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夕凪と闇夜の咲く場所で  作者: 新夜詩希
9/16

【狙候された第二話】 <弐>

「ふふんっ♪」


「……くっ、狐風情が調子に……」


「えー……っと……?」




 昼休みが到来した1年1組の教室。入学式後のオリエンテーリングには参加出来なかった僕は何気に初めて自分のクラスに入ったのだけど、そんな事よりも遥かに気になる光景を目の当たりにして面食らっていた。

『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉がある。日々鍛錬する人が居れば、その人は3日も経つと見違える程成長しているものだと言う意味だ。……まあその言葉自体は別に関係ないのだけど、そんな言葉が脳裏に浮かんでしまう程に急激な変化を遂げたであろう状況を目撃して、この数時間で一体何があったのかと考えずにはいられない。


「あ、ジンお帰り~♪ ジンってば突然倒れちゃうんだもん。すっごく心配したんだよ? でも元気そうで良かった……♪ 大丈夫? 無理してない?」


「え……あ、うん……今は全然平気だよ」


 教室の中央で入学式に見た時と細部が明らかに異なる光景で八乙女さんと対峙していたタマが、入り口で唖然としていた僕を見つけて近寄って来た。その表情には僕を気遣ってくれる優しさの他に、何故か余裕……というか優越感みたいなものが感じられる。取り敢えず機嫌は直ってるみたいで一安心なのだけど……あれだけ八乙女さんを目の敵にしていたのに、ホントこの数時間で一体何があったんだろう……。高校生って難しい。


「それじゃ、ご飯食べに行こっか? お昼に間に合って良かったね♪ カズ、お弁当の準備お願いね」


「あいよ。何処で食う?」


「そうだね、あ、あの講堂と教室棟の間にあった中庭なんてどうかな。今日は天気いいし、きっと気持ちいいと思うよ♪」


「おっけ、レジャーシートは持って来てねーけどあの短い芝生の上なら大丈夫だろ。ホラ、ジンも行こーぜ」


 ……機嫌の良さに任せたまま八乙女さんをガン無視してるタマもどうかと思うけど、あの光景を見た後でも普通に順応しているカズもどうかと思う。とは言え、僕が食べる分の弁当もカズが一緒に持っている訳であるからして、八乙女さんには申し訳ないが僕もカズ達と行動を共にしなくてはならないのだ。……む、何となく罪悪感めいたものが……。


「あ、あの……鳴海くん……」


「えっ?」


 八乙女さんが細々と声を掛けて来た。まさか僕に話しかけられるとは思っていなかった為、少しびっくりして足を止める。


「えっと……お弁当食べるなら……もし良かったら私も一緒に……」


 そう提案して来た八乙女さんの声を遮るように―――




「Aカップは寄って来ないでよっ!! 貧乳が感染(うつ)るっ!!」




 先行していたタマが、声量・内容共に超ド級の発言を浴びせ掛けたのだった。


「ぶっ……!?」


 思わず噴き出す。……この御方はまた途轍もない発言を……。考えてみれば、僕が寝込んでいた間に行われていたのは年度初めの身体測定。……ああ、成程ね。タマの優越感の正体はこれか……。取り敢えず感染りはしないと思いますよ、うん。

 タマの封印指定クラスの問題発言に、教室内が騒然となる。そりゃさぞ刺激の強い発言だろうさ。長年付き合って来た僕にさえ予想だにしなかった言葉なんだから。


「因みにアタシは去年から1サイズアップのEカップ~♪ ほらほらジン、見て見て~♪ 大きさも形も自信がありますっ♪」


「ちょっ……!?」


 タマはご丁寧に制服のリボンを取りボタンを2つ3つ外し、腕で胸を抱え込むようにして僕にその深~~~い谷間を見せつける。今日は白のフリル付きか……じゃなくてっ!!

