第4章 [A面]『四面楚歌』①
15時半過ぎ。
ビーサイドホテル904号室。
理玖と浦辺はドアベルを鳴らす。
1秒もしないうちに部屋から物音が迫るーーー、ロミアが飛び出してきた。
「理玖!!!」
「!?」
理玖はロミアに抱きしめられて戸惑ったものの、ロミアの暖かさに安心して抱きしめ返す。
帰って来られた喜びをひしひしと感じる。
「よかった……良かったよ! 無事で、本当にっ!!」
「心配かけて、すまなかった」
泣きはらしたロミアの顔を見て、心の底から申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
「ほんと、待たせ過ぎよね」
遅れて顔を出したスフィーナがため息をつく。
とても呆れているように見える。
「そんなにっすか?」
浦辺は首をかしげた。
そして、少し離れた窓際の小さな丸テーブル席に座り、スマホ片手にくつろぎ始める。
「えぇ、彼女の悪い思考は彼が死んだ時に備えて墓場のことまで考え始めていたもの。末期だわ」
「それは……相当っすね!」
困ったように浦辺が笑った。
それが理玖にはどこか悲しそうにも見える……不思議だ。
理玖は腕の中で、上目遣いするロミアの頭を撫でてやりたくなる。
10秒すら堪えきれずに、優しく撫でた。
「待たせた」
「いいの、理玖がちゃんと帰ってきてくれたから。もう胸がいっぱいだよ!」
ロミアが晴れやかな笑みを浮かべる。
理玖はつられて口角が上がった。
愛しい……か。
もし、3つ下に実の妹がいたらこんな気持ちなのだろう。
理玖にも弟はいた。
だが、闇市に売られて以来、それっきりだ。
顔も声も思い出せない。
「理玖、疲れたでしょ? 座って休もうよ!」
ロミアがベッドに腰掛けて、隣をポンポンする。
「あぁ」
理玖は隣に座った。
用意して待っていてくれたのだろうか?
湿布や包帯が入った救急箱。
「あのね……」
「ん?」
血で赤く染まったハンカチをロミアが解く。
左肩の傷が露わになった。
そして、包帯が巻かれる。
「料理は間に合わなかったけれど、代わりにお菓子を沢山用意したの! だから、食べて!」
「ありがとう」
「わぁ!! これ! 食べていーんすかっ!?」
浦辺がテーブルに置かれたカゴに気がついて目を輝かせた。
お菓子が山のように盛られていて溢れそうだ。
「もちろん! 食べて、食べてー!」
「マジっすか!? やったー!」
「俺もひとつ……」
「「!?」」
理玖と浦辺は同じものに手が伸びた。
他にもチョコやスティックケーキ、ビスケットなど7種もあるのに、タスラのレモン味一択とは……。
「すみません!」
「すまない」
「あっ、これなんすか?」
浦辺はキョロキョロと目を動かして、菓子カゴの側にあった紙袋の中身を訊ねる。
「豆大福だよ」
「えー、豆っすかー?」
浦辺は肩を落とす。
理玖も2回頷いた。
「浦辺くんもなの?」
「もって?」
浦辺が目をぱちくりさせる。
理玖と目が合った。
「食べてみなさい! こし餡派ども!!」
ロミアが理玖と浦辺の口につっこむ。
「「もごっ!?」」
理玖は口に入った瞬間に驚いた。
つきたての餅特有のとろけるように柔らかく歯切れの良い皮。豆がまったくゴソゴソしない。
雑味のない澄んだつぶあん。あずきの香りと旨みが口いっぱいに広がる。
甘さが控えめで、いくらでも口に入るようだ。
すでにこの右手が、次の大福を求めている!
「はっ!? 美味いっす……これほんとに豆大福っすか?」
天に召されるような余韻に浸っていた浦辺が正気に戻る。
「そうだよ! 行列が絶えない大福屋さんなんだけど、たまたま買えたのー!」
「はぇ……オレ、ロミアさんの言う通り、こし餡派なんすけど、これは美味しいっす!!」
「でしょう!?」
ロミアは自分のことのように嬉しそうだ。
「みんな! テレビを見て!!!」
スフィーナがただ事ではない焦りを感じる声色で叫ぶ。
理玖はテレビを見ると、『速報です。現在、入ってきた情報によると、6つの殺人事件の現場に共通して赤い封筒が見つかったとのことです。』などという映像と共に、見覚えのある赤い封筒がカメラに収められている。
浦辺と目が合い、頷く。
「やっぱ、狙われてるみたいっすね!」
「あぁ」
さっき、襲って来た集団の仲間なのだろうか?
