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プロローグ『猫に拾われた命』

 2156年 海底火山の噴火によって新たな島Red ZERAが生まれたーー、

 程なく島を巡り各国の度重なる機械兵器戦争、核爆弾などによって人が住めないほど汚染され、荒廃と化した。


 192年後、この島に再び注目が集まった。とある教祖は島に降り立ち、涙を流しこう言った。


「予言の島、ここにあり!」


 その時、教祖にはなにが見えたのか…… アドライツの有名な絵画として、山頂に黄金の大きなレンズ雲がかかったその姿は残されている。


 教祖はどうして予言の島と言ったのか。それはラッガム教聖書『神が造った島(ステアリーン)』の予言に酷似していることから。予言によると『大きな黄金の雲に乗って神様は島を造り、住む者に恵みを与える』と。

 ステアリーン島と名付け、信者と共に予言に従い住み始め……早二年が経つ頃、驚くべきことにラッガム教聖書の通りなった。荒廃した土地に一部ではあるが緑が戻り始め、戦争の爪痕を残す灰色(グレー)の建物とのどかな草原……自然の美しさに惹かれて移住する人々も増えてきた。

 ようやく、島に賑わいが溢れたもののーー、


 2349年 ステアリーン島を巡って再び二つの国が争いを始めた。この争いをきっかけに、現在の神人平和平等条約の基盤が生まれることとなる。


 2947年 神人平和平等条約は結ばれた。

『――神は人間を平等に扱うこと、干渉してはならない。

 それらが守られる限り以下、契約は永続する。

 神の島はどの国にも属することなく神の領土として認め、人間達へ争いの一切を禁ずる――。』

 神人平和平等条約より。


 島は一見、平穏を取り戻したかのように思えたが、水面下で国が手出し出来ないことをいいことに……犯罪組織らが法をかいくぐる為に利用し始める。


 ◇◇◇


 ――2948年3月。ステアリーン島。

 かつて神の島と呼ばれたが、今は見る影もなく犯罪組織の温床だ。


 この島に法律はない。大統領や王様も、取り締まる警察も、消防も救急隊も……存在しない。

 あるのは、宗教と1桁ほどの小規模な自警団、町医者2人、ドラッグに密売組織くらいと……ロクなものはない。



 東部スビア。

 島唯一のビルが密集する大通りで、車と人々が忙しなく行き交う。

 歩道に寄せられた車に圧迫されてビジネススーツを身にまとった人々は息苦しそうに歩いて通勤している。朝方の寒さはどこへやら。人の熱がこの島の温度を上昇させていく。そんな仏頂面の人々の群れに逆らう者達がいた。


「助けてっ、助けてください!」


 通勤ラッシュ帯に窮状を訴える青年の声が響き渡ったーー悲しいことに誰1人として青年を助けようとする者はいなかった。

 青年の声に耳を傾け立ち止まる者もいれば、聞こえないフリをして人混みに流されて行く者もいたがそれまで。

 青年の容姿は10代後半くらい、金髪にオレンジのシャツでミリタリーグリーンのパンツを穿いている。ジャラジャラと走るたびに耳障りな音がするアクセサリーのチェーンを投げ捨てると、身軽になった青年は2人組の男に追いつかれないように必死に人混みを逆らい掻き分けていく。


「いたぞ!!」

「待ちやがれ!」

「なんでっ! どうして! 誰も助けてくれないっすか!」


 涙をにじませ走る青年は追っ手の言葉を背に捕まってやるものかと、ただひたすらに足を動かした。

 しかし、この時間帯の人混みは沼の中を歩くように重く、遅い。徐々に青年の体力を奪い、息が切れ始める。


「はぁ、はぁ、はあっ……!」


 追っ手の男はその隙を見逃さなかった。青年の肩を鷲掴み、捕えると路地裏に連れ込んだ。


「……」


 暗澹とした路地裏に差し込む光。

 目が潰れるほどに眩しいそれを青年、浦辺桜片は無我夢中で目指した。

 何度も殴られ腫れた顔面に、蹴り飛ばされてコンクリートで削れた皮膚。逃げだそうと必死に這った指先はボロボロに抉れて、赤く血に染まっていた。傷だらけの身体で這い進む浦辺を見て、加害者である男2人は腹を抱えて笑う。


