第1章 [B面]『面のない男』②
車に戻って来たキア。
ツラナシは会議室の修羅場を思い出し笑う。
「あはは、カオス過ぎっすね」
「本当に……あの2人は……」
キアは言葉を失っていた。呆れてなにも言えない様子。
しばらくしてなにか思いついたのかツラナシに訊ねる。
「ハージさまの仲間を殺したのはあなたですか?」
「そっすよ」
「なぜそんなことを?」
「あれは最初から使い捨てのつもりっす」
「使い捨て?」
「そ」
ツラナシは平然と告げる。
するとキアがほんの僅かに震えた。
明日は我が身とでも思ったのか? 面白い誤解だ。このままにしておこう。
「目的は南常門理玖に接触し、手っ取り早く信頼を得るためっす」
浦辺桜片に向けられる警戒心を可能な限り無くすため、偶然を装う。
そして、同情できるストーリーも用意した。
せっかくのお膳立てがあの2人に壊されると思うと邪魔で仕方がない。
もうひとつ。いつ南常門が浦辺との出会いに疑問を持ち、あの2人にたどり着くか……リスクはなければない方がよい。
正直、殺したことはなんとも思っていない。そんな意味なんか考えたことはない。
端っから使い捨てられて尚且つ、ツラナシに信者的崇拝をしてくれる都合のいいエキストラを選んだ。
当てはまったのが銀髪の男……名前はなんだったか?
大きな組織の幹部であれば、顔も名前すら覚えていないのは珍しくない。彼も最も下に位置する人間だ。
しかし、ハージは義理人情の男。
どんなに下っ端の言い分でも信じる。生かしておくとこれまた後々面倒になることは分かりきっていた。
殺しても同様だが、ラヴイが口喧嘩をふっかけるだろうから犯人はうやむやになるだろう。
「あの通り死人に口なしにすれば! ま、必要な犠牲っすよ?」
「そこまでして、南常門理玖に接触する理由はなんです?」
「初代に頼まれたんすよ。彼の養父と初代は関係があったみたいっす……敵討ちってやつっすね!」
「敵討ちの協力ですか?」
「そっす。で、もう1人シズキ・ミカゲにも頼まれた仕事もあるっす」
シズキ・ミカゲは西部カチョウの遊郭で一番美しいとされる人物だ。
見た目は中性的で純白の美しい女性だが、声は男のように媚びない低音でギャップがある。
どんな人間も恋の病にかかってしまいそうな罪深き妖艶さ。まるで天使か悪魔のような得体の知れない人物だ。
初代に連れられ会った時には無いはずの心に風が吹いたような……未知の感覚を体感して以来、ミカゲに興味を持った。
「あの未来予知を信じるのですか? 悪魔を呼ぶ者だなんて」
「それを信じるより信じないより、報酬がとてもそそられる……っすね」
浦辺はミカゲに『探し求めるものは必ずこの争いの渦中で見つかる、それが報酬だねぇ』と言われたことを思い出す。
「報酬があるか分からない言い方でしたよね? 私は信用できません」
「確かに……簡単に説明すればそうとも捉えられるっすね。でもミカゲは嘘をついていない、そっちが重要なんすよ」
浦辺にとって、予言は十分な報酬となった。
ルネドの呪縛に終わりが見えただけでも、良い知らせだ。
「?」
「それに……ナジョーさんにも興味が沸いてきたっす!」
子供のように目を輝かせて言った。
南常門理玖の側にいれば退屈せずに済む。
護衛人候補者とその関係者に会うのにも苦労しないだろう。
面白いことこの上ないことが確定しているのだ。
キアはその様子を懸念したようだが忠告する。
「あまり、スペアに感情を抱かないでください。ハージのようになりますよ」
南常門をスペアとはなかなかにうまい。彼そのものを的確に表している。
ツラナシは感情的なハージを思い浮かべて失笑した。
「あはは、ハージか! それはないっすよ」
いっそのこと彼のようになれたら面白いだろう。感情が揺れる感覚を知ってみたいと思う。
だがそれは不可能だ。初代に買われたあの日、既に失くしていた。
ふと思い浮かんだ。
「あ! 最後に誰も残さないエンディングも面白そうっすね!!」
イタズラな笑みを浮かべた。
電話のバイブ音が車内に響き渡る。
「はぁ……先ほどから貴方宛に鬼電が……」