 その光景を見ていた一部のクラスメイト(中学時代のタマファン)が「ありがたや~! ありがたや~!」「撮ったどー!! 写メ撮ったどー!! オラ夜なべしてこの写メを3mタペストリーに加工して毎朝拝むだー!!」「バカ野郎!! お前は何にも分かっちゃいねえ!! 朝拝むよりも晩のオカズ一択だろうが!! そんな訳で、俺にもその写メ寄こせ!! ……あ、いや、送って下さいお願いします」「……ほうほう、珠葉様はEで八乙女嬢はAか……。メモメモ。クックック……また完成に一歩近付いてしまったぜ……!」などとカオティックに大騒ぎしているが、中学時代からの日常風景なので無視しておく。


「いっ、いいから見せつけなくてっ!! ほら、カズが待ってるから早く行くよ!!」


「……ぶー、ジンなら触っていいっていつも言ってるのに~……」


「はぁはぁ、た、珠葉様……では不肖わたくしめがこの貧弱な小僧の代わりに……ぐはぁ!?」


 近寄って来たゾンビ……もとい、クラスメイトを裏拳で瞬殺するタマ。


「……たかだか胸の大きさ程度の事で、よくまあそんなに増長出来るものね。所詮は狐だわ。浅はかだわ。重要なのは大きさなんかよりも、全体の均整が取れているかどうかだって言うのに。あれじゃただのホルスタインじゃない。今度から狐じゃなくて牛って呼ぼうかしら。何処かで『小さいは正義』だとか『希少ステータス』だとか言ってたけど、あれって本当ね。とてもじゃないけど、あんなただデカイだけの脂肪の塊に価値があるとは思えないわ」


 ……背後で八乙女さんがブツブツと呟いている。何かこう、恨みを通り越して呪いっぽい何かが籠っているようにさえ見える。……これだけ美人な八乙女さんにも悩みがあったんだなぁ……。


「それじゃ、早くご飯食べに行こっ♪ ああ、いいの、あんなのはただの僻みだから。負け犬貧乳の遠吠えは放っといて、アタシ達はお昼ご飯にれっつらごー☆」


「………………」


 教室内のカオスと八乙女さんの呟きと女生徒達の白い目の一切合財を無視して、タマは僕の手を取って歩き出す。……うん、何だろうね、入学一日目にしてこの不安と混沌の多さは。僕、無事に生活を続けられるんだろうか。もしかしたらある意味、某ヴァンパイアカップルよりも前途多難じゃね? 文字通りシッポのようにぴょこぴょこ跳ねるタマの白金のサイドテールを見ながら、ふとそんな事を思う。……はあ、取り敢えず八乙女さん、ご愁傷様。


「…………すぐにおっきくなるんだから……。今に見てなさいよ牛狐……」






「で、何でアンタまで一緒な訳? アタシは付いて来るなって言った記憶があるんだけど?」


「貴方に貧……微乳を感染す為よ。大人しく萎みなさい。そして表皮だけ余って皺だらけのくしゃくしゃのだらんだらんになるといいわ」


「二人共……せっかくクラスメイトになったんだからケンカしないで仲良くしようよ……。弁当も美味しくなくなるよ?」


「取り敢えず、弁当ブチ撒けでもしたら今夜からタマは夕飯無しな」


 御守高校中庭。快晴と季節の花が彩る爽やかなお昼休みを堪能するには持って来いの麗らかさ。芝生の感触と心地いい風、そしてカズの美味しいお手製弁当で幸せな昼食の一時……となる筈だったのだが、何故か僕らの輪の中に八乙女さんがちょこんと座って持参した弁当を広げていた。今は卵焼きなんぞをもぐもぐと食べながら、これまたもぐもぐとタコさんウィンナーを頬張るタマに言い返している。……入学式の悪夢、再び。


「そう言えばさ、アンタ何でこの学校にいるの? 家業に学歴は関係ないでしょ?」


 タマが今度はミニハンバーグを口に運びつつ訊ねた。純粋に好奇心からの質問のようだ。


「……ん? タマは八乙女さんの家の事を知ってるの?」


「あ……。まあ、ちょっとね……」


 僕の質問に一瞬しくじった、という表情を浮かべるタマ。……何だろう、僕に聞かれてはマズイ事だったりするんだろうか。またいつもの秘密主義かなぁ。

 そんな僕とタマの様子を見て、八乙女さんはカボチャの煮物を箸で弄びながら答える。


「……今の時代、幾ら家業があっても高校くらい出ておくのは別におかしな事じゃないでしょ。それと、私がこの学校を選んだのは『仕事』の為よ。もしかしてそんな掘り下げた事までこの場で答えなきゃいけない? 私は別に話してもいいけど、この場で話されて困るのはそっちでしょう?」


