表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕凪と闇夜の咲く場所で  作者: 新夜詩希
7/16

【始動された第一話】 <四>

「―――え……あ……」




 目の前の光景と差し伸べられた手に、どう反応していいのか分からず喘ぐ。声とも取れない吃音が喉から零れる。何故彼女がここにいるのか。何故僕に手を差し伸べているのか。真っ白に染まり完全停止した思考回路をどうにか働かせようとするが、上手い事回らない。


「どうしたの? 早く立ちなさいよ。頭打った訳でもないでしょう? それとも、校庭に這い蹲るのが趣味なのかしら?」


「………………」


 ……間違いない、この不躾な物言いは昨日のマイペース巫女さんだ。それはアレが白昼夢でも幻でもなかった事の証明。その一言で一気に冷静になる。考えてみれば、彼女がここにいるのは今日から同じ高校の生徒になるからだろうし、僕に手を差し伸べているのは目の前で人が転んだから、ただそれだけの理由だろう。別に難しい事なんて一つもない。制服のリボンの色はタマのそれと同じ。大人っぽいと思ってたけど同い年だったのか、この人……。


「……どうも」


 何となく癪なので、手には掴まらずに立ち上がる。制服についた埃を払い、襟を正した。


「………あら? 貴方もしかして昨日の……」


 制服着たマイペース巫女さんが口を開いた瞬間、


「お~い、大丈夫かジン?」


「やだジン、大丈夫?」


 背後の人垣からカズとタマが僕に歩み寄って来た。そして目の前にいる彼女を見止めると………


「「―――――ッ」」


 二人同時に絶句。僕が彼女を初めて見た時と同じ反応。彼女には何かそうさせるものでもあるのだろうか。僕はともかく、カズ達まで同じリアクションをするなんて……。


「あら、貴方のお友達?」


 そんな空気を解さず、黒髪美少女は僕に問い掛ける。


「………へえ、ふ~ん、成程ねぇ。あ、アレはそういう事なのね」


 そしてカズとタマを品定めするように見つめ、独りごちて何かを納得している。昨日の焼き回しのような光景。……相変わらずさっぱり現状が理解出来ませんけど……。


「あ……アンタもしかして……」


 タマが言葉を漏らす。その表情は驚愕……というのか、いつも飄々としているタマからは想像も出来ないような今までに見た事もないような表情だった。






「狐と式神」


「「ッ!!!!!」」






 彼女がたった一言そう呟いた瞬間、タマとカズは電撃が走ったようにビクッと反応し押し黙る。それを見て彼女はニヤリと口元を歪めた。……さっきから一体何の話をしてるんだろう……。全く理解出来ない僕一人だけ蚊帳の外なのは何だか寂しい。キツネって? シキガミって? 訳が分からない。高校生って難しい。タマ達の反応を見るに何か深刻そうなので声には出さないでおくが。


