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夕凪と闇夜の咲く場所で  作者: 新夜詩希
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【始動された第一話】 <参>

「行って来まーす」


「気をつけろよー」


「あんまり遅くなんなよー」


「エリナちゃんと仲良くね~♪」




 8:00。朝食と登校の支度を終えた僕らは秋吉荘の前にて小学校に登校するシンを3人で見送る。シンの通う小学校と僕らの高校は全くの逆方向に位置している。住宅地と言った趣の御守3丁目であるこの場所から海に向かって商店街を抜けた先にあるのが小学校。逆に未開発の森の方へ進んで行くと、今日から僕らの通う御守高校がある。


「さて、僕らも行こうか」


「うんっ」「おうよ」


 シンを見送った後、部屋の戸締まりを確認して秋吉荘を後にする。


 公立御守高等学校。偏差値は高すぎず低すぎず、スポーツに力を入れている訳でもなく、進学率6割弱、就職率3割強程度でパッとした特徴もない至って普通の高校。集まる生徒も取り立てて平凡な人間しかいないような、本当に『普通』の一言で説明が付いてしまうような学校だった。僕だって何を隠そう、『家から歩いて行ける』という理由だけで学校を決めたくらいだから。……それなのに成績優秀なタマとカズまで僕と同じ進路を選んだのには少しびっくりさせられたけど。

 閑散とした森の中に佇む御守高校は、外部の空気を寄せ付けない雰囲気を持つ。立地条件からして既に地域社会から隔絶されている感が否めない。通り抜けられる道路もない為、教員や用務員と言った学校で働く人間が扱う以外の車やバイクが発するノイズは勿論の事、周辺に住宅も商店もない為、生活音というものが皆無なのだ。……確かに静かなので勉強に打ち込むには最適の環境なのかも知れないが、過剰とも言える雑音の排除具合には些かの違和感も覚える。

 生徒総数は約400人。一学年130人、4クラスで大体30人ずつくらいと考えると田舎にしてはそこそこの生徒数なんじゃないかと思う。学生寮も完備されているのだけど……この学生寮に少し奇妙な点が。1年生の入寮率は地元出身者以外である20%ほどしかないのに、2年生になると60%を超え、更に3年生になると100%に跳ね上がる。つまり、学年が上がるに連れて入寮者は増えて行き、最終的に3年生は全員が寮生活をしているという事。別に入寮は強制じゃないにも拘らず、生徒は自ら進んで寮に入りたがる。自宅がこの町にあって通学が不便でない生徒でさえ、という話だ。

 この学生寮にどんな魅力があるのか、今の所僕らは入寮予定がないのではっきりした事は言えないし分からない。これからの3年でどう心変わりするのか、それも分からない。あの居心地のいい秋吉荘を出て寮を選んでしまわないか、それが小さな悩みの種の一つだった。


「おはよー」


「おーっす。ハハッ、ブレザー似合わねー! お前ブカブカじゃん!」


「自分でも分かってるよっ! タマとカズにもバカにされたよっ! どうせ七五三だよっ! これから伸びるんだから放っとけぇぇぇ!!」


「あ、カズくんおはよー! また料理教えてねー♪」


「ちっす。今度暇が出来たらなー」


「おおっ!! 相変わらずお美しいです珠葉様!! 高校の制服だと、これまた違った趣で前屈みになりそうでっす!!」


「あはは~♪ 朝から元気だね~♪」


 地元という事もあり、登校中の生徒の中に同じ中学の同級生もちらほら混じる。僕ら3人は小学生の頃からずっと一緒だった事や、カズとタマの美形ぶりでクラスでも目立つ位置にいた為、話しかけて来たりちょっかい出して来たりする友人は多い。……特に白金の長い髪をサイドテールにしているタマは男子から絶大な人気を誇っており、タマのノリの良さも相まって一種の宗教じみた崇拝ぶりを見せている。流石に某テキトー学園の某ツンデレ王子のような敵視はされてないのだけど、未だに僕みたいな平凡な人間がこの2人と一緒にいていいのだろうか、と不安になる時もある。……でも正直、2人に救われまくっている僕が2人と距離を置いている図なんて想像も出来ないな……。

 制服が違うだけで中学時とさほど変わらない登校風景に苦笑しつつ、お喋りをしながら通学路を歩く。やがて見えて来る新しい学び舎。そして、校門をくぐり抜けると……




 ―――瞬間、身体を襲う幽かな違和感。




「…………あ、あれ………?」


 思わず立ち止まる。……何だろう、自分でも何がどうおかしいのかよく分からないけど、校門をくぐった瞬間、何かが変わった気がした。回りを見渡す。そこには平和な通学風景が広がるだけで、別段おかしな所なんて見当たらない。僕以外に何かに気付いた様子を見せている人もいない。……今のは気の所為だろうか……?