「あっ! 忘れてたっす!」
◇◇◇
ブル街。BAR『Fiction』。24時。
「いつまで待す気ぃや! 自分、夜中の0時過ぎやで!」
カウンター席に1人寂しくツラナシと同い年くらいの西訛りの男が酒を煽っていた。
夜中でもサングラスをかける変わった奴だ。
「いやー掃除が長引いちゃって……立て込んでたんすよ」
「分かった時点で、はよ言えや!」
「報連相うっかりっすわ!」
「まっ、ええわ……ってよぉないわ!!!」
「なに1人で騒いでんすか?」
セルフツッコミ劇場を繰り広げる西訛りの男にツラナシは冷たい視線を送る。
「誰やねん自分! けったいやなー会うたび別人やん! 今日はなに? ツラナシ? ルネド?」
「浦辺っす!」
ツラナシこと浦辺は満面の笑みで答えた。
そして、西訛りの男の隣に座る。
「どっちでもないんかい! ややこしーな、ほなルネドって呼ぶわ」
「浦辺っす!」
「る……」
「アワザ、無い脳天カチ割るっすよ?」
「やー相変わらずやね! 鈍ってないやん!」
アワザと呼ばれた西訛りの男は手を叩いて大袈裟に面白がっている。
おもちゃのシンバル猿みたいでうるさい。
それを白い目で見ると、バーのマスターに向けて挙手した。
「マスター! カルーアミルクひとつ!」
意外過ぎる注文にアワザはジンを吹き出し、二度見した。
「嘘やろ! どないしたん!? スピリタスしか飲まれへんかった酒豪が!」
「ツラナシっすねーそれ! オレはお酒とかあんまっす」
「ハー! 今時女でもミルクはないやろ?」
アワザが音を立ててグラスを置く。
「それどこ情報っすか……偏見過ぎっすよ。ちなみに今時のはなんすか?」
「カシスオレンジちゃう??」
アワザがカシスオレンジを注文しようと手を挙げる。
浦辺はそれを阻止して、こう言った。
「オレはフルーツカクテルよりコーヒーのが好きっすね」
「前と言うてることちゃうやんけ! 酒ならなんでもええんとちゃうんかーい!!!」
アワザは渾身のツッコミを終え、なにか閃いた様子で浦辺に近づいた。
「ほな! スピリタスショットで自腹決めようや!」
浦辺は距離を取る。
ニヤニヤして気持ちが悪い。
「だから、オレ飲めないっすよ!」
「勝ち逃げするつもりか? ボケ!」
「違うっすよ……負け戦はしない主義っす」
アワザは浦辺の言い分を聞く前にマスターに注文をしていた。
「大将! ショット!」
「かしこまりました」
「なにを賭けるつもりっすか?」
「勝ちが飲食代無料と、なんでも質問権でどや?」
「つまんなっ!」
マスターはスピリタスをショットグラスに注いでいく。
バーカウンターに10杯並べられると、アワザがまず1杯を飲み干した。呑めと浦辺へ目配せする。
浦辺は生唾を飲み込み、1杯を手に取って恐る恐る口を付けると、すぐ吹き出してグラスを置いた。
「こんなの消毒液みたいで飲めないっす……よ。負け確なんてやるやついないっすーー!」
「ガハハハ!!! ホンマやーーー!」
シンバルを叩く猿のように笑い転げるアワザは続けた。
「自分役者か!? ストイック過ぎるわ! 情熱◯陸でも見た気分や! めっちゃ感動もんやなー。ほな、お前の奢りなー!!」
「ズルいっすよ!!!」
浦辺は口を拭い、冷や水を口いっぱいに入れた。
「……で聞きたいことがあんねん! 探してた兄弟はおったんか?」
「質問権使ってまで聞きたいことって、たかがそんなことっすか?」
「そないちゃうやろ! 進展あったんか気になるやん? ホンマはどないなってん?」
「見当もつかないっすね」
口直しに飴を舐めながら答える。
こんなことを知って面白いのか疑問だ。
「早く見つけといた方がええよ!」
「なんでっすか?」
明日は槍でも降るのだろう……珍しく真剣なアワザに訊ねる。
「早よせんと、死ぬでーー」
「死ぬってなんすか?」
「せや、お前に見せたいもんがあんねん。めっちゃおもろいでー」
西訛りの男アワザはニマニマと気持ちの悪い笑顔。
これはつまらない話を永遠と聞かされる羽目になると踏んだ。
「なんすか? 土産話は聞かねーすよ」
