第4章 [A面]『四面楚歌』②
◯変更のお知らせ
『ルー・ジン←ルンフイ』と変更になります。
ジンという名前が二人いて紛らわしいというのが変更理由です。
エーサイドホテル1階カフェ。
暖色の間接照明で薄暗く、落ち着いた雰囲気のクラシックが流れている。
理玖は依頼人を探していた。
容姿について聞けなかったため難航している。
幸いカフェに人は少なく、すぐ気になる人物を発見した。
オドオドと辺りを気にしたり、震えている人物が目に入った……恐らくは。
「ハシュ・ユノさんですか?」
「ひゃいっ!?」
その男は俯いたまま、飛び跳ねるエビのような反応をした。
肩をすくめてマジマジとこちらを見てくる。
「驚かせてすまない、俺が南常門理玖さ」
理玖は安心させるためにいつも以上に、ゆっくりと丁寧な口調を意識した。
すると、ハシュが緊張して強張っていた肩を撫で下ろした。
「あっ……ほ、本当に来てくれるんですね……」
「冗談で助けると言わないさ。それに他人事とは思えない」
「えっ?」
ハシュが顔を上げて、目に光が宿る。
理玖はさらに安心させるために候補者であることを打ち明けることにした。
「俺も候補者なのさ」
「……そう、なん、ですね」
ハシュが絞り出したような声を発した後、目を逸らして俯いた。
理玖は頭を掻く。
候補者であることを明かしたことで、逆に警戒された気もする。
ここは隠した方が良かったのだろうか?
いや、それは嘘になる。
正直に話したのは間違いではないはずなのだが、イマイチ反応が良くない。
不思議に思いながらも、どうにか彼を安心させるように本心を伝えるだけだ。
「心配しなくても大丈夫さ。カードを奪ったり、殺したりしない」
「ありがとう、ございます……少しだけ、元気出ました」
ハシュが伏目がちに頭を上げた。
なにやら言いたいことがあるようだが、口をつぐんで諦めたような顔を見せる。
だが、こちらと目が合ったのをきっかけに口を開いた。
「あの! ナジョウトさん。僕は貴方とは争いたくはない……です。協力関係になってくれませんか?」
「あぁ、勿論そうしよう」
ハシュに握手を求められて、理玖はすぐ応えた。
10分後、ビーサイドホテル904号室にハシュを連れて戻る。
理玖はドアをノックした。
「南常門理玖だ」
「あら、早かったわね」
スフィーナが出迎えてくれた。
部屋に浦辺とロミアは見当たらない。
少し後悔と心残りが尾を引いている。
意地になり過ぎた自覚はある……次に顔を合わせたら謝るべきだな。
スフィーナが紅茶を淹れて、3人分のティーカップをテーブルに置いた。
理玖は背後に隠れているハシュの代わりに紹介する。
「彼は依頼人のハシュだ」
「スフィーナよ。よろしく」
スフィーナがハシュに視線を向ける。
「ひっ……! よ、よろしくお願いします……ハシュです」
ハシュは声を裏返す。震えながら歪な笑顔も浮かべた。
スフィーナが微笑みティーカップを差し出す。
「せっかくだから、淹れたてをどうぞ?」
「は…………い」
ハシュは一度躊躇って手を引っ込めたが、スフィーナと目が合うと渋々ティーカップを口に運んだ。
その隙にスフィーナが理玖の肩を叩いて来た。
「ん? なにさ?」
「理玖、2人で話したいことがあるわ」
理玖は耳元で囁かれて、内緒話だと理解した。
ソファーでカップ片手に固まっているハシュを見る。
「2人でかい?」
「えぇ」
理玖はスフィーナの後を追い、隣の906号室に移動する。
2人きりになり、彼女が口を開く。
「作戦会議もするべきだわ」
「も?」
理玖は首を傾げると、彼女はソファーに腰掛けて微笑んだ。
「ふふっ、あなたは今日どう過ごすつもりかしら?」
襲撃があった後にも関わらず、呑気に過ごすつもりかと叱られているようだ。
流石に危機感はある。
カードを守りきるのに全くの無策でもない。
しかし、迷いがあった。
「……俺はホテルを出るべきだと思う」
「アテはあるのかしら?」
「……」
理玖は口籠る。
具体的にどこに隠れれば見つからないだろうか?
