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第1章②『面のない男』

 東部スビアの南、セイト街。夜の21時。

 ここはブル街より小さく、海に近い。街のほとんどが倉庫で埋め尽くされているため、別名倉庫街と呼ばれる。

 人気(ひとけ)がなく静かで、犯罪者達のたまり場。密会や取引によく使われる。


 4番倉庫前、街灯の下。

 2人組の男が人を待っていた。


「おせーじゃんよ」


 ピアスをした20代前半の男が待ちかねた様子で愚痴をこぼすと、隣にいた銀髪の20代後半男がなだめている。


「ツラナシさんはお忙しい方……仕方のないことです。生で一度お目にかかれるなんて、今日は命日に違いありません」

「はぁ? キモヲタ過ぎじゃんよ。てか、どんな相手かも分かんねーのに、よくそんなテンションでいられんな。顔も分かんねーのによ」

「……憧れですから」

「はぁ?」


 心底理解できないようでピアス男は呆れてため息をつく。

 すると、2人に近づいてくる足音が聞こえた。


「こんばんはっ!」


 現れた人物は意外と若そうな声をしている。暗闇で顔までは見えないものの。

 ピアス男は目を細める。銀髪男も。


 そしてついにーー、その顔を見た!

 2人は目を見開く。そこには見覚えのある顔があった。


「おっ、お前は!!!」

「てめぇ!」

「……3日ぶりっすね、元気してました?」


 3日前に殴った10代後半くらいの金髪の青年ではないか!

 動揺した2人は口々に言う。


「なんでここにいんだ!」

「う、まさか! そんなはずありません!」

「なにがっすか? おかしなことはなにひとつない。見たままっすよ」


 金髪の青年(ツラナシ)は淡々と満面の笑顔で告げた。


「お前がツラナシさんのはずがない!」


 銀髪の男が怯える目で青年(ツラナシ)を見て、汗をダラダラとたらす。

 もし青年がツラナシだとすれば、自らの不敬な行いを詫びても許されないと過ぎったのだ。


「いや、オレなんっすよ。あ! 威厳なさ過ぎて信じらんないっすよねー」


 ツラナシはルネド幹部にして唯一、顔が知られていない。それは情報屋でスパイのような役割だからとされる。


「違う! お前な……わけが!」

「あぁ、オレにしたことの重大さに現実逃避したくなっちゃった? ダイジョーブ! オレはそんなことで怒んないっすから。むしろ感謝してるっす!」

「え?」

「あ?」


 銀髪男は突然の感謝の言葉に戸惑い固まる。安堵したのかもしれない。

 ピアス男も飲み込めない状態だ。そのわずかな隙を青年(ツラナシ)は見逃さなかった。

 ツラナシは後ろに隠していたバールをバットのように構え、ニカっと不気味に笑う。次いでピアス男の顔面をぶっ飛ばす。倉庫の外壁に当たって、ゴロゴロと転がった地面には赤い液体が飛び散る。ピアス男はピクリとも動かなくなった。


「いやー飛ぶっすね! でもやっぱ人間でホームランは無理っすわ!!!」

「は?」


 ツラナシはただ純粋な野球をやっているように悔しがるものだから、銀髪男はわけも分からずに立ち尽くす。


「く……狂ってる」


 隣に立っていたはずの仲間が消え、残された銀髪男はやっと状況を理解して震える。潤んだ目をした生まれたての子鹿のようだ。

 ツラナシはそれをいい反応だと愉悦する。


「あー……このことは他言無用にできます?」

「ハイ!」


 銀髪男は面白いほど即答する。それがおかしくて、ツラナシは吹き出した。


「あはは! たとえ()()()のお気に入りでも……ダメ、かもっすね?」


 ツラナシは殴った反動で手が痛いそぶりを見せる。バールをけだるそうに持ち上げると、ようやく銀髪の男は命の危険を察し逃げた。その後をツラナシはジリジリと追いかける。


「あっ! その先には回収車がっ……なーんて、運ぶ手間が省けて嬉しいっすね!」


 アスファルトを引きずる音。ツラナシは鼻歌まじりにスキップする。もう追いついた。バールが届く範囲、銀髪男を目掛けるーーが、おかしなことにバールが重い。ツラナシは振り返る。