すでに6人も候補者が殺されている……。
人を平気で殺すような人間に渡すわけにはいかない。
「どういうこと? 教えてよ、2人はなにか知っているの?」
「……」
「理玖、どうして教えてくれないの?」
「それは……」
理玖は口籠る。
危険な目に合わせたくはない。
あの封筒の存在を話せば、ロミアもスフィーナも巻き込むことになるからだ。
「なんすか、これ?」
浦辺はノイズが入ったテレビを指さして言った。
「電波が悪いだけだろうさ?」
気にもとめない理玖だったが、次の瞬間……目を疑った。
『はじめましてー、我々はライチャス・リベリオンッ! 神の支配から解放を求める者だ!』
真っ黒な仮面を付けた緑髪の男。
軽快な口調が続ける。
『そのボスをボクがしてまーす! エネ・ミーバルっていいます。あっ、これ映ってる? カッコよく映して! ままーボク、テレビ出ちゃってるよ! お空に届いてる? ワケないや! アハッ!』
ふざけた子供のような話し方と態度。
それに見覚えがある。
『みんな聞いて欲しい。神様がボクの許可なくママ達を誘拐したんだ! ひどい、ひどいや! くっくっくっ……あぁ、許せない、許せない許せない許せないクソぉぉぉ!!!』
間違いない。
『神様はボクの大切な人をもう1人誘拐したんだ! 病弱だった妹をっ……ボクの家族みんな見殺しにしたっ! いっぱいお願いしたのにさぁ? なんで助けてくれなかったの? ボクばっか不幸っておかしいよね?!』
コイツが…………
『……神はボクらを平気で見捨てて不幸にする! ボクらは神の奴隷に過ぎないんだ! 偽りの自由を歩んでるだけ、人生全部作り物、地獄だ! ね、みんな……神を殺して自由になろぉ?』
コイツが、
『人こそが人を導ける!!! 人を幸せに出来るのも人だけっ! この正義を成すために犠牲はつきものって分かってくれるね?』
先生を、
『手始めに我々は神の護衛人候補者を狩って、信者も全て狩る!』
殺した!!!!
『ハーイ! 注目! ボクの手元に6枚カードがありまーす! 護衛人候補者にはこの意味分かるよね? 残りは2枚、次はキミの番! すぐ殺しに行ってあげるから楽しみに待ってて!!』
緑髪の男、エネ・ミーバルは無邪気に手を振って消えた。
「!!!」
理玖は無意識のうちに、手に力が入った。
今すぐにでも殴りかかってしまいそうなほどの怒りがこみ上げる。
手のひらに爪が刺さって血が出ていた。
それに気づけないほどに怒りが勝っている。
「……罪のない人間を殺す?」
正気とは思えない。
だが、本当にやる気だろう。
すでに6人もの犠牲者が出ている。
そんな正義がまかり通ってなるものか!
「候補者と信者狩りって、人殺しの正当化の言い訳っすよ!」
「そうとも言い切れないわ。彼は本気かもしれないの」
「どういう意味さ?」
理玖は身を乗り出して訊ねる。
スフィーナがソファーで足を組む。
そして、人差し指を唇に近づけて微笑んだ。
「この先はタダで教えられないわね?」
「条件はなにさ?」
「貴方達の持っている情報と交換よ。私たちにも知る権利があると思うわ」
スフィーナが視線をロミアに移す。
理玖は頭を抱えた。
「……君たちを巻き込みたくないのさ」
「無関係とは言わせないわよ。訳も分からないまま狙われる方が危険じゃないかしら?」
スフィーナの言い分は一理ある。
理玖はしばらく考え込む。
「危ないことなの?」
ロミアの視線が痛い。
重い口も軽くなってしまうほど、彼女にだけは秘密を作りたくはないのだ。
「さっきの事務所襲撃の理由は……これさ」
「なっ、ナジョーさん!!」
理玖は赤い封筒をポケットから出して見せる。
ロミアが愕然としたようで固まった。
「え? ニュースと同じ? だよね?」
「そうさ」
「な、なんで、持ってるの?」
ロミアが口を押さえて、カタカタと震えている。
「俺にもさっぱりさ。気がついた時にはもう届いていた」
「…………そんな」
「大丈夫さ」
理玖は震えるロミアの手を握った。
細くて冷たい。
守るべきもの大切な人なのだと再確認した。
