月X日、神が降り立つその日に決めていただきたいのです。

 ルールは簡単です。カード8枚全て手にしたものが神の護衛人に選ばれます。

 選ばれた護衛人の役割は神を守ること、人との仲介が主な仕事です。

 選ばれた者には報酬が与えられる。神がなんでも願いをひとつ叶えましょう」


 怪しい。見るからに怪しかった。

 これはもしかして新手の宗教勧誘かと疑念を抱く。

 対照的に浦辺はこう言った。


「おもしろそっすね! 気になるっす!」

「はぁ?」


 理玖には欠片も浮かびはしない言葉に唖然とした。

 それよりもなぜ浦辺は乗り気なのか……好奇心が勝るとはよく言ったものだが。

 浦辺は特に気に留める様子はなく、便せんを手に取って目を凝らす。


「日にちはまだ決まってないみたいっすね?」

「確かに見えないが……」


 理玖も気になって確認する。

 日にちだけもやがかかって見えない。不気味だ。

 どんな技術が使われているのか?


「……俺はやらないさ。気になるなら君1人で参加してくれよ」

「え? なんでっすか?」

「新手の詐欺だろうさ。どう見ても怪しいだろ?」

「……じゃあ、本当だったら無視できないっすよね?」


 浦辺は口の中に残っていた飴をかみ砕き、意味深なことを言う。

 まるで本当であることを知っているような言い方だ。


「ナジョーさんは必ず参加するっすよ」

「なぜ言い切れるのさ?」

「神様の力が貰えるのチャンス! 最初で最後かもっす。その意味が分からないほど無知じゃないっすよね?」

「あぁ……」


 理玖は静かに頷いた。

 この島に住む人間には分かる。

 神の島を巡る戦争の歴史は体験がなくとも知っている。だから、神人平和平等条約なんてものができたのだ。

 この話が本当なら、神の力を手に入る機会があるのなら組織も国も動き出すだろうが……。

 まず、候補者とやらに選ばれるのか?

 どのような選考基準かは不明だが、候補者8人の中に選ばれるとは限らないはずだ。

 そこまで危険視する必要はないと思う。


「あ! 今、油断したっすね!」

「……」

「この文章を読む限り、カードを集めた者であれば誰でもなれるようにも受け取れるっすよ?」


 確かに浦辺の考えも一理ある。

 手紙を受け取った者に限定するなどの文字がない……だが考え過ぎのようにも思えた。

 そもそもこの封筒がなければ知り得ない情報だろう。


「いや、まさか……な」


 もし偶然にもこの赤い封筒の存在を知り、片っ端から候補者を殺して奪っていたら……?

 どんなに汚い願いを叶えようとするだろうか?


「ね、参加せざるを得ないっしょ?」

「……」

「あはは、そんなに気負う必要はないっすよ! 護衛人なんて名ばかりな肩書きっす! 途中で(いや)になれば別の人間に押しつければいい……もちろん! オレでもいいっすよ?」