「バーカ! 死んでねぇ、クソが!」


 血まみれ息も絶え絶えのピアス男がツラナシの背後からバールを掴んでいた。


「グース!!!」


 銀髪男はピアス男の名前を呼んだ。希望に満ち溢れた表情に戻っていく。

 ツラナシはそれに冷たい目を向け、失望したような表情を浮かべる。


「……再会おめでとーっすね。でも、つまんねーな」


 ツラナシのゾクリと内臓に響くような声。

 ピアス男は狼狽え、バールを掴む手が緩む。バールが完成に手から離れる。ツラナシのバールはもう既にピアス男の顔面に届いていた。球体(アタマ)は原型をなくして歪に成り果てる。骨が割れる音が聞こえる前に銀髪男は逃げていた。


「はーっ! また追いかけっこっすか……いやーもう飽きてんっすわ」


 ツラナシはため息をつく。ただの作業となり、なんの面白みもない。銀髪男の背骨めがけてバールを振った。男が痛々しく泣き叫ぶ。その耳障りな音が止むまで、その男の頭を殴り続けた。

 ぴたりと止んだときにはもう原型が分からなくなってしまった。骨が砕け、皮膚からむき出しになっている。穴という穴から血が噴き出すその様は、まるで水風船が割れたみたいだ。


「はーーっ!!!」


 ツラナシは回収班に後処理を任せて、黒塗りのワゴン車を通り過ぎる。


「片付けも終わった……」

「ちゃっかり、帰ろうとしないでください」


 ツラナシは呼び止められ、振り返る。

 10代後半の女性。黒スーツに身を包み、肩より長い茶髪をなびかせ、メガネをくいっとあげる。

 専属秘書キア・グレイスだ。


「あはは、やっぱダメっすか?」

「えぇ」


 渋々ツラナシが車に乗り込む。運転席で秘書のキアがファイルを開き、内容を確認した後車を走らせる。


「お疲れ様です。ツラナシ様、この後のご予定ですが……」

「あーそれっすか、適当にごまかしといて」

「出来ません。今日こそは会議に出席していただきます」

「いや、オレ(ツラナシ)はでないっすよ」

「……あの魑魅魍魎(ルネド幹部)に私だけ……すごく気まずいのです」

「オレもムリっす! キアにしか頼めないっすよーいつも完璧な仕事をしてくれるキアにしか任せられないっす。この通り! ね?」


 ツラナシは仏にでも拝むように懸命に頼み込む。


「……は……ぁ」


 キアはため息交じりに用意していたと思われる書類をファイルに入れ、近くの路地に車を停めた。時計を確認し路地の中へ入っていく。


 キアはツラナシ専属秘書でルネド幹部の会議に代理で出席する。おかげで顔バレを回避でき、()()()()()()()を演じることができる必要不可欠な人材だ。


 ツラナシは車内で見送って、すぐさまパソコンを開く。幹部会議の監視カメラを見ればすでに3人集まっていた。


「頃合いっすねー!」


 ビデオ通話アプリに()()()と表示されたボイスチェンジャーをオンする。声を隠し、もちろん自分の姿も映さず。通話ボタンを押した。


◇◇◇


 東部スビア、路地D深部。ルネド会議。時刻は21時56分。

 暗い部屋に円卓。3人のメンバーが座っていて、右から順に始末屋ハージ、流し屋ルギ、貿易ラヴイ・ナナ、情報屋ツラナシはまだ来ていない。彼らにだけスポットライトが当てられていた。

 その中の一人、満身創痍(全身傷だらけ)30代の男ハージが待ちきれず、貧乏ゆすり。たまらず、後輩の愚痴をこぼした。


「まーた、ツラナシだけが来ねーな! 偉そうなクソ後輩だ!」

「フン! ほっんとそう! (わたくし)を待たせるなんて処刑ものだわ。まっ、顔出しできないほどうす汚いブス顔でしょう? 現れて私の目を腐らせても殺すわ」


 ハージに続いて同意したのは、ピンクとブラックのフリルのゴスロリ服を着た少女ラヴイ。ピンクの瞳にカールした髪。左目に眼帯をつけている。

 ラヴイはハージを睨みつけ、攻撃的な言葉を続ける。


「それとハージ、アンタのしゃがれ声は不快だわ。まるで蚊の生まれ変わりね、さっさとくたばれば?」

「あ? 蚊だぁ? ……てめぇ、何様のつもりだ。自分ばっか棚に上げやがって、似合ってねーんだよ、クソブス。レタスみてぇな服着てんじゃねーぞ! 暑苦しい! そんでもって服の色で目がチカチカすんだよ!」