「ガハハハ! イモムシじゃんよー!」

「お似合いだ!」


 それでも浦辺は諦めなかった。

 浦辺の手がやっと路地を抜け、大通りに届く。たまらず声を出した。


「っ……だ、だれか。たすけ……っ!!」

「おいおい、待てよ! お楽しみはこれからじゃんよ?」


 ピアスをした若い男が冷笑し、浦辺の背中を足で踏みつける。

 呼吸すら出来ないほどの強い力に浦辺は抵抗が出来ない。声も出せない。

 もう1人、銀髪の若い男が手に持っていた浦辺の写真を握りつぶし口を開く。


「悪く思うな、ようやく俺達もツラナシさんに目をかけてもらえるようになったんだ。こんなもんで済ませてやんねーぜ? たーぷり味合わせてくれ!」

「だっ、誰か、助けて!!!」


 浦辺がどうにか絞り出した声も届かない……突如、目の前の光が遮られる。見上げると、黒いコートの男が現れた。奴らの仲間がもう一人増えたのだと理解する。

 覚悟を決めて目を逸らした次の瞬間ーー、


「何者だ、きさ……グハッ!?」


 男の痛々しい声と硬いものにぶつかる鈍い音がして、浦辺は視線を上げる。どうやら黒コートの男が銀髪の男を蹴り飛ばしたようだ。

 銀髪の男は意識がなくなったのか、微動だにしなくなった。


「おっかしいなー、この辺でネコの鳴き声が聞こえた気がしたんだが……よ?」

「あ? なんだテメェ! ふざけてんじゃねぇぞ!」


 黒コートを着た20代前後の男はその声を無視し頭を掻く。180センチ近い身長に目の下にクマがあるその男は周囲を確認して倒れていた浦辺に目をやる。

 浦辺は睨まれたのかと震えた。黒コートの男が不吉の象徴であるカラスに見えたからだ。しかし、想像とは違った。いや、もうすでにその片鱗が見えている。脳みそが処理できていないだけで。


「おぉ、ずいぶんとでかいネコ発見! いやー今日イチの新記録達成かー」

「……?」


 黒コートの男が茶化すような、場違いなテンションで言った。その男は腕の中に猫を抱いている……見間違えでなければだ。疑問を感じたが考えることを放棄する。

 ピアス男もなにが起きたのか理解できていない様子で沈黙する。


「……はは、なんてね。笑ってくれ、冗談のつもりなんだが?」

『にゃぁ?』

「……慣れないことはするものではないようだ。君、この子をよろしく頼むよ」

「へ?」


 黒コート男が抱いていたネコをしゃがんで浦辺に手渡す。

 浦辺はあまりに突拍子もなくて渡されるがまま反射的にネコを受け取った。その扱い慣れたような優しい手つきが意外で目をぱちくりさせる。

 自分だけ蚊帳の外になったピアス男が2人を見下して声を荒げた。


「ふざけてんじゃねー!」

「ふざける? あぁ、それは君のことか」


 黒コートの男は鼻で笑い、立ち上がるついでに見下す男のアゴを拳で押し上げる。

 アッパーカットを受け、尻餅をついたピアス男はギロリと黒コートの男を睨んだ。

 睨まれた黒コートの男は動じることなく、ピアス男を見下し返す。


「あんまりアゴを出していたら押したくなっちまうだろ?」

「……くそったれが!!!」

「よく吠えるな、君は」


 ピアス男は頭を押さえ、立ち上がることが出来ないようだ。その隙に黒コートの男は浦辺に手を差し出す。浦辺は差し伸べられた手を迷いなく掴み、立ち上がる。


「よろしく、俺は南常門(なじょうと)理玖(りく)