「貴方、名前は?」


 頭に大きな?マークを浮かべていると、唐突に目の前のミステリアス美少女が問いかけて来る。


「あ……えっと、僕は鳴海。鳴海迅。で、こっちの女の子が秋吉珠葉で、こっちが榎戸和也……」


「ジンっ!! こんなヤツに名前を名乗る必要なんてないよっ!!」


 ……ただ紹介しただけなのにタマから怒られた。一体何なの、もう……。さっきの違和感がどうとかより、二人の様子の方が100倍おかしい。


「鳴海くんね。私の名前は八乙女(やおとめ)よ。多分一緒のクラスだから、覚えておくといいわ。早く入らないと式に遅れるわよ?」


 それだけ言い残して、彼女は入学式が行われる講堂に向かって歩き出す。


「やっぱり………八乙女の手の者か……」


 タマが親指の爪を噛みながら憎々しい声を出す。


「あの……さっきから一体何の話を……。二人は八少女さんと知り合いなの?」


「知らないよあんなヤツっ!!」


「タマっ! あんまり大声出すなよ! ジンは何も気にしなくていいから」


 カズがタマを諌めている。……気にするなって言われても、これで気にならない方がおかしいと思うんだけど……。


「いいかいジン!? アイツには近づいちゃダメだからねっ!?」


 ふんっ! と鼻息荒く肩を怒らせ、タマは一人でさっさと講堂へ向かう。騒ぎを遠巻きに見ていた群集を「何見てんのよぉ!!」と一昔前のヤンキー姉さんみたいな怒鳴り声で威嚇している。……もう8年近く一緒にいるけど、こんなタマは初めて見るな。口調も何か微妙に違うし。その様子を見た一部の生徒(中学時代のタマファン)が「珠葉様がっ! 珠葉様がご乱心だべぇ~!!」「おらが村の一大事だべぇ~!!」「皆の者ぉ!! 供物を捧げぇぇぇぃ!!」「こンのバカちんがぁ!! 供物程度では収まらぬわ!! 生贄じゃ!! 隣の村から生娘を攫って来ぉぉぉぉぉい!!」などとカオティックに大騒ぎしているが、見なかった事にする。


「カズ……僕、何が何だか分からなさ過ぎて頭がぐるぐるしてきたんだけど……」


 残された僕とカズはタマの背中を眺めつつ、後を追うように歩き始めた。


「実は……タマと八乙女さんは生き別れた双子の姉妹なんだ。片や貧乏アパート暮らし、片や街一番の豪邸暮らしで別々の人生を歩み、貧乏だったタマは金持ちに引き取られた八乙女さんを心底恨んでいたんだ。そこには聞くも涙語るも涙、波乱万丈奇々怪々、袖振り合うも多生の縁的な深イイ話が……」


「ないよそんな話っ!! あんなのが姉妹とか虫酸が走るよっ!! いいから早く来な!!!」


 カズのあからさまに嘘っぽい話を30m先からタマが律儀に否定する。まだ機嫌は直っていないらしい。二人がこういう話の逸らし方をする時は、イコール『それ以上触れるな』って事。長年付き合ってきた経験から学んだ法則だ。……それは往々にして僕の為ではあるんだろうけど、あまりに秘密主義なのも信用されていないみたいで寂しい。

 拭い切れない疑問と一抹の物悲しさを残しつつ、カズと共に小走りで講堂へ向かうタマを追い掛けた。




「フーーーッ!!」


「五月蠅いわね、この狐」


「タマ……いい加減落ち着こうよ……。もう式の真っ最中だよ?」


「取り敢えず、オレの膝から手を退かしてくれ。邪魔でしょうがねーから」


「………こほん」


 公立御守高校入学式。自由席なのに何の因果か、何気なく3人並んで席に着くとタマの左隣は八乙女さんだった。で、タマの右隣がカズで、その隣が僕という並び順。最初は波風立てないように僕ら全員が他へ移動しようとしたが、もう既に大半の席が埋まっていて3席並んで空いている場所がなかった。このままでは流石に色んな意味でヤバいから、せめて被害を最小限に抑えようと僕とタマが席を入れ換わった(左から八乙女さん、僕、カズ、タマ)のだけど……席が変わってもタマは八乙女さんの事を激しく敵視していて、式中の今でさえも左隣のカズの膝に手を置き身体を乗り出して八乙女さんを威嚇している。当の八乙女さんは華麗にスルーして殆ど相手にしてないが。当然騒がしいので、檀上でスピーチしているお偉いさんが時折咳払いをしながらこちらを睨んで来る。……入学初日からがっつり目立ってるなぁ、僕達……。タマやカズの容姿で目立つなら仕方ないけど、こんな目立ち方は正直ご免被りたい。


『……それでは続きまして、生徒会長の祝辞です』


 タマ達の様子が気になってお偉いさんのスピーチなんて殆ど耳に入らないまま、式は進行していく。どうせ何人壇上に上がって喋った所でお決まりの事しか言わないだろうから別にいいけど。この会場内でも果たして何人がまともに耳を傾けている事やら。

 ………だがこの時ばかりは違った。『生徒会長』と紹介され、檀上に向かう一人の女性。その横顔に、会場全ての目が釘付けになった。


「――――――」


 息を飲む気配が会場中から感じられる。優雅とさえ言える足取り。崩しや遊びなど一切見受けられない制服の着こなしは正に生徒の模範。あらゆる所作が上品であり艶やかであり、それはまるで『優美』という言葉の具現のように感じられた。