「プッ、クソジジィ化が進行してんじゃない? いい気味!」

「んだと?」

「……」


 ラヴイとハージの口喧嘩がヒートアップしていくなか、我関せずとパーカーのフードを目深に被ったルギは穏やかに目を閉じる。

 そこへ、ツラナシ代理で来た秘書のキア・グレイスが静かに席に着く。

 メンバーが揃ったところで円卓中央のモニターから声が聞こえてきた。


『諸君、お集まりいただき誠にありがとう……』

「前置きはいい、さっさと本題に移れ。聞きてぇことがあんだ!」


 ハージが苛立ちを露わに声を上げる。


『おや、なにかね?』

「ルネド2代目、アンタは神のクソ野郎から通知された()()()()()候補者についてどう思う?」

『ほう、私もそれに関して話がしたかったのだ』


 ツラナシはハージから投げかけられた質問にモニター越しに良い質問だと感心した。


 ()()()()()とは神と人の仲介役、人から神を守る役割でもある。似たような役割は昔からいた……そいつは天使と呼ばれる。

 ではなぜ天使がいるにも関わらず、人間の中から選考する必要があるのかというと、()()()()()()()()が関係している。


 ()()()()()()()()は、人と神が正しい距離で平和を保つために結ばれた。

 具体的に神は人との友好の証として、自らの強大な力を2冊の神書に封印し、かつての天使の役割(神の護衛人)を人に任せた。

 それに応えた周辺国は神に不可侵を約束し、人は平和の犠牲になった神を守ることを約束した。

 これにより、国同士の争いはなり争いを避けられたはずだった。


 現在は別の問題が起き始め、複雑化してきている。神の護衛人のことだ。

 友好の証なんて可愛いものに収まるはずがない。それは()()()が関係している。

 護衛人に選ばれた人間は『願いがなんでも1つ叶えられる』という神が余計なおまけを付けたことで、人間同士の争いが起きようとしていた。どこの組織も黙っていないだろう。血が流れるのは避けようがない。


 ルネドとしてはーー、


『……我々はこの件には関わらない』


 すかさず、ハージがテーブルを叩き立ち上がった。


「あ? んなわけにはいかないでしょうがよー2代目。俺達はこの島で起きることの全てを管理する責任があんだ。てめぇ、初代を裏切んのかよ!」

『落ち着きたまえ、君がなんと言おうが私は意見を変えるつもりはないさ。我々は傍観に徹するのだ』


 今回は条約内のこと、口出しも手出し無用だ。

 ルネドは人と神の均衡を保つための組織に過ぎない。条約に従い、背くものは神だろうが人だろうが全て消してきた。島に害す者も排除した。が、条約を変える権限はないし、直接神と交渉することもできない。