これだけはどうにも……良い案が浮かばない。
「下手に動くより、このホテルで夜を明かしましょう」
理玖は驚いた。
移動することしか頭になかったからだ。
どうやら今日は調子が悪い。
脳が疲弊しているようだ。
しかし、留まることにリスクもある。
「……カードが1ヶ所に留まるのは危険と思わないかい?」
「えぇ、そうね。けれど移動し続けるよりもメリットとして体力が温存できる上に、交代で休むことができるわ」
理玖は確かにと頷く。
あの大男との戦いで余力はゼロに近しい。
今後の戦いにも備えて今は休むべきだ。
それにーーー、
「外からの接触も最低限になるか」
理玖はあくびをして、ソファーに座る。
瞼が重い。
今日ほど1日中、忙しなく動くことなんてほとんどなかったので疲れが出てきたようだ。
「休んだ方がいいわね」
「あぁ……その前にいくつか君に聞きたいことがある。まずは本当に記者なのかい?」
「いいえ」
彼女があっさりと記者ではないことを認める。
しかし、今まで嘘をついていたのに、正直に話したのになぜか?
浦辺が理由なのか?
……到底それだけとは思えないが。
「一体、何者なのさ?」
「私はセキュティノ教会のS・C。ミカエルの称号を授けられたスノワ・ヒジリよ」
彼女が首元のネックレスを見せてきた。
それは胡蝶蘭と竜の彫刻が施された銀の鍵だ。
もし彼女が本物の証明に見せたとしても理玖にとっては初めて見るもので、判断材料にならない。
であれば、なぜ見せたのだろうと不思議だ。
「セキュティノ教会? それは本当かい?」
理玖は首を傾げて聞き返す。
そんな名前の教会は聞いたことがない。
ミカエルとは天使の名前か。
「えぇ、私たちは世界中の神を保護する組織よ。この候補者争いに犯罪者が介入しようとしているのを止めに来たのよ」
「なるほど」
聞いたことのない教会だ。
犯罪者というのが具体的に誰を指すのか見当もつかないが、少なくとも敵ではないようだ。
「証はここに、竜の瞳を覗いて見て」
彼女が赤い宝石が埋め込まれた竜の目を指す。
理玖は言われた通りに覗き込んだ。
「なっ!?」
宝石の中にはこの世のものとは思えない……純白の美しい者がいた。
脳には認識できないが、おそらくこれが神であると直感した。
目が合った途端に身体が恐れ慄き1歩、2歩と後ろに下がる。
「あなたにも見えるでしょう?」
「これは一体!?」
心臓が握られたような……本能が畏怖を感じ、冷や汗が止まらない。
「見ての通り、神様よ?」
「……どうして……この中にいるのさ!」
理玖は心臓を押さえながら、恐る恐る訊ねた。
「ふふふ、違うわ。この宝石から天界が見えるのよ」
天界? 一体どういう理屈で見えるのかは分からないが、聞いてもはぐらかされてしまうだろう。
それにしても天界というところはとても眩く、真っ白な場所のようだ。
「ね、これで信じてもらえるかしら?」
「……十分さ」
神を感知できる能力がなくても、本能に訴えかけられた。
それが本当に神かは置いておいても、ただの人間がこんな代物を持っているはずがない。
「私は護衛人候補者が正しく選ばれるためにここにいるわ。あなたの味方よ」
「それは心強い……」
スフィーナの目は嘘をついていないように見える。
完全に信用するのは危険だ。
話半分と思った方がいい。
だが、今日くらいは生き延びれそうだ。
遅かれ早かれエネ・ミーバルには必ず会うことになる。カードを奪いに来るだろう。
しかし、情報があまりに少ない。
彼女に訊ねてみるか。
「エネ・ミーバルについて、君が知っていることはあるかい?」
「教会は彼を要注意人物として警戒していたわ。候補者に接触してくるのは想定内よ」
想定内との言葉に引っかかる。
「事前に神を殺すと知っていたのか?」
「えぇ……」
驚いた、そこまで分かっていて……疑問が湧いた。
「なぜ、すぐに捕まえないのさ?」
スフィーナは顔を曇らせ、観念したように重い口を開く。
「それは……エネ・ミーバルが地落としの杭と白滅の槍を所有しているからよ」
「地落としの杭と白滅の槍?」
理玖は聞き馴染みのない言葉を聞き返す。
「セキュティノ教会の聖書には、4本の杭が神を地へ堕としめ、神の心臓を白滅の槍が貫いたという話があるのよ」
理玖は顎を掻く。
エネ・ミーバルは随分と教会関連の話に詳しいようだ。
ただのアンチではない。
信仰していない教会の聖書にまで精通している。
いや、誰かに聞いたのか?