「……君は止めておくさ」


 理玖は即答する。

 どうにもこの男を本当の意味で信用する気になれなかった。特に理由はない。

 強いて言えば浦辺の笑みには含みのある……多分ニヒルだと思う。

 笑顔ではあるんだが、どこか本当の意味で笑っているわけではない冷たさと昔の自分に似た闇に触れている感覚があった。

 浦辺をただの明るい人間だと勘違いしてはいけない。そう脳が警鐘を鳴らしているのだ。


「ダメっすかーー……参考までに理由を聞いてもいいすか?」

「君はヒーローの方がお似合いさ」

「え! マジっすか! すげーいいっすね!」


 浦辺はとても嬉しそうにヒーローポーズを決める。

 理玖は拍手を送った。

 なんてチョロい男なのか。


「オレ、その手紙が気になるんで、ナジョーさんに依頼していーすか?」

「依頼?」

「護衛人がなんなのか、知りたいんすよ!!! この通り!!!」


 浦辺が身を乗り出して、手を合わせて来た。

 理玖は後ろに下がる。

 どうやら、なんでも言うことを聞いてくれる地蔵が何かと勘違いされているようだ。


「あー! ナジョーさんがやってくれないなら勝手に、やっちゃおーーっ!?」


 浦辺が心の声をダダ漏れに、こちらをチラ見してくる。


「…………分かった、分かったさ」


 理玖はため息をついた。

 チョロいのは自分だったようだ。


「やったーーー!!」


 浦辺が小躍りし始める。

 丁度盛り上がっているところに、ロミアがお菓子を持ってきた。


「おはよう〜! 浦辺くん! 理玖!」

「はよー! ロミアさん!」

「ん? 君はなにをしに来たんだい?」


 理玖はロミアがお昼時以外に来ることが珍しくて疑問を投げた。

 それがロミアには癪に障ったようで顔をしかめる。


「なにをしに来たんだいじゃないよー! もうっ! 理玖、お客さんにお茶菓子用意したの?」

「間に合っている……が」


 デスクのお菓子に視線を向けた。

 ロミアの眉がぴくりと動く。むしろ不満があるようだ。


「それは理玖のじゃない!」

「別にこれで構わないだろうさ」

「全然もてなす気がないでしょう!」

「ぐっ……!」

「いい? 女の子をもてなす時はこのくらいしないとね?」


 ロミアが持ってきたお菓子は全て手作りでお店のように綺麗だ。

 カップケーキに小さなイチゴのロールケーキ。ブルーベリーのパンナコッタにプリン。バタークッキーにナッツチョコクッキーなどが、皿が3枚重なったケーキスタンドに乗っかっている。