だからこそ、隠し事は無しだ。
神の護衛人のことを正直に話した。
「いいでしょう、約束は守るわ」
スフィーナが頷いて、話し始めた。
「私が記者を始めた頃、先輩が神様の特集記事のために古い文献を読んでいたわ。そこには信者の信仰が続く限り……神は存在し続けると」
「へー、都市伝説っぽいっすね!」
浦辺がクッキーを摘みながら、楽しそうに聴いている。
「……そんなことを信じたのか? 一体なにを根拠に人を殺すと神が死ぬのさ?」
「信者だったのに、どうしてだろうね?」
ロミアも首をかしげた。
それにスフィーナは『信者だからよ』と。
「ラッガム教聖書にも似たような記述があったわ」
「……逆説が根拠ってことっすか?」
「えぇ。信者がいなければ、信仰なくして神は存在できないということになるわね」
「そうとは限らないっすよね? もしかして、オレらの知らない方法を知っているんじゃないっすか?」
浦辺がスフィーナを睨む。
スフィーナは動じることなく微笑み返すだけだ。
「ふふふ、きっとあるわ。けれど私たちは知る必要がないわね」
「やっぱそーなるっすよね? でも、訳も分からないまま狙われる方が危険じゃないっすか!?」
浦辺が腕を組んで、スフィーナの言葉を引用する。
理玖は生唾を飲んだ。
スフィーナと浦辺の視線の間に火花が散っているようである。
「貴方にだけは教えられないわ。信用できないもの」
「……っ!? エセ記者が、どの面して言ってんすかね???」
浦辺の眉がピクリと動いて、笑顔が崩壊しそうだ。
スフィーナは構わず無視をした。
「私たちに出来ることは、4月8日までカギを守りぬくこと、殺されず生き残る必要があるわ」
「あぁ」
理玖は顎に軽く触る。
冷静に考えろ。
これからどう行動するべきだろうか。
まずは情報の整理だ。
候補者は残り2人。
エネ・ミーバルの狙いは、赤い封筒に同封されていたカードだ。
目的は神殺し。
カードを集めるのは単なる嫌がらせか、護衛人になれば神に直接会えると仮定。
神を殺すには、信者を殺す必要がある。もしくは別の方法。願いとして?
動機は、母親と妹を見殺しにした神を恨んでいる。
なんとなくは理解したが……被害妄想が過ぎるという印象だ。
「……ね、理玖はどうするの?」
ロミアの震える手が、理玖の裾を掴んだ。
「俺は……」
理玖は赤い封筒を見た。
これがあれば嫌でも先生の仇に出会えるだろう。
願ってもないチャンスだ。
「俺はこのカードを使って、街をダイハチ軒を元の姿に戻したいのさ!」
「…………理玖らしいね」
ロミアの涙は今にも溢れ落ちそうなほど大粒だ。
理玖は拭ってやろうと手を伸ばすが、払い除けられた。
「けれど、私は理玖が傷つくのはイヤなの! もっと自分を大切にしてよ! バカ!!!」
「っ!?」
払い除けられた手が、虚しく空をかいた。
そんなふうに思われていたなんて驚いた。
ジン先生にも似たような言葉を言われた……『自分も大切に出来ない人間に他人は救えない』どうして大切なことを忘れていたのだろう。
「心配ばっかりかけないでよ!」
「…………ごめん」
それでも譲れないものがあった。
心の奥底で燻っているものが許さないのだ。
ロミアがハッと口を塞ぐ。
「……ご、ごめんね、言い過ぎちゃった」
「いや、気づいてやれなかった俺が悪いさ」
一斉に2台の携帯が鳴った。
「び、びっくりしたー!」
「こんなときになにさ?」
理玖は電話に出る。
ロミアも同じタイミングだった。
お父さんと声がしたので気にする必要はないだろう。
『あ、貴方が黒鴉さんですか?』
消え入りそうに弱々しい声。
震えまでもが電話越しに伝わって来た。
「……はい?」
見覚えはあるが聞き覚えのない名前だ。
新聞に黒鴉と掲載されていたことを思い出した。
『すみません! 新聞に書いてある電話番号にかけたのですが、違いましたか?』
「おそらく、間違ってない……が。私はSaverの南常門理玖と申します。」
今更だが黒鴉と名付けたのは、スフィーナではないだろうな?
