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夕凪と闇夜の咲く場所で  作者: 新夜詩希
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【消耗された第四話】 <壱>

「…………………」


『ふわぁぁぁ~……おっはよー、ヤオちゃん』


「……寝坊にも程があるわね、レーナ。もう丑三つ時を過ぎてるわよ。大して働いてもいない癖に」


『だってだってー、眠いものは仕方ないじゃーん。狐さんや蜘蛛さんの正体暴いたり結界無効化したりしたのは働いた内に入らないの?』


「それはアンタの力を私が使っただけでしょ。アンタが今の今まで寝てたのは事実」


『酷―い。横暴だー。労働基準法違反だー。ブラック企業だー。人権侵害だー』


「……アンタもう人間じゃないでしょ。それより、どう?」


『うーん、絶景かな絶景かな。正にひゃっきやこーって感じだねー』


「相変わらず緊張感のない……。まあ何処からどう見ても戦況は圧倒的に狐不利ね。多勢に無勢にも程があるわ。パッと見、1000匹くらいはいるかな」


『正確には1048匹だねー。実にひゃっきやこーの10倍かぁー。こりゃ狐さんは大変そうだねー』


「妖力差はピンキリだけどね。蜘蛛に追随するのはせいぜい2~3匹。そりゃそーね、あのクラスが何匹もいたら大問題になる所だわ。八乙女の管轄でそんな事になったら他の陰陽師にどんな陰口言われる事やら」


『蜘蛛さんはこの学校を根城にしてから相当妖力を蓄えたみたいだねー。もうただの女郎蜘蛛なんてレベルじゃなくなってるねー』


「レベルで言えば牛鬼クラスか。一介の妖怪が貯め込んでいい量の妖力じゃないわね。2年前のアレ並みだわ」


『あれねー。あの時は大変だったなー。で、ヤオちゃん今回は高みの見物?』


「取り敢えずは、ね。戦力確認と情報収集優先。相打ちが理想ではあるけど、まあ……戦況次第では狐に手を貸してやらない事も……いや、やっぱり癪ね。狐がどうなろうがどうでもいいわ」


『そんな事言ってー。どうせいざって時は居ても立っても居られなくなる癖にー。だからヤオちゃん好き♪』


「変なフラグ立てないでよ……。さて、狐、アンタの意地を見せてもらおうじゃない。骨は拾ってあげるわ」


『あたしもどっちかってーと狐さんを応援したいなー。ヤオちゃんとのコンビとか、絵的に素敵で見てみたいもん♪ はぁはぁ……♪』


「眼の癖にはぁはぁしないの。アンタもキチンと準備だけはしておいてね。アンタは私の『武器』なんだから」


『はいはーい。それじゃお休みー♪』


「……アンタ、ふざけてんの!? ただでさえ寝坊しくさってる癖に……!!」


「大声出しちゃダメだよヤオちゃーん。だってだってー、いざって時まで余計な霊力を消費せず貯め込むなら寝てるのが一番効率的なんだもーん。それはヤオちゃんだって分かってるでしょ?」


「そうじゃなくて、いつ何時アンタの力が必要になるとも限らないんだから、臨戦態勢を整えとけって意味で言ったのよ! 誰が力の温存をしろって言ったの! これ以上寝ボケてたらどうなるか分かってんでしょうね!?」


『い、イヤだなぁ、ヤオちゃん……。そんなのお茶目に決まってるじゃーん……。ヤオちゃんが怒ると霊力が尖っちゃって痛いんだけど……。SAN値ダダ下がりなのぉ……』


「それがイヤならちゃんとやりなさい。お互い生きて帰りたかったらね。つーかアンタ、SAN値がどうとかクトゥルー全然関係ないじゃない。元フツーの一般人じゃない。……お、来たみたいね、狐」


『おお、何だか凛々しい。気合い入ってるみたいだねー、狐さん。ますますヤオちゃんとのカップリングが楽しみ楽しみ♪』


「そりゃ気合いくらい入るでしょ。いつもの腑抜け顔晒してたらここから狙撃してやる所だったわ。……やっぱりお供は式神一体だけか。さてさてどうするのやら」


『あっちと同様、美男美女対決だねー。主従取り替えればあたし好みだったのにー。ぶーぶー』


「……アンタもあの頃からブレないわね……。とにかく、準備だけは怠らないでね、レーナ」


『はいはーい、まっかせといてー♪』


「………頑張んなさいよ、狐。鳴海くんを守るんでしょう?」






「今晩は、狐さんにお人形さん。月の美しい良い夜ですね」


 草木も眠る丑三つ刻。青白く照らされた月光は舞い散る桜花弁を透かして幻想的に輝き、見る者を一夜の別世界へと誘う。

 公立御守高等学校校庭。文字通り別世界へと変貌を遂げたその敷地内は、ひとたび正門を潜れば生きて帰れる保証はなし。哀れな獲物は泣けど喚けど逃れる事の叶わぬ無間地獄に囚われ、搾り尽くされ砂と消える運命を課せられる。


「あら、これはこれは生徒会長。ご機嫌うるわしゅう。奇遇ですね、夜桜見物ですか?」


 そんな絶望など意に介さず、秋吉珠葉と榎戸和也の二人は相対する美貌の生徒会長・御門稜姫と軽々しく挨拶を交わす。表面的には友好的に見えるが、しかし互いに目は欠片も笑っていない。そも、珠葉と和也は既に千を数える有象無象の魑魅魍魎に取り囲まれている。四面楚歌とは正に現状の事。蟻の子一匹さえ逃げられはしないだろう。