「む………」


 おかかおにぎりを手に取った所でタマが押し黙る。『仕事』かぁ……。何の仕事かは知らないけど、僕と同い年なのに凄いなぁ、と純粋に思う。僕なんてバイトした事もないどころかタマとカズに頼りっぱしだし。一人じゃきっと何も出来ない。どうしていいかも分からない。校内の自販で買った牛乳でサラダを流し込みつつ、二人の会話を聞いて漠然とした不安に苛まれた。

 当のタマも少し悔しそうな顔をしている。……でも僕とは多分理由が違う。実際の所はどう思っているのかは分からないけど、僕とは違うものを見ている事だけは何となく分かる。それが守る側と守られる側の違い、なのかも知れない。しかしそんな表情も一瞬。すぐにタマは何かを思い出したように笑顔で僕に声を掛けて来る。


「そう言えばジン、このコの下の名前って知ってる? 『(もも)』って言うんだよ。名字が『八乙女』なんていう無駄に仰々しくて見た目もこんななのに、名前とおっぱいのサイズだけは妙に可愛らしいよね~♪」


「んなっ……名前は尚更関係ないでしょう!? 狐の分際であんまり調子に乗ってるとシバくわよっ!?」


 タマのその言葉で、八乙女さんは唐突に大声を上げる。


「おっ、意外な反応マキシマム。テレないテレないっ♪ 因縁抜きでホントに可愛い名前だと思うよ? あ、もしかしてあのオヤジが付けたの? あんな強面してる癖にセンスいいじゃないっ♪ 思わずちょっと許しちゃいそうだわ♪」


「~~~っ!? あのクソオヤジ……!!」


 からかうタマに八乙女さんが珍しく感情を顕わにして激昂している。……もしかして名前にコンプレックスでもあるんだろうか。そう言えば今朝名乗った時も名字だけだったし。実は僕もちょっとだけあるから何となくシンパシー。……やっぱ僕の性格で『鳴海 迅』は若干名前負けだと思うんだ。

 それにしても、『八乙女 桃』か。僕もいい名前だと思った。凛とした雰囲気と可愛らしさを併せ持つ、八乙女さんにぴったりの名前なんじゃないかな。浮世離れした空気を持っていると思っていたけど、こんな風に悩みがあったりタマとギャーギャー言い合ったりしてる所を見ると、人間味に溢れていて微笑ましい。


「これからアンタの事は『モモちゃん♪』って呼ぼうかな? 別にいいよね、モモちゃん♪」


「いいんじゃね? 可愛いし。おっ、その胡麻和え美味そうだな。研究してーからこっちの唐揚げと少し交換してくれよ、モモちゃん」


「し、式神まで……! いい加減にしなさいよ!! その呼び方はやめてよっ!!」


「「だ が 断 る ♪」」


「息ぴったり過ぎるでしょっ!! 何でそんなに完璧にハモってんのよ!!」


「あの……僕もモモさんって呼びたいなぁ……なんて」


「ちょっ……!? こ、これがかの有名なアイデンティティのゲシュタルト崩壊なのね……!!」


 何かこう、ガックリと言う擬音が聞こえてきそうな程あからさまに肩を落とす八乙女さん……や、モモさん。そんなにまで嫌なんだろうか……。それとも因縁がある(?)タマに弱みを握られたのが堪えているんだろうか。何となくどっちも正解な気がする。……明らかに胸のサイズ云々よりも凹んでいるのはどうかと思うけど。

 麗らかな春の昼。美味しいお弁当に気の合う仲間、それとモモさんの新たな一面が垣間見れて、楽しい事尽くしの昼食時間。生まれた不安は底の方に押し遣って、この一時だけは心からの笑顔を浮かべられていた気がする。この人達となら、この先もきっと上手く楽しく進んで行ける気がする。


 ……しかしそんな穏やかな一時は




「こんにちは。あら、楽しそうですね皆さん」




 突然の来訪者によって緊張と戦慄に塗り替えられてしまった―――





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