理玖はスフィーナに視線を向ける。
彼女は電話中のロミアと楽しそうに話しているようだ。
『あっそうなんですね、すみません』
「いや、かまわない。名前をお聞きしても?」
『ハシュ・ユノです、それで貴方に護衛の依頼をお願いしたいです』
「君の護衛をかい?」
理玖は護衛という言葉を聞き返す。
今、ホテルの外に出れば、襲撃して来た仲間やエネに見つかる可能性もある。
『はい! 今も誰かにつけられている気がして……た、助けてください!』
「落ち着いて。ハシュさんは今どこに?」
理玖は時計を見る。
16時。
暗くなる前に済ませれば大丈夫だ。
『エーサイドホテルの1階カフェです!』
「今すぐ向かう!!」
エーサイドホテルはビーサイドホテルの真向かい、海に面した眺めが良く人気のホテルだ。
ここから2分もかからないうちに着けるだろう。
『あっ……ありがとう、ございます。よろしくお願いします』
「あぁ、こちらこそよろしく」
安堵した声が伝わってくる。
安心してくれた様子で良かった。
理玖は電話を終えて身支度を整える。
「あのね! 理玖、聞いて!」
ロミアがにこやかな笑顔を浮かべて側にきた。
「なにさ?」
「お父さんがね、念の為に病院で検査したら問題なくて、今からお店の片付けをするんだって!」
「大将が無事で良かった」
「それで……ね! 一緒に……」
ロミアの話を遮るように、また理玖の電話が鳴る。
『やっぱり……すみません』
「ハシュさん?」
『僕……実は候補者なんです』
「え?」
理玖は耳を疑った。
ハシュが候補者だったなんて。
『テレビ見て……どうしたらいいか分からなくて、ずっと震えが止まらないんです。それでホテルの新聞を見てイチかバチか電話しただけで。嘘でも貴方に守ってくれると言ってもらえて嬉しかった。ありがとう』
「おい、待て! 今助けに行く……」
一方的に電話を切られた。
理玖はいても立ってもいられなくなり、今すぐにホテルを飛び出そうとした。
だが、浦辺に引き止められる。
「待つっす!!!」
浦辺に腕を掴まれた。
それを振りほどく。
「止めるな、俺が助けに行かないといけないんだ!」
「ナジョー! 冷静になれ! 罠かもしれないっすよ?」
浦辺の顔と声が見たことないくらいに、真剣に怒っていた。
「……だとしても、俺は依頼人を見捨てられないのさ」
「はははっ! それ、もう忘れたんすか?」
浦辺に左肩を突き飛ばされた。
痛みが全身に響く。
「弱いくせに、どうやって助けるんすか?」
「……っ!?」
槍のように尖った言葉が心臓を貫く。
浦辺の視線は、銃を見ている。
理玖はポケットから顔を出していたそれを隠す。
「オレには分かるっすよ? 殺し慣れてる人間とそうでない人間くらい」
「……」
浦辺の目は嘘をついていない。
心の奥底まで見透かしている、まるで古い知り合いのようだ。
その目に理玖は恐怖すら感じた。
「……お前がいなくなったら困るんすよ」
浦辺が耳打ちしてきた。
「どういう意味さ?」
浦辺の視線が、ロミアを指す。
理玖は首を傾げた。
頼まれ事でもしたのだろうか?
「えっ?」
ロミアと目が合う。
彼女は首を横に振った。
「お前はっ! 顔も知らない相手を助けに行くよりも、ロミアさんをダイハチ軒に送るべきっす!」
「君がいるだろう」
理玖は即答する。
浦辺に胸ぐらを掴まれた。
「チッ……明らかに罠っすよ! それなのに! なんでお前は!」
浦辺が怒りに震えている。
「……君の言う通り罠かもしれない。だが、俺に助けを求めてくれた人間くらいは救いたいと思うのさ」
理玖は浦辺の目を真っ直ぐ見て答えた。
ジン先生との約束だから。
「はははっ! なんすか、それ! 馬鹿馬鹿しい……お前は絶対に誰1人だって救えないっすよ!」
「!?」
「なにも見えていないお前には!!」
「くっ!!」
胸ぐらを掴み返して睨みつける。
そこまでボロクソに言われたら黙っていられない。
浦辺が余裕を無くした顔で叫ぶ。
「本当に守らないといけないもんが、お前にはあるじゃないっすか!!!」
「……っ!」
「2人ともやめてよ!」
ロミアが2人の間に割って入ってきた。
浦辺は続ける。
「死にたいなら1人で死んでください、ナジョーさん。泥船に乗れるほどオレは馬鹿じゃないっすよ。自分でも分かってますよね?」
「あぁ、最初からひとりでいくつもりさ」
「……ナジョーさんの、分からず屋」
浦辺に茶封筒を投げつけられた。
理玖はそれを受け取って、ホテルを出て行く。
「ロミアを頼む」
◇◇◇