「まさか本当にたった二人で来るなんて。見上げた愚か者だね。あ、オレの自己紹介はまだだったかな? 3年副会長の東城瑞希だよ。宜しくね狐のお嬢さん。……いや、お婆さんだったっけ?」


 ハハハ、とあからさまな嘲り嗤いを見せる副会長。この場に於いて人の姿を残しているのはこの4人だけ。周囲を取り囲む魑魅魍魎共は隠す必要がない為か、その醜悪な姿態を月下に曝し跳梁跋扈する。


「はー、世の女のコはこんなのに骨抜きにされちゃうんだねぇ……。見る目がないなぁ今の若い娘は。アタシはジンみたいな可愛い方が好みだねぇ」


「同感だ。こんなキモいヤロウとは死んでも友達になれねーな。根性腐ってそーだし。男には嫌われるタイプだろ、アンタ」


「………何?」


 軽口とは裏腹に際限なく冷え込んで行く空気に気圧される事もなく、ハハハ、と珠葉と和也も負けずに笑い合う。


「お前等……どんな虚勢を張ったってオレ達は情けなんて掛け……」




「もうよい、東城、下がれ」




 ぞくり、とその場にいる全てのものを凍り付かせる声色。空気は氷点下を超えて絶対零度。御守の主・御門稜姫は不機嫌と侮蔑を露わにし、珠葉達の前にゆっくりと歩み出る。激昂していた東城すらも委縮し、恭しく御門の後ろに傅いた。


「……さて、貴様らの要件に察しはついておるが……妾の号令一下で塵と消えるこの状況、何か交渉の余地でもあるのかえ? あの童を贄として差し出せば、貴様らは半殺し程度で手心を加えてやらん事もないが」


 威圧感は東城の比ではない。不可視の巨岩となって珠葉達を押し潰さんと圧し掛かる。


「それが出来ない相談だからわざわざこんな時間に出向いてやったんだけど。アンタはアタシとジンが学園ラブコメ物に路線変更する為にとにかく邪魔なのよ。さっきも言ったように、アンタなんかに鳴海迅は渡さない。だから今ここでブチのめしてあげる」


 重圧など意に介さず、珠葉は胸を張って言い返す。戦力差は歴然。だが己が守るべきものを背にして敗走など許されない。虚勢であろうがハッタリであろうが、頑として引かない決意を見せつける。

 しかし……


「鳴海……迅? ほう、鳴海とな。……くくく、通りで。あの芳醇な御霊の理由も合点が行ったぞ。あの『鳴海』の小倅(こせがれ)だったとは」


 御門は何か別の部分が引っ掛かったようだ。独りごちて、何かを納得したように頷いている。


「……小倅? アンタ、ジンの両親を知っているの? ジンと何か関係があるの?」


「くくく……知りたいか? ならば力ずくで聞き出せば良い。元よりそのつもりなのであろう?」


「……アンタをブチのめさなきゃならない理由が、また一つ増えたわ。何が何でも聞き出してやるから覚悟しなさい。カズ、いい?」


「了解。この身、主と共に」


 言うが否や、二人は臨戦態勢を整える。これ以上の会話は無用とばかりに睨み合う。充溢し交錯する闘気と悪意。先ほどまで煌々と輝いていた月は雲に隠れ、辺りの宵闇を一層濃く滲ませる。


「やれ」


 そして下される殲滅の合図。御門にとってこれは戦闘などではない。目障りな虫二匹を潰すだけの蹂躙なのだ。天地ほど開きのある戦力差。ほんのお遊びにさえ取れない、ただ一言命を下すだけで終わってしまう些末な一幕である。


『ギャギャギャァァァァァ!!!』


 奇声を上げて殺到する幾十もの妖の群れ。哀れな生贄を喰らい尽くさんと、我先にその爪や牙を振るい襲い掛かる。逃げ場などない。ものの数秒も立たぬ内に、生贄は肉片も残さずこの世から消え失せるだろう。


 が……






 飛び掛かった妖の全てが、盛大な勢いで文字通り『弾け飛んだ』。






「ぬ……?」


 視線を切っていた御門が爆散した手下の中心を凝視する。未だ土煙と撒き散らされた妖の体液とで姿は隠れているが、先程までとは比べるべくもない強大な気配を感じ取った。それは主・御門をして背筋を凍らせる。この地に根城を据えて以来、久しく感じていなかった脅威。『戦慄』と言う名の感情だった。


「あーあ、久し振りにこの格好になったわー。やっぱ楽だね、コレ」


「あんまり無茶するなよ? オレらはジン達の為にも生きて帰らにゃイカンのだからな」


「わーかってるよ。アンタもあんまり使い過ぎないでね」


 一陣の風に土煙が晴れる。同時に月を覆っていた雲も晴れる。青白い月明りに照らされて、襲撃者がその真の姿を現す。薄暗い宵闇の中でも映える白金に輝く体毛。全身バネのようなしなやかな体躯。精悍な表情は強い意志の表れ。そして……壮麗を体現したかのように雄々しく立ち上がった無数の尾。先程までとは違い四足歩行のそれは、しかし秋吉珠葉本来の姿。太古の昔、京の都を大混乱に陥れ、悪行の限りを尽くしたとされる伝説上の存在であった。






 今ここに、『白面金毛九尾の妖狐』が顕現する―――――






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