 彼女は檀上の校旗に一礼すると、ゆっくりと出席者の方へ向き直り、再び一礼。漆黒と表現出来る程に黒く長い髪は緩やかに、けれど柔らかそうに揺れている。僅かに垂れた眼尻と左目下の泣き黒子が印象的。『絶世の美女』という言葉が誇張や比喩無しに彼女を形容していた。


「キレイ……」「何あの人、すっげー美人じゃん」「あんな人がこんな学校にいるなんて……」「そこらのアイドルより全然綺麗じゃね?」「生徒会長かぁ……」「はぁ……溜息しか出て来ないわ……」


 生徒達が男女関係なく色めき立つ。それほど完成された美貌を誇る生徒会長。時に美しさは男女を問わず魅了する。その典型例が檀上に存在していた。……勿論、僕もキレイな人だとは思うんだけど……何か少し、何かが違うような……校門の時と似た違和感を再び覚えている。


『……………』


 視線を移すと3人共が目を見開いて絶句していた。あれほど八乙女さんに突っ掛かっていたタマでさえ、檀上に立つ人物を凝視している。


「……蜘蛛……」


「えっ……?」


 八乙女さんがポツリと何事かを呟く。


「そうか……あれが主か……」


「…………?」


 ほぼ同時にタマも呟く。誰かに聞かせると言うより思わず洩れてしまった一言のようだ。……相変わらずこの人達の口走る単語はよく分からない。せめてもう少し説明が欲しい。


「ねえ、一体何の話……」


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


 問い掛けを口にしようとした所で、生徒会長のスピーチが始まってしまった。


「私はこの伝統ある御守高等学校の今年度生徒会長を務めております『御門(みかど) 稜姫(りょうき)』と申します。校内で見かけた際にはお気軽にお声を掛けて下さいね」


 ニコリ、と極上の微笑みを見せる御門先輩。その笑顔には魔法でも掛かっているかのように、周囲の空気を一変させる。声色も耳朶をくすぐるように甘く響いてその余韻がいつまでも残り、一種の中毒性を持っているかのよう。


「この度、当校の新入生となった皆さんにおかれましては、これからの3年間、運動や勉学に勤しみ、青春を存分に謳歌して―――」


 御門先輩のスピーチが続く。……辺りの空気が明らかにおかしい。この講堂内の人間が御門先輩に魅了され、その一挙動、一言ひとことに興奮し、歓喜し、惹き込まれて行く。様子が変わらないのは僕を含めた4人だけ。タマとカズと八乙女さん。僕以外の3人は先ほどと変わらない険しい表情で御門先輩を睨みつけていた。


「―――些か短くはございますが、これにて生徒会からの祝辞を終わらせて頂きます。ご静聴、ありがとうございました」


 スピーチが終わり、観衆に深々と一礼する御門先輩。今までの来賓の挨拶の時とは明らかに熱量の違う拍手喝采に包まれる。……何かが異常。確かに御門先輩は超が付くほどの美人だけど、そこまでおかしくなるものか……?

 御門先輩がゆっくりと頭を上げ、視線を元に戻した瞬間、僕と視線がぶつかった。






 ―――刹那、全身を駆け巡る強烈な悪寒。






「ッ―――!!!???」


 背中に突然氷を入れられるなんて比ではない。気を抜いたら心臓が止まってしまうのではないかと思えるほど、今までに体験した事のない禍々しい感覚に喰い千切られる。痙攣に近い程の震えと滝のような冷や汗。全身が総毛立ち、瞳孔がこじ開けられる。頭の中には恐怖という単一の感情しか存在し得ない。それが湧き出すように心を支配して、叫び出したい衝動に駆られる。しかし金縛りに遭ったように指一本動かせない。声も出ない。視界には御門先輩の姿しかなく、景色も周りの人間も音さえも全てがホワイトアウトする。逸らせない瞳の中で御門先輩は……ニタリ、と上品とは程遠い欲にまみれた嗤いを零す。




 ……これが、波乱に満ちた高校生活の始まりの出来事だった―――――




【始動された第一話】 了




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