「初耳だ……その2つを有しているから、君は下手に動けない解釈であっているかい?」
「えぇ、杭と槍がある限り、神を人質に取られているのと同じことよ」
だとしたら、違和感がある。
神殺しの武器を持ちながら、どうしてすぐに殺さないのか?
「しかし、彼はどこからその話を聞いて、杭と槍を入手したのさ?」
「分からないわ、私達としてもそれを突き止めたいのよ」
スフィーナが首を横に振る。
理玖は眉間にシワを寄せた。
想像していたよりも深刻な状況である。
カードは願いのために欲していると仮定。
「君はそれをどうやって止めようとしているのさ?」
「私は杭と槍を破壊する、神器はあるわ……けれど、」
スフィーナが下がったメガネをクイっと押し上げた。
「あなたの協力も必要よ。まずカードを守って貰わなければ、彼と交渉すら出来ないでしょうから」
「あぁ勿論さ」
理玖はスフィーナと握手を交わした。
「私からも聞きたいことがあるわ。浦辺桜片について、あなたはどこまで知っているのかしら?」
「ん? どういう意味さ?」
スフィーナの突拍子もない質問に驚いた。
「今までおかしいと思ったことなかった?」
「……思い当たらなくはないが」
理玖は目を閉じて思い返す。
あの要領の良さでどの組織にも勧誘を受けず、なぜかどこかで組織の怒りを買ったのか追われていた時点でいわくつきなのは分かりきっていた。
あれ以来、なにもないのも不自然だ。
「まるであなたが神の護衛人候補者に選ばれるのを予知していたみたいね」
なるほど確かに、そう考えると辻褄が合う。
考えもしなかった。
そんなことをする理由が分からない。
「私、彼のことを尾行してみたのよ」
「尾行?」
「ルネド関係者と車内で接触があったわ」
スフィーナを信じると、浦辺はルネド関係者。
神の護衛人候補者の1人に接触して探っていると考えるのが自然か。
この件に関してルネドもなにか企んでいるか……?
「私はスパイにも思えるのよ」
だが、ひとつ問題がある。
なぜ浦辺は分かったのか?
神の護衛人候補者の見分け方はなんだ?
ラヴイはハエがなんとか言っていたが、さっぱり分からない。
だからハシュがもう1人の候補者だと、名乗らなければ気づかなかっただろう。
それが手紙を受け取る前の段階、候補者に選ばれる前から浦辺は知っていたことになるが、そんなことあり得るのか?
「うーむ?」
スフィーナのような存在が力を貸している?
考えれば考えるほど頭がこんがらがって分からない。
次に会った時、電話でも、浦辺に聞いた方が早いだろう。
「彼には気をつけたほうがいいわ」
「……君のことも信用はしないさ」
「あら、どうしてかしら?」
スフィーナが微笑み、わざとらしく首を傾げた。
理玖はため息をつく。
「君が新聞に黒鴉なんて記事にしただろう?」
「そんなこと書いたかしらー? 覚えてないわね」
スフィーナ華頬に触れて、視線を上に向けた。
小芝居めいて見えるのはなぜだろう?
「とぼけるなよ、君のせいで仕事が忙しくなったのさ」
「良いことじゃない?」
「良いわけあるかい!」
理玖は食い気味に否定する。
早いところ長期休暇を取りたいところだが、候補者である限りそれは叶わない。
「それは申し訳ないことをしたわね。お詫びにハシュさんの護衛を交代するわ」
「ありがとう」
「その間、あなたはちゃんと休みなさいね」
スフィーナに釘を刺された。