 これからどこぞの貴族様がいらっしゃるんだ? と、ツッコみたくてもツッコめない迫力があった。


「オレも食べたいっす!」

「もちろん2人の分もあるよ! いっぱい食べてね〜!」

「わーい! いっただきまーす!」


 浦辺はロールケーキを掴み、リスのように頬張る。

 理玖は顔をしかめた。

 朝からこんなに重いものを食えるなんてスゴいなと感心する。


「うまいっすよ! ナジョーさん!」


 浦辺がロミアの料理を食べている時は本物の笑顔な気がするな。

 それだけうまいのか。


「今は……な、後で食べるさ。しかしこれだけの量だ……相当時間がかかっただろう? まさか、昨日寝ずに作ったなんてことはないよな?」

「……そんなにかかんないよー作り慣れてるしー?」


 ロミアは目をそらして口笛を吹き始める。

 明らかにあやしい。無理し過ぎだ。

 前から無茶をするのを直してほしいのだが……頑固で決めたことは最後まで貫くのは変わらないな。

 理玖は鼻で笑い、ロミアに顔を近づけた。

 嘘かどうか確かめるために少し意地悪なことを言ってみる。


「目を見て言ったらどうだ? できたら信じてやるよ」

「うっ……嘘なんてついてないけれどー??」

「そうか、なら問題ないな?」

「……」


 ロミアは仕方なさそうにゆっくりと理玖に目を合わせる。

 そして、気づくことだろう……自分が不利な状況にあることを。

 理玖はロミアの目を間近に見つめる。

 するとロミアの瞬きが少しだけ増えた。

 目も泳ぎ始めて辛抱できなくなったのか弱音を吐く。


「まっ、まだ続けなきゃいけないの?」

「勿論さ」


 理玖は余裕の表情でにこやかに答える。

 見つめているといつもは気づかないことに気づいた。

 触わりたくなるようなさらりとした髪に柔らかそうな肌。引き込まれる目は澄んだ海底が見える海のような青緑だ。

 目の下のクマも見えた。ロミアの頬に優しく触れる。


「やっぱり寝不足だろ」

「ち、ちがうってば! 朝ちょっと時間がなくてメイクに失敗しただけで……」


 ロミアの頬が徐々に赤くなっていく……1人だけサウナにでも入っているようだ。

 よく観察するとメイクは薄く、頬の赤みがとてもよく見える。

 やはり、あのクマは本物に違いない。


「嘘だな……心配させるなよ?」

「理玖だって……」

「逸らしたな?」


 理玖はロミアが目を逸らして言ったのを見逃さなかった。

 素直な反応に思わず笑ってしまう。

 申し訳なさそうに浦辺が手を挙げ、自分の存在を伝える。


「……お2人さん、オレの存在忘れてません? ラブなのは知ってるんで、イチャつくならオレいないとこでしてくださいっす! マジ気まずいっすよ!!!」

「もーむりーーー!!!」


 ロミアは赤くなった顔を隠して叫んだ。

 拳を理玖に向けて放つ。


「おっと」


 理玖は拳をいなす。

 ロミアが頬を膨らませて、タコみたいに口を尖らせる。


「理玖のばかっ……! 避けないでよ! いじわるーー!!!」


 理玖はつい、頬をつまんでしまって、ロミアの機嫌が一層悪くなった。


「むーーー!!」


 インターホンが鳴った。


「「……あ」」


 ロミアと目が合った。

 ハモったことに気まずくなったのかロミアは口をつぐみ、離れる。


「どちらさま……」


 理玖は依頼人を出迎えると、そこには20代前半だろうか? 品があるブラウンの長い髪にメガネをかけた女性だ。

 メガネの奥に美しい赤い宝石のような目を隠している。


「昨日、お電話させていただきました。スフィーナ・ノギア・ワタリと申します」

「南常門理玖です。どうぞ、こちらへ」


 理玖はソファー席を引いて招き入れる。

 ふわりと透明感のある爽やかな香りが席に着いたワタリから香った。

 すかさず、ロミアはワタリにお茶と渾身のお菓子を出した。


「どうぞ、たーんと召し上がってください!」

「ありがとうございます。頂きます」


 ワタリはお茶を口にする。

 所作までも丁寧で美しいお嬢様のようだ。

 ロミアが手作りの菓子を持ってきてくれたおかげで命拾いした。

 もし、そこら辺のコンビニ菓子を差し出せばきっと初見のリアクションをされて深傷を負っていたに違いない。


「ん?」


 浦辺はその間もモグモグと頬張っていた。

 ワタリとは軽く会釈して挨拶を済ませる。

 少し気まずい沈黙の時間が流れた。

 いつもなら空気が悪くなるのを嫌っている様子なのに今日はそれがない。

 元気がないのだろうか……いいや気のせいだ。


「私はここでお茶当番させてもらってますロミア・ラーナスフィスです。なにかお困りごとですか? この人ならなんでも出来るよーどんどん使い潰しちゃって!」


 見かねたロミアはお堅い空気を少し緩和するような言葉を投げた。

 理玖なら上手く返して良い空気を作ってくれることを見越していたのだろう。

 無茶振りが過ぎる。


「おい! 君は他人事と思って……勝手なこと言うなよ」

「いいじゃない? どうせ暇でしょう?」

「まぁ……暇になることに忙しくはあるさ」

「ふっ、ふふふ……お2人は仲がよろしいのですね」


 ワタリは上品に口元を隠して笑う。


「そ、そう見えます?」

「えぇ、とてもお似合いよ」


 ロミアはワタリの言葉に前のめりになって握手を交わした。

 言いにくそうに上目遣いで訊ねる。


「あの! スフィーナちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんよ。私もロミアちゃんって呼んでいいかしら?」