 新たな神の護衛人が選ばれるまで見守ることくらい。


『……が、勿論。この護衛人選定を邪魔立てする者は排除することに変わりないだろう』

「おう! 面白くなってきやがった!」

『この件はツラナシに一任する。キア頼む』

「……はい」

「またアイツかっ!」


 ハージはツラナシ代理秘書キアを睨みつける。

 ラヴイが退屈そうに毛先をいじり、ハージに続いて愚痴をこぼす。


「ツラナシばっか、ズルーい!!! 私もやりたいわ!」

『君たちはいい意味で顔が割れている。今回だけは不利になるのさ』

「どうして?」

『この件はセキュティノ教会が必ず接触してくるだろう。奴らと必要以上の揉め事は避けたいのだ』


 セキュティノ教会は世界神を信仰していて、世界神から生まれた全ての神を保護管理し、世界の均衡を保とうとしている。

 表向きは人も神も守ろうとする真逆の存在だが、裏では神に害をなす人間達を処刑する存在である。さらに悪魔退治もする人間離れした力を持つ者もいるらしい。

 ルネドとしてはあまり戦いたくはない相手だ。条約に基づき行動し敵対したこともあってか、敵意を向けられているわけだ。


「つまんない! 私も候補者狩りを楽しみたいわ!」

「テメェの血の気が多いせいじゃねーか!?」


 口を尖らせるラヴイにハージがツッコんだ。


「は? アンタの方が野蛮だわ。まるで私が野蛮であるかのように言わないでもらえる?」

「事実を言っただけだぜ!」


 ハージが人のせいにするのでラヴイの眉間のしわが増えてしまう。

 2人の言い争いはしばらく続いたが、締めに貶し合い言葉をお互いに投げ終わると静かになった。

 ハージは思い出したようにモニターを睨みつける。


「おい、2代目。ずいぶんとツラナシに肩入れやがるな? アイツは一体何者だ。俺らに内緒でなにおっぱじめるつもりだ?」


 ハージはルネド2代目を信頼していないようだ。全てを疑うようなトゲのある口調がずっと続いている。


『深い意味はない。彼は君たちより使いやすいただそれだけさ』

「納得いかねーぜ!?」

『……この件は初代から直々の依頼である。ツラナシに任せると……これ以上は口止めされているのだよ』

「えー本当に!?」

「マジか、初代が関わってんのかよ!」


 2人は初代の依頼と聞いて大人しくなる。

 ルネドは彼らを蔑ろにしているわけではない。彼らに任せている仕事が滞る方が問題だ。


『初代の頼み事をしくじるわけにはいくまい? 君なら分かってくれるだろう?』

「あぁ、もちろん」


 ハージはおとなしく席に座った。


『では、決まりだ』

「異論なし!」

「お開きねー!」


 すると、連絡部隊の1人が走ってきた。ただ事ではない青ざめた顔。


「ハージさま、お伝えしたいことがございます!」

「なんだ? もう少しで会議終わんだぜ? あとにしろ!」

「緊急です、仲間が……!」


 ハージは連絡部隊の声に耳を傾けると、2人の訃報が伝えられた。動揺したのか、怒りが収まらないのか、拳が震えている。

 その様子を見てラヴイがあざ笑う。


「アハッ! ざまぁ!」

「テメェやりやがったな!」

「たぶん? 私はじゃないわ……でも目に見えない蚊のお仲間なら別ね。気づかないうちに潰しちゃったかも?」

「んだと……こら! ガキだと見逃してやってたが、もう我慢の限界だ! うちの仲間が死んでんだぞ!」

「仲間? そんなのいくらでも替えがきくじゃない? 弱いヤツは死んで当然よ!」


 再び加熱する2人の言い争いは珍しく終わりが見えない。5分以上は続き、ルギも既にいなくなっている。続けて代理秘書キアも退室した。


『本日の会議はこれにて終了とさせていただきます』


 アナウンスが流れるも2人は止まらない。最後までこの言い争いを見届けた者はいなかった。


◇◇◇


 車に戻って来たキアにツラナシは会議室の修羅場を思い出し笑う。


「あはは、カオス過ぎっすね」

「本当に。あの二人は……」


 キアは言葉を失っていた。呆れてなにも言えない様子。

 しばらくしてなにか思いついたのかツラナシに訊ねる。


「ハージさまの仲間を殺したのはあなたですか?」

「そっすよ」

「なぜそんなことを?」

「あれは最初から使い捨てのつもりっす」

「使い捨て?」

「そ」


 ツラナシは平然と告げる。

 するとキアがほんの僅かに震えた。明日は我が身とでも思ったのか? 面白い誤解だ。このままにしておこう。


「目的は南常門理玖に接触し、手っ取り早く信頼を得るためっす」


 浦辺桜片に向けられる警戒心を可能な限り無くすため、南常門自らが関わるように偶然を装い、同情できるストーリーも用意したが、この先あの2人は邪魔になる。

 いつ南常門が浦辺との出会いに疑問を持ち、あの2人にたどり着くか……。

 リスクはなければない方がよい。正直、殺したことはなんとも思っていない。

 端っから使い捨てられて尚且つ、ツラナシに信者的崇拝をしてくれる都合のいいエキストラを選んだ。

 当てはまったのが銀髪の男……名前はなんだったか? 大きな組織の幹部であれば、顔も名前すら覚えていないのは珍しくない。彼も最も下に位置する人間だ。

 しかし、ハージは義理人情の男だ。どんなに下っ端の言い分でも信じる。生かしておくとこれまた後々面倒になることは分かりきっていた。殺しても同様だが。


「あの通り死人に口なしにすれば! ま、必要な犠牲っすよ?」

「そうまでして、南常門理玖に接触する理由はなんです?」

「初代に頼まれたんす。彼の養父と初代は関係があったみたいっすね」

「もう1人、シズキ・ミカゲにも頼まれた仕事もあるっす」


 シズキ・ミカゲは西部カチョウの遊郭で一番美しいとされる人物だ。

 見た目は中性的で純白の美しい女性だが、声は男のように媚びない低音でギャップがある。どんな人間も恋の病にかかってしまいそうな罪深き妖艶さ。まるで天使か悪魔のような得体の知れない人物だ。

 初代に連れられ会った時には無いはずの心に風が吹いたような……未知の感覚を体感して以来、ミカゲに興味を持った。


「あの未来予知を信じるのですか?」

「信じるより信じないより、報酬がとてもそそられる……っすね」

「報酬があるのかないのか分からない言い方でしたよね? 私は信用できません」

「確かに……簡単に説明すればそうとも捉えられるっすね。でもあの人は嘘をついていない」

「?」

「それに……ナジョーさんにも興味が沸いてきたっす!」


 ツラナシは子供のように目を輝かせて言った。

 南常門理玖の側にいれば退屈せずに済む。護衛人候補者とその関係者に会うのにも苦労しないだろう。面白いことこの上ないことが確定しているのだ。

 キアはその様子を懸念したようだが忠告する。


「あまり、スペアに感情を抱かないでください。ハージのようになりますよ」


 南常門をスペアとはなかなかにうまい。彼そのものを的確に表している。

 ツラナシは感情的なハージを思い浮かべて失笑した。


「あはは、ハージか! それはないっすよ」


 いっそのこと彼のようになれたら面白いだろう。感情が揺れる感覚を知ってみたいと思う。

 だがそれは不可能だ。初代に買われたあの日、既になくしていた。

 ツラナシはなにか思い浮かんだようで、いたずらな笑みを浮かべる。


「……最後に誰も残さないエンディングも面白そうっすね」


 電話のバイブ音が車内に響き渡る。


「はぁ……先ほどから貴方宛に鬼電が」

「あっ! 忘れてたっす!」


◇◇◇


 ブル街。BAR『Fiction』。24時。


「いつまで待す気や! 自分、夜中の0時過ぎやで!」


 カウンター席に1人寂しくツラナシと同い年くらいの西訛りの男が酒を煽っていた。


「いやー掃除が長引いちゃって……立て込んでたんすよ」

「分かった時点ではよ言えや!」

報連相(ほうれんそう)うっかりっすわ!」

「まっ、ええわ……ってよぉないわ!」

「なに1人で騒いでんすか?」


 セルフツッコミ劇場を繰り広げる西訛りの男にツラナシは冷たい視線を送る。


「けったいやな自分。会うたび別人やんけ! 今日はなに? ツラナシ? ルネド?」

「浦辺っす!」


 ツラナシこと浦辺は満面の笑みで答えた。

 そして、西訛りの男の隣に座る。


「どっちでもないんかい! ややこしーな、ほなルネドって呼ぶわ」

「浦辺っす!」

「る……」

「アワザ、ない脳天かち割るっすよ?」

「やー相変わらずやね! 鈍ってないやん!」


 アワザと呼ばれた西訛りの男は手を叩いて大袈裟に面白がっている。

 それを浦辺は白い目で見ると、バーのマスターに向けて挙手した。


「マスター! カルーアミルクひとつ!」


 意外過ぎる注文にアワザはジンを吹き出した。


「嘘やろ! どないしたん!? ショットしか飲まんかった酒豪が!」

「ツラナシっすねそれ。オレはお酒とかあんまっす」

「ハー! 今時女でもミルクはないやろ?」

「それどこ情報っすか……偏見過ぎっすよ。ちなみに今時のなんすか?」

「カシスオレンジちゃう?」

「オレはフルーツカクテルよりコーヒーのが好きっすね」

「前と言うてることちゃうやんけ! 酒ならなんでもええとちゃうんかーい!!!」


 アワザは渾身のツッコミを終え、なにか閃いた様子で浦辺に近づいた。


「ほな! ショットで自腹決めようや! あとなんでも質問権な?」

「だからオレ飲めないっす」

「勝ち逃げするつもりかボケ!」

「……負け戦はしない主義っす」


 アワザは浦辺の言い分を聞く前にマスターに注文をしていた。


大将(マスター)! ショット!」

「かしこまりました」


 マスターはスピリットをショットグラスに注いでいく。

 バーカウンターに10杯並べられると、アワザがまず1杯を飲み干した。呑めと浦辺に目配せする。

 浦辺は生唾を飲み込み1杯を手に取った。恐る恐る、口を付けるとすぐグラスを置いた。


「こんなの消毒液みたいで飲めないっす……よ。負け確なんてやるやついないす」

「ガハハハ!!! ホンマやーーー!」