「なんでや、おもろいのに……人生損するで?」
「しないっすよ。人の生き死により損ってなんすか?」
「……ほな、単刀直入に言うてもええか?」
アワザがカウンターに写真を置いた。
写真には夜中に高級料亭に入っていく3人の男が写っていた。
「化け物揃いっすね!」
1人は顔に刺青の入ったスーツの男だ。
日本のヤクザ楽桜会会長桜崎時雨。不死身の噂がある。
もう1人はピエロの仮面を付けたチャイナ服の人物。赤い髪が目を引く。
アジア最大のマフィア、ルンフイ。
密売組織として有名だが大きな汚れ仕事も請け負う。
他にも面白い噂が、何人もいるロボット説が囁かれる。
ルンフイは神出鬼没の犯罪組織ダウアマンとも組んでいて、ダウアマンは碌でもないグロい手法を好む。
あまり関わりたくはない連中だ。
3人目は写真を見ただけでは判別できない。
なんのために集ったのかさっぱりわからないメンツだが、3人目が誰か予想がつけば手掛かりが掴めるかもしれない。
「厄介やろ? 3人目が誰なんやろなー?」
「これいつの写真っすか?」
「3日前ちゃう? 丁度、自分がなにか始めたやろ?」
「ナジョーさんのことっすか?」
「そのナジョー言うヤツや!」
「偶然ではないっすけど……それより心当たりがあるっす!」
「因果関係が直接あるかは分からないっすけど、その日はライチャス・リベリオンのエネ・ミーバルが島を出て帰ってきた日っす!」
反神派ライチャス・リベリオンは神の支配から解放されるために神を殺そうとする組織である。
「ほな、そいつちゃうか? 3人目!!!」
辻褄が合わないことはない。
これは仮説だ。
エネ・ミーバルが神の護衛人候補者の選考を知っていた場合、桜崎時雨は興味を惹かれて1枚噛もうとするだろう。
あわよくば自分が選ばれれば万々歳。むしろ関わらない選択肢はない。
ルンフイも自分の利益になるなら協力するだろう……だとすればミカゲの予言"悪魔を呼ぶ者"は現実味を帯びてくる。
アワザが『兄弟を早く探せ』という意味も分かった。
「絶体絶命っす……ナジョーさんもみんな殺されちゃうかも? えぐいっすねーー!!!」
「自分……こわーっ! 笑ってるようにしか見えへんわ!」
若干引いているアワザの肩を掴む。顔を近づけて耳元で囁いた。
「アワザに頼みたいことがあるっす!」
「なんや?」
「ナジョーさんの監視!」
「な!? はぁ!? 自分がやれや!!! どアホ!!!」
BARにアワザの声が響き渡った。
小声の意味がなくなり、どうでも良くなってきた。
「オレは面倒な女に目をつけられて動けないっす。オレが監視出来ない間の代わりをしてほしいんすよ!」
「せやかて、なんでや!?」
アワザは小さな声で浦辺に訊ねる。
「ナジョーさんに関わる人間を監視するヤバい組織もいるんすよ? オレも今日も尾行されてたっす!」
「ハー? 部下に頼めや!!」
「こんなことアワザにしか頼めないんすよ! 外部なんで使いやすいし信用もできる優れものなんすから!」
「裏がありそやな? 持ち上げてなに頼む気ぃや?」
浦辺は少し間を取り、真っ直ぐアワザを見てにこやかにこう言った。
「監視の他に要らなくなったらちょっと片付けもしてほしいっす!」
「は? 要らなくはならんやろ? 片付けってなんでや?」
アワザはピンと来ていないようで首を傾げる。
片付けをそのままの意味で受け取ったら誰だってこの反応だ。
「使い物にならなくなったり、死にかけてたら殺せ……という意味っすよ」
「血も涙もないんか……自分!!」
「正直いない方が都合がいいっす。オレはひとりのが向いてるんで」
浦辺はもうひとつ飴を舐める。
いっそ、候補者に成り代わるか。
悪魔を呼ぶ者が望む未来を見てみたい。
「可哀想なやつやん! 孤独な怪物や……!!!」
アワザは鼻をすすりながら、強引に浦辺と肩を組む。ショットグラスを9杯呑み泣き上戸だ。
勝手に妄想して感情移入までしてくるとは浦辺は理解に苦しむ。
「今日は呑も! 呑んで忘れよかーーー!!!」
「だから……オレ……呑めないっす」
この後の介抱するであろうことにため息をついた。