「ぜひぜひ! 呼んで!」

「彼のことも呼び捨てでいいよ! ね! ほら理玖も!」

「は?」


 理玖はあまりに突然のことで固まった。

 いきなりこのコミュ強者の輪の中に入れられた。無理だ。そんなすぐに呼び捨てできるものか! 少なくともロミアと呼ぶにも2年はかかった。


「理玖さんとお呼びしても?」

「……どうぞ、……くっ……ワタリさん」


 引きつった笑顔と消え入りそうな声。情けない。

 だが、声が裏返らないだけマシだ。


「ちょっとそれはないんじゃない? 理玖!」

「待て、いきなりは無理だ。では本題に移らせていただきますワタリさん。ご依頼の内容をお聞かせ願え……」

「こら! 逃げない! せめて謙譲語抜きにしてよ」

「なぜだ?」


 反動で謙譲語になる癖はどうも直らない。これだけは慣れない。

 相手との距離が近すぎると落ち着かないのだ。


「堅い! 堅すぎて、話しづらいの!」

「……善処する」


 理玖は考えもしなかったことをロミアに指摘されて、ほんの少しだけ納得した。

 仕切り直して話を聞くことにする。


「ワタリさん、人捜しとのことでしたね。依頼内容を詳しく聞かせてくれますか?」

「5日前……彼のケリーと小さなことで揉めて、恥ずかしながらカッとなった私が家から追い出してしまったのです。今日も帰ってこなくて、連絡しても返事がなくて……」

「大丈夫よ任せて! 理玖ならすぐに見つけてくれるから!」


 ロミアは泣いているワタリを気遣うように背中をさすった。


「……勝手に期待値上げるようなことを言うなよ。プレッシャーになる」


 理玖はラムネ菓子のタスラを1本咥えると、急に今まで静かだった浦辺が反応を示す。


「あっ、それ、タスラじゃないっすか! うまいっすよね! オレ期間限定レモン味が大好きっす。ナジョーさんはレモン味食ったことあります?」

「……ないが……」

「あげるっすよ!」


 浦辺はごそごそとショルダーバッグを漁る。

 あふれんばかりのいろんな種類の飴……その中からレモン味を理玖に差し出した。


「ありが……? いや、今仕事中だが?」

「ふふっ……面白い方ですね」


 ワタリは浦辺を見て微笑する。

 理玖はそれに違和感を感じていた。

 目は笑っていないような……気のせいか。


「オレはナジョーさんの助手っす!」

「おい、勝手なことを言うな!」


 浦辺はいつも通りの笑顔と自信ありげに自慢する声で返す。


「あら、助手さんなの? 随分と可愛らしい!」

「浦辺桜片っす、浦辺と呼んで欲しいっす! 〝今後ともよろしく〟スフィーナさん?」


 ソファーに座るワタリを見下ろしたまま握手を要求する。

 それに応じたワタリは席を立ち、手を握った。


「えぇ、今後ともよろしくね」


 浦辺とワタリは見つめ合いながら緊迫した空気を漂わせる。

 初対面とは思えない敵意が事務所を戦場のように思わせるほど殺気立っている。

 理玖は背筋がゾクリとするのを感じた。

 ロミアは気づいていないようだ。


「ひとつ、聞きたいっす。彼って彼氏のことっすか? なんで喧嘩したのか詳しく聞きたいっすね」

「ちょっと浦辺くん、デリカシーが……」

「いいの、ロミアちゃん」

「なにが別れる原因になるのか、今後のために勉強しときたいっす!」


 浦辺がソファー席のテーブルに手をつき、体重を半分乗せて興味津々そうに身を乗り出した。

 ワタリはお茶に映り込んだ自分の顔を見て悲しそうに話し始める。


「きっと、言わなくても伝わるなんて夢を見過ぎていたの。日頃の小さな不満が積み重なって……ほんの些細なことで爆発してしまったのね。ちゃんと話し合えていたら違ったのかもしれないわ」

「そっすねー言わないと伝わんないっすよ。どっちも悪いんじゃないっすか?」

「ちょっと!」

「お、おい!」


 浦辺の鋭利に尖った言葉をロミアと理玖が慌てて止める。

 さすがに言い過ぎだ。

 ワタリは俯いていた顔を上げる。

 真っ直ぐ浦辺を見つめてこう言った。


「……えぇ、会って謝りたいの」


 浦辺はその様子を頬杖をつき、ジッと見つめていた。

 まるでなにかを探るような目だ。


「ふーん……ナジョーさん、やってやりましょうよ!」

「あぁ、もちろんそのつもりさ」

「ありがとうございます」


 ワタリの表情が明るくなった。

 ロミアとハイタッチをして喜びを分かち合っている。


「どんな結末になるのか気になってきたっす! オレも調査に混ぜてくださいよ?」

「……断ったところで、勝手に付いてくるだろう?」


 理玖はため息をついた。

 浦辺は満面の笑みを浮かべ、指を鳴らす。


「その通りっす!」


 依頼人スフィーナ・ノギア・ワタリが帰った後、すぐさま調査を始めた。

 依頼人の彼氏であるケリー・ハークについて調査を開始する。

 今回の場合は依頼人から得られる大きな情報はなかった。

 誰にでも優しくて、頼り甲斐のある人……これだけでは絞ることはできない。

 しかも、どんな仕事をしているのか不明だという。

 本当に付き合っていたのか疑いたくもなるが……片隅に置いておくとして。

 ヒントが名前のケリーのみ。

 これでは探しようがない……情報屋に聞くしかないか。

 東部スビアよりのセイトにある情報屋カシアンに向かう。


 ◇◇◇

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