浦辺(うらべ)桜片(おうへん)です、ナジョーさんよろしくっす!」

「大丈夫? 少し歩けるかい?」

「……ギリいけるっす」

「逃げるか」

「はいっ!」


 2人は小走りでその場を離れた。

 路地裏を出た途端、浦風が潮の匂いを運んでくる。浦辺はやっと助かったのを実感した。

 南常門が走りながら時計を見て、6時50分……笑みを浮かべる。


「お、君はラッキーだ」

「なにがっすか?」

「7時、路地の仕掛けがちょうど俺の事務所に直通で行ける。さっきいたBの四番路地からほど近い、8番路地に今から向かう」

「仕掛け?」

「にゃー?」


 浦辺とネコは首をかしげ、南常門は少し考えこんで説明を始める。どうやら複雑な仕掛けのようだ。


「スビアの建物は山を中心に4列ほどが円状に建ち並ぶ。そして海側からABCDと並びに呼び名があるのは知っているかい?」

「もちっす! 今いるところがなんちゃらストリートっすよね!!」

「現在地はABの間に位置しているジーネストリート大通りが隣の街まで繋がっているわけだが……見通しが良く彼らにすぐ追いつかれるだろう」

「じゃあどうすればいいっすか!? オレ達、逃げらんないっすよ!」

「そこで仕掛けを使う」


 南常門は焦る浦辺を落ち着かせる。

 現在地は浦辺が2人組の男に追われていた大通りのジーネストリート。南に向かう浦辺達。南常門は話を続ける。


「ジーネストリートから入れる路地はそれぞれA側に3本、B側に11本。一般人が歩けるのはこの領域だけだ。実はB側からだけ入れるCの地下迷路、仕掛けがある。

 さらに深部Dには俺にも分からない闇市とルネドと呼ばれる組織のアジトがあってな。絶対にDにだけは足を踏み入れるなよ」

「……ヤバそうっすね」

「気になるC迷路の仕掛けについてだ。路地が日時によって組み替えられる仕様になっている。土地勘のない人間は必ずといって良いほど帰れなくなる」

「なんか分からないけど、面白そっす!」


 浦辺は終始、口をポカンと開いたまま南常門の話を聞いていた。そんな浦辺に南常門は念を押す。


「本当だ、絶対に1人で入ったりするなよ。最悪の場合、壁に押し潰されて紙1枚分に圧縮される」

「ハハハッ、笑えない冗談はやめてくださいよ。ナジョーさん」

「そうだな、冗談だ。紙になる前に潰したトマトになっちまうかもな?」

「え……もっと怖さが増してますよ! それ!」


 南常門がさらっと恐ろしいことを言う。

 浦辺の頭にはミニトマトが口の中で弾けるようなイメージが沸いて吐き気がした。その吐き気を紛らわせるために視線を上げて深呼吸する。冷たい空気が肺に到達してあることに気づいた。

 3分前まではあんなにも通勤時間で息苦しいほど混雑していたのにもう人がまばらだ。

 黒コートの男は立ち止まり、時計を確認すると、時計の短針は58分をさしていた。


「ここだな、間に合ったみたいだ」

「はーーっ! 助かった!」


 浦辺は安堵し、南常門の後に続き8番路地に足を踏み入れた。その時だ。


「みーっけた! ……逃がすわけないじゃんよ!!!」


 浦辺にピアスをした男が迫ってきていた。人がまばらになった時点で後を付けられやすい状態なっていたことに気づけたはずだ。なのにどうしてか単純なことに頭が回らなかった。

 ピアス男が浦辺に追いつくまで、20秒かかるかどうかの距離だ。ものすごい剣幕でピアス男が迫る。


「にゃー」

「どうしたっ……す」


 ネコが心配そうに鳴くので浦辺は視線を落とす。自分の手が震えていることに気がついた。


「立ち止まるな! 間に合わなくなる!」

「はっ、はい!」


 南常門の声に浦辺はハッとして、止まっていた足を動かす。路地の壁が徐々に狭まっていく。迷路が組み変わる時間が迫っているのだろうか? これが南常門の言っていたトマトの話かと思い出して身の毛がよだつ。