「おーい、どうしたジン?」


 先行していたカズとタマが僕に振り返る。態度は至っていつも通り。


「あ……えっと、何か……」


「? どうしたの? もしかして具合悪い?」


 タマが心配そうな視線を向ける。


「いや……そうじゃなくて……上手く言えないんだけど……」


「何だよ、入学式で緊張でもしてんのか?」


「いや、そういう訳でもなくて……うーんと……何だろうな、何か空気が少し……甘い? ような、重い? ような……」


 精一杯頭を働かせて色々と口にしてみるが、上手く表現出来ない。本当に些細な変化で、僕にはこの感覚を正確に伝えられる言葉を持たないのか。僕自身、何故気付けたのか分からないくらい幽かな違和感だった。

 カズとタマはお互いに顔を見合わせ、すぐに笑い出す。


「ハハハッ、気の所為だろそりゃ。オレは別に何も感じねーぞ?」


「クスクス、ジンってばきっと緊張してるんだよ。アタシが緊張ほぐしてあげよっか? ほら、そこの茂みで……」


「い、いいよっ!! 大丈夫だから!! ……やっぱり気の所為なのかなぁ……?」


「置いてくぞー。早くクラス表見に行こうぜ」


「……あ、待ってよ」


 釈然としないものを抱えつつ、校舎を見上げる。気になる事は多いけど、取り敢えずは気の所為という事で片付けておく。もしかしたら自覚してないだけで本当に緊張しているのかも知れないし。気にしすぎるのは僕の悪い癖だ。少しは折り合いを付けていかないと、と戒めを心に置いて2人の後を追った。






「……ジンが気付いちまったみてーだな」


「前に来た時はなかったのに、まさかこんな下品な結界(もの)を堂々と張っているなんてね……。品性を疑うわ。まあ低級に品性を求めるのがそもそも間違ってる気がするけど」


「そりゃお前からすりゃ殆どが低級なんだろーけどな、これだけ大規模だと一概に低級だって軽視も出来ねーだろ」


「とにかく、今はまだどうする事も出来ない。こんな不快なものは近い内にぶっ潰すとして、ジンから目だけは離さないでおいて」


「了解」






 人集りが出来ているクラス分けの掲示板の前。背伸びしたり人垣を掻き分けたりしてどうにか自分のクラスを確認。


「おお、すげえ。オレら3人共同じクラスじゃん」


「ホント、運がいいね♪」


「よ、よかった……。知らない人ばっかりだったらどうしようかと……」


 そう、僕らは全員1年1組で同じクラス。何という奇跡。人見知りをする僕としては、知り合いが全くいないという状況は針のムシロみたいなものだ。その懸念が最高の形で解決し、心から安堵する。もしかしたら緊張って、クラス分けが不安だったからかも知れない。そう思うと、違和感の謎にも少し説明がつくような気がした。

 ほっと息を吐き出し、再び人垣を掻き分けて玄関を目指す。密集地帯を抜け切らんとした、その刹那―――


「うわっ!?」


 足がもつれたのか誰かに引っ掛かったのか、転んでしまう。だがどうにか手をついて致命的なダメージは回避した。……うーわー、恥ずかしい……。少し浮かれてしまったのだろうか……。

 ……そんな僕の頭上から掛けられる、一言の音色。




「大丈夫?」




 その声に導かれるように顔を上げる。そこには見覚えのある顔。手を差し伸べてこちらを覗き込んでいる女の子。包み込むような、それでいて凛とした心地よい声の響き。同じ制服に身を包んでいるのは昨日と違うが、長い黒髪を背中で二つに分けているのは昨日と同じ。整った顔立ちに、不思議な色をした瞳。時が止まり、風が去り、音を失くしたような感覚に再び陥る。


 ……そう、昨日浜辺で出会った、『夕凪の少女』がそこにいた―――





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