 シンバルを叩く猿のように笑い転げるアワザは続ける。


「自分役者か!? ストイック過ぎるわ! 情熱◯陸でも見た気分や! ほな、お前の奢りな!」

「ズルいっすよ!!!」

「で聞きたいことがある! 探していた兄弟はどないしたん?」

「質問権使ってまで聞きたいことって、たかがそんなことっすか?」

「そんなことちゃうやろ! で、ホンマはどーなんや?」

「見当もつかないっすね」


 浦辺は口直しにあめを舐めながら答える。


「早く見つけといた方がええよ」

「なんでっすか?」


 珍しく真剣なアワザに浦辺は訊ねる。


「せや、お前に見せたいもんがあんねん。めっさおもろいでー」


 西訛りの男アワザはニマニマと気持ちの悪い笑顔だ。

 これはつまらない話を永遠と聞かされる羽目になると踏んだ。


「なんすか? 土産話は聞かねーすよ」

「……ほな単刀直入に言うてええか?」


 アワザがカウンターに置いた写真には夜中に高級料亭に入っていく3人の男が写っていた。


「化け物揃いっすね!」


 1人は日本のヤクザ楽桜会(がくおうかい)会長桜崎(おうざき)時雨(しぐれ)

 もう1人は楽桜会と盃を交わしたアジア最大のマフィア ルー・ジン。彼は神出鬼没の犯罪組織ダウアマンとも組んでいる。

 ダウアマンは碌でもないグロい手法を好む。あまり関わりたくはない連中だ。

 3人目は写真を見ただけでは判別できない。

 なんのために集ったのかさっぱりわからないメンツだが、3人目が誰か予想がつけば手掛かりが掴めるかもしれない。


「厄介やろ?」

「これいつの写真っすか?」

「3日前ちゃう? 丁度、自分なんか始めたやろ?」

「ナジョーさんのことっすか?」

「せや!」

「偶然ではないっすけど。それより気になることがあるっす!」

「因果関係が直接あるかは分からないっすけど、その日はライチャス・リベリオンのエネ・ミーバルが島を出て帰ってきた日っす!」


 反神派ライチャス・リベリオンは神の支配から解放されるために神を殺そうとする組織である。


「ほな、そいつちゃうか? 3人目!!!」


 辻褄が合わないことはない。

 これは仮説だ。エネ・ミーバルが神の護衛人候補者の選考を知っていた場合、桜崎時雨は興味を惹かれて一枚噛もうとするだろう。あわよくば自分が選ばれれば万々歳。むしろ関わらない選択肢はない。ルー・ジンも自分の利益になるなら協力するだろう……だとすればミカゲの予言は現実味を帯びてくる。

 アワザが兄弟を早く探せという意味も分かった。


「絶体絶命っす……ナジョーさんもみんな殺されちゃうかも? えぐいっすねーー!!!」

「自分……笑ってるようにしか見えへんわ!」


 ツラナシは若干引いているアワザの肩を掴むとこう言った。


「アワザに頼みたいことがあるっす! ナジョーさんの監視!」

「な!? はぁ!? 自分がやれや!!! どアホ!!!」


 BARにアワザの声が響き渡った。


「オレは面倒な女に目をつけられて動けないっす」

「なんでや!?」

「ナジョーさんに関わる人間を監視する組織でもいるんすよ? 今日も尾行されてたっす」

「ハー? 部下に頼めや」

「アワザは外部なんで使いやすいし信用もできるっす」

「……裏がありそやな? 持ち上げて、なに頼む気や?」

「監視の他に要らなくなったら片付けもしてほしいっす!」

「は? 要らなくはならんやろ? 片付けってなんや?」

「使い物にならなくなったり、死にかけてたら殺せ……という意味っすよ」

「血も涙もないんか……自分」

「正直いない方が都合がいいっす。オレはひとりのが向いてるんで」

「可哀想なやつやん! 孤独な怪物や……!!! 今日は呑も! 呑んで忘れよかーーー!!!」


 ショットグラスを9杯呑み泣き上戸だ。アワザは鼻をすすりながら、強引に浦辺と肩を組む。


「だから……オレ……呑めないっす」


 浦辺はこの後の介抱するであろうことにため息をついた。

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