 奥に進めば進むほどに暗く、沼のように身体が沈んでいく。本当に前に進んでいるのか……進んでいる方向が合っているのかさえ分からない。背後から声が近づいてくるのを感じた。それでも浦辺は振り返らず、必死に走っていた。

 こんな時に視界がぼやけ始めて、手足に力が入らない。聞こえる音全てがこもったような聞こえ方に変わる。壁がもう肩幅よりも狭く、横向きでないと通れないほどに。終わりのない恐怖に心が折れてしまいそうだ。ここで立ち止まれば楽になるのかと足が止まった。


「はっ……ぁ……」

「浦辺!!!」


 南常門は浦辺の異変に気づいたようで呼びかける。

 浦辺は自分の名を呼ぶ声に向かって手を伸ばすーー、それだけで限界だった。その手はしっかりと南常門に届いた。


 南常門に手をたぐり寄せられ、狭い路地を抜けていた。まもなく、地鳴りと共に立っていた地面が揺れた。どうやら本当に路地に仕掛けがあるようで右に回って動き出す。入り口が完全に塞がれ、闇が2人を包んだ。

 南常門はポケットからオイルライターを取り出し、火を付ける。


「よく頑張った! 浦辺」

「……このくらいヨユーっす!」


 浦辺はふらふらと立ち上がり、南常門に支えてもらう。2人は肩を組み合いながら迷路を進んだ。心もとない小さなオイルライターの火を頼りに。

 しかし浦辺は限界を迎えていたようで意識を失った。


「つっ!?」


 浦辺は目を覚ますと、天井には蛍光灯と4枚羽がついた真っ白のシーリングファンが回っている。

 体を起こし辺りを見渡すが人気(ひとけ)がなく、無機質な部屋。コンクリート打ちっぱなしの壁。オフィスにあるような銀の書棚。書類が重なり散らばるデスク。まるで事務所みたい。

 それに似つかわしくない革張りの高級そうなソファーで寝かされていて窓の外を見れば、向こう隣はコンクリートの二階建ての建物が見えた。外から微かに南常門の声と子供の声が聞こえた。

 しばらくして南常門が戻ってくる。


「夢見はどうだい?」

「夢は見なかったっす……あれ猫ちゃんは?」


 浦辺は自分でも驚く言葉がこぼれた。印象深いものが消えていると違和感に思うみたいだ。

 それを聞いてキョトンとしていた南常門は少し間を置いて笑った。


「はははっ……君は面白いね。それが先ず聞くことかい? ほかにあると思うが?」

「くははっ! オレもそう思うっす!」


 浦辺も自分のおかしな質問に笑いがこみ上げてきた。


「あの猫は捜索を依頼されたんだ。ついさっき受け取りに来てくれてね」

「へーじゃオレ! 猫さんにも助けられたんすね!」

「あぁ……?」


 ピンと来ていない南常門に浦辺は少年のように目を輝かせた。


「だってナジョーさんが猫探してなかったらオレ死んでたかもっす! 猫とナジョーさんはオレのヒーローっすね!」

「……大げさだな」


 南常門は対照的でテンションが低く適当に頷いたみたいな反応だ。

 思った以上に反応を得られなかった浦辺は前のめりに訴える。


「いや! マジでっ! オレもナジョーさんみたいになりたいっす! 仲間に入れてください!!!」

「…………かまわない……が」


 南常門は浦辺の勢いに押されて渋々返事を返す。


「やったーーー!!!」


 押し勝った浦辺はそれにガッツポーズで喜び、南常門の周りをはしゃぐ子供のようにジャンプする。

 南常門は頭を抱え、早くも後悔し始めているようだがもう遅い。言質だ。


 ーーこれが二人の出会いである。

今もまだ神が住む世界で生きている人々の